第1回 女性は男同士のラブストーリーが好き!

西村マリ(オタクカルチャー研究。著書に『アニパロとヤオイ』〔太田出版、2002年〕)

 とてつもない規模のカルチャーが動きだしている。

 あなたはご存じだろうか。女性たちのあいだでひそかに楽しまれてきたBLを。

 BLとはボーイズラブの略語(1)で、その意味を簡単にまとめると「女性による女性のための男性同士のラブストーリー。性描写アリ」といったところだろうか。このところアナウンサー・有働由美子さんや直木賞作家・三浦しをんさんのように、BLファン宣言をする人が増えているのだが、これまでマスコミの表舞台に取り上げられることはほとんどなかった。

 一説によればその市場規模は350億円(2)。角川書店はじめ日本を代表する大手出版社を含め約50社が参入、そのレーベルは小説とコミックス合わせて約100という知られざる巨大市場を形成している。商業出版への登場は1990年前後。すでにほぼ四半世紀が過ぎているのだが、21世紀初頭には駅前の大型書店をにぎわし、その後ネット販売から、いち早くデジタル配信へ軸足が移りつつある先進分野でもある。

 現在、BLは発達の極に達し、拡散一般化の段階にある。愛好者は腐女子と呼ばれているが、マンガやアニメでは腐女子キャラの登場が珍しくなくなり、男同士のラブ設定も一般化してきている。

 BL界の人材の他分野への進出も拡大している。よしながふみ、ヤマシタトモコらマンガ家たちが続々と大ヒットを飛ばしているだけでなく、エロティックなロマンスの分野にも参入している。BL界出身の書き手たちは、徳川代々の将軍はじめ江戸時代の人物の性別役割を入れ替えた『大奥』(白泉社、2005年―)や、ゲイカップルの日常を料理レシピを紹介しながら表現した『きのう何食べた?』(講談社、2007年―)のよしながふみのように、性別役割を揺るがすような作風で新風を巻き起こしている。

 それだけではない。2006年、市川染五郎、片岡愛之助のコンビで、歌舞伎『染模様恩愛御書――細川の男敵討』が復活上演された。2010年の再演にあたって、染五郎はこう語っている。「大阪で初演した頃は“ボーイズラブ”というものが話題になり始めた時期でしたが、4年たちいまはそうしたジャンルも確立された時代になりました。今回は2人の衆道の話という印象がさらに濃く映るように、男と男の純愛の物語に正面から取り組んでいきたい」。BLという新しい潮流が、伝統文化の世界にフィードバックされたことがわかる印象的な発言だった。男同士のラブストーリーが、江戸の昔から楽しまれていたというのも興味深いが、もとより歌舞伎は男性だけで演じる芸能である。

 ところでBLの基本はハッピーエンドのロマンスだが、その内容はシリアスからギャグまで実にバラエティーに富んでいる。しかも、時代もの、ファンタジー、SF、ミステリー仕立てなど、様々なジャンルを網羅しており、その総合性は際立っている。マンガと小説が両立して存在する点でもめずらしい。

 翻訳も盛んで、アマゾンの各国サイトを検索すると、多くの翻訳BL本が流通していることがわかる。なんとアメリカ「amazon」のコミックス売り上げランキングで、半ば近くを占めたこともあったという(3)。なお海外では、ボーイズラブという言葉が小児性愛を連想させるので敬遠され、YAOI(やおい)と呼ばれているようだ。

 翻訳本だけでなくアニメやドラマCDも楽しまれており、「You Tube」では、外国人によるBL関係の動画投稿もけっこう見かける。ドラマCDを聴きながら翻訳BLマンガで日本語を学ぶ熱心なファンも少なくないようだ。今後はデジタル配信の発達に伴い、翻訳BLが手に入れやすくなるので、その文化的影響力はいっそう大きくなりそうだ。アメリカでは2001年以来Yaoi-conというイベントが開催されている。ちなみにYAOIという言葉もBL自体も、主として同人誌の世界から出現したものである。

オタクカルチャー女子部門

 商業出版でのBLジャンル成立前、1970年代の後半から、コミケなどの即売会で流通する女性同人誌の世界は、イコール「男同士のラブストーリー」と言っても過言ではない。そう、BLはオタクカルチャー女子部門である。「男同士のラブストーリー」という大枠のなかで、微妙な差異を楽しむ。BLは、オタクカルチャーの本質がいかんなく発揮されたジャンルである。

 ところで、オタク=男性という認識が一般的だが、オタクカルチャーを担っているのはもちろん男性だけではない。コミケなどの同人誌即売会の一般参加者は、男性のほうがやや多いようだが、書き手は昔から女性のほうが多かった。実際商業出版におけるBLの成立は、同人界の書き手の動員なくしてはありえなかった。

 現在では紙媒体の同人誌だけではなく、ウェブ上に膨大な量の「男同士のラブストーリー」がある。注目すべきは、昔からオリジナルストーリーよりも、スポコンやバトルアニメなどを原作とした二次創作が中心になっていることだ。戦うキャラたちの熱い絆をラブストーリーに変換する。オタクカルチャー女子部門は、男同士のホモソーシャルな絆を、ホモセクシャルな恋愛関係に読み替える表現として、自然発生したのである。

 そのターゲットは、このところ相次いで新シリーズが発表されている『キャプテン翼』『聖闘士星矢』、そのほかに『鎧伝サムライトルーパー』『幽☆遊☆白書』『SLAM DUNK』『テニスの王子様』『NARUTO』『ONE PIECE』『銀魂』『TIGER & BUNNY』などなど。二次創作を楽しむ女性たちは、これらの少年向け作品を支える陰のへビーユーザーである。現在『黒子のバスケ』『進撃の巨人』がブレイクしているが、二次創作の対象はアニメマンガにかぎらずゲームなど様々だ。

 商業出版と二次創作同人界。巨大ジャンルBLの背後には、さらに膨大な同人の世界が存在している。いわば二段構えの創作装置といったところだろうか。この二次創作するファン集団の重要性については、拙著『アニパロとヤオイ』でも取り上げたが、のちほど改めて扱うことにしよう。どちらにしてもBLにかぎらず、現在活躍しているマンガ家のほとんどは、二次創作の熱い世界を経験していると言ってもいいだろう。

 それにしても出版の長い歴史のなかで、BLのような現象があっただろうか。いや、ドラマCD、アニメ、ゲームなど、BLの名のもとに広く展開されているので、エンターテインメントの歴史のなかでというべきか。その巨大な規模と同人経由の自然発生であること、そして国際的な人気を考え合わせるなら、むしろ未曽有の文化現象というべきかもしれない。BLというジャンルには、いまという時代が必要とする何かがあるに違いない。

BLの基本用語:「攻め×受け」とは何か?                    

 BLとは何か? BL界探検に乗り出す前に、これだけは押さえてほしいポイントを説明しておこう。BLファンの方たちも、いまさらとおっしゃらずに少々お付き合いいただきたい。
 BLは男同士の恋愛ものだが、2人の男性の関係で問題はセックス。男性同士の場合、インサートなしもアリだろうしフレキシブルだと思うのだが、BLではセックスにおいて挿入する側を「攻め」、挿入される側を「受け」と呼び、基本的にその役割は固定されている。AとBのカップルで、Aが攻めでBが受けなら「A×B」というように、攻めと受けを「×」でつないで表している。

 この「攻め×受け」とは何だろう? とりあえず男女が投影された「男らしい×男らしくない」と解釈するのが自然だろう。しかしBLの本質はその構図をひっくり返すおもしろさにある。そもそも男性が受け身に回っているのだ。

 それにしても読者は女性なのに、なぜ男同士のラブストーリーに引かれるのだろうか。しかも性描写がバッチリある。BLファン自身もそんな疑問を抱いたことがあるだろう。筆者も長年不思議に思ってきた。その謎にチャレンジするについて、「腐女子とは?」というアプローチもありそうだが、実際にはBLを楽しむ読者は年齢もタイプも実に様々だ。そもそもBLは網羅的ジャンルなので、様々な好みに対応する広さと深さがある。筆者の知り合いの女性たちに尋ねたところ、すでに世紀の変わり目には、3割程度の女性が、同人または商業BLにふれていたという感触だった。もはや女子のたしなみ、腐女子の特殊性を云々してすむ段階ではない。

 四半世紀の時を重ね、あまりに巨大かつ複雑な世界となったBL界。その探検には、ぜひ地図がほしいところだ。座標軸を据えるためには時代背景を考察する必要もあるだろうし、近接分野との比較も欠かせない。とりわけ同時期にスタートした男性向けのライトノベルとの比較は、のちほど「とりかえばや 戦う少女と受け身な男」で取り上げるのでお楽しみに。それはともかく、都合がいいことにBL界には独特のキーワードやカテゴリーがたくさんある。まずはそれらを道標にして一歩踏み出そう。

 その前に押さえておきたいのだが、新たなキーワードとは、どのように生じるのだろうか。まずは細分化、そして極端化したものがカテゴライズされる。しかし真に新しいという言葉に値するのは、逆転逸脱したスタイルが一定の支持を得たときに生まれる新たなカテゴリーである。逆に言えば、デフォルトの存在が想定されているということだ。

 そう、BLには「王道」と呼ばれるデフォルトがある。そして王道という基礎のうえに発達してきたカテゴリーは体系をなしている。したがってそれらを解読しその体系を明らかにすれば、BLとは何か、BLがどこへ向かっているのか見えてくるはずだ。

 次回からは「執事とメイド、そして眼鏡」「シンデレラは職業人」「アラブのプリンスと身代わりの花嫁」「これは何かの暗号文? BLーカテゴリーの体系」といった様々な切り口から見て行こう。

 いざ!BL界探検へ! ご一緒に出発しましょう。


(1)出版界にこのジャンルが登場した当初は一定の呼称がなかったが、便宜的にBL/ボーイズラブという呼称を使うことにする。また現在では二次創作同人誌やウェブ上の作品もBLと呼ぶことがあるが、基本的にBLは商業出版寄りの言葉である。
(2)「「オタク」市場に関する調査結果 2012――「オタク」層のみならず、「非オタク」層の取り込みによりユーザーが拡大、市場は堅調に推移」(矢野経済研究所、2012年)によれば215億円。ただしその他の市場に包含されるコンテンツがあるとされているので、第3回NEDレポート「腐女子が腐女子について語る」の350億円という説が、より実態を反映しているように思われる。同人を含めれば倍の規模がありそうだ。
(3)金巻ともこ「この世に残された最後の楽園はボーイズラブだぜ、ベイベー」、神谷巻尾企画編集『リビドー・ガールズ――女子とエロ』所収、パルコエンタテインメント事業局、2007年

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