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  • 長崎家裁決定詳報 小6女児事件

     長崎県佐世保市の小6女児事件で、長崎家裁佐世保支部が15日出した決定要旨は次の通り。  【主文】  女児を児童自立支援施設に送致する。2004年9月15日から2年間、強制的措置をとることができる。  【非行事実】  女児は長崎県佐世保市の小学校6年に在籍、同級生の被害者=当時(12)=とは交換ノートやインターネット上でメールをやりとりするなどの交流をもっていたが、被害者が交換ノートやホームページに記した内容を見ているうちに、自分をばかにし批判しているように感じて立腹し、怒りを募らせた揚げ句、殺害しようと決意し、04年6月1日午後零時20分ごろ、小学校3階学習ルームで、右手に持ったカッターナイフで被害者の頚部(けいぶ)などを切りつけ、間もなくその場で失血死させ殺害した。  【人格特性】  ▽認知・情報処理特性  女児は生来的に(1)対人的なことに注意が向きづらい特性(2)物事を断片的にとらえる傾向(3)抽象的なものを言語化することの不器用さ(4)聴覚的な情報よりも視覚的な情報のほうが処理しやすい--といった特性がある。そのため自分の中にあるあいまいなものを分析し、統合して言語化するという一連の作業(例えば感情の認知とその言語化)が苦手である。  なお(1)ないし(4)の特性は、広汎性発達障害や受容性表出性言語障害などに多く見られるものである。しかし女児の特性は軽度で、上記各障害やその他の障害を診断される程度には至らない。  ▽情緒的特性  女児は上記各特性の中でも(1)の対人的なことに注意が向きづらい特性のため、幼少期より泣くことが少なく、おんぶや抱っこをせがんで甘えることもなく、1人でおもちゃで遊んだり、テレビを見たりして過ごすことが多いなど、自発的な欲求の表現に乏しく、対人行動は受動的だった。  家族はこのような女児の行動を「育てやすさ」「1人で過ごすことを好む」ととらえ、ささいな表情の変化や行動に表れる欲求を受け止め、積極にかかわることをしてこなかった。  その結果、女児は、自分の欲求や感情を受け止めてくれる他者がいるという基本的な安心感が希薄で、他者に対する愛着を形成しにくかった。そのため基本的な安心感や愛着を基盤とする対人関係や社会性、共感性の発達も未熟である。  また情緒的な分化が進んでおらず、情動に乏しい。愉快な感情は認知し表現できるものの、その他の感情の認知・表現は困難で、とくに後記の通り怒り、寂しさ、悲しさといった不快感情は未分化で、適切に処理されないまま抑圧されていた。  ▽対人関係の特性  女児は上記の特性から、主観的・情緒的なことを具体的に表現することが苦手である。また言葉や文章の一部にとらわれやすく、文章の文脈やある作品がもつメッセージ性などを読み取ることができない。その上、例えば、相手の個々の言動から相手の人物像を把握するなど、断片的な出来事から統合されたイメージを形成することが困難なため、他者の視点に立ってその感情や考えを想像し共感する力や、他者との間に親密な関係を作る力が育っていない。  また女児は、聴覚的な情報よりも視覚的な情報の方が処理しやすい特性により、聴覚的な情報が中心となる会話によるコミュニケーションでは上記の文脈理解等の不器用さが際立ち、発話者の意図を理解して返答したり、自分の気持ちをうまく表現することができなかった。  このような女児の不器用さは周囲に気付かれておらず、家庭でも学校でも女児の表現できない思いがくみ取られることはなかった。  ▽怒りの自覚とその対処方法の二極化  上記のとおり、女児は情緒的な分化が進んでおらず、愉快な感情以外の感情表現は乏しかった。そのため周囲から、おとなしいが明るい子として評されていた。  女児は成長に伴い認知機能が発達した4年生の終わりごろから、不快感情のうち、怒りの感情を認知できるようになった。ただし複雑な対人関係に起因する怨恨(えんこん)のような発展的な怒りを認知できるほど、情緒や認知機能は発達していない。  女児は怒りを認知しても、感情認知自体が未熟であることや社会的スキルの低さのために怒りを適切に処理することができず、怒りを抑圧・回避するか、相手を攻撃して怒りを発散するかという両極端な対処しかできなかった。そのため徐々に同級生らから「怒ると怖い子」として評されるようになった。  女児には、怒りを回避する時に空想に逃避する傾向や、強い怒りを急に感じたときの行動を問われても想起できない場合があることなどからすると、時には、短時間、自分の処理できない強い怒りの反応として生じる解離状態となって攻撃衝動の抑制も困難になると推測される。  ▽精神病性の障害等の有無  以上の特性はいずれも重篤ではなく、何らかの障害と診断される程度には至らない。  またこれらの特性は、人生のある時期から生じた何らかの狭義の精神病性の認知や情動の変化であるとは考えにくい。従って統合失調症をはじめとする精神病性の障害の存在は否定される。  【処遇の決定】  女児は、認知面・情緒面に偏りがあり、不快感情、特に怒りについては回避するか相手を攻撃するかという両極端な対処しかできないといった人格特性をもつとともに、傾倒していたホラー小説等の影響により、攻撃的な自我を肥大化させていた。上記特性により会話でのコミュニケーションが不器用な女児にとって、交換ノートやインターネットが唯一安心して自己を表現し、存在感を確認できる「居場所」になっていた。被害者は、女児がオリジナリティーやルールに対する強いこだわりから、女児の表現を無断使用するなと注意してくることに息苦しさや反発を覚え、女児に対する反論を交換ノートに記し、ホームページに名指しを避けながらも女児への否定的な感情を率直に表現したとみられる文章を掲載した。 女児はこれを「居場所」への侵入ととらえて怒りを覚え、いったん回避的に対処したものの、さらに被害者による侵入が重なったと感じて怒りを募らせて攻撃性を高め、とうとう確定的殺意を抱くに至り、計画的に本件殺害行為に及んだ。  被害者の言動は、他人をして殺意を抱かせるようなものでは決してなく、特段の落ち度は認められない。しかし女児が被害者に対する怒りを募らせた末取った行動により、かけがえのない生命が奪われてしまったのであり、その結果はまことに重大かつ悲惨である。  女児は、本件行為当日に一時保護され、その後3カ月余りにわたり、観護措置や鑑定留置による身柄拘束を受ける中で、裁判官、家庭裁判所調査官、鑑定医、鑑別技官、さらには付添人や保護者らから、本件触法行為を中心に、数え切れないほど多数回にわたり問いかけをされ、自ら行った重大行為について振り返り、内省する時間と機会を十分持った。その中で、女児なりに努力する様子を見せたものの、その人格特性ともあいまって、現在に至ってもなお、自らの手で被害者の命を奪ったことの重大性やその家族の悲しみを実感することができないでいる。  その背景には、前述の通り、女児は、愛着やこれを基盤とする共感性に乏しいことから、自己の悲しみの経験や共感性を基盤にした「死のイメージ」が希薄であるため、女児にとって人の死とは「いなくなる」という現象以上に情動を伴うものになり得ていないことが挙げられる。  また、女児が贖罪(しょくざい)の意識を持ちがたい背景には、殺害行為に着手した直後に解離状態に陥ったことで、本件触法行為に現実感がなく、また実行行為の大半の記憶が欠損していること、処理しかねる強い情動には目を向けないようにして抑圧する対処が習慣化していることなども指摘されよう。  今後、女児が、健全な人格を形成し、本件触法行為の重大性を認識し、贖罪の意識を持つためには、女児の資質上の問題点を解決するよりほかにない。そのためには、女児に、まず、情緒的な受容体験に基づく基本的信頼関係を獲得させ、その後に、感情や情動の認知とその処理方法、自己の意思を伝達する方法等の社会的スキルを習得させる必要がある。  一方、女児の両親は、女児の身の回りの世話など通常の監護養育のほかに、教育面にも関心を持って接してきたことが認められるものの、情緒的な働きかけは十分でなく、おとなしく手のかからない子であるとして女児の問題性を見過ごしてきた。  もっとも、女児が2歳の誕生日を迎える直前ごろに父親が長期間の入院生活を余儀なくされ、父親の関心は、闘病生活と就職に、母親の関心は、夫の病状のほか、生活を維持するための就労などに向かわざるを得なかったという、女児にとってもまたその両親にとっても不幸な出来事があったことは事実である。  このような事情があったとはいえ、両親の監護養育態度は女児の資質上の問題に影響を与えている。両親は今回の手続きの中で、女児の資質上の問題や自分らの養育態度に不十分な点があったことなどを知らされ、理解を深め、改めるべき点は改めようとする態度に変化しつつあるが、直ちに改善されるとは考えられない。  以上からすると、女児の家庭には、女児の資質上の問題を解消できるだけの機能が備わっておらず、事案の重大性にかんがみても、女児に対し社会内処遇をもって臨むことは不可能である。そして、女児は、14歳未満であることから、女児を児童自立支援施設に収容するほかない。  ただし、現段階では、社会的スキルの習得が不十分な女児に対して、児童自立支援施設における本来的処遇である集団内処遇を実施すれば、対人関係の行き違いから女児が他の児童に危害を加える可能性を否定できない。また、女児に、人に共感したり、親密な人間関係を築くために必要な基本的信頼感を体得させ、自己の意思を伝達する方法等の社会的スキルを習得させるためには、まず、情緒的な応答性の高い、受容的な母親的存在との2者関係から再体験させていく必要があり、個別処遇が求められるところである。  加えて、女児は、現在は本件触法行為に対して現実感を持ち合わせておらず、情緒的葛藤(かっとう)はないと思われるが、今後の処遇により、共感性などを獲得すれば、本件触法行為の意味を次第に理解するようになり、情緒的な混乱を引き起こし、自傷行為に及ぶ可能性もある。  以上のとおり、女児には個別処遇が望まれ、現段階では女児の行動変化を予測できず、女児の他害・自傷の可能性があることも考えあわせると、女児には強制的措置が必要である。  そして、女児の抱えている困難は根深く、女児の感情はまだまだ未分化で、内面的には極めて幼い状態であり、基本的信頼感を獲得するにも相当時間を要すると思われること、女児が不快と感じた状況下で逃避的な空想を展開する傾向は長い期間を経て固定されたものであり、今後の処遇における妨げになりうること等から、個別処遇期間は相当長期にわたると考えられる。一方、女児は、現在小学校6年生で、前思春期にあり、心身の変化に富む時期であるため、今後の成長により、処遇が順調に進むことも期待できる。  上記諸事情を勘案すると、女児に対し、差し当たって2年間の強制的措置を許可することが相当である。
      【共同通信】