Myojo

10000字ロングインタビュー

本当に大切な人が、本当の自分の姿を見てくれている。

10000字ロングインタビュー

『僕がJr.だったころ』

Kis-My-Ft2編

第6回

横尾 渉

よこお・わたる
1986年5月16日生まれ。神奈川県出身。A型。身長177cm。
2001年2月4日、ジャニーズ事務所入所。
2011年8月10日、Kis-My-Ft2としてCDデビュー。

※このインタビューは、MYOJO2013年5月号に掲載されたものに、加筆・訂正したものです。

ヤンチャなグループを陰で支える、お母さん的存在。
派手さはなくても、必要不可欠のパーツだと、周囲の誰もが思っていた。
しかし、自分自身の価値を、自分がいちばん信じていなかったら…。
初めて語る裸の心。

“ちがう、ちがう。お兄ちゃんに”

──以前から「僕のインタビューは、いつですか?」って気にしてたよね。
「話したかったことがあるんで」
──そうだったんだ。じゃあ、幼少期のことから聞こうと思うけど、3人兄弟だよね?
「兄がふたり、5才上と3才上です」
──よくいっしょに遊んだ?
「マンモス団地に住んでたんで、兄だけじゃなくて、近所の年下のコも上のコも、みんなが兄弟みたいな感じで遊んでました」
──小学校では、どんなコだった?
「目立ちたいコでした。なんでもいちばんになりたいコ。運動会のリレーは絶対にアンカーがいいとか」
──運動神経いいもんね。モテたんじゃない?
「正直、小学校高学年くらいまではモテたと思います。“足が速いとカッコいい”って年ごろだし。でも、女子って理想のカッコいい像が少しずつ変化しますよね。そうなると全部、兄に持ってかれました」
──お兄ちゃんに?
「3つ上の。たとえば、バレンタインでチョコもらいました。で、“ありがとう”って言ったら、“ちがう、ちがう。お兄ちゃんに”とか。俺がJr.に入ってからも、そんなんばっかでした」
──へえー。
「兄ちゃんカッコいいんですよ。学生時代にファンクラブがあったくらいで。まっ、俺的には俺のほうがカッコいいと思ってますけど(笑)」

部活少年が、オーディションを受けた理由

──小さいころの夢はなんだった?
「時代劇が好きだったんで、暴れん坊将軍になりたかった(笑)。小学生になったら甲子園に行きたくて野球をやって。中学のころは、とにかくスポーツ選手になりたくて」
──芸能人には?
「なりたいと思ったことないです。まったく」
──中学でサッカー部に入ったよね。
「練習を見学したら、いちばんマジメにやってる部活がサッカー部だったんで。いちばんうまい同級生が、虫垂炎で入院してたんですけど、1年で最初にユニホームもらったの、俺だったんです。フツー、いきなり1年がユニホームもらったら、ひがまれるじゃないですか。でも同級生も上級生もいい人が多くて、みんな“がんばれよ”って応援してくれた。だから、もっとうまくなんなきゃって毎日、部活に明け暮れました」
──そんな部活少年が、中2でオーディションを受けたのは?
「次男に突然、“フットサルやるから、今日つき合え”って誘われて。部活があったから、“ムリムリ”って断ったら、オカンまで“たまにはお兄ちゃんの誘いに乗ってあげなよ”みたいな感じで。ふだんは、部活休みたいって言ったら怒るのに」
──で、ついていったんだ。
「こづかいもくれたんで、ラッキーって(笑)。ついてったら、渋谷なんです。おしゃれなとこでフットサルやってんだなって思ってたら、でっかい建物に入ってって。今でも覚えてます。部屋番号709。でも普通の部屋だから、“兄ちゃん、だました?”って聞いたら、“うん、だました。これ、ジャニーズのオーディション”って。帰るって言っても、“受けて”って、強引に受けさせられて」
──そうだったんだ。
「兄が勝手に僕の履歴書を送ってたんですけど、受付の人に、“お兄さんも受けてください”って言われて、兄は断ってたけど、いっしょに受けることになって」
──いっしょに受けたんだ。オーディションはどうだった?
「初めてダンスを踊ったんで、わけわかんなくて。ちょっとして事務所の人に呼ばれて、別のスタジオに移動して撮影したんです。終わって戻ってきたら兄がいなくて。“食堂にいる”って教えてもらって行ったら、大人としゃべってたんです。めっちゃ仲よさそうに。その人に“キミ、僕のことわかる?”って聞かれて。“すみません、わかんないです”って答えたら、“ジャニーズ事務所の社長だよ”って。その後も、兄が社長とずっと話してて、僕は聞いてるだけ。帰り際に“キミのお兄ちゃん、いいコだね”って言われたんで、俺は落ちて、兄が受かったんだなって思ったんです。そしたら後日、俺に連絡が来て」
──レッスンに呼ばれたんだ。
「この世界に、まったく興味がなかったんで、最初はずーっとサボってて。でも、ある日、部活が終わって家に帰ろうと思ったら、母から電話があって。“ジャニーさんって人から電話が来たから、かけ直して”って。かけ直したら、取材が渋谷であるって言われ、部活も終わったから行ってみよっかなって。それからレッスンにも顔を出すようになって」
──ようやくJr.の活動が始まるんだ。
「レッスンに行くようになったら、俺ともうひとりのJr.が社長に呼ばれて、“キミたちは五関(晃一)くんくらい踊れるようになって”って言われて。もうひとりのコは、ダンスが好きで入ってるんで伸びます。僕はダンスが好きで入ってるわけじゃないんで伸びない。差がドンドン開いて。社長に“やっぱ、お兄ちゃんのほうがよかった。本当はキミより、お兄ちゃんを入れたかったんだよね。でも彼は、それを断って弟に託したんだよ。あのコはいいコだよ”って、会うたびに言われて。そんなこと言われても知らねーしって、ずっと思ってました」
──社長に、そこまで言わせるって、お兄ちゃん、何者なの?
「兄ちゃん、芸能活動やってたこと少しあって。でも、美容師になるって夢ができてやめた。芸能活動っていっても、エキストラくらいしかやってなかったから、それ以上の世界を見てみたい。だから、“じゃ、おまえ、この先を見てきて俺に教えてくれ。俺の昔の夢をおまえに託す”って。最初、僕は自分のためじゃない。兄のためにやってたんです」

うまくなりたいからじゃない。デビューしたいからでもない

──Jr.の活動は、どうだった?
「本格的に活動を始めて、2カ月くらいで、J-Supportってグループに入ったんです」
──小山(慶一郎)くん、加藤(シゲアキ)くんがいた、のちにK.K.Kityになるグループだね。Jr.で、かなりいいポジションだったよね。
「コンサートで、同期が廊下や階段で着替えてるのに、楽屋を用意してもらえたりしましたからね。調子に乗りました。“こんなもんですか?”って。先に入ったJr.に対して、“2カ月で僕はこの位置にいますけど”とか見下してましたから」
──そのころ、北山(宏光)くんと、もめたりしてるよね。
「レッスンのとき、パンをたくさん買ってったことがあって。“みんな食べて”って。戻ってきたら、そのゴミが俺のバッグのそばにたまってたんです。“誰だよ?”って言ったら、誰かが“北山”って言ったんで、“おい、ちょっと来い”ってなって。向こうも“あ!?”って。おたがい、とんがってたし、俺は、ずーっと年下だと思ってたんで、なんでタメ口使ってんだ、ふざけんなって思ってて。結局、本当は汚したの五関くんだったんですけどね。北山だけじゃない。俺は藤ヶ谷(太輔)とか、とにかく、いろんな人と衝突してて」
──仕事は、好きだった?
「好きとか嫌いじゃなくて、引き受けたんならシッカリやらないといけないって。コンサート、舞台、携わる作品が、俺のミスで価値が下がるのは申し訳ないから。感覚として、ジャニーズとしてじゃなくて、横尾渉個人としての責任感っていうか。滝沢(秀明)くんの舞台で噛んだときとか、申し訳なくてトイレでずっと練習してたりもしましたね」
──そうだったんだ。
「でも、それは、この世界にずっといたいからでも、うまくなりたいからでも、デビューしたいからでもない。迷惑かけたくないからがんばってただけで」
──それでも、仕事に関しては順調だったんだ。
「いろいろありましたけどね。チョナン・カンのバックの代役で急遽、韓国に行くことになったことがあって。俺のシンメはバック転できるヤツ。だから、振りにもうバック転が入ってたんです。俺はできないから、すっげー練習したんですけど本番で失敗して。帰国したら、ジャニーさんに、“横尾、日本の代表として行った草彅剛の後ろで踊るってことは、おまえたちも日本代表だろ。なんてことしてくれたんだ!”って。もう、“すみません”って謝るしかなくて。やめたいって何度も思ったけど、やっぱ、兄の顔が浮かんだんですよね。だから、お呼びがかかるうちはやろう。で、兄ちゃんに、この世界のこと教えてやろうって。そんな気持ちでやってた。ファンのみなさんには、本当に失礼ですよね」

てめえが一生かけても、行けない世界まで行ってやる

──NEWSが結成されたときは、どう思った?
「あのころバレーボールの大会に合わせて新しいグループがデビューしてたんで、“今度は誰だ?”って空気があって。K.K.Kityのメンバーは入るって噂もあったんです」
──でも、横尾くんは入らなかった。
「発表の1週間前くらいに、俺は結果を知ってたんですよね。小山から聞いてたんで」
──小山くんから?
「うん。“俺とおまえの関係だから言うよ。ショックかもしんないけど、こういうメンバーで、NEWSってグループができる”って」
──落ち込んだでしょ?
「どう思ったのかな…。でも、“いいんじゃない。がんばれよ。俺らのこと気にすんな”って言ったな。シゲなんか金八(ドラマ『3年B組金八先生』)出てたし、小山はMCとか、いろんなことできる。がんばってたのも知ってる。だから選ばれる理由はわかる。俺は特別なことできないし、努力もしてない。ただ、天狗になってたんで、俺もいけるでしょって思ってただけ。選ばれなかったことに対しては、“ふざけんなよ”って思ったけど、小山やシゲに対してはおめでとうって思ったし、ああいう感じで別れたけど、ずっと仲よかったですね」
──その後、Kis-My-Ft.のメンバーになったよね。
「藤ヶ谷とは前から仲がよかったんですよね。でも、ほかのメンバーは見下してました。“俺、ついこの前までK.K.Kityですよ。キミたちのことなんて知りません”って。で、スタッフから、“NEWSのバックは絶対させない”って言われてたんです。でも、1年後にはバックだった。最近まで隣にいた人の後ろで踊る。結局、こういうことになるんだって。期待したり、夢見たりしても、かんたんに壊れるんだ。もう、いいやって」
──投げ出そうとしたんだ。
「自分のためにやってたんじゃない。兄ちゃんのためにやってたんだって。このタイミングでやめようと思って兄に“もういい?”って聞いたら、“別にいいよ。好きなことやりなよ。俺にやらされてると思わせてたなら、ごめんな”って言われて。その“ごめんな”って言葉にイラッとして。ここであっさり逃げたら兄貴のオモチャだ。じゃあ、やってやる。てめえが一生かけても行けない世界まで行ってやるって」
──意識を変えた?
「変わんないです。意地張ってるだけなんで。努力しなくても、グループにいられるから別にいいでしょ、このままでってスタンスのまま」

“美容師になろうが、俺はおまえと遊ぶよ”

──Kis-My-Ft2が結成されたときは、どう思った?
「藤ヶ谷以外は、マジで大っ嫌いでした。メンバー、仲間なんて意識じゃなかったです」
──なんで、そんな嫌ったの?
「温度差かな…。みんなはデビューするって夢があった。俺はデビューが夢じゃない。だから、がんばり度がちがう。ダンスにかける、歌にかける情熱が。何、必死にがんばってんだコイツら。ダサいねって。ムリでしょ、どう考えてもって見てた」
──卑屈すぎない?
「俺は1回、目の前でデビューがパンッて消えてる。どんながんばっても、一瞬で水の泡だぜ。そんなふうに、ずっと思ってた。だから、がんばってるヤツが大っ嫌いでした。いいコちゃんだねって」
──キスマイができたころって、ちょうど高3くらいだよね。
「ですね。大きなターニングポイント。何か変えるなら、今しかないなって思ったんです。同級生はドンドン進路を決めてく。それも夢を持って。ここしかないって思って、藤ヶ谷に言ったんです。“ごめん、俺や、辞めわ”って。そしたら、“おまえがいるからキスマイって、仲がもってんじゃないの? 敬語禁止作ったのもおまえだし、言いたいことズバズバ言うし。じつは仕切ってんの、おまえじゃん。せめて、もうちょっとやってくんない?”って…」
──だからやめなかった?
「あと、亀梨(和也)くんの存在も大きいです。金八好きだったんで、芸能人で初めて興味を持った人が亀梨くんだったんです。Jr.入ってすぐ仲よくさせてもらって。あいさつや礼儀、いろんなこと教えてもらった。NEWSがデビューして落ち込んでるときも、支えてくれたのは亀梨くんだった。その後も、 “おまえもっと前に出ろよ。KAT-TUNのセンターと遊んでんだぜ。いけるだろ。いけよ”って。俺はこうやってきたよっていろいろ教えてくれて。でも、同じこと俺がやったって成功するわけねーじゃん。亀梨和也だから成功したんだろって、聞き流してました」
──亀梨くんが、相談に乗ってくれたりしてたんだね。
「相談はしてないです。わかるんでしょうね。辞めようって考えてたのとか。“どんなことがあっても、俺とおまえの関係は壊れないよ。おまえが料理人になろうが美容師になろうが、俺はおまえと遊ぶよ”って」
──そう言われて、辞めなかったのは?
「ちがう世界の友だちじゃなくて、いっしょの世界を見てる先輩、後輩、友だちでいたかったから。倒れそうになる俺を、亀梨くんがずーっと後ろから引っ張って、支えてくれてる感じでした。ずーっと」

“キスマイがんばってるよね。もうちょっとじゃない”

──辞めるか、辞めないのか、迷いながらも時間だけは過ぎてくよね?
「だったらがんばれよってことなんですけどね。矛盾ばっかです。2010年の舞台『少年たち』に、俺と二階堂(高嗣)だけ出てないんですよ。俺は正直、“ラッキー、デビューの構想に俺は入ってないんだ。これで、すんなり辞められる”って思って。で、みんなが舞台やってる間、ドラマの仕事が入って」
──二宮(和也)くん主演の『フリーター、家を買う。』だね。
「そうです。収録のとき二宮くんに、“キスマイがんばってるよね。もうちょっとじゃない”って声かけてもらって。先輩が気にかけてくれる。“俺、辞めていいのかな?”って。違和感っていうか、なんか胸にシコリみたいなのができたんですよね」
──気持ちが揺れたんだ。
「はい。クランクアップのとき俺、泣いたんです。僕の収録が最後だったんですけど、二宮くんのシーンは3時間くらい前に終わってて。俺の収録が終わって、監督に花束渡されたりするのかななんて思ってたら、花束を持って来てくれたのが二宮くんで。“お疲れさま”って。たったひと言、後輩に言うためだけに残っててくれた。俺、二宮くんの顔見えた瞬間に泣いちゃって」
──いい先輩だね。
「泣けた理由が、もうひとつあって。ドラマのスタッフが、いい作品を作ろうって本気で思ってる人たちばっかで。この人たちと、もっといっしょにやってたかったなって。でも俺、もう当分ドラマの仕事は来ない。もしも今までちゃんとやってれば、またすぐにいっしょに仕事できたかもしれないのに。少なくとも何年か、さよならだって」
──辞めたくなくなったんだ。
「自分じゃもう、決められなくて…。舞台が終わって5人の活動になるなら、このままやめよう。7人なら、もう少しだけ続けようって」
──その後、7人での活動は続き、2011年のコンサート中にデビューが発表されたよね。
「北山が封筒を開けて、デビューって文字が見えて。“え? なんで?”って感じで。でも、みんなよろこんでる。ステージ上から、すっげーよころんでくれたり泣いてくれたりするファンの顔を見たとき、なんでかまったくわかんないですけど、“ありがとう”って言葉が浮かんだんです。ちょうど、家族もコンサートに来てて。ほかのメンバーの親は泣いてるんです。うちの家族だけ満面の笑みで。特に、次男が“よかったな”みたいに笑ってるのが、ステージ上から見えて」
──悩んでること、苦しんでること、全部、わかってたんだろうね。
「そうですね。だけど、うれしさの次に、“これでいいの? この流れに乗って本当にいいの?”って思いが浮かんで。本当はメンバーに入ってなかったんだぞ。もう少しでNEWSのときといっしょだったんだぞって。あのときのことが、めちゃくちゃフラッシュバックしました。いいのか、俺、このまま列車に乗って。決めなきゃ、もう動き出すぞって」
──でも、デビュー日も正式に決まり、周囲は目まぐるしく動き出す。
「藤ヶ谷に言ったんです。“デビューの日、俺いねーかもしんない”って。“は? 今、誰ひとり欠けていいわけねーだろ。7人でデビューだろ。ファンのコ、ビックリするだろうが。辞めるんだったら10年後にしろ!”って。勢いに押されて、“はい。そうっすね”って返事しちゃって。その瞬間、俺は列車に乗ってしまった。Kis-My-Ft2って列車に。ついに動き出しちゃったって」

俺の人生、アイツらに捧げようって

──そんな気持ちのままデビューを迎えたんだ?
「デビューの前に、7人で食事したんです。俺らの目標しゃべろうよって。みんなガチなんです。“ドームでやろうぜ!”“アジア行こうぜ!”“世界行こうぜ!”って熱く話すんです。俺、いつもみたいに、“くだらねー。ドームでなんて、できるわけねーだろ”って思ったんです。その瞬間、ガンッて衝撃受けて。なんで、この状況で、こんな考え方しかできないんだ? 今は同じ列車に乗れたことのよろこびを、分かち合うときじゃねえのか? 何考えてんだって、自分にイラだって。想像ですけど、事務所は5人でデビューって決めてたと思うんです。北山なのか、藤ヶ谷なのかわかんない。でも誰かが“7人でいかせてください”って頭を下げてくれたと思うんです。そんな仲間が目の前で夢を語ってる。何やってたんだ俺って」
──その想い、メンバーに伝えた?
「伝えられなくて。全員でメシ食ったあと、北山と宮田と3人で飲みに行ったんです。北山、熱い男なんで、“ああしようぜ、こうなろうぜ”って語るんです。北山の熱が、宮田に伝わっていくのがわかって。北山は、俺にも“横尾さん、こうしたほうがいいんだよ! がんばろうよ!”って。俺は内心、“そんなこと、ずっと前からわかってるよ。わかっててやんなかっただけなんだよ”って。胸のシコリが、ドンドン大きくなってって。なんか、なんか俺、ちがうなって」
──どうしたの?
「ふたりと別れて、ひとりで知り合いのメシ屋に行ったんです。5年とかのつき合いの店長に、俺の考えてること全部話して。“どう思います? ダッサイっすよね”って。そしたら、“うん、クズだね。で、どうすんの? 決めなよ”って」
──そこで決めたんだ?
「メンバーの顔、先輩たちの顔、家族の顔、誰より、デビューが決まって、あんなによろこんでくれたファンの顔が浮かんで……。俺、変わろうって。俺がしてきたことは謝ってすむことじゃないし、償えるわけでもない。できることはひとつだ。俺の人生、アイツらに捧げようって」
──捧げる?
「キスマイのためになること、メンバーが気持ちよく仕事するためにできること全部やろうって。細かい、どうでもいいことですよ。ツアー行ったり、ロケ行ったり、“あれがない”とかなったら、次からは俺が用意しよう。ドラマで別行動になったりするメンバーもいる。キスマイの状況は俺が絶えずチェックして、全部報告するから、安心してそっちに集中してって。それこそ、“ちゃんとメシ、食ってるか?”とかメールしたり。今はマネージャーさんがいるんで、そこまでしませんけど」

父さん、母さん、横尾さん。“さんづけ”の理由

──今、“キスマイのお母さん”って呼ばれてるよね。
「言い出したの北山なんですよね。昔から“横尾さん”って呼ばれてたけど、今の“横尾さん”とは意味合いがちがうのかなって。北山、勘が鋭いんで、俺の考えてることわかってたと思うんです。だから、距離をとる意味で他人行儀な、さんづけだったと思う。今は、“父さん、母さん、横尾さん”ってキャッチフレーズ作ってくれたみたいに、身内って認識してくれたのかなって。ホント人間関係って、こっちが不信感持ってたら、向こうも信用してくれない。玉森(裕太)なんかとも、ホントに仲よくなったのはデビューして半年くらいたってからなんですよね」
──そうなんだ。
「俺にはこれから、個人としてもやらなければいけないことが山ほどある。足りないものが多すぎ。ダンスも歌も、演技も、しゃべりも基礎から始めなきゃダメ。すっげースタートが遅い。芽が出るのは3年後、5年後、10年後なのかわからない。でも、一生この世界にいることを決めたんで。一歩ずつ進もうと思います」
──いつか、キスマイのセンターをめざしたいとは思わない?
「キスマイのセンターは玉森裕太、藤ヶ谷太輔、北山宏光。僕は端でいい。でもどんな立派な建物だって土台がシッカリしてなかったら傾くでしょ? それに、集合写真で見たらセンターと端って見えるかもしれない。でも好きな人から見たら、どこに映ってたって、そこは真ん中。端もセンターもない。立ち位置なんかこだわる必要ないし、端っこもセンターだよって思う。だって、千賀や宮田、二階堂を好きで応援してくれるファンのコもいる。その人たちにとっては、どこにいたって、その他大勢のひとりじゃない。かけがえのない存在だから」

6人がいてくれたから、俺は今ここにいられる

──昔の自分が、今の自分を見たら、なんて言うと思う?
「“すっげーダセー‼ 何、カッコつけてんの?”って言うでしょうね。でも、“おまえのほうがダサいよ”って返します。“おまえが見てる世界、これがすべてだと思ってる世界、すっげー狭いよ”って。俺のJr.に入ってからの十何年、そこで出会った人たち、経験したこと、何ひとつムダじゃない。ただ時間だけは浪費してしまった。有効に使えば、もっといろんな出会いがあっただろうし、いろんな経験ができたはずなのに」
──後悔してる?
「してますね。メンバーに、ファンに、すごく失礼だったなって。この後悔を、ずっと背負って生きてこうと思います」
──昔の自分って嫌い?
「大っ嫌いですね」
──じゃあ、今の自分は?
「今の自分……。どうだろう。どっちかっていったら好きかな。でも、時間がたって振り返ったとき、答えられることかなって思う」
──過去の横尾さんみたいに、心の傷から悲観的になっている人がいたら、何かアドバイスってある?
「本当に自分を見てくれる人、浅いつき合いじゃなくて、深くつき合ってくれる人を探してほしいってことかな。そして、本当に大切だって思える人に出会えたら、その人の言葉は、一字一句忘れちゃダメ。なぜ、この人はここまで言うのか、ここまで思ってくれるのか。それを考えてから行動してほしい。自分探しとかってよく聞くけど、内側に潜るより、自分が他者にどう映っているか知ったほうが、本当の自分の姿って見えたりするから」
──そうだね。
「ずっと俺は、ジャニーズの横尾じゃない、キスマイの横尾でもない、ましてや弟の横尾としてじゃない。横尾渉、ひとりの人として見てほしかったのかもしれない。ホントは見てくれている人が近くにいたのに、ずっと気づかなかった」
──いや、気づいてたはずだよ。
「……そうですね。気づかない振りしてたんでしょうね。NEWSのときのトラウマじゃないけど、期待したり努力して、もしも夢がかなわなかったとき、傷つきたくなかったから。いちばん近くにいたんです。俺は、なんにもがんばってこなかった。がんばり続けた6人が、ずっとそばにいてくれたから、俺は今ここにいられる」
──それが、最初に言った“話したかったこと”?
「はい。ファンの方に、メンバーに、一度、ちゃんと話さなきゃって思ってました。全部、話して、“ごめんなさい”って謝罪してから、初めて踏み出せる一歩がある気がして。このインタビューを読んで、わだかまりが消えないメンバーもいると思う。ショックを受けるファンもいると思います。こんな気持ちのヤツを応援してたのかって。途中で去っていった人もいると思う。本当に申し訳ないことしたなって。こんな謝罪で、過去を消せるはずない。それでも、ごめんって伝えたかったです」
──今日、やっと言えたんだ。
「はい。もうひとつだけ、伝えたいことがあって」
──もうひとつ?
「みんな、ありがとう。これからの俺を見てください。今からだけど、お返しするから楽しんでねって」

取材・文/水野光博