週のはじめに考える 中国「戦狼外交」の誤算

2020年8月31日 07時53分
 中国が「戦狼(せんろう)外交」といわれる好戦的な外交姿勢を強めたことで、国際社会との摩擦が目立っています。国内では習近平国家主席が号令をかける「大国外交」の象徴として歓迎する声もありますが、地域の安定を損なう覇権主義につながるとの国際社会の批判に、中国は冷静に耳を傾けるべきです。

◆「従順な中国終わった」

 中国軍特殊部隊の元隊員が内戦下のアフリカで同胞を救うため活躍する映画「戦狼」が二〇一七年に大ヒットしました。「戦狼外交」とは「中国版ランボー」といわれる同作にちなんだ表現です。
 その代表格が、外交部(外務省)の趙立堅副報道局長です。米国などが新型コロナウイルスを「武漢ウイルス」と呼んで批判したことに猛反発し、米軍によるウイルス持ち込み説を唱えて物議をかもしました。
 他国から見れば、挑発的な外交ですが、環球時報は四月、中国外交官を「狼(おおかみ)の戦士」と持ち上げ、「中国が従順な立場である時代は終わった」と言い切りました。
 こうした強硬路線への転換は、〇八年のリーマン・ショックで中国が四兆元の景気対策により世界経済を救ったという自信が起爆剤になりました。その後、習政権は「大国外交」を掲げ、経済、軍事力を背景に南シナ海などの「核心的利益」を力ずくで勝ち取る姿勢を鮮明にしました。
 アヘン戦争で敗れて「東亜病夫(東洋の病人)」とまで言われ、自信を喪失していたかつての中国。それに対し、習氏は「大国外交で新たな国際関係を築く」と述べるなど、「戦狼外交」に至る一連の強硬路線が大国としての地位を確かなものにすると思い込んでいた節があります。
 しかし、経済力、軍事力を背景に自らの国益だけを追求する近年のふるまいは目に余り、周辺国は眉をひそめています。

◆孤立回避狙う中国

 例えば、中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国と領有権紛争を抱える南シナ海に今春、勝手に行政区を設定。八月末には大規模軍事演習を強行し、中距離弾道ミサイルを発射しました。中国海警局の船による尖閣諸島周辺の日本領海・接続水域への侵入もやみません。
 さらに、中国は国交のないブータン東部で唐突に領有権を主張しました。ブータンの友好国インドと中国は六月に係争地をめぐって衝突し死者が出ました。中国がブータンに仕掛けた紛争にもインドを揺さぶる狙いが透けて見え、危険な行動が目立ちます。
 経済建設を優先した鄧小平時代の中国は、外交的に姿勢を低くし摩擦を避ける「韜光養晦(とうこうようかい)」路線をとりました。しかし、習氏は鄧氏の政策を捨て去りました。胡錦濤時代に提唱された「平和的台頭論」も一顧だにせず、一七年の党大会で「今世紀半ばまでに世界最高水準の国力を持つ強国を建設する」と宣言しました。
 大きな懸念は、覇権主義的な習氏の政策に国内で歯止めがかからないことです。「集団指導体制」も事実上、骨抜き。まさに「習一強」の弊害といえるでしょう。
 特に米中関係では、米大統領選で共和党、民主党いずれの候補が勝利しようとも、米国が中国を抑えこみにかかるのは必定です。それは、中国が「米国の挑戦者」として世界各地で覇権主義的な動きを露骨にし過ぎたからです。
 孤立回避を狙う中国は八月末、外交担当トップの楊潔チ(けつち)党政治局員が韓国とシンガポールを訪問し、王毅外相は欧州を歴訪しました。しかし、米国や日本と関係良好とはいえない韓国を国際社会との橋渡し役にしたい中国の思惑が功を奏すかどうか疑問です。中国系住民が七割のシンガポールを通じASEANとの連携を狙う中国ですが、ベトナムは南シナ海軍事演習に強く反発しました。習氏の「一帯一路」構想に協力的だったイタリアのディマイオ外相は香港の人権抑圧で王氏に苦言をていしました。

◆打算だけでない鄧戦略

 国益を守るため中国が外交に活路を見いだそうとするのは当然ですが、力ずくの「戦狼外交」は国際的に友を減らし敵を増やしてしまっていたようです。根底に信頼関係があってこそ、万一の際に外交が有効に機能しうることを、中国は見誤っていたといえます。
 鄧氏は「中国は再三再四、覇権を求めないことを表明しており、この考えに変わりはない。もし変わるようなことがあれば、すべての国が中国に反対しても構わない」と公言していました。すなわち、「韜光養晦」は弱い時代の中国を守る「打算」だけではなかったのです。その鄧氏の真意を習指導部は忘れているようです。
 国際社会との亀裂をこれ以上深めないためにも、中国は覇権主義的な行動をやめるべきでしょう。

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