特集 2000.02/vol.2-No.11

逆工場とは何かーモノづくりからの再出発ー
「写ルンです」の循環生産システム
Akira Fukano
1974年早稲田大学大学院理工学研究科卒業後、富士写真フイルム入社。生産技術部で生産システム設計を担当。89年から「写ルンです」のリサイクルシステム開発を担当。92年LF事業部発足時に異動し、システム設計専任。98年から現職。(LF=レンズ付きフィルム)
 
 インバース・マニュファクチャリング、循環生産というとき、必ず引き合いに出されるのが富士写真フイルムのレンズ付きフィルム「写ルンです」だ。回収された「写ルンです」は、自動化された工場で再び製品化され、出荷されて行く。
 どのような考えの基にそうしたシステムをつくりあげたのか。一昨年まで「写ルンです」のリサイクルセンター、循環生産工場の設計に携わってきた深野彰氏に聞いた。


写ルンです 「写ルンです」は1年以上の開発期間を経て1986年7月1日に新発売された。この初代「写ルンです」は110(ワンテン)フィルムというポケットカメラに使われていたカートリッジ式フィルムを使ったものだった。当初年間10万台と予測していたが、マスコミにも取り上げられ初年度で百万台も売れるヒット商品になった。
 そして、ちょうど1年後の7月1日、35ミリフィルムを使った「写ルンですHi」を発売。今までより一回り大きな「写ルンです」だったが、感度が従来の100から400になり、画面サイズも35ミリと写真としての仕上がりも非常に良くなった。その結果、「写ルンです」は簡単カメラから写真として認知される存在になった。
 そこからが「写ルンです」の発展の歴史が始まったと認識している。つまり、写真として認知されたことが、「写ルンです」がヒット商品から定番商品になった転換点だったと考えている。

アウトソーシングでリサイクルセンターを稼働

 「写ルンです」はフィルムとカメラが一体化しているため必ず現像所(ラボ)に戻ってくる。「写ルンです」が売れるにつれてラボから空になったボディーを何とかしてほしいという話が出てきた。もちろん、それまで空ボディーの処理は各自治体の指示に従って適正処理するか、リサイクル業者へ引き渡すようにはしていたが、販売量の増加でラボの負担が大きくなってきたのだ。
 それがきっかけでリサイクルセンター構想が生まれ、初代「写ルンです・リサイクルセンター」が90年5月から稼働することになる。しかし、その時はまだ、足柄工場近くの協力会社に委託した半自動のリサイクルセンターだった。例えば外側のラベルをむくところや電池の取り出し、検査も人手で、簡単な分解作業だけを自動化したシステムだった。
 空ボディーの回収ルートは「写ルンです」が必ずラボに戻ってくる製品であったため、それほど難しくはなかった。ラボからの逆物流を考えればよかったからだ。ラボには現像液や感光材をトラック便で送っているが、帰りは空で帰ってくる。それに乗せて、各地の営業所倉庫にいったん集め、足柄工場に戻ってくるルートをつくった。
 リサイクルセンターの稼働の理由にはラボの声もあったが、もう一つ大きな理由があった。
 それは、「写ルンです」が発売当初から一般には「使い捨てカメラ」と呼ばれていたことだ。われわれは初めから「レンズ付きフィルム」と呼んでいたが、だれも「レンズ付きフィルム」と呼んでくれない。その「使い捨てカメラ」という言葉に非常に抵抗感があった。もちろん、ただ「レンズ付きフィルム」と呼んで欲しいといっても変わるわけではない。やはり、実践の中で「使い捨て」という言葉を死語にしていくような活動をする必要があると考えたからだ。

リサイクル工程
仕分け工程 分解工程
検査工程 工場

競合他社の回収品を無償交換するシステムに

 「写ルンです」を発売して1年後くらいから他社も競合商品を出してきたが、このことがリサイクルに新たな問題を生むことになった。
 ラボにはフィルム会社の系列があるが、ユーザーは「写ルンです」で撮ったからといって富士系のラボに集配する写真店だけに出すことはしない。ラボには他社の製品も戻ってくることになった。他社にも逆のことがいえる。
 リサイクルをする側としては、これはかなり困った事態だった。例えばボディーの材料は同じポリスチレンを使っていても、企業ごとに微妙に添加物が違うから、それは混ぜたくない。
 そこで91年に、お互いの倉庫を決めてそこに取りに行くという無償で交換する仕組みをつくった。同時に一般呼称を業界で「レンズ付きフィルム」にする合意も得られ、そのためにもリサイクルをきちんとやろうという意思統一ができた。

リサイクルの自動化に合わせた新機種の開発

 リサイクルセンターの構想時点からそれを完全自動化したいと考え、センター稼働と同時に生産部門ではリサイクルの自動化のための研究を始めていた。しかし、設備だけで完全自動化することは困難で、どうしても製品設計そのものから考える必要があった。分解のしやすさやユニット化、積み重ね構造などが採用され、約2年の開発期間を経て完成したのが「写ルンですエコノショット」だった。その発売のタイミングを考えてリサイクルラインも自動化の開発を進めた。
 「エコノショット」の発売は92年7月1日。ちなみに、初代の「写ルンです」から7月1日に新製品が発売され、われわれは7月1日を「写ルンですの日」と呼んでいる。これには夏の8月が「写ルンです」の最需要期ということもある。
 リサイクルの自動化ラインが足柄工場の中にできたのは、「エコノショット」が発売された年の秋、11月だった。また、それまでリサイクルを委託していた外部の協力会社には、望遠、接写、水中用と「写ルンです」のバリエーションが増えていたので、そういう少量生産のリサイクルを依頼した。
 さらに、98年にはそれまで足柄工場内の別の場所にあったリユース・リサイクル工程と生産工程を一つにした「写ルンです」循環生産工場を竣工(しゅんこう)。生産の迅速化と効率化を図った。

リユースを商品開発のコア・コンセプトに

リサイクルシステムの3要素 リサイクルの基本要素は三つあると思っている。
 一つは回収システム。市場から効率よく回収することができないと、リサイクルシステムは成り立たない。実は、リサイクルシステムの中で一番難しいのは回収システムだと考えている。
 写真業界の場合は幸せなことに、いわゆる一次回収に苦労がない。「写ルンです」もユーザーがなんの抵抗もなく写真店に持ってきてくれるので、後は物流の問題になる。
 一次回収を消費者が自然にやってくれる商品は基本的に回収率が高い。典型的なのがタイヤで、必ず整備工場やタイヤの専門店に行って交換する。そこにリサイクルのシステムを考えるときのヒントがある気がする。消費者からの一次回収をどうするか。そこを自然な形で消費者に協力してもらえる仕組みができれば、リサイクルはかなり進展する。
 二つ目には、回収品を新品同等以上の品質に再生することができるかというリサイクル技術の問題がある。
 三つ目は、リサイクル技術にも関連するが用途開発の問題だ。需給バランスを考えるとリサイクルは非常に難しい。オープン市場に出せるような材料であればいいが、特殊な材料を使っていると需要があまり見込めない。
 つまり、リサイクルではなくリユースをコア・コンセプトにおいて商品を開発していけば、こうした問題は解決する。

全数検査が必要なリユース

 「写ルンです」のリサイクルでは、リサイクル技術ではなくリユース技術を開発しようと考えた。検査でリユースできないものはリペア(修理)する。「写ルンです」はユニット設計だが、そのユニットの使えなくなった部品だけを交換する。ユニットごと捨てるのはやはりもったいない。例えばレンズが傷ついているのであれば、レンズだけ交換できるようにした。
 まずリユースを目指す。リユースできなかったものはリペアをする。リペアもできないものはリサイクルする。
 ある意味では、リユースは人間ドックにかかるようなものだ。「写ルンです」の再生ラインは検査が主体になっている。違うところは、エステ(洗浄)をしてきれいにしたり、ちょっとした外科手術(リペア)をするところだ。そういう考え方でいけば廃棄物は減らしていけると考えている。
 リユースで最も重要なポイントは「検査」だ。従来の品質管理は、統計データを基にした抜き取りサンプリングでロット単位の合否が決められた。100個のうち1個を抜き取って合格なら、残りの99個も合格だった。それがリユースでは、どの部分が悪いのか全数検査が必要になる。
 また、それを軽減するため、何回リユースしたユニットかというチェックも行っている。ユニットごとに小さな印を付け、リユースした年月がわかるようにしたのだ。こうすれば、新品のユニットの品質データと比べ違いがなければリユース何回はこのユニットについてはOKであるという判断ができ、自動的に流せる。こうした工夫で、特別な検査をいれなくていいという保証をしている。

始めたらやめられない循環生産

 「写ルンです」は本当に採算が合っているのかと、よく聞かれる。それだけの設備投資をしているわけで、当然採算的には厳しい話になる。しかし、循環生産は始めたらやめられない。やめたらユーザーの信頼を失うことになるからだ。覚悟を決めて取り組まないと循環生産はできない。
 「写ルンです」の場合は生産工程とまったく別のリユース・リサイクルラインがあるのではなく、あくまでも循環生産をしている。コストという意味でいえば、リユース・リサイクル工程も、生産工程のコストの一部という考えだ。循環生産であって「循環リサイクル工場」ではない。
 循環生産が採算に合うか合わないかは、その自動化システムで発生する経費と原材料使用量減とのバランスの問題になる。幸い「写ルンです」は現在シェア70%、回収率も70%に達している。年間6,000万本出荷されるうちの4,000万本ぐらいが返ってくる。そういう量の大きさも、循環生産の自動化に踏み切る要因になっている。
 また、プラモデルと同じように見えるが、「写ルンです」は実は精度としては誤差百分の5ミリという超精密成型品でもある。フィルム自体が高感度センサーなので、光漏れがあればすぐ感光してしまう。リユースも、それだけの精度を要求されるため自動化する必然性もあった。



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