電脳戦が羽生にもたらした人工知能への興味G2レポート・棋士道 羽生善治「将棋の神」に極意を質す(その4)

2015年06月11日(木) 高川武将,G2
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――では、人間らしさというのは?

「読みを省略していくところだと思います。読みや考えを省略することで、短時間で結論に辿り着けたり、正しい手を見出していく。そこが人間的な思考の一番の特長ですよね。コンピュータは沢山手を読めば読むほど強くなると思いますけど、人間は少なく読めるようになればなるほど強くなっていく」

――コンピュータは計算力。人間は感覚。

「ソフトの開発者も、理想は人間の感覚、思考プロセスを覚えさせようと一生懸命やってきたんですね。今でもやってる人はいるんですけど、結局は計算力に頼ったほうが強くなった。ハードの進歩も大きいと思います」

人間がコンピュータに太刀打ちできなくなる状況を、羽生は既に20年前に予見していた。96年の将棋年鑑の棋士アンケートで、「コンピュータがプロ棋士を負かす日は来ると思うか? 来るとしたらいつか?」という問いに、大半の棋士が否定する中、「2015年」と答えている。

――よく聞かれることだと思いますが「2015年発言」の真意を。もう、来年です。

「う~ん、いやぁ、アンケートを書いたときも、別に深く考えずに適当に書いただけなんで・・・・・・(苦笑)」

――適当、ですか?

「ハハッハハッ。いや、ただ、コンピュータそのものの進歩と比例して、必ず強くなる日が来ると思ってはいましたが・・・・・・」

2%のレベルでしか人間は将棋をわからない

――同じ時期の『将棋世界』(95年12月号)のインタビューで面白いやりとりがあります。「強いコンピュータが出てきたらやりますか?」と聞かれ、「やります。ただ今のレベルではちょっと・・・・・・」と口ごもる。聞き手が「今の(弱い)コンピュータは論外です」と言ったら、「いや、そういう意味じゃなくて、人間のレベルが大したことない」と答えている。ウィンドウズ95が出たばかりの時点で、コンピュータより人間のレベルが低いと認識していたというのは驚嘆します。覚えてますか?

「(はいはいはい、と聞いていたが)いや、覚えてません(笑)」

――(笑)

「そんな、20年前に何言ったかなんて、全く覚えていませんよ(笑)。い~やぁ、そんなこと言いましたか・・・・・・違う人が言ったんじゃないですかね?」

――(爆笑)

「ハハッハハッ。いやぁ、言いましたか、はぁ・・・・・・まあ、ただあれですよ、例えば、人間が将棋そのものを物凄く深くわかっているかと言われたら、それほど深くはわかっていないということは、やっぱりあるわけですよ。どう言ったらいいんでしょうかね、こう、莫大な量の可能性のある局面があって、棋士がいくら子どもの頃からやっていると言っても、出会った局面というのは、その1%にも満たないような局面しか見ていないわけじゃないですか」

――可能性のある手の数は10の220乗と言われて、ま、とにかく天文学的な数字になる。

「ええ。で、残りの局面はまだ見ていないわけで・・・・・・また、こういうことも言えるんですよ。結局、プロの棋士たちは、間違えにくい局面をいかにして作っていくかを考えているとも言えるわけですね。でも、将棋の全体像から見れば、そうじゃない局面が圧倒的に多いので。そういう局面で正しく対応できるかどうかは、全く別な話ではあるんです・・・・・・まあでも、その発言は忘れてましたから、今更聞かれてもわかりません(笑)」

――ただ、そのときに「今の人間のレベルが2%くらいではコンピュータに凌駕される可能性もある」と言っていて、「だから人間がもっとレベルを高めないとダメです」と。その2%というのは、人間がそれくらいしか将棋をわかっていないということですね。

「ああ、そうですね。あの、こういうことはよくあるんですよ。例えば、プロの将棋は難しいと言いますよね。それは一理あるんですけど、一面では違うところもあって。覚えたての人のほうが、難しい将棋を指していることもあるわけです」

――ほぉ。

「うん。覚えたての人はメチャクチャやるから、メチャクチャな局面になるんですよ。それを途中からプロの棋士が任されて、正しい手を瞬時に選ぶのはかなり難しいと思います。綻びだらけだから、どこから手をつけていいかわからないんですよね。プロはそういう局面に出会わないようにしているからこそ、正しい手を選べるというのもあるので。人間がよくわかっていないというのは、そういうこともあるわけです」

・・・・以下、次回へつづく(次回の掲載は6月13日を予定しています)

高川武将(Takagawa Takeyuki)
1966年東京都生まれ。新聞社、出版社を経て、フリーランスのルポライターに。スポーツを中心に『Number』等で骨太のノンフィクションを多数執筆。2010年の竜王戦から羽生善治の取材を続け各誌に寄稿している。

 

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