金田一秀穂×三浦徳子 アイドル歌謡の作詞術①

ざっくり言うと
メロディーが望んでいる言葉を引き出すのが作詞家の仕事
松田聖子のイメージカラーを設定して、その色が映える歌詞世界を作り出す
2019/12/28 ラジオ深夜便 謎解きうたことば ゲスト:三浦徳子さん(作詞家)

音楽

2019/12/28

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金田一秀穂さんが歌謡曲の名曲の生みの親にインタビューする<ラジオ深夜便>のコーナー「謎解きうたことば」。今回のゲストは三浦徳子さん。1970年代後半からアイドル歌手の楽曲の作詞を手がけ、数々のヒット曲を制作。まずは、デビュー当時に大きく関わった松田聖子さんについてのお話から伺いました。

【出演者】
金田一さん:金田一秀穂さん(日本語学者)
三浦さん:三浦徳子さん(作詞家)


松田聖子のデビューはCMとタイアップ

金田一さん: きょうのゲストは作詞家・三浦徳子さんです。三浦さんはアイドルの曲をたくさん作った。松田聖子さんのデビュー曲「裸足(はだし)の季節」が一番有名かと思います。松田聖子にお会いになったんですか?
三浦さん: 「裸足の季節」のときは、ソニーレコードの廊下を歩いていく聖子ちゃんを見ました。
言葉を交わしたわけじゃないけど。「高校生」という感じ。
金田一さん: 久留米から出てくるんですよね。後年大スターになっちゃうわけですけど、オーラか何かは感じました?
三浦さん: そのときには感じなかったけど、スタジオで声を出したとき、すごくいい声なんですよ。いくらでも声が出る。今と全然違う。声量がすごくあったの。
金田一さん: 「聖子ちゃんを売ろう」と思っていたわけ? それとも、「これはいいぞ」みたいなのがあったんですか?
三浦さん: ディレクターの若松(宗雄)さんという人が声にほれ込んでいたみたい。もう1人が月野(清人)さんという音楽的な方で、彼が作曲家の小田裕一郎を連れてきたんですよ。
コマーシャルで「エクボ」という商品のための曲だったから、歌詞に「エクボの秘密あげたいわ」と。
本当は聖子ちゃんがコマーシャルに出る予定だったんだけど、聖子ちゃんにはエクボがなかったから、エクボのある人が画面に出ちゃって、歌だけになったんです。
金田一さん: 「エクボの秘密あげたいわ」というのは、どんな感じで思いついたんですか?
こういう言葉って、普通出てこないですよね。だって、エクボは秘密じゃないじゃないですか。
三浦さん: メロディーを聴いたときに思いついちゃった、みたいなことだと思います。
金田一さん: 「もぎたての青い風」というのも、すてきだと思うんですけど…「もぎたての青いリンゴ」なら分かりますけど、「青い風」。次がまた「もぎたての青い空」なんですよね。
三浦さん: いい加減だから。
金田一さん: そんな…(笑)。新鮮さというか甘酸っぱさというか、そんな雰囲気なんですかね?
三浦さん: コマーシャルだから「さわやかさ」が望まれるわけです。そこで思いついた言葉だと思います。
思いがけなく「聖子ちゃんカット」まで流行しちゃって。考えていたわけじゃないんでしょうけど。
あのころは、アイドルの番組や歌番組がにぎやかになってきたときじゃないかな。テレビで歌うチャンスも多かったと思います。

売れるかどうか、最初に歌われた瞬間に分かる

金田一さん: 三浦さんは1980年代にたくさんの曲を作られた。今まで全部で何曲ぐらいを?
三浦さん: 2000弱だと思います。
金田一さん: すごいですね。2000曲というと、全部は覚えていらっしゃらないですよね?
三浦さん: 覚えていないのもあります。売れないと覚えてないですよ。
売れると、巷(ちまた)でかかったり、みんなが歌ってくれたり。売れていないのは「作らなかったのと一緒」みたいになるんです。
金田一さん: 「自分では自信があったのに…」とか、「これは売れるぞ」みたいな感じで出したらちっとも評判がよくなかった、あるいは「これはダメだろう」と思ったら案外売れちゃった、とか…。
三浦さん: そういうのはないですね。売れる人は、歌ったときから違うから。「これは売れる」と思った人が売れる。かわいそうだけど、「売れない」「これはダメだろうな」と思う人はやっぱり…。
金田一さん: 「この曲でこの人が歌ったら、これは行ける」と分かるものなんですか?
三浦さん: 分かります。その人にその曲が合っているかどうか…。
「プラスアルファが出る」というかな。その人の持っているものと作った人のままじゃなく、もっと違う、いいものが出てくる。それがオーラなのか何なのか、分からないですけど。声のパワーかもしれないし。何か、言葉にできないものがあるんですよ。
金田一さん: たとえば、「エクボの秘密あげたいわ もぎたての青い風 頬を染めて今走り出す私 二人ひとつのシルエット」と松田聖子ちゃんが歌うことで、1+1が3にも4にもなっちゃう。そういうことなんですね。
三浦さん: メロディーが望んでいる言葉をそのとき思いつくかどうか、それだけなんですよ。メロディーに触発されるというか。「自分が作った」という感じはあまりないんです。「やって来る」というか。
だから楽ですよ。いつも朝に書くんです。夜は、その日にいろんな人に会っていろんな言葉を話しているから、それが邪魔になっちゃう。原稿用紙やキャンバスを真っ白にして、眠って朝起きたとたんに書くんです。
そのころは、パソコンもFAXもなかったんですよ。マネージャーが詞を取りに来て届ける。すごく昔の話。今では考えられないですね。
金田一さん: 曲を聴きながら、そうやって言葉を乗せていくわけですね。その「曲」というのはメロディーだけだから、伴奏やリズム、いろんなものがないわけでしょう?
三浦さん: オケまで全部でき上がって渡されるときと、ギターだけで歌っているのを渡されるときと、いろいろあります。
「裸足の季節」はどうだったのかな…小田さんの歌っているメロディーを渡されたと思う。初めのころの聖子ちゃんは、小田裕一郎の歌い方にそっくりなんですよ。彼がレッスンをしているから。小田さんはおおらかな人だったから、その感じが出ていると思います。
金田一さん: それから、「青い珊瑚礁」「風は秋色」「チェリーブラッサム」「夏の扉」。
三浦さん: 「夏の扉」だけは、考えた部分があるんです。財津(和夫)さんの平凡なメロディーなので…「フレッシュ! フレッシュ! フレッシュ!」というところ、1つの音なのね。タン・タン・ターンというのを渡された。何とかしないとコマーシャルで目立たない。そこで、1つの音に「フレッシュ!」と入れたのがよかったんです。
金田一さん: 英語だからいいわけですね。1音節だから。
三浦さん: そう。そこに「青い」とやったら絶対に売れない。
金田一さん: 「新鮮! 新鮮!」「さわやか! さわやか!」じゃ話にならない。

イメージカラー戦略

金田一さん: 今気がついたんですけど、歌詞のモチーフがみんな「海」ですね。聖子ちゃんは海のイメージなんですか?
三浦さん: 「裸足の季節」は「白いヨット」だ。そうだったのかな? たまたまですね。
金田一さん: 「夏の扉」も、「夏のドア」じゃなくて「夏の扉」という辺りが…。
三浦さん: 寺山修司さんに会ったとき、「これはSFでしょ?」と。『夏への扉』という小説があったらしいんですよ。
金田一さん: そこから引っ張ってきた?
三浦さん: そんなことはないですよ。そう言われて、「そういうのがあったのか」と気がついたんです。
金田一さん: 「夏のドア」や「夏の戸」だと…まあ、「戸」は変だけど。「窓」でもないし。
三浦さん: 夏は扉を開けないと。
金田一さん: バーンと、開放感があって。両側に戸が開くような観音開きじゃないと。
これだけ売れると人生変わります? 「人生変わる」って変ですけど。
三浦さん: 人生変わった感じはないんですけど、忙しくて、なかなか歯医者にも行けなくて…。それが大変だったことは覚えています。1~2本歯をなくした感じ。たぶん、書くときに歯を食いしばるんです。考えて字を書くとき、知らず知らずに歯を食いしばっていた。
金田一さん: イメージとして、聖子ちゃんの歌に「海」といったことを書かれているんですか?
三浦さん: ありますね。彼女の基本カラーは、自分の中で「淡いピンク」にしたんです。それはディレクターにも言った。「青い珊瑚礁」の「渚(なぎさ)は恋のモスグリーン」は、ピンクに合う色だからモスグリーンが出ているんです。
会ったときに、ほほがうっすらピンクでかわいかったんですよ。彼女は色白だし。だから、「基本カラーをピンクにしましょう」と。
金田一さん: おもしろいですね。「その人の色」があるんですか?
三浦さん: その人が持っているカラー、あると思います。
金田一さん: 僕は何色でしょう?
三浦さん: 何色かな。
金田一さん: いや、いいです…。

<金田一秀穂×三浦徳子 「謎解きうたことば」②>

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