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栄久庵憲司さん死去 工業デザイン界草分け しょうゆ瓶、新幹線など

栄久庵憲司さん
死去した栄久庵憲司さん
Photo By 共同 

 日本の工業デザイン界の草分けで、卓上しょうゆ瓶や秋田新幹線「こまち」のデザインで知られる栄久庵憲司(えくあん・けんじ)さんが8日午前3時57分、洞不全症候群のため東京都新宿区の病院で死去した。85歳。東京都出身。近親者で密葬を行う。喪主は弟祥二(しょうじ)氏。本葬は3月17日午後1時から東京都港区芝公園4の7の35、増上寺で。

 広島市の寺の住職の長男として東京に生まれた。戦後、海軍兵学校から復員後に原爆投下直後の広島の焼け野原に立ち、「道具に命を吹き込む仕事がしたい」と工業デザインを志した。

 1955年に東京芸術大を卒業。57年に「GKインダストリアルデザイン研究所」を設立した。61年にデザインした「キッコーマンの卓上しょうゆ瓶」が大ヒットし、世界的ロングセラーになった。

 秋田新幹線の初代「こまち」や成田エクスプレス、ヤマハ発動機のオートバイなど数多くのデザインを手掛けた。大阪万博などの博覧会デザインにも携わり、89年に開催した世界デザイン博覧会(名古屋市)の総合プロデューサーも務めた。

 デザイン企業12社を傘下に置くGKデザイングループの代表。世界デザイン機構会長や国際インダストリアルデザイン団体協議会名誉顧問も務めた。

 79年「工業デザイン界のノーベル賞」といわれるコーリン・キング賞。2000年に勲四等旭日小綬章。03年にラッキーストライク・デザイナー賞を受賞。著書に「幕の内弁当の美学」など。

 ▼工業デザイナーの深沢直人さんの話 栄久庵さんは日本の工業デザイナーの草分け的存在であると、学生のころから刷り込まれてきた。特別なものというよりは、多くの人の生活に無理なく調和していくものをつくらなくてはならないという使命感を持っていたように思う。代表作となった「キッコーマンの卓上しょうゆ瓶」は、パッケージではなく、中身と一緒に「道具」を売るという、誰も考えてもみないようなアイデアで「食卓の平和」を象徴するデザインとなった。若いデザイナーにとっては、常に憧れの存在だった。

 ▼建築家の内藤広東大名誉教授の話 「デザインでどこまで世の中を変えていけるか」を追求しながら、戦後という時代を駆け抜けた人。とても大きな存在だった。生活用品から鉄道まで幅広いデザインを手掛けつつ、晩年は日本文化の中にデザインをどう定着させるかに心血を注いでいた。一つの時代が終わったと思う。

[ 2015年2月9日 09:40 ]

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