Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1 Special Page Hikki's WEB SITE


ROCKIN'ON JAPAN 編集部 鹿野編集長と宇野氏による
"Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1"収録楽曲全曲レビュー




Automatic/ time will tell
Automatic/ time will tell

1.time will tell

 宇多田ヒカルというアーティストの存在が初めて人々に知られることになった曲。
 まだそのプロフィールやキャラクターが知れわたる前にこの曲がオンエアされると、局には問い合わせが殺到したという。
 カーペンターズにも通じる普遍的なポップスの輝きを放つストイックで美しい旋律と、同時代のR&Bやヒップホップと共鳴する低音の効いたリズム。深い諦念を通過した上のささやかなポジティヴィティ。コンポーザーとしても作詞家としても、宇多田ヒカルが15歳のこの時点で信じられないほど高いレベルで成熟していたことがわかる。
 でもこの曲で誰もが驚いたのはその歌声だろう。ため息にも囁きにも聞こえるイントロ。言葉の一つ一つを愛しむようにはっきりと伸びやかに透明に歌い上げるヴォーカル。クライマックスでの抑制されながらもどんどん感極まっていくフェイク。
 これ以前も、これ以降も、こんなマジカルな歌を聴かせてくれるシンガーは他にいない。(宇)

Automatic/ time will tell
Automatic/ time will tell

2.Automatic

 自分が不自由であることを、窮屈な気持ちを、これだけ胸が痛くて張り裂けそうということを自由に唄ってしまうこの歌が生まれなかったら、この国とR&Bの距離は相変わらず遠隔操作状態のままだったろう。
 現実を見ずに自由を主張する脳天気な音楽であったソウルやR&B、クラブ・ミュージックへの解釈を、もっと根源的な人間のレベルで表現することによって塗り替えてしまった宇多田ヒカルは、そんな当たり前の音楽を鳴らしたことによって当たり前の音楽がなかったシーンにあまりにも幸福な爆弾を投下した。
 何故僕らは音楽を聴いてしまうんだろう? いろいろなことが起こるこの世界で、自分の気持ちと存在を維持したいからだ。そのための力と感覚を音楽が与えてくれるからだ。あまりにも切ない歌声でアナタと一緒にいたいと懇願する宇多田ヒカルとこの曲の無垢なエネルギーは、目が覚めるほど鮮烈だった。
 ここからすべては始まったのだ。(鹿)

Movin'on without you
Movin'on without you

3.Movin'on without you

 初のオリコン初登場1位となったセカンド・シングル。
 まだ"Automatic"の衝撃波が覚めやらぬタイミングで投下され、瞬く間に世間を席捲したこの超アップテンポのハイパーチューンによって、宇多田ヒカルという当時まだ16歳になったばかりのアーティストは完全にこの国の「現象」となった。
 80'S風ダンス・ビートとハードロック風ギターという普通だったらあり得ないような組み合わせを、奇跡的なバランスで強引にドライヴさせたハイブリッドな楽曲。「早熟な少女」という日本のポップスの王道のモチーフにまったく新しいスピード感とリアリズムを吹き込んだリリック。恋の微熱にうなされ、切なさと焦燥感の堂々巡りの果てに行き着いた「あなたなしでやっていく」というミドルティーンの女の子の決意が《いいオンナ演じるのは まだ早すぎるかな》という必殺のフレーズへと跳躍していく。
 宇多田ヒカルが世代と時代のど真ん中を射抜いた決定的瞬間。(宇)

First Love
First Love

4.First Love

 ラヴ・バラッドは残酷である。別れの瞬間を、そして新しいラヴの始まりまでの辛い時を唄うのがラヴ・バラッドだからだ。
 2ndアルバム以降のバラッドはタフな気持ちがきっちりあぶり出されているが、この初のラヴバラは泣きじゃくる彼女を誰もが目の前にしているようにリアルで、そしてやりきれない。気持ちがハダカというか、単純に無防備だ。
 この歌を作っていた頃の宇多田ヒカルは、まだ国民的なアーティストになる自分をシミュレーションしていなかった筈だ。世の中を蹴り飛ばすように登場する、その一方で不安を増幅させていた筈の彼女の本音をそのまま表したかのようなこの歌は、タイトル通りの初期衝動に溢れている。
 僕は彼女の別れの歌を聴くと、その辛さを感じるより、新しい恋愛を始めたくなる衝動にかられる。
 彼女の歌は人に行動を促す、如何なる歌でも前向きにさせるエネルギーを放っている――そんなことに気付き始めた1曲。(鹿)

Addicted To You
Addicted To You

5.Addicted To You

 アルバム『First Love』リリース以来約8ヶ月ぶりとなった新音源は、ジャネット・ジャクソン作品を始めとするプロデュース・ワークで米国R&B界に君臨する巨匠ジミー・ジャム&テリー・ルイスによるプロデュースというビッグ・サプライズとともに届いた。
 言うまでもなく、彼らが日本人アーティストの作品が手がけるのはこれが最初(にして現在のところ最後)。リチャード・アヴェドン撮影のジャケットもあいまって、宇多田ヒカルはこの当時から既に日本の音楽シーンのスケールにおさまらない存在感を見せつけてくれていた。
 そして何よりも驚かされるのは、そうしたビッグ・ネームに対してまったく臆することなく自分の表現に完全に引き寄せた上で、早くもここで「新しい宇多田ヒカル」を鮮烈に打ち出していることだ。
 沈み込むベースラインと変則リズム。サビに入った瞬間に一気に放出される「切なさ」という名の圧倒的なエモーション。すべてが破格。(宇)

Wait & See 〜リスク〜
Wait & See 〜リスク〜

6.Wait & See 〜リスク〜

 2000年に入って初めてドロップしたシングル。
 初めてのツアーの告知など、爆発的な状況に拍車をかけた狂騒的な瞬間に、この張り裂けそうに叫ぶ唐突なイントロが尋常ではない新しいテンションを感じさせた(今もライヴでは少しばかり恥じらいながらやけっぱちに叫び始める曲。この頃までの曲にはこのように唐突なイントロが多く不思議な瞬発力を感じさせたが、最近は少なくなった。また作ってみてください)。この辺りからサウンドも変わり始め、特にビートが乾いた音で小気味良くなっている所がキレていて秀逸。楽曲自体も、最早誰もがR&Bなどと口に出すのも恥ずかしくなるような独自のレベルまで高められていった。
 特にラストの転調される所からの説得力は、本当にストレスがブレスレットのようにするっと抜けて行く快感を味わえる。音楽のスピード感やスリルはビートの速さよりも創り手&唄い手の想いの鋭さにかかってるんだな、と改めて興奮。(鹿)

For You
For You

7.For You

 初の全国ツアー「BOHEMIAN SUMMER 2000」が始まる直前に急遽リリースされた6枚目のシングルの1曲目。少なくともこの時点までに発表された楽曲の中で、最も「生」で内省的な宇多田ヒカルが表現されてる楽曲だと思う。
 デビュー以降も普通に学校に通う生活を送っていたこともあってか、初期の楽曲には友人の話などからインスピレーションを受けた痕跡が見え隠れしていたが、この曲をきっかけに宇多田ヒカルはより私小説的な歌の世界を追求していくことになる。
 15歳でデビューして以来約1年半、ものすごい勢いで周りの景色が変わっていく中を無我夢中で駆け抜けてきた宇多田ヒカルがふと立ち止まり、孤独について、そして「歌を歌う」ということの意味について思いを巡らす。《誰かの為じゃなく 自分の為にだけ 歌える歌があるなら 私はそんなの覚えたくない》。
 日本で最も有名な10代の女の子が歌うブルースはこんなにも儚く、そして切実だった。(宇)

タイム・リミット
タイム・リミット

8.タイム・リミット

 初ツアー直前の絶頂期に『タイム・リミット』ってタイトルのシングルを切る――このシャレのようで、単に行き急いでいるだけだったりする所が、よっ宇多田ヒカル真骨頂!だ。「新しもの好きで飽き性だから、とっとと捕まえないと知らねーよ」と脅しながら、ひたすら待ち続ける(であろう)女性らしい闘争本能を、彼女にしてはカジュアルなサウンドとグルーヴに乗せてしなやかに唄う。しかし。僕らは聴いているうちにズブズブとヴォーカルに引き込まれ、最後にはグルーヴやサウンドが消失し(勿論感覚の中で)、ディープな宇多田ヒカルの願望だけが胸に刺さって終わる。そうだ、宇多田ヒカルにとってリズムやサウンドは踏み台や滑走路だ。絶対に必要なんだが、最後に飛ぶのは自分の分身である「うた」だけだ。飛び立つ手前でリズムやアレンジに気持ち良くされて終わってしまう多くのポップ・ソングとは異なる潔さ、それが宇多田ヒカルのポップだ。(鹿)

Can You Keep A Secret?
Can You Keep A Secret?

9.Can You Keep A Secret?

 ドラマ『HERO』(本人もカメオ出演した)の主題歌となった7枚目のシングル。届きそうで届かない想い。近づけそうで近づけない距離。そんな宇多田ヒカルのラヴ・ソングの多くに共通するモチーフのエッセンスだけを凝縮させたような楽曲。普通、こうしたポップスとしての完成度の高い楽曲は、過去のポピュラー・ミュージックの歴史から何らかの影響を感じさせるものなのだが、宇多田ヒカルのすごいところはこれまでまったく聴いたことのないようなコーラスやサウンドの組み合わせを、そのままラディカルな音楽としてではなく、初めて聴いた瞬間からどことなく郷愁を感じさせるような「クラシック」として響かせてしまうところだ。“Automatic”のあまりに鮮烈な印象から、デビュー当初は宇多田ヒカルの音楽をR&Bの範疇で語る向きもあったが、この名曲と続くセカンド・アルバム『Distance』で、彼女はより普遍的な「作曲家」としての評価を確立した。(宇)

FINAL DISTANCE
FINAL DISTANCE

10.FINAL DISTANCE

 御存じの通り、2ndアルバムのタイトル・ソングをバラッド・アレンジして産まれたナンバー(アルバムでは3rdに収録)。
 この頃はMTVのアンプラグドを実演してみたり、とてもシンプルかつストイックな表現手段に走った頃でもあった。
 この曲が産まれた2ヶ月弱後の9.11にNYテロ爆撃事件が起こるのだが、いい加減な話ではなく、宇多田ヒカルはそんな哀しい現実を察知した上で最もシンプルかつ強靭な手法の音楽で陰惨さに立ち向かった。そのための必然的なバラッド・アレンジだったのだと思う。
 以前、インタヴュー時に「私はスーパーマーケットのように思われているんです。何でも揃うし用意出来るって」と戸惑いながら話していたが、実は誰よりも彼女自身がその役回りに対して本能的な力を音楽が発揮することをわかっているのは明らかだ。だからこそ彼女の活動は、常にポップを超えた現象として浸透していくのだ。(鹿)

traveling
traveling

11.traveling

 どうしょうもなく胸が騒ぐ名曲。すべての感情に訴えかける、命のヴァイヴレイション。明らかに3rdアルバムの中では浮いている、とぼけた戯曲的歌詞がハウス・ミュージックの洗練された真夜中の世界を駆け巡る異色曲。
 これはメッセージ・ソングだった。現実に対してシリアスに怯える僕らに対し、敢えて楽天的な世界を投げかけようとする死に物狂いなメッセージ・ソングだった。
 この楽曲に到るまで、宇多田ヒカルの表現世界は「切なくて強い精神の絆」に固まり始めていた。声質も変わり、歌唱法も確立し始め、もしかしてこれからの彼女は哀しい歌だけを綴りながら前進し続けるのか?と宇多田ヒカルのアートが確立しつつあることに寂しさも感じていた。その矢先に無遠慮に心臓部に飛び込んで来たこのアッパー・ナンバーは、彼女のラディカルで奔放なスタンスを再宣言するに充分なビタミンを振りまいた。
 本当、世界中にこのビートと声と力を響き渡らせたかった。(鹿)

光

12.光

 最高傑作、とまで断言してしまうと人によって異論があるだろうが、少なくとも現時点での宇多田ヒカルの代表曲を1曲だけ挙げるとすればこの曲だろう。
 タイトル通り、光のシャワーが降り注ぐかのようなヴォーカルで唐突に始まる冒頭から、同じく唐突に終わるアウトロまでの約5分間、曲そのものが「光」としか呼びようのない啓示に満ちている。最も戦慄を覚えるのは、この曲を全身で浴びること自体は極めて神秘的な体験であるにもかかわらず、ここで歌われているのはあくまでも日常だということ。
 《先読みのし過ぎなんて意味の無いことは止めて 今日はおいしい物を食べようよ》。神秘は日々の生活の中にあるということ。日々の生活こそが神秘であるということ。運命を忘れて一人で生きてきた人間が、他者と出会うことによって発見したそんな真実。哲学でもなく、宗教でもなく、音楽だからこそ表現し切ることができたその驚き。 初めて聴いた時のとてつもない衝撃が今でも身体の奥底に残っている。(宇)

SAKURAドロップス/Letters
SAKURAドロップス/Letters

13.SAKURAドロップス

 『traveling』『光』と連続した2枚のシングルで、それぞれまったく新しい表現の次元を切り拓いた宇多田ヒカルがサード・アルバム『DEEP RIVER』に先駆けてリリースした11枚目のシングルの1曲目。ドラマ『First Love』の主題歌となった。同じくドラマの主題歌だからというわけではないが『Can You Keep A Secret?』同様、こういうある程度客観的な視点でラヴ・ソングを書く時、宇多田ヒカルのポップスの作り手としての純粋な才能は最大限に発揮される。
 よくよくクレジットを見るとこの曲ではこれまでで初めて、宇多田ヒカルがアレンジャーとしても一番最初に名前が記されているのだが、そんな事実からもわかるように特筆すべきはそのサウンド・クリエイターとしての非凡さ。中期ビートルズを彷彿とさせるサイケデリックな音色をごく自然にエキゾチックな歌謡曲的メロディに溶け込ませてしまう、その大胆な閃きと繊細な手腕には唸るばかり。(宇)

SAKURAドロップス/Letters
SAKURAドロップス/Letters

14.Letters

 宇多田ヒカルの数あるエモーション炸裂系の曲の中でも最高峰の1曲にして、アルバム『DEEP RIVER』の求心的な歌の世界を決定づけた1曲でもある。
 フラメンコを思い起こさせる情熱的なリズムのシンコペイイトとギター・アンサンブル。螺旋状に上がっていくメロディ。そんな音の快楽に溢れた楽曲の洗練され尽くした魅力もさることながら、曲の後半にいくにしたがってこみ上げていくヴォーカルがとにかく背筋をゾクゾクさせる。
 ここには最早、かつての宇多田ヒカルのラヴ・ソングにあった、届かない想いや近づけない距離を前にした切なさや戸惑いはない。
 「あなた」にこの想いが届くことをひたすら祈り、「あなた」に少しでも近づくことをひたすら願う。そんな狂おしいラヴ・ソング。
 先日の武道館ライヴ"ヒカルの5"でこの曲を歌っている最中、本人が感極まって泣いていたことを思い出す。今の宇多田ヒカルにとってそれだけ特別で大切な曲なのだろう。(宇)

COLORS
COLORS

15.COLORS

 唯一のアルバム未収録曲。そして、最新曲であり結婚後初のシングル曲。あ、もう一つあった。成人式直後のリリース。凄いペースで生きていることに改めて感服するが、だからこそこの曲は1曲の中に7曲ほどの要素が詰まっている、展開が目まぐるしい曲だ。
 海外デビューに向けた「Utada」の制作に入る前に、宇多田ヒカル第一期に落とし前をつけるべく創った曲だと思われるが、それにしては新局面がやたら多く、彼女のスピード狂な部分が全面に出ている。夜にサラリーマンが大声でサビを歌っているのを聴いたことがあるが、完全に演歌だった。演歌として優秀だった。が、ここで鳴っているのは2STEPというクラブ・ビートも含んだラジカルなポップだ。そう、何でもいいのだ。演歌だろうが、クラブだろうが、哀しかろうが、嬉しかろうが、どーでもいいのだ。もっと単純に高揚するか否か、なのだ。
 どうしょうもなく高揚し揺さぶられるのだ、この曲に。(鹿)




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