電撃ドットコム > 電撃オンライン > 緊急特別企画 創造への挑戦 ナムコ・ワンダーエッグの軌跡


■花博で芽吹いた「ハイパーエンターテイメント構想」~参加体験型アトラクションの誕生~

 '90年、大阪で開催された「国際花と緑の博覧会」(以下、花博)。ナムコは、その一角にある遊園地ゾーン「マジカルクロス」に2つのアトラクション、『ギャラクシアン3』と『ドルアーガの塔』を出展した。これらアトラクションの出展は、ナムコが提唱する未来型のエンターテイメント「ハイパーエンターテイメント構想」の出発点であった。

 この構想とは、客がただ"乗る"だけ、"見る"だけの受動ではなく、能動的に"参加"できる「参加体験型アトラクション」という、革新的なアトラクションの提案である。

 この構想を初めて形にした2つのアトラクションの企画・開発の中心に、当時、企画事業室に籍を置いていた池澤守の姿があった(現、執行役員・テーマパーク事業本部長)。彼こそ、後にワンダーエッグ、ナンジャタウンと続く「ハイパーエンターテイメント構想」の体現に尽力した人物である。彼を中心に、ナムコの新たなる挑戦、つまり、テーマパーク作りは展開されることになる。

「当時のハイテク技術を応用したこの2つのアトラクションは、お客様が能動的に参加できるということで、皆様からたいへんご好評頂きました」
 こう語るのは、当時、営業企画部に在籍していた石川文夫(現、テーマパーク事業本部・ナンジャタウン部長代理)。彼は、花博当時からアトラクションやテーマパーク作りに関わってきた、主要メンバーの1人である。彼の言葉通り2つのアトラクションは、従来の受け身型であるアトラクションとは違う全く新しい楽しさを提供している点で大きな反響を呼ぶことになる。

  この反響は、二子玉川東地区再開発事業を担当していた東急グループの関係者にも伝わることとなる。石川は語る。
「東急さんがウチのアトラクションを大変気に入ったらしく、『二子玉川にスペースがあるので、ぜひアトラクションを置いてみないか』とおっしゃられまして。それがワンダーエッグのはじまりですね」
'90年、大阪で開催された花博に出展した参加体験型アトラクション『ギャラクシアン3』『ドルアーガの塔』は、従来のそれとは違う全く新しい楽しさを提供している点で、大反響を呼んだ(イメージ図)