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えふ・マガインタビュー

第35回 小出義雄氏(陸上競技指導者、佐倉アスリート倶楽部株式会社代表取締役)「個性を見極め、やる気を引き出す指導者論」
人材育成なしに企業の発展はありえません。しかし、人を育てるというのは難しいことです。いったいどうすれば良い人材を育てられるのか。指導する立場の者はどんなことを心がけなければいけないのか。陸上競技のマラソン・中長距離の指導者として、数々の名選手を育ててきた佐倉アスリート倶楽部の小出義雄代表にお話をうかがいました。

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オリンピックメダリストの有森裕子、高橋尚子両選手をはじめ、数多くの選手を育ててきた小出監督。テレビなどでもおなじみの明るく、楽しく、そして強い信念を感じさせる語り口で、自身の陸上人生や指導の秘訣について話してくださった。型にはまらない柔軟かつ緻密な指導法は、企業で人材育成にあたるみなさんにとっても、大きな刺激となることだろう。

「強い願望を持ち続ければ、たとえ時間がかかっても必ずそこに近づいていけるんです。」

小出監督は、どのようなきっかけで陸上競技に関わるようになったのでしょうか?

 小学校の時にいい体育の先生に出会ったのが最初のきっかけです。当時は、みんな貧しかったけれど、団結心が強くて、子供も先生も住民も一緒になって運動会で盛り上がってね。そういう楽しい思い出もあって“かけっこ”が好きになりました。中学に入ったら、そこでも素晴らしい先生にめぐり合ったんですね。陸上を本格的に教えてくれて、「お前はオリンピックに行けるから頑張れ!」と励ましてくれました。ついその気になって、どんどん走ることにのめりこみました。だから、いい指導者にめぐり合うことが、どれほど子どもたちにとって重要なのか、僕にはよくわかるんですよ。
 僕は農家の長男だから高校は農業高校へ。そこでも陸上に熱中しました。ただし、陸上を専門的に教えてくれる先生がいなかったから、本を読んだり、先輩に聞いたりして、自分でトレーニングメニューを考えて練習したんです。そうしたら、千葉県で優勝できた。それでますます陸上が面白くなったんですね。あの時に自分で陸上を研究したことは、僕の人生にとって大きな財産になりました。
 高校卒業後は半年くらい実家の農業を手伝っていたけれど、やっぱり陸上が忘れられなかった。どうしても箱根駅伝を走りたくなってね。このままだと跡取りになって農家を継ぐしかないと思ったら、いても立ってもいられなくなって家を飛び出して、上京しました。その後はいろいろなことをやったけど、「箱根駅伝を走る!」という夢はずっと持ち続けました。すると4年後に順天堂大学を受験しないかという話が来て、受けたら合格したんです。もちろん陸上部に入って、毎日一番乗りでグランドに行って練習しましたよ。暑かろうが寒かろうが関係ない。苦になることなんか何もない。だって、大学に入れたことが嬉しくて仕方ないんだもの。おかげで、1年の時から念願の箱根駅伝に出場できたんです。
 僕は子供の頃から、夢が100%実現できているんですよ。「こうなりたい」「ああなりたい」という強い願望を持ち続ければ、たとえ時間がかかっても必ずそこに近づいていけるんです。何事も絶対にあきらめたらいけないんだね。

大学卒業後は、高校の教員として指導者の道を歩み出されました。

 最初に赴任した高校は、県内有数の進学校で陸上選手が2人くらいしかいなかった。それでも頑張って、全国大会の優勝者や入賞者を育てました。その次に行ったのは、あの長嶋茂雄さんが卒業生の千葉県立佐倉高校。そこも進学校で陸上選手が少なかったから、サッカー部や野球部から選手を借りてきて駅伝にチャレンジしました。有名私立に負けたくないから、どうやって勝てるかを必死で考えてトレーニングした結果、千葉県代表として全国高校駅伝に出場できました。そして次にお世話になったのが市立船橋高校。ちょうどスポーツに力を入れるということで、僕が呼ばれて陸上の指導を任されて、2年目には男女ともトラック競技で日本一になりました。4年目には全国高校駅伝で高校新記録で優勝です。
 よく聞かれるんです。「どうして結果が出せるのか?」とね。それは単純なことなんです。目的を明確にして、選手の能力を冷静に分析して、方法を探れば必ず結果は出ます。高校新記録を出すためには、この子たちの能力なら、どんなトレーニングをすればいいのかを考えて実践する。それも一人ひとりの選手の能力に合わせたトレーニングをする。「この子は体力がないからこういうトレーニング。この子は体力があるからこういうトレーニング」というように、きめ細かにトレーニングをしていけばみんながレベルアップして、予定通りの結果が出せるんですね。

その後、高校の教員から転身されて、実業団、それも女子選手の指導をするようになったのはなぜですか?

 23年間教員をやって高校駅伝でも優勝できたし、「もうやるだけのことはやったから、そろそろいいかな」と思って48歳で辞めました。次の夢は何にしようかと考えたら、「まだ陸上の女子選手が誰も取っていないオリンピックの金メダルを取らせたい」という夢が浮かんだんです。教員になったばかりの頃から、将来は必ず女子の1万メートルやマラソンができると考えて、どうやったら速く走れるかを考えていました。まだ誰も女子マラソンのことなんか考えていない時代から、いち早く勝てるトレーニング法を考えていたんです。そのうち本当に女子マラソンができて、実際に高校の女子部員にマラソンを教えて走らせてみたら日本歴代3位の好記録を出したので、「これは本腰を入れて取り組めば金メダルが取れる」と確信できました。
 教員を辞めると言ったら、「もう少しいれば退職金や恩給がアップする」なんてみんな止めましたけどね。そんなことは関係なかった。始めるなら今しかないと思って、新しい道に進みました。

「一人ひとりに合わせて、褒めたり、叱ったり、注意しながら、やる気を出させるのが指導者です」

その後は、有森裕子、高橋尚子をはじめ優秀な選手をたくさん育てられました。選手育成の秘訣はどこにあるのでしょうか?

 選手をやる気にさせることでしょうね。本人がその気にならなければ、どんなトレーニングをしても効果は出ませんよ。僕は、できるだけ選手を褒めるようにしています。試合に負けた選手を怒る監督がいるけれど、僕に言わせれば、負けたのは選手の責任ではなく監督の教え方が悪いんです。頭ごなしに怒ってみたところで、選手はやる気をなくしたり萎縮して、進歩が止まってしまいますよ。それよりは褒めることを考えたほうがいい。親子でキャッチボールをして、子供がボールをそらした時だって、「何やってるんだ!そんなのも取れないのか!」と怒るよりも、「うまくなったな。グローブをかすったじゃないか。もうちょっとで取れるぞ」と褒めてあげたほうが、子供は絶対にやる気を出すでしょう。何かアドバイスをする時も、「こうしろ!」と押し付けるのでなく、「うまくなったじゃないか。こうすればもっとよくなるぞ」と言ったほうが、ずっと効果的なはずです。そうやって褒めて、やる気を出させて、夢を持たせるのが指導者の役割だと思います。
 ただし、何でもかんでも褒めればいいわけじゃない。よく「小出は選手を褒めて育てる」と言われるけれど、とんでもない。褒めるだけで人間が育つはずがない。人間はどうしても楽なほうに逃げて、苦しいほうに行きたがらないものです。それをどうやって動かすのか。褒める時もあるし、叱る時もある。アドバイスや注意をする時もある。そういうことをうまく組み合わせて指導するんですよ。
 そこで重要になるのが言葉です。褒める時には、お世辞で褒めるんじゃなくて、腹の底からそう思って相手の心に響くように褒める。叱る時には感情的に叱るんじゃなくて、相手が納得できるような意味のある叱り方をする。言葉の役割はものすごく大きいんです。言葉を大事にするのも良い指導者の条件です。

選手を褒めたり、叱ったり、注意をしたり。どのように組み合わせればよいのでしょうか?

 それは選手一人ひとりで違います。人間はそれぞれ能力が違うし、個性があります。それを見抜くのも指導者の仕事。ふだんの行動や会話などから判断して、それに合わせた指導をしないと結果は出ませんよ。
 金メダルを取ったQちゃん(高橋尚子選手)は、怒ると萎縮してしまうんだね。それがわかったから、僕は怒らなかった。褒めてやる気を引き出した。アメリカで富士山なみの高さで、超高地トレーニングをしたことがありました。標高3200メートルあたりで、Qちゃんが「胸が苦しい」「手足がしびれる」と言い始めました。それはそうですよ、それだけ空気が薄いんだから。だけどそれを乗り越えないと金メダルは取れない。だから、僕は車の中から「Qちゃん、いいフォームだなあ」「いい顔してるなあ。Qちゃんは必ず優勝するよ」と褒め続けた。そうしたら、3500メートルくらいになっても、痛いとか苦しいとか言わなくなりましたよ。Qちゃんはそういう子なんです。逆にQちゃんのように褒めてばかりでは、効果がない選手もいます。そういう選手には、また別の方法で指導するわけです。
 練習メニューも一人ひとり違います。Qちゃんは1万メートルを徹底的に走らせてスピードを養いました。一方、有森裕子は、5000メートルを走らせてスピードアップを図りました。それぞれの選手には、適した練習方法がある。それを探すのが難しいんです。
 有森裕子は、素質はQちゃんほどなかったけれど、最初からオリンピックに出たいという強い意志がありましたね。「オリンピックに行きたい」と言うから、僕が「観戦にか?」と聞いたら「違いますよ!選手としてですよ」と(笑)。だから、有森の素質でオリンピックに行くにはどんなトレーニングをすればいいかを考えて、他人の倍以上の厳しいトレーニングをさせました。それができたから、オリンピックで2度もメダルが取れたんです。
 大切なのは、そうやって選手に合わせてトレーニングメニューや指導法を組み立てること。一番怖いのは、「あいつは素質がないからダメだ」なんてあきらめてしまうことですね。みんな夢を持ってやっているんだから、指導者は少しでもレベルアップさせて、その夢に近づけてあげないと。

企業で上司が部下を指導する際にも、そうした指導はあてはまりますね。

 やたらに部下を怒鳴りつけたり、愚痴ばかり言う上司を見かけるけれど、もっと前向きに明るく指導したほうがいいと思います。会社にはいろいろな人がいます。能力が高い人もいればそうでない人もいる。けっしてデキる社員ばかりとは限らない。それを嘆いたり、あきらめたりしないで、少しずつでも全員がレベルアップできるように指導したほうが、絶対に楽しいし、会社も発展するはずですよ。そして指導をする時には、社員一人ひとりの個性を見て、それに合わせた方法で指導をする。それができるのが優秀な指導者じゃないのかな。

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