宇宙政策シンクタンク「宙の会」は、宇宙政策について調査、議論し、提言することを目的にしています。多くの欧米のシンクタンクに見られるように、下請的調査ではなくて、中立、公平な立場での政策提言をめざします。そのスローガンは「静かな抑止力」。宇宙活動を世界標準並みに、科学技術力、将来産業力、環境・災害監視力、国際協力と外交力、という国の総合的ソフトパワーに活用すべきとの考えです。

宇宙の大目標について(7)

再使用ロケットR&Dの内外の状況

五代富文

2012.9.12

宇宙活動を経済的に、安全におこなうための宇宙ロケットとして、世界各国の政府あるいは企業は、使い捨て型ロケットを開発し、使いつづけている。

使い捨て型ロケットに代わって、一部あるいは全部を再使用するロケット(Reusable Launch Vehicle : RLV)、とくに理想的な1段式完全再使用型ロケット(Single Stage To Orbit : SSTO)を、各国は過去数十年にわたって検討・設計し、試作・飛行試験してきたが、技術的、経済的理由からすべて失敗し、計画を中止してきたのが現状である。

したがって現在、あるいは近未来では、宇宙開発は、下記3タイプの宇宙飛行体をつかって進められる。

 国と大企業は、高度技術をつかった使い捨て型ロケット(使い切り型とも呼ぶ、expendable launch vehicle ,ELV)を長年にわたって使い、現状では、すべてのロケットはこのタイプである。

2、3番目のロケットは新しく誕生する宇宙飛行体である。第2のタイプは、ベンチャー企業が国の開発した技術を徹底的に利用した安価な使い捨て型ロケットであって、衛星打ち上げ、宇宙船運搬など実用化直前の状態にある。

さらに宇宙軌道には届かないものの、宇宙の縁である高度100kmを観光目的で飛行する再使用型宇宙航空機をベンチャー企業が開発している。この3番目の宇宙飛行体は宇宙を長期間にわたって飛行することはできないが、新しいカテゴリーの宇宙ロケットということができる。

本稿では、日本が中長期的に再使用型ロケットを実現していくための検討に資するため、再使用型宇宙ロケットの現状と将来展望をのべる。

 

 

(1)スペースシャトルなきあとの再使用ロケットは

 

 スペースシャトルが2011年7月、30年にわたる飛行を終えて引退してから、世界の宇宙ロケットはすべて使い捨て型になり、再使用型ロケットの運航時代は終わってしまった。残った3機のスペースシャトル、ディスカバリー、アトランティス、エンデバー号は、全米各地の博物館に移動展示され二度と飛ぶことはなく、いまやスペースシャトルは歴史遺産となった。第1世代再使用型ロケット時代が終わったといってよいだろう。

 

1960年前後、再使用ロケットとしては、NASAの実験機X-15が、速度マッハ6.7、高度107kmという当時の世界飛行記録をだし、その成果がスペースシャトル実現に大きく貢献したが、そのスペースシャトル自体の寿命が尽きて、それを継ぐ再使用型ロケットが存在しないのが現状だ。

 スペースシャトルは1970年代に発案された時には、航空機の新時代をひらいた1940年代のDC-3航空機のように、宇宙輸送においても新時代を開くものをめざした。残念ながら、新世代宇宙輸送系を標榜したスペースシャトルは、経済性、安全性、運用性などの目標を達成することはできず、30年間135回の飛行運用で幕を閉じた。当初掲げた理想は遂げられず、その間、2度の大事故を引きおこした。しかし、スペースシャトルは、航空機並みの有人往復輸送性、有人活動があってこそ実現したハッブル望遠鏡など、さまざまな宇宙活動実績を挙げたことは評価されるべきだ。

 

 それでは、スペースシャトルが退役した後、宇宙輸送系(ロケット)は再使用型ではなく、使い捨て型だけの時代に戻るのだろうか。そのようなことはないし、再使用型宇宙輸送系が主流になるのは間違いないことだが、その時期がいつかと問われれば明確な答えが出せないのが現状だ。

再使用をめざしたロケットの構想立案、技術開発は、宇宙開発が始まった当初から宇宙技術者はつねに考えていた。米国、ソ連、日本、欧州において、そのためのおおくの設計、部分試作、小型試験機の飛行、実証機の開発が続けられて今に至っている。

 

この後概略を述べるが、宇宙航空機の理想像とされるスペースプレーンは、機体の空気力学的研究などは盛んだが、肝心の空気吸い込み型複合エンジンについては実現の目途は立っておらず、これから四半世紀のR&Dが必要になるだろう。

空気吸い込みではなくて純粋のロケットエンジンを搭載する宇宙航空機の場合、1段式については技術的に現状では不十分であって、米国が行った実証機の開発は頓挫し中止された。

現在の技術で、実現の可能性が高い形態は、ロケットエンジン搭載型の2段式宇宙航空機であろう。この構想も1段目が発射場へフライバックする実証試験が計画されているレベルで、2段目には従来の使い捨て型ロケットをつかうことによって、効率は高くないが人工衛星打ち上げが可能となる。2段式完全再使用の宇宙航空機も技術的に実現可能な兆しが見えているが、技術、経済性、信頼性、運用性の面で、完成しても理想の宇宙輸送系には至らないだろう。

しかし、現実性のある再使用型宇宙輸送系としては、一足飛びに1段式宇宙航空機をめざすのは現代技術ではまだ困難で、この2段式という中間段階を実証してこそ、理想的な宇宙航空機への路が開かれると考えている。

 

 

スペースシャトル エンタープライズ 展示@New York, 2012 (NASA)

X-15(NASA, 1958~1968)

(2)ベンチャー企業による有人再使用飛行ビジネス

   

21世紀に入って、国の開発したロケットだけでなく、米民間ベンチャー企業が、宇宙の縁(へり)である高度100kmを往復する航空機に近い再使用ロケット開発に成功した。まもなく宇宙観光という民間事業がはじまるが、これは有人飛行だから当然再使用型である。また、地球周回軌道への打ち上げも、軍用などをのぞき、米国では民間にまかせる時代となってきて、宇宙輸送ビジネスが急ピッチで展開しようとしている。しかしそのロケットは再使用型ではなく、国の技術成果を最大限に活かした、徹底した低コスト使い捨て型ロケットである。

 

その代表例は、SoaceX社のFalcon9で、国際宇宙ステーションISSへの貨物と人輸送を目標に、すでに再突入カプセル・ドラゴンの回収にも成功している。このような民間事業は、既存技術の徹底的な利用によるもので、従来の使い捨て型ロケット、回収カプセル技術、運用経験などを民間事業化してコスト低減を図るものである。しかし使い捨て型である以上は、数十%のコストダウン以上たとえば、10分の1まで経済性を向上させることは出来ないであろう。

Spaceship One (Scaled Composite , 2004)

 過去数十年にわたり各国が目標としてきた再使用型宇宙ロケットは、これら宇宙の下限をかすめ飛ぶ民間航空宇宙機とは、規模、目標がまったく異なっている。高度100kmの往復飛行であれば、マッハ3(秒速1km)を出す機体であれば実現できるが、地球を周回するためには秒速8km以上の速度を出す必要があるからである。

 

ベンチャー企業は豊富な資金とアイディアをいかして、宇宙への衛星打ち上げ事業も始めようとしている。その特徴は、既存技術の徹底利用、早い決断、自己責任など、国がおこなう場合に比べてかなり独創的な点である。

Stratolaunch社の例では、母機としてジャンボジェットB747を組み合わせた超大型機から、民間SpaceX社のFalcon9使い捨て型ロケットを発射し、小中型衛星を安価に打ち上げる計画で、すでにB747中古機を購入したという。

巨大航空機から打ち上げる民間宇宙ロケット(Stratolaunch 2012)

(3) 航空機的と宇宙機的な宇宙航空機

 

本稿では、もっぱら大気圏をマッハ5〜6で超高速飛行をめざす航空機と、大気圏外・宇宙を飛行する宇宙機をまとめて、「宇宙航空機」と総称する。

その中でも、前者の「航空機的な宇宙航空機」では、主として空気をプラス要素として扱い、推進エンジンとして空気中の酸素を活用するとともに、翼で生じる揚力を飛行制御にももちいている。一方、後者の「宇宙機的な宇宙航空機」では、大気層を通り抜ける時のエンジンも、空気中の酸素をもちいず内蔵する酸化剤(液体酸素)をつかい、空気力は抗力のようにマイナス要素としてもっぱら捉えている。

そうはいうものの実際には、「宇宙機的な宇宙航空機」も空気力は重要な要素であり、代表例のスペースシャトルでは、オービターの主翼は上昇中は無駄な重量増加と抗力・曲げ荷重というマイナス要素しかないが、再突入・滑空中は、減速と操縦性というプラス要素が主で、地上へ帰還するための必須技術である。

この「宇宙機的な宇宙航空機」(再使用型ロケット、あるいは、再使用型宇宙輸送系)も、大気圏上昇時には空気中の酸素を推進剤としてつかい、大気圏外に出た後は内蔵する酸化剤をもちいる空気吸い込み方式複合ロケットエンジンに切りかえれば、「宇宙機的な宇宙航空機」となる。

 

宇宙へ飛行することを目標としない「航空機的な宇宙航空機」、すなわち、地上2点間を短時間で大気圏飛行する宇宙航空機(スペースプレーンとよばれる)の飛行では、大気圏を飛行する全ての速度領域において、エンジン性能が最適となる多モード複合エンジンの実現が最重要課題である。「航空機的な宇宙航空機」と「宇宙機的な宇宙航空機」の実現のためには、ジェットエンジン、ラムジェット、スクラムジェットエンジン、ロケットエンジンを一つにまとめ、飛行域によって作動モードが変わる「複合エンジン」が必須な技術であり、このための研究、飛行試験などが世界で長年にわたり行われているが、いまだその開発に成功したものはない。

 

(4) ターボジェットとターボファンジェットは航空機用

 

複合エンジンは未開発だが、その要素である個々のエンジンは実用化されている。その中でもジェットエンジンは軍用、民間用に数多くのエンジンが運用されている。

空気を酸化剤として外から取りいれ、コンプレッサーによって昇圧し、機体に内蔵する燃料と混合燃焼させ、ノズル噴流によって推力を発生する。コンプレッサーはタービンで駆動され、いわゆるターボ・ジェット/ファンエンジンは開発の歴史も長く、ファンの作動状態と機能の差によって様々な形態はあるものの、きわめて成熟した技術レベルにまで達している。

TurbojetとTurboFan Jet 概念図(東京大学中谷研究室)

ジェットエンジン搭載の航空機では、最高速度はマッハ3以下である。旅客機は音速以下で、いわゆる遷音速領域のマッハ0.8〜0.9、英仏合作の超音速旅客機コンコルドではマッハ2(高度16km),戦闘機では最高はマッハ2+、超高速・超高々度SR71偵察機ではマッハ3である。このマッハ3は、ジェットエンジン作動と機体の耐熱性の点での限界値であり、超高速空気流であるために、温度が高くなりエンジンのコンプレッサーや燃焼器の作動が限界に近づくこと、一般航空機のアルミニウム合金では機体構造が熱的にもたないため(SR71はチタン製)、ターボエンジンによる飛行領域はマッハ0から3の範囲である。

 高速空気が物体に衝突して速度がゼロになる場所を「よどみ点」というが、その空気温度上昇は、あまり高速だと解離現象のため適合できないが、マッハ数Mの二乗の60倍(ΔT= 60 x M^2)という式で表現できる。

すなわち、M=2であれば、ΔT=240°、M=3であれば、ΔT=540°と高温になる。

超音速旅客機 コンコルド(1976~2003)

(5) マッハ3程度までのラムジェット

 

ターボエンジンのコンプレッサーとそれを駆動するためのタービンを取りのぞいた、簡単な構造のラムジェット(RamJet engine)はジェットエンジンの初期から実用化されてきた。

 

ラムジェット(マーカット社製、1956 筆者) 

 

 

簡単な円筒状の筐体内部は、インテーク、燃焼室(燃焼火炎保持器)、ノズルしかなく、静止空気中では起動できない。

ラムジェットでは、超音速空気流( M>1 )が衝撃波の重なりによってせき止められ内部で亜音速 (M<1 )になり、温度上昇とともに内部圧力も上昇する。この原理を利用するとコンプレッサー無しで空気流圧力を上げられ、そこに燃料を噴射し燃焼させ、ノズルを通して排気し推力をえる。ラムジェットはマッハ3以上でなければ動作せず、そこまでの加速にはロケットエンジンが必要となる。

さらに空気流が高速になると、エンジン内で減速させて亜音速状態での燃焼を続けさせることが難しくなる。そのため、ラムジェットの最高速度はマッハ5どまりとなる。固体ロケットで加速した後ラムジェットで加速する機体は、おおくのミサイルで使用されている。

(6) スクラムジェットによる超高速ミサイルの可能性

 

マッハ5以上の極超音速飛行域で空気を吸いこんで燃焼させ推力を発生させるためには、スクラムジェット(ScramJet, Supersonic combustion ramjet、 極超音速ラムジェットエンジン)が必要になる。ラムジェットのような亜音速燃焼でなく、エンジン入口から流入する空気を超音速雰囲気で燃焼させ、それをノズルに流して排気し推力をえる。空気流入から排気まですべての行程で超音速であり、広範囲(理論的にはマッハ15程度まで)で作動する未来志向の推進機関である。ラムジェットと同様に、単体では起動することはできず、ロケットエンジンなどでマッハ5まで加速してからスクラムジェットの作動が始まる。

超音速燃焼の研究を行うには、短時間しか作動しない高温衝撃風洞や極超音速風洞による試験が必要で、超音速での燃焼維持、飛行試験で推力を確認するまでの研究、さらにエンジン開発はきわめて困難な事業である。日本でも基礎研究が続けられているが、飛行試験には至っていない。スクラムジェットは高速飛行領域が広いが、大きな推力を出すことが難しい。

スクラムジェット(ScramJet)

 

 スクラムジェット初の試験機X-43は、NASAによって2004年飛行試験された。B52戦略爆撃機から高度10kmで投下され発進したペガサス固体ロケットの先端に取り付けられたX?43は、最高マッハ数10を記録した。

 

  

X-43スクラムジェット(本体は先端部のみで、ペガサス固体ロケット先端に装着 2004)

 

 

NASAからUSAFに業務移転された次期スクラムジェット試験機X-51Aは、2010年に高度15kmのB52母機から発進し固体ロケットで増速後、200秒間燃焼してマッハ5強を持続飛行したという。燃料は、ジェット燃料の一種であるJP7で、推力は200〜450kg, 機体全長は 4.2m。2012.8.15におこなった3回目の飛行試験では分離後間もなく失敗している。

スクラムジェット試験機X-51A(B52に装着される USAF 2012)

 

スクラムジェット試験機X-51AWaveRiderの構成(USAF)

 

 

スクラムジェット推進ミサイル構想(USAF  2012)

 

 

米国軍事戦略の一環として、地球上のあらゆる場所をめがけて、遠方から1時間以内に通常兵器により攻撃するミサイル開発を目標として、2020年に運用開始するという。

空気を吸いこんで極超音速飛行するスクラムジェットは、規模が小さく飛行領域も限定的だが、一応飛行可能性は実証されたといえよう。しかし、その応用は固体ロケットブースター付きの小型ミサイル開発に限られ、旅客を乗せての大陸間を飛行するスペースプレーンへの応用の道筋は見えていないのが現状だ。

(7)使い捨て型ロケットエンジンは完成の域だが

ロケットエンジンについては、空気中を飛行する時も内蔵推進剤(酸化剤と燃料)を燃焼させるため、飛行範囲(速度、高度)には制限がなく宇宙航行に利用され、多くの種類と規模のエンジンが実用化されている。ただ、航空機エンジンと異なって再使用面では著しく遅れていて、スペースシャトル主エンジンSSMEを除けばすべて使い捨て型であり、高性能ではあるが、複雑で信頼性も高くない。

    

唯一の再使用液体ロケット、SSME(NASA)

ところで、「宇宙機的な宇宙航空機」のうちで、衛星打ち上げをめざす再使用型ロケットは、段数では1段式と2段式に分類される。技術的に可能であれば1段式が望ましいのは当然であるが世界的に実現していない。

使用するエンジンとしては、

(1A)純粋のロケットを用いるロケット、

(1B)ロケットにラムジェットを組み合わせる複合ロケット、

(2)ターボジェットとラムジェット、ロケットを複合させたエンジン

 が検討されている。

これら各種エンジンを組み合わせて、衛星打ち上げ宇宙航空機がおおく研究開発されているが、(1A)代表例の純粋ロケットによる1段式宇宙航空機には、米国がスペースシャトル運用と並行して開発を進めていたVentureStar(ベンチャースター)がある。

 

X-33(NASA 2001)

実際に設計されたベンチャースター機体は1/2縮尺のX-33である。準周回軌道、最高マッハ数12で設計され、エアロスパイク方式ロケットエンジン、複合材料製LH2タンク、金属製断熱構造など新技術を採用したが、同時に開発されていた実寸複合材タンクの失敗によって開発は2001年に中止された。この時点で、X-33の機体は3/4ができあがり、射場施設は完成していた。1段式ロケット方式の宇宙航空機(1A)は、まだ技術的に未成熟であり、さらに高額な開発費が必要との理由で計画は中止された。

その点、(1A)の中でも2段式ロケット型宇宙航空機は、大きな開発リスクはないものと考えられていて、打ち上げ後に第1段を発射場にフライバックする方式の縮尺飛行試験Pathfinder(USAF)が2015年に予定されている。現用のEELV(大型使い捨て型ロケット:アトラスV、デルタIV)の価格が高騰していてそれを半減するのが目標なので、それほど真剣さが高い計画とも思えない。

USAFのフライバックブースター, Pathfinder(Lockheed Martin 2012)

この場合、第2段を使い捨て型にすれば、かなりの人工衛星打ち上げが可能で、われわれが提案している「シャトルロケット」もこのタイプに入る。

日本でのシャトルロケットの目標は、打ち上げコストを従来の1/10に、信頼性を航空機並みにすることである。1段式再使用型ロケット方式を実現させる前に、まず前段階として2段式ロケット型宇宙航空機を飛行させ、現用の使い捨て型ロケットから理想的な再使用型宇宙航空機へと、段階的に進めることが、技術開発、経済性と安全性の大改良という意味で、現実的なステップであると考える。

シャトルロケット(第2段は使い捨て型搭載例、JAXA)

「シャトルロケット」のプランについては、一連の「宙の会」ペーパーを参照されたい。

http://www.soranokai.jp/pages/shuttlerocket_1.html

http://www.soranokai.jp/pages/shuttlerocket_3.html

http://www.soranokai.jp/pages/shuttlerocket_4.html

 

 

純粋のロケットエンジンでは、空気をまったく利用しないが、ロケットエンジンを主体に使用し、大気層飛行中は空気を吸いこむ型式の (1B)の複合ロケットベースのうちで、日本で要素開発まで進めたエンジンに空気液化サイクルエンジン(LACE、Liquefied Air Cycle Engine)がある。

比較的低速で飛行するときの推進エンジンにおいて、燃料である液体水素によって流入空気を液化し、それを酸化剤に利用する原理で、熱交換器の伝熱性能が中核技術である。熱交換器の開発と燃焼試験もされ、さらに全体性能を上げるために流路サイクルを改善しているが、全体システムが複雑になる欠点がある。

  

LACEの原理図と構想されたエンジン例

(8)垂直離着陸ロケット実験機

再使用型宇宙輸送系は、スペースシャトルのように、すべてが垂直離陸、水平着陸型である必要はない。略称してVTHLとよばれる形態ではなくて、VTVLと略称する垂直離陸、垂直着陸型(vertical takeoff and vertical landing)がある。代表的なロケットは日本の再使用ロケット実験機「RVT」とNASAのX-30であろう。

    

能代海岸で飛行するRVT(JAXA稲谷研究室)   Delta Clipper (MDAC  1996)

 

RVTは繰り返し飛行するロケットの技術、運用法などを試すために、秋田県能代海岸で行われており、下記の動画で見ることができる。次のステップとしては、高度100kmまで往復する試験機が計画されている。

http://www.jaxa.jp/article/interview/no3/img/rvt9.mpg

 

米国では1993年から、DC-X(Delta Clipper)とよばれた発射質量19トンの垂直離着陸ロケットがホワイトサンズで飛行試験が始まり、輝くほど明るい白砂の試験場で飛行を見学したことがある。4基のLOX/LHエンジンを搭載し、垂直離着陸実験をおこなった。次の実験では着地時に脚が折れて転倒爆発したが、少人数での運用も含めた将来の輸送系のための様々な試験が行われた。

(9)さまざまな複合エンジン

先に述べた(2)の型式、すなわち、ターボジェットとラムジェット、スクラムジェット、ロケットを複合させたエンジン(以下、複合エンジンと略称)には、世界中で多くのアイディアが提案されている。構成要素が多く、それをどのように組み合わせるのか、速度・高度の飛行領域の飛ばせ方等など、パラメータが非常に多く、それをシミュレートする設計手法、システム最適化、要素技術など研究要素が入り組んで、現在のところ確たる最適モデルには至っていない。

 欧州においても、20世紀末から総合研究(欧州将来宇宙輸送研究、FESTIP)と技術研究(FLTP)が進められているが目途が立つ状態ではない。

日本においても、上記LACEのようなロケットベースも研究されているが、構想としてはむしろ、ターボジェットを内蔵する形態の研究の方がおおく、構想、要素実験、縮尺モデル試験などが行われている。

以下に示すのはその一例である。

代表的なタービンベースの複合エンジン概念(credit: JAXA)

 

ATREX(JAXA)

ATREX-Sの試作設計図 (JAXA)

(10)英国のスペースプレーン、HOTOLとSkylon

英国は、フランス、ドイツ、イタリアなどと比べて、欧州宇宙輸送プログラム(アリアンロケット)への貢献が少ない。アリアンの前身、ELDOロケット「ヨーロッパ」から撤退したものの、四半世紀前の1986年には、HOTOL(Horizontal Take-Off and Landing)とよばれた水平離陸・水平着陸方式のスペースプレーンの研究開発で世界をリードしようとした。1987年に国際宇宙会議IACを英国ブライトンで開催したのも、将来型輸送系で先進的な宇宙技術に積極的に復帰するための布石であった。いまでこそスペースプレーンはよく知られているが、会議で発表されたHOTOLのモックアップは、わたしたち参加者の注目の的となった。当時は、英仏共同開発のコンコルドが華やかな時期で、宇宙輸送分野でも英国は主導権をとろうとしていた時代だった。

しかし皮肉なことに、国家計画として認められていたHOTOLは、IAC大会直前にサッチャー首相からR&D財政支出を拒絶され、HOTOLの中核である空気吸い込み複合エンジンも秘密にされた。たまたま市を襲った強い嵐で会場も被害を受け、街路地がなぎ倒され全市停電となり、仮会場での閉会式は、HOTOLの末路と重なった暗い雰囲気で終わった。

HOTOLモックアップ(IAC展示会場 1987、筆者撮影)

30年前にHOTOLを設計したAlan Bond( Reaction Engines Limited )は、その後の再使用技術、複合エンジン技術などの世界的革新技術を取りいれ、HOTOLを継ぐSkylonスペースプレーン計画を再立ち上げて、2011年には英国宇宙庁、ESAからSABRE(Synergistic Air-Breathing Rocket Engine)エンジン開発費を獲得した。

Slylon の離陸と再突入形態(ESA)

SABREの特徴は、1000℃の空気流を-150℃に0.01secのうちに冷却し、霜を完全除去するヘリウム超軽量熱交換器で、地上試験ではよい結果を得ているという。ESAなどの評価によると、マッハ0〜6まで作動し、地上試験が可能、比推力が高い、質量に対する推力が大きい,優れた機体安定性など利点が大きく、かなり有望であるという。

  

 SABRE複合エンジンの作動モード

HOTOLと異なって、エンジンを翼端に付け重心位置、燃料タンク位置の最適化など機体も設計改良がおこなわれ,英国宇宙庁、ESAによる技術評価は高いようだ。

下記2枚のグラフはSABREエンジンの優位性を示しているが、今まで述べてきた各種の航空宇宙エンジン(ターボジェット、ターボ式複合エンジン、ラムジェット、スクラムジェット、LACE、ロケット)の特性も同時に示しているので参考にされたい。ロケットエンジンは、飛行領域にかかわらず推力を発生できるが、空気を吸いこまないため比推力が低いことが分かる。

推力・質量比のマッハ数による変化

飛行マッハ数による比推力の変化

2011年のESAによる評価を下記に示すので、Skylonの詳細を調べる参考にされたい。SABREエンジン、Skylonの実現性は明らかでないが、理想的な1段式完全再使用型ロケットのイメージを描くことができるだろう。ただし今の段階では、その技術開発の難度、開発経費、開発期間など不明確なことが多い。

 

http://www.londecon.co.uk/publication/skylon-assessment-report-european-space-agency-2011

Slylon(ESA)

SABRE 空気吸い込み/ロケット複合エンジン

(11)小型宇宙往還機

大型ロケットに搭載されて宇宙軌道まで運ばれ、軌道を周回後に地上へ自動着陸する有翼宇宙船は、日本ではHOPE(無人)、欧州ではヘルメス(有人)がよく知られているが、いずれも計画は中止されている。揚力飛行体(Lifting Body)形状で翼が小さくスペースシャトルに外観が似ているため、ミニシャトルとも呼ばれている。

米国では、Xシリーズの宇宙機が数多く試験されていたが、完全自動無人型の小型宇宙往還機X-37B OTVがアトラスVロケットで2010年4月に打ち上げられ、世界で初めて軌道上を8ヶ月周回、軌道上実験をした後2010年12月に地上へ自動で帰還した。2号機は2011年5月に打ち上げられ、13ヶ月後の2012年6月に帰還した。質量は5t、全長8.9m、翼スパン4.5m。

X-37B OTV(打ち上げ時は、アトラスVロケットフェアリング内への収納)

X-37B OTVの軌道上ミッションは軍事機密で明らかでないが、1年以上にわたって軌道上で機器の作動、軌道変換などの試験を行っている。

X-37B OTVで実証されたことは、そのまま実機に反映されることはなさそうだが、得られた成果は将来の宇宙活動に反映されるであろう。

 

1)有翼飛行体のミニシャトルが、弾道係数の異なる大型スペースシャトルと同様に、自動着陸することができた。

2)ミニシャトルのような飛行体が、周回軌道上を1年以上にわたって電力も含めて諸性能が維持された。

3)ミニシャトルが、無人運用の衛星と同じように、多様な軌道上ミッションを達成することができた。

4)軌道上で宇宙実験をおこなった後に、自動操縦宇宙船として滑走路へ帰還することも可能であろう。

5)日本のように海に囲まれた国では、海上回収が第1のオプションになろうが、飛行場への帰還ができれば、宇宙活動も一般の航空活動と類似したものになり、運用性、経済性も各段に向上する。

6)将来、再使用型第1段と組み合わせれば、全段の回収、再使用化も可能になる。ただし、そのためには、いっそうの小型化、軽量化、高性能化が必要になる。

小型宇宙往還機X-37B OTV構成とスペースシャトルとの比較

 

 

小型宇宙往還機X-37B OTV軌道から帰還後の処置

(12)日本の大学における再使用宇宙航空機に関する研究

 

宇宙開発にかかわる大学研究はきわめて範囲がひろく、科学・技術にかぎらず、人文学、社会学に至るまで拡がっている。

その中でも、小型衛星に関する研究はおおくの大学によっておこなわれ、その実証のための小型衛星設計コンテストから始まり、実際の飛行実験によって、ミッションの創成、ハード・ソフトの研究開発、プロジェクト進行など、学生教育はもとより、社会、企業と結びついた活動がおこなわれている。軌道への打ち上げは、主としてJAXAとの連携プログラムの一環としておこなわれている。

 

小型衛星と比べると、再使用宇宙航空機の研究は、規模、巾が広いが、逆に一研究室だけで飛行実験まで完結させるのが難しい面がある。しかし、実際の飛行に至るまでの研究、試作、実験は、若人にとってきわめて興味深いエキサイティングな領域である。

再使用宇宙輸送機はまだ実用化に至らず、候補システムも思考実験のテーマとなり、興味ある研究テーマは数多い。全体システム、空力、構造、推進系、飛行解析、アビオニクス、材料など、大学研究機関にとって格好な研究テーマは数多い。また、長い期間にわたっての研究となるため、解析、シミュレーション、部分試作研究、小型飛行試験など、研究室レベルでの学生チームの総合知識と解析、試験の企画と実施力の育成に役立つ。日本国内の諸大学では、再使用宇宙輸送系に関する研究が各所でなされていて、JAXAとの連携プログラムもおおく実施されている。

国内の限られた人的、資金的リソースを有効に利用して、次世代の先端技術であり、宇宙産業を国際的にリードしていくためにも、自由な発想のもとに再使用宇宙航空機の研究開発を、進めていくことはきわめて重要である。

オールジャパンの研究体制をつくりAXAとの連携を密にし、大学の特性を活かして、再使用宇宙航空機の研究開発を促進されることを希望します。

credits:JAXA, NASA, 東京大学、USAF、Lockheed Martin、MDAC,ESA,AW/ST,Scaled Composite,Stratolaunch