連載 - ライター・編集部員による定期連載 -

鈴木ケンイチの「クルマ好きのための“弾丸”試乗レポート」 第6回 

マツダの走りを支える次世代「スカイアクティブ・ドライブ」誕生

本連載は、モータージャーナリスト・鈴木ケンイチ氏が気になるクルマを多面的に紹介・分析する企画。6回目となる今回は、中型車「アクセラ」のマイナーチェンジモデルを通じて、マツダ独自のミッション技術「スカイアクティブ・ドライブ」をくわしく解説する。

オンリーワンの技術にこだわるマツダ

マツダの大きな特徴のひとつが“オンリーワン”を志向することだろう。誰も持っていない独自技術の実現を目指すのだ。その象徴となるのが、マツダが世界で唯一実用化を果たしたロータリー・エンジンである。1960年代に世界中の自動車メーカーが次世代エンジンとして取り組み、そしてあきらめたものを、ただマツダだけがモノとしたのだ。

そんなマツダの現在のオンリーワンが「スカイアクティブ・テクノロジー」だ。エンジンをはじめ、ミッション、ボディなど、クルマ造りの技術を従来のレベルからブレイクスルーさせ、新世代にふさわしい高い環境性能や走行性能を実現させようというもの。2011年6月には、その第一弾として、デミオに「スカイアクティブG」という新世代ガソリン・エンジンを搭載した。圧縮比を世界一高い14とすることで高効率化を達成。ガソリン・エンジン車でありながら、ハイブリッド車に迫る省燃費性能を実現して話題を集めたのだ。

そして、2011年9月の「アクセラ」のマイナーチェンジでは、新世代ガソリン・エンジン「スカイアクティブG」に加えて、「スカイアクティブ・ドライブ」と呼ぶ、新世代のミッションをお披露目した。今回は、この新世代ミッションを中心に説明していきたい。

9月にマイナーチェンジを行ったマツダ「アクセラ」。写真の「アクセラ・セダン」とハッチバックの「アクセラ・スポーツ」をラインアップする。新世代エンジンとミッションを搭載するのは、「アクセラ・セダン」の20E-SKYACTIV(205万円)と20C-SKYACTIV(190万円)、「アクセラ・スポーツ」の20S-SKYACTIV(215万円)と20C-SKYACTIV(190万円)の4グレード

次世代エンジンとなる「スカイアクティブG」。アイドリングストップ機構「i-Stop」を備えた2リッター直列4気筒直噴エンジンで、最高出力113kW(154ps)/最大トルク194Nm、JC08モード燃費最高17.6km/l(車両重量により16.2〜17.6km/lの幅がある)のスペックを持つ

理想を実現する魔法のようなミッション

マツダが次世代のミッションとして生み出した「スカイアクティブ・ドライブ」だが、その仕組みは、トルクコンバーターを備える6速AT(オートマチック・ミッション)である。このタイプのATは、新しいどころか、これまで日本やアメリカなどでもっとも多く使われてきたもの。それに対して欧州や日本の他のメーカーは、燃費向上を目的に、より新しいタイプに挑戦している。

VWグループなどの欧州メーカーはマニュアルミッションの進化系とも言えるDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)の導入に積極的だ。また、マツダ以外の日本メーカーは無段変速のCVTの採用を増やしている。ちなみに、無段変速のCVTに対して、トルクコンバーターを使うATは固有のギヤが存在するため「ステップAT」とも呼ばれている。

MTのようなダイレクト感とスムーズな変速、高い省燃費性能のすべてを実現する6速ATが「スカイアクティブ・ドライブ」だ。「スカイアクティブ・テクノロジー」の実用化第2弾となる

では、なぜマツダはそんなトレンドに逆行するかのように、ステップATを次世代ミッションとして開発したのだろうか? マツダの資料を元に、その選択の理由を解説しよう。

まず、ステップAT、DCT、CVTは、それぞれに得手・不得手がある。ステップATは滑らかに発進できるが、燃費性能は他と比べるともうひとつ。DCTはダイレクト感があるけれど、発進のスムーズさや滑らかな変速が苦手。CVTは変速が滑らかではあるが、ダイレクト感がなく、高速走行の燃費向上には向かない。こうした特徴にあわせるかのようにCVTは日本市場で人気が高く、欧州ではDCT、アメリカではステップATが人気というような傾向が存在した。つまり、全世界に輸出する場合、各地域別にそれぞれのミッションを用意する必要があった。

それに対して、マツダはステップATの弱点を改良することで、DCTとCVTの美点をすべて備える理想的なミッションを生みだそうと考えた。実現すれば、性能がよいだけでなく、世界中に供給するのに1種類のミッションがあれば事足りる。経営的にも大きなメリットになるからだ。

ステップAT、DCT、CVTには、それぞれ特徴がある。それらを一覧とした図がこれだ。「スカイアクティブ・ドライブ」は、それぞれのミッションの利点をすべて備えたものなのだ

その理想を実現するために採られた方策は、トルクコンバーターの特徴である「すべり」を最小限に抑えるというものであった。エンジンが発生したパワーを、ロックアップ・クラッチを使ってダイレクトに伝達させる。ただし発進時は、あえて滑らせながらパワーを伝達させるトルクコンバーターを使うことで、動き出しの滑らかさを確保。しかし、走り出した後は、トルクコンバーターを使わずダイレクトに変速する。

JC08モード走行で比較してみると、従来の5速ATが49%程度のロックアップ率であったのに対し、「スカイアクティブ・ドライブ」では82%にまで拡大している。これでダイレクト感と高い燃費性能を実現することができるのだ。

また、変速をすばやく、しかもスムーズに行うために、油圧制御に応答性の高いダイレクトリニアソレノイドを採用。また、制御装置とダイレクトリニアソレノイドを「メカトロニクスモジュール」として一体化。精度とレスポンスにすぐれた油圧制御を実現することで、素早い変速とスムーズさを両立させる。公開されたデータを見ると、「スカイアクティブ・ドライブ」はDCTを上回るすばやい変速レスポンス性能を実現している。

トルクコンバーターは、ほとんど発進時しか使わないため、従来型よりも大幅に小型化されている。また、内部のロックアップ・クラッチの構造も刷新し、高い耐久性とコントロール性を実現した

JC08モードでのロックアップ領域を、従来型AT(黒線)と「スカイアクティブ・ドライブ」(ピンクの線)で比較したもの。「スカイアクティブ・ドライブ」のロックアップ率が高いのが見てとれる

MTミッションの進化系ともいえるDCTと「スカイアクティブ・ドライブ」の変速スピードを比較したグラフ。アクセルを大きく操作した後にキックダウンして、その後にエンジン回転が高まるまでの時間差を表示。「スカイアクティブ・ドライブの変速速度」が速い

スムーズなフィールと緻密な制御に驚く

では、肝心の走りのフィーリングはいかがなものだろうか? 

新しい「アクセラ」の発進はトルクコンバーターのあるステップATの得意技。クリープでジワジワと動き出し、スムーズに発進する。そのままアクセルに力を込めると、グイとトルクが発生するが、そこに唐突感はない。加速を続ければ、1速から2速、3速とシフトアップするが、そこに加速の途切れはなく、またショックもほとんど感じない。ステップATならではの滑らかな加速だ。これには驚いた。トルクコンバーターを使わない領域でも、ステップATの美点をしっかりと残していたからだ。

加減速を繰り返すワインディングにもっていっても、シフトチェンジは滑らかなまま。しかも、アクセルを踏めば、即座に加速に移る。従来のステップATでは、どうしても一瞬のタメのような滑りを感じたものだ。しかし、この「スカイアクティブ・ドライブ」はひたすらにダイレクトである。おかしな言い方だが、これはDCTに限りなく近いフィールであり、非常に速い変速スピードもDCTと変わらない。それでいて低速でのギクシャク感はまったくないから恐れ入る。

コーナーや上り下りの続くワインディングを行ったり来たりしても、とにかく違和感がない。意にそぐわないおかしな変速がほとんどないからだ。加速が足りないと思えば、すぐにシフトダウンするし、コーナリング中の嫌なシフトアップもない。下りでは低いギアをキープしてエンジンブレーキまで多用する。状況によっては、2速飛ばしのシフトダウンまでも行う。緻密な制御が行われていることに気付いた。

ミッションの出来はすばらしいものであったが、走り全体も「走る歓び」をうたうマツダならではのものであった。2リッターの「スカイアクティブG」(ガソリン・エンジン)は、出力とトルクの両方で旧型エンジンを全域で上回っている。ダイレクト感あふれる「スカイアクティブ・ドライブ」のおかげもあり、アクセル操作に対して、非常にレスポンスよくパワーを引き出すことができるのだ。

さらに、新しい「アクセラ」では、ステアリング操作に対する動きはよりリニアになった。従来型で好評であったキビキビ感を残しつつも、過敏さを抑え、全体としては「止まる・曲がる・加速する」の動きが滑らかにつながるようになっている。

レスポンスのよいパワートレインと、リニアなハンドリングがもたらす新型「アクセラ」の走りは、まさに意のまま。ワインディングをいつまでも走り続けたくなるような、歓びにあふれるものであったのだ。

「アクセラ」は、マイナーチェンジにより、新たに運転操作をアドバイスするi-DMと、i-Stopモニターが追加された。i-Stopモニターでは作動の状況を示すだけでなく、作動しない理由も表示される

「トリミング」によってミッション制御の精度を上げた

パワートレイン開発本部ドライブトレイン開発部 ドライブトレイン制御開発グループ アシスタントマネージャー飯田政道さん

試乗後、「スカイアクティブ・ドライブ」の開発を担当したエンジニアの飯田政道さんに話を聞くと、「シフトチェンジのショックは、トルクコンバーターの有無とはあまり関係ないんですね」という話で説明がスタートした。


ステップATのシフトショックは、変速時にミッション内部の変速用クラッチが作動するときに発生する。変速用クラッチは変速時に、最初にミートする直前までサッと動き、次にゆっくり探りながら近づき、最後にミートさせるという3つの動きを行う。人間がクラッチ・ペダルを踏みながら、「どこがミートポイントなのか?」と探りながら変速するのと同じことを行っているのだ。しかし、最後のミートの瞬間を乱暴にすると、ドン!というショックが発生してしまう。それが変速ショックの正体だったのだ。


そこを精度よく操作したいと思っていても、変速用クラッチを動かすためのソレノイドバルブなどの機械類に精度のバラツキがあると、結局は、そのバラツキの分だけ大ざっぱな制御しか行えなかった。そこで「スカイアクティブ・ドライブ」からは、「トリミング」という手法を採用したという。


油圧のコントロールの肝となるソレノイドバルブに関していえば、実際に圧力をかけられるように組み立て、その状態で通電し、その電力に対して、どれだけのオイル量が流れるのかを検査する。実際には、製品誤差があって、同じだけ電流を流しても微妙に流れるオイル量が異なるのだ。そこで、そうした検査結果をコンピューターに覚え込ませることで、部品1点ごとのバラツキがあっても、それに対して補正をかけた制御が行えるようになったわけだ。


「バラツキを学習させてユニットを作ることで、おそるおそる油圧をかけていたのが、かなり近いところまでさっと行けます。精度を上げることによって、変速スピードが速くなり、ショックも少なくなるというわけです」と飯田さん。


また、「スカイアクティブ・ドライブ」では、勾配やコーナリングの有無をセンシングして、それを変速アルゴリズムに反映しているという。CPUが現在はコーナリング中だと判断すれば、シフトアップを抑制するなどの工夫が凝らされているのだ。


「ATの自動変速でドライバーの意にそぐわないときは、高すぎるギアを選択しているのがほとんどです。ですから、上りや下り、コーナーでATに高いギアを早く諦めさせることで気持ちよく走ることができるのです。今までは、そこまで細かく制御していなかったし、違和感のないように制御するのも難しかったんですね。ですが、制御の精度が上がったことで、それが可能となりました。燃費向上だけでなく、気持ちよく走るためにも役立っているんですよ」と飯田さんは胸を張る。


燃費性能だけでなく、走りの気持ちよさまでも向上させるのが「スカイアクティブ・ドライブ」というわけだ。「走る歓び」をブランドの根幹とするマツダだからこそ、生み出すことのできたミッションといっていいだろう。もしも、「スカイアクティブ・ドライブ」を搭載するマツダ車に乗る機会があれば、ぜひともそのミッションの働きに注目してほしい。過去のものとは大きく異なることに気が付くはずだ。

モータージャーナリスト/鈴木ケンイチ

新車のレビューからEVなどの最先端技術、開発者インタビュー、ユーザー取材、ドライブ企画まで幅広く行う。いわば全方位的に好奇心のおもむくまま。プライベートでは草レースなどモータースポーツを楽しむ。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

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