ポケベルでの「ハートマーク事件」、そしてiモードへ

 時は1998年。NTTドコモ社内で、新サービス「iモード」の準備作業が佳境に入っていたときのこと。栗田穣崇氏は当時ドコモの新事業部に所属し、iモードの仕様策定やコンテンツプロバイダーとの折衝、サービス内容の企画からパンフレット作成まで、iモードの立ち上げにまつわるあらゆる仕事を担当していた。そんな栗田氏が任された大きな仕事の一つが、絵文字を作ることだった。

 ケータイにもインターネットの世界を導入すべく開発されたiモード。大きなテーマの一つが、メールのインターネットメール化だった。当時のケータイメールは電話番号宛てのショートメールが主流だったが、これを「@docomo.ne.jp」のメールに置き替え、単なるドコモケータイ同士の連絡手段から一歩踏み込んだ、よりリッチなコミュニケーションを目指したのだ。「当時のショートメールは文字数も50文字までと制限が厳しく、端的なやり取りが増えるがためのすれ違いも多かった。これを何とかしたかった」(栗田氏)。

 当然、やり取りできる文字数は増やす。だがそれだけでは足りない。実はドコモには、ポケベルの「ハートマーク」をめぐる苦い思い出があった。

ドコモ「インフォネクスト」のポケベル
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 90年代後半、ポケベルブームも末期のころ。当初は数字を表示するだけだったポケベルも劇的な進化を遂げ、NTTドコモの新サービス「インフォネクスト」ではアルファベットやカタカナ、漢字まで表示できるようになっていた。だが、この新サービスで表示できなくなったものが1つ。それがハートマークだった。当時の大手・東京テレメッセージの機種では変わらずハートマークの表示が可能で、その結果「ハートマークが表示できる機種を求めて顧客が流出する、という事態が起こった」(栗田氏)。

 わかりやすく、楽しいコミュニケーションの重要性を、iモードの開発陣は実感していた。いわゆる顔文字((^_^;)のようなもの)は当時からあったが、ケータイのテンキーでこれを打つことはできない。ならば、シンプルな図案の数々を文字セットの一種として入れてしまえばいいのでは――。こうして企画されたのが絵文字だったのだ。

電車とドル袋の絵文字

 絵文字はもう一つ、重要な役割を期待されていた。iモードサイトをより楽しくリッチに見せるための、コンテンツプロバイダー向けのツールとしての役割だ。今でもケータイサイトを見ると、鉄道運行情報のサイトで「電車」の絵文字が使われていたり、有料コンテンツへのリンクに「ドル袋」の絵文字が使われていたりするのを見かけるが、こうした使われ方が代表例だ。

 当初のiモードサイトはGIF形式の小さな画像しか扱えず、しかも「画像データを受信する場合、テキストとは別のセッションをサーバーのとの間で張る仕様だったので、画像の表示には非常に時間がかかった」(栗田氏)。文字セットの一種として絵文字を定めておき、文字データとして素早くやり取りできるようにしておけば、ユーザーもストレスを感じない。コンテンツプロバイダーも自社のサイトを手軽に装飾できる。