2013年、東京の大きな話題となったのが、東京メトロ副都心線と東京急行電鉄東横線の相互直通運転だ。渋谷では駅の移転を伴い、人の流れを大きく変えた。利便性が増す一方で、利用客からは「座れなくなった」「遅れやすい」など不満の声も漏れてくる。ますます複雑になる直通運転。実際にどのように運営しているのか。遅延対策はどうなっているのか。
■遅れが連鎖・始発に座れない… 不満の声
東京メトロによると、副都心線では3月の直通運転開始後、乗客数が大きく伸びている。
7~9月期の1日当たり輸送人員は前年同期に比べ約30%増加。駅の利用者も軒並み増え、渋谷で72%、新宿三丁目で46%、池袋で18%増となった。直通効果は著しい。埼玉県と横浜市が乗り換えなしでつながり、確かに便利になった。
ただ、いいことばかりではない。「始発に座れなくなった」「遅れが連鎖する」「乗り換え時間がかかる」「行き先が分かりにくい」「忘れ物を取りに行くのが大変」――。不満を募らせる利用者もいる。
例えば東横線の場合、直通前は渋谷駅始発が多かったため、少し待てば座ることができた。これが直通後は始発の本数が減った。
忘れ物探しも面倒になった。例えば東横線内で荷物を忘れた場合、気付くのが遅れてしまうと、渋谷から1時間ほど離れた東武東上線の川越市駅まで運ばれてしまうことも。「どの電車のどの車両かが分かれば途中で車内捜索できますが、分からないと各社の拾得物とりまとめ駅で保管することになります」(東京メトロ)
電話で確認して最寄り駅まで戻してもらえないのか。聞いてみたところ「本人確認の問題があり、保管場所まで来てもらうことになります」とのことだった。
記者もかつて東京・大手町で忘れた紙袋を、片道1時間以上かけて埼玉県久喜市の南栗橋駅まで取りに行ったことがある。東京メトロに電話した時点でその電車はメトロ管内を過ぎており、東武鉄道にバトンタッチ。結局、終点まで運ばれてしまった。
■おおむね15分で直通中止 車両運用の苦労
遅延対策はどうだろう。東京メトロによると、運行情報が集まる総合指令所でダイヤの修正や車両のやりくりなどを判断し、その都度指示を出しているという。
「おおむね15分以上の遅れが見込まれるようになると、直通運転を打ち切ることが多いですね」
運転部運転課の水町陽一さんは、トラブル発生時の運用についてこう語る。「トラブルに備えたシミュレーションは常に行っていますが、事前に用意した直通打ち切り用のダイヤがそのまま適用できるとは限りません。事態に合わせて、修正ダイヤをその場で作っています」
例えば東横線が事故などで止まってしまったケース。副都心線は東横線との直通を打ち切り、渋谷駅で折り返すことになる。その際、本来なら東横線方面に走るはずの車両がすぐに戻ってくることになり、車両が余ってしまう。「この場合は池袋の先の小竹向原駅(練馬区)にある留置線(一時的に車両を止めておく線路)で余分な車両をいったん止めて、本線を走る車両の数を減らします」
直通を止めた段階で、どの社の車両がどこを走っているかで対応策は変わってくる。関係する鉄道会社が多くなればなるほど、解くべき方程式は複雑になる。最終的にはそれぞれの会社の車庫に戻すのが原則だが、トラブル発生時間によっては他社の車庫に入ることもある。しかしそうなると、翌日の車両運用にも影響が出てしまう……。現場では毎日、頭を悩ませているという。
■半蔵門線と東急田園都市線、直通中止できない理由
直通が中止できない路線もある。半蔵門線だ。駅の構造上の問題だという。どういうことか。
「半蔵門線の渋谷駅には線路が2本しかないので、車両を待避させることができないんです」
運転部運転課の日浦敏宏さんは解説する。2線だと、半蔵門線側、田園都市線側から来た電車を一時的に停車しておく場所がない。遅延がひどくなっても直通を止められず、遅れが広がってしまう。これに対して副都心線渋谷駅には線路が4本あり、待避が可能だ。
半蔵門線は東武伊勢崎線との直通でも問題を抱えていた。2つの路線は押上駅(墨田区)で乗り入れているが、押上駅も折り返しができない構造だったのだ。トラブル発生で直通を打ち切る場合、東武線は北千住駅(足立区)などで折り返すことになり、乗客はその都度、千代田線などに乗り換える必要があった。
このため東京メトロは4月から押上駅の改良工事を実施。10月末に完了したといい、ようやく押上駅での折り返しが可能となった。
■乱れたダイヤの戻し方
では、乱れたダイヤはどうやって回復するのか。
「いろいろありますが、例えば折り返しにかかる時間を短縮するという手があります」(水町さん)
新木場駅(江東区)止まりでそのまま車庫に入る電車があったとする。通常は運転士が1人で車両Aを車庫に入れ、新たに別の車両Bを車庫から出す。その際、車両を車庫から出し入れする時間に加え、Aの先頭からBの先頭まで200メートル分、歩く時間がかかる。
ここに運転士を1人派遣すれば、1人がAを車庫に入れ、もう1人がBを車庫から出してそのまま運転できる。「通常8分かかっていた折り返しを4分に短縮できるなど、大きな効果があります」
車庫に入る予定の車両をそのまま折り返し車両に変更することもある。あるいは行き先を変え、より手前で折り返すことで時間を短縮する手法も使われているようだ。指令所は状況を把握し、他社と連絡を取り、状況に応じて打つ手を考えねばならない。
■後ろの電車を待つ理由 間隔調整で連鎖防ぐ
「後続の電車が遅れていますので、当駅で間隔調整を行います」――。こんな車内放送にイライラした人は多いだろう。遅れていない電車までなぜ遅らせるのか。「鉄道ダイヤのつくりかた」(オーム社)などの著書があり、ダイヤ管理に詳しい富井規雄・千葉工業大学教授に聞いた。
「3分間隔で運行しているダイヤの場合、3分遅れてしまうと、理論上は次の電車の混雑率が2倍になります。すると乗り降りに時間がかかってさらに遅れ、次の電車、その次、と遅れが拡大していくのです。そこで前の電車を止めて電車の間隔を縮め、混雑を分散させることで、遅れが拡大するのを防ぐのです」
3分間隔で電車が続く路線だと、3分の遅れは1本の電車が消えたことに等しい。その分混雑は激しくなる。東京メトロではホームページ上に動画を載せ、間隔調整への理解を呼びかけている。
■小田急とJR東も直通を準備
富井教授によると、鉄道ダイヤ作成時に考慮すべき点は3つある。(1)線路・番線(2)乗務員(3)車両――。なかでもややこしいのが車両のやりくりだ。
直通運転となると何社もの車両が1つの線路を通る。例えば東急田園都市線、東京メトロ半蔵門線、東武伊勢崎線・日光線の場合、3社の車両がどの区間も走っている。
さらに込み入っているのが小田急小田原線・多摩線とメトロ千代田線、JR常磐線のケース。3社であることに加え、車両の所属会社によって走る区間が異なるからだ。すべての区間を走れるのはメトロ車両のみ。小田急とJRの車両はそれぞれメトロ区間には乗り入れるが、その先は走らない。双方の信号システムなどに対応していないためだ。途中で折り返す車両が多く、ダイヤは非常に複雑になる。
こうした事態を解消するため、小田急電鉄と東日本旅客鉄道(JR東日本)は4月から、車両の改造を始めている。時期は未定だが、いずれ直通の本数が増えるという。
■ダイヤ作成の難問 各社の走行距離を同じに
ダイヤ作成にはもう一つの難題がある。乗り入れている各社の走行距離を同じにする必要があるのだ。
「メトロ管内で他社の車両を走らせると、その距離に応じてメトロがその会社に車両使用料を払うことになっています」(東京メトロ運転部輸送課の宮英幸さん)
例えば千代田線の場合、小田急とJR東に使用料を払う一方で、両社からもメトロ車両の走行分を受け取る。それぞれの距離が同じになるようにダイヤを組めば、精算は最小限で済む。どうしても均衡がとれない場合は、他社車両を自社路線だけで往復させて距離を稼ぐ。メトロでは、小田急の車両を千代田線内で往復させているという。
なぜこんな複雑な運用をするのか。単純に金銭で精算するわけにはいかないのか。メトロに聞くと、「不均衡を放置すると、特定の会社が毎年億単位の使用料を払い続けることになる。財務上の大きな負担は避けたい」とのことだった。
最近では新しい手法も登場している。車両使用料を2社間で均衡させるのではなく、「自社と他社」という観点で均衡させる手法だ。
例えばメトロと東急、東武の3社で直通する場合。メトロは「東急+東武」との間で均衡するようダイヤを組む。東急は「メトロ+東武」、東武は「メトロ+東急」と均衡するよう組めば、結果的に3社はそれぞれ同じ距離になる、というわけだ。もちろん、3社間での調整は欠かせない。
■直通運転、それでも事業者に大きなメリット
直通運転は、現場にも大きな負担となる。特に影響が大きいのが運転士だ。
副都心線と東横線の直通前、メトロと東急は運転士の研修を行った。終電が出てから始発までの間に、メトロは東急、東急はメトロの車両を借りて実際に運転したという。「車両によっては計器類の位置が微妙に違うので、慣れるまで時間がかかります」(運転課の日浦さん)
メトロは運転士が1人で車両を担当するが、東急では運転士と車掌の2人。引き継ぎをスムーズに行う練習も行った。車両を引き継ぐときに最も気をつけるのは、行き先の設定だという。限られた停車時間で正確に設定するため、練習を繰り返した。
複雑化する直通運転。それでも行うのはなぜか。富井教授は「利用者にとっての利便性向上に加え、事業者にもメリットが大きい」と指摘する。
「2つの駅を1つにまとめることで、用地が浮く。渋谷駅の例が典型的です。乗り換えがなくなることでターミナル駅の混雑が緩和する。折り返しを待つ時間を短縮でき、車両運用にも余裕が出ます」
直通拡大に動く鉄道各社。一方で直通開始は不満の矛先にもなりやすい。乗客の利便性を高めつつ、遅延の連鎖を防ぐ。難題を前に担当者は日々、知恵を絞っている。(河尻定)
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