将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年10月22日 (金)

コンピューター将棋ソフト『あから2010』が清水市代女流王将に勝利

コンピューター将棋ソフトの棋力は、10年ほど前はアマ二、三段といわれました。その後は急速に進歩してアマ五、六段に伸びました。そして現在ではさらにパワーアップし、アマ名人戦、アマ竜王戦などで優勝したトップアマと遜色がないそうです。実際、専門紙が企画したお好み対局などでよく負かしています。

将棋連盟は5年前、プロ棋士・女流棋士が公式の場で許可なくコンピューター将棋ソフトと対局することを禁じる通達を出しました。それには意図がありました。棋士対ソフトの勝負の価値を高めるためでした。そして3年前、渡辺明竜王と当時の最強ソフト『ボナンザ』が対局しました。結果は、渡辺が終盤の寄せ合いで一手勝ちを収めましたが、実際は難解な変化があって形勢不明でした。ソフトの強さが改めて認識されました。渡辺がもし負けたら「竜王」の威光にも影響しかねないので、対局料はかなり高額だったそうです(一説では竜王賞金の約4分の1とか)。

今年の10月11日。コンピューター将棋ソフト『あから2010』と清水市代女流王将が対局するイベントが東京大学で開催されました。会場には多くの取材陣や700人以上の将棋ファンが訪れ、関心の高さをうかがわせました。

このコンピューター将棋は、過去の大会で優勝した『ボナンザ』『激指』『GPS将棋』『YSS』など4種のソフトが多数決合議制で指し手を決めるシステムでした。合議制の利点は「好手を指すよりも悪手を減らす」効果があり、各ソフトの「形勢判断が正確」「深く読める」などの個性も生かせるそうです。なお『あから(阿伽羅)』は10の224乗の数を表し、将棋で想定される局面の数がこれに近いことから名付けられました。

清水と『あから』の対局の持ち時間は、各3時間で使い切ると1手60秒。プロ棋戦に相当する設定でした。清水は着物姿で対局に臨み、相手側に駒の操作係と入力係が座りました。振り駒の結果、清水が先手番。戦型は清水の居飛車、『あから』の四間飛車となりました。

清水は序盤で急戦模様に指しながら、▲9八香と上げて穴熊囲いをめざしました。すると『あから』が先に動いて戦いが始まりました。中盤では清水が駒得して有利かと思われました。しかし『あから』も持ち直して、終盤の戦いに入りました。自玉のトン死筋が心配な状況でも、「怖がらず」に踏み込むところがコンピューター将棋の特徴です。そんな勝負所の局面で、1手60秒の秒読みに追われた清水が悪手を指しました。その後は『あから』が猛烈に攻め込み、86手で清水に勝利しました。

清水は事前に関係者からコンピューター将棋について説明を受け、いろいろと研究してから対局に臨みました。だから対局中は、指し手がよく予想できたそうです。ただ私が棋譜をざっと見た印象では、清水の強さがあまり発揮されませんでした。「勝たねば…」という思いもプレッシャーになったようです。それと居飛車穴熊(実戦では序盤で▲9八香と上げ、終盤で王手を受けて▲9九玉と引いただけですが)とは相性が良くなく、近年の公式戦では5戦全敗でした。

コンピューター将棋ソフトが公式の場で女流棋士に勝ったのは初めてのことでした。今後は男性棋士が相手になるかどうかが注目されますが、現時点では不明です。

次回は、コンピューター将棋に関するコメントについて。

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コメント

今思い出したのですが何年か前にイベントかなにかで岩根さんも負けていますね
将棋世界に棋譜も載ったと思います

投稿: しゃーふ | 2010年10月22日 (金) 19時31分

田丸さん、はじめまして。いつも楽しく読ませてもらってます。
さて、人間(プロ棋士)vsコンピュータの戦いは、コンピュータが勝ちました。今度は人間(連盟)側がコンピュータより強いことを証明しなければいけません。
清水さんは女流棋士ですが、連盟が代表者として送り出した人物に変わりはありません。オリンピックに国内ランク4位5位の選手を送り出した、その結果負けた。それは他国の人にとっては関係のないことですよね。強豪の日本代表を負かしてNo.1になったのだから、No.1を名乗っていいんです。実際そうすべきです。もし4位5位の選手に負けてたら、相応のリスクはあった訳ですから。

という訳で、上記の証明できないうちは、残念ですが理屈上はコンピュータの方が強いという結論にならざるを得ません。
証明義務は連盟側に移りました。速やかに、あからに対して挑戦を申し込まれることを期待します。将棋でコンピュータが人間より強かったという時代は短い方がいいですから。

投稿: ひろ | 2010年10月23日 (土) 09時31分

> 将棋でコンピュータが人間より強かったという時代は短い方がいいですから。

1. 将棋は格下に「一発」を食いやすいゲームです。終盤の一手の比重が高く、
そこで悪手を指すことによって一気に勝負が入れ替わるからです。

2. コンピュータの性能向上の根拠である、半導体の集積度向上、そしてそれによる
動作周波数の向上は今後ともペースは鈍りつつも上昇を続けるでしょう。
従って、コンピュータの棋力向上が落ち着くことも当面は無いと言えます。
いつかはコンピュータが人間に勝ち、その後統計的にも勝ち越しを続け、
追いつけなくなる日が来るでしょう。

3. そして、【3年前、渡辺明竜王と当時の最強ソフト『ボナンザ』が対局しました。】では
ボナンザが終盤、相穴では当然の竜切りを見逃すまでは少し苦しかったと
竜王自身も判断していました。
http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/44150b5b5d9e8d6d04a84292a13ce277

以上のことを合わせると、竜王、名人ですら「一発」食う可能性は既にあると
言えるので、連盟側も対応に苦慮するのは当然ですし、ひょっとしたら今回の
「あから2010」は「一発」どころではなく、既にプロトップを追い抜いている
可能性もあるかもしれません。

人間同士の対局はたいてい、悪手が一局のどこかで出て勝負がつきますが、
コンピュータは悪手をなかなか指さない、あるいはコンピュータの悪手を
とがめるのは大変ですから・・・。

投稿: へっぽこ振り穴党 | 2010年10月23日 (土) 13時05分

もう一つ言いたいことがあります。
今回、圧勝とも完勝とも言ってもよい内容であからが勝ちました。私にはそう見えました。
プロ棋士による解説では、途中は互角、あるいはいっとき清水さんがよくなったかなと思える局面もあった、という感じに書かれてましたが、ソフトによるリアルタイムの形成分析では、清水さんがよくなった局面(清水さん側に振れた局面)は一度もなく、あからが終始リードを保ち、そのまま押し切ったという分析結果でした。
となると、形勢分析においてもプロ棋士とコンピュータの意見が分かれたことになり、どちらが正しいのかということになります。同一局面の形成をどう判断するかは、それはそのまま棋力に繋がると思います。
素人の将棋ファンはどちらの意見を信用すればいいんでしょうかね。結果的にコンピュータが勝った以上、形勢判断においてもコンピュータの見解を優先せざるを得なくなるわけですが…。ファンは混乱しています。

こんなのはもったいぶったイベントのレベルじゃないですよ。一刻も早く人間(プロ棋士)の尊厳をかけてリベンジを達成しないと、プロ棋士の威信が損なわれていきますよ。
米長さんの考えは私にはわかりません。コンピュータとの対戦を集金イベントにするつもりなのかわかりませんが、そんな悠長なことをやってる場合じゃないように思います。

コンピュータがトッププロ棋士に勝てるのは何年後、いや何年後…、という昔のアンケート結果がありましたが、よもやプロ棋士側が勝負を避ける形で何年も先延ばしになる、などという話にはしてほしくないです。

投稿: ひろ | 2010年10月23日 (土) 14時46分

ぶっちゃけ勝てるわけないと思ってました。
清水さんだからじゃなく、コンピューターは最善手をインプットした兵器だから。今までプロが勝ってたのが不思議です。
どのジャンルでも人間がメカに勝てるほうが珍しいので、これからプロ棋士がコンピューターに勝てなくなっても、なんとも思わないですし、既にプロ対コンピューターのカードはあまり興味がないです。

投稿: K | 2010年10月24日 (日) 09時55分

コンピューターはあくまでも研究の為に必要なだけで、プロ棋士と勝負させる事には意義はないと思う。暗算が得意な人が計算機と勝負する様な物。人間同士だからこそ価値があるのであって、コンピューターに勝っても負けても価値はない。

投稿: ライオン | 2010年10月25日 (月) 02時12分

田丸先生、いつも楽しくブログを拝見しています。
じわじわ清水市代女流王将が悪くなって行ったという印象ですが、
駒得しているあたりははっきり清水市代女流王将が優勢だったのでしょうか?
コンピュータは駒損でも自分が有利だと計算していたと思うのですが・・・・・。

投稿: ごま | 2010年10月25日 (月) 20時00分

田丸先生こんにちは!いつも楽しく読まして頂いています。
14年前の話は面白かったです。私の予想は持ち時間が一番の勝負と見て
ました。持ち時間3時間ならさすがに清水勝ち持ち時間15分ならcom勝ちと予測していましたが、見事うらぎられました。最大の勝負どころは、comが45桂のただ捨てした局面だと思います。檄指し、GPS、ボナンザの候補手
が割れたところで(bonaza77角成には笑いました)です。元来comが「損して得する」
とか「厚み」の理論はプログラミングは難しいと見ていたのですが、駒の働きを重視したこの一手には驚きました。通常プロに駒損しては、まず勝てないとしたものですが、この局面をTOPプロがどう見ているのか、一番知りたいです。

投稿: オンラインブログ検定 | 2010年10月26日 (火) 01時25分

田丸先生、はじめまして。いつも楽しく読ませて頂いております。
今回の勝負でコンピューターは45桂は駒損だが指せるという大局観で45桂と指して勝ったと思いますが、プロの目から見たら45桂は疑問手なんでしょうか?

それと会長さんは次は清水さんのリベンジがフェアだとおっしゃってましたが、実力差を考えると相手に失礼で将棋ファンの一人としてがっかりしました。それを言うなら、ボナンザの渡辺竜王へのリベンジが先だと思います。

投稿: 常識人 | 2010年10月26日 (火) 12時53分

上のコンピュータは卑怯者さんへ。

私は別に人間が機械に負けてもいいと思います。それは全然恥ずかしい事ではありません。
恥ずかしいのは現実から目を背け、嘘をついたり、誤魔化したりして逃げ回る事です。
相手はコンピューターといえども作ってるのは人間です。だから礼儀は尽くすべきだと思いますよ。

「私はコンピューターより強い。しかし、対局はしない」

等という姿勢は礼を重んずる将棋とは相容れない考え方です。

投稿: 常識人 | 2010年10月30日 (土) 00時39分

日本将棋連盟が棋士のコンピューターとの対局を禁止するのは何故か。沖縄で日本軍が追い詰められたときに最初に女性に白旗をもって投降させ、兵隊がそのあとに続いたという話を思い出す。和服を着て、正座をするのがいい棋士だというなら、将棋連盟の中に正座の姿勢を競う部門をこしらえ、アカラと戦ってみようという元気のある棋士は米長体制から独立したらどうだろう。

投稿: ヤコビ | 2010年11月20日 (土) 10時57分

様々なご意見があるようですが、コンピュータ側のスタンスとプロ棋士側のスタンスに隔たりがあるのが少し気になります。

コンピュータ側の主体である情報処理学会は、対局の冒頭「機械が機械として、人間が人間として、対等に渡り合っていく時代の幕開けにしたい」と仰っていました。スーパーコンピュータの処理能力には物理的限界があることが分かってきた現在、思考の原理を解き明かそうという試みに人間の知恵が不可欠であるというコンピュータ側のスタンスは紳士的だと思います。

負けることを恐れ、対局を避けるスタンスが人間側だとするならば、消極的と言わざるを得ません。コンピュータ将棋の出現は、将棋という人間の知恵がぶつかり合うゲームが、単なるゲームというレベルを超えて人類の発展に寄与するチャンスではないでしょうか。

最後に、もしコンピュータによってトップ棋士が負かされる日が来たとしても、人間の優位性は失われないと思います。我々がプロ棋士の対局に注目するのは、盤上に人柄とも言うべき独創生が映しだされるからです。将棋という文化を創造し、芸術の域にまで高めた独創性もまた、永遠に失われる事はありません。

コンピュータと人間の競い合いによって人類全体の財産が増えていき、それが日本から発信されるということを誇るべきではないでしょうか。

投稿: タカフミ | 2010年12月19日 (日) 02時21分

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