メタン

2.2 メタン

 メタン(CH4)は無色無臭の可燃性気体で、8 µm付近に強い吸収帯があり、効率的に赤外放射を吸収・放出する。現在の大気組成における1分子あたりの放射強制力は二酸化炭素の約25倍、1750年以降2005年までのメタンの増加による放射強制力は0.48 [0.43〜0.53] W/m2であり、これは長寿命温室効果ガスの増加による放射強制力の18%と考えられる(IPCC, 2007)。また同報告書によると、大気中の滞留時間は約12年と推測されている。メタンは二酸化炭素に次ぐ影響を持つ温室効果ガスとして重要である。
 なお、大気中のメタン濃度は比較的均一で、年々のわずかな増加量を論じることの便宜から、大気中のメタン(第2.2.1節第2.2.2節)についてはppb単位を用いる。一方、海洋中のメタンは変動幅が大きく、表示上の便宜から、海水中のメタン(第2.2.3節)についてはppm単位を用いることとする(1 ppm = 1,000 ppb)。

◆地球環境問題に関連するメタンの基礎知識

大気中のメタン濃度変動の歴史

 現在のメタン濃度は、南極及び北極域における氷床コア中の空気の分析により決定された、過去65万年の自然変動の範囲(320〜790 ppb)をはるかに上まわっている(IPCC, 2007)。また、産業革命前の18世紀以前のメタン濃度はおよそ715 ppbで、二酸化炭素の場合と同じくほぼ安定していたが、それ以降急速に増大した(図2.1.1)。しかし、1984年以降のデータによると、最近15年ほどの濃度年増加量は、1980年代のそれよりも小さくなっている。南極やグリーンランドの氷床コアの分析によれば、1000年から1800年の期間の北半球と南半球高緯度のメタン濃度差は24 ppbから58 ppbの間であったと見積もられている(Etheridge et al., 1998)。現在は北半球と南半球高緯度の濃度差は約150 ppbに拡大している。これは、メタン濃度の増大の原因が人間活動にあり、その主な放出源が北半球にあることを示している。

大気メタンの放出源と消滅源

 大気メタンの放出源は動物の腸内発酵、自然の湿地及び水田などにおけるいろいろな種類の嫌気性微生物(空気が完全に又は部分的に存在しない状態で生存できる微生物)の活動、天然ガス採掘、バイオマス燃焼など多岐にわたる。自然起源も含め、その放出量の詳細はまだよく分かっておらず、IPCC(2007)で紹介されている様々な研究によれば、主な放出源からの放出量は、湿地から1.00〜2.31億トン/年、エネルギー・産業関連(石炭採掘、ガス、石油を含む)から0.74〜1.06億トン/年、反芻動物から0.76〜1.89億トン/年、水田から0.31〜1.12億トン/年、バイオマス燃焼から0.14〜0.88億トン/年など、研究によって推定される値が大きく異なる。放出量の合計として、IPCC(2007)は5.82億トン/年、Lelieveld et al.(2006)は、メタンを分解するOHラジカル濃度を一定と仮定した上で、合計で5.56±0.1億トン/年と推定している。
 対流圏での消失は、主として、OHラジカル(ラジカルとは遊離基とも言い、非常に不安定な分子種)との反応による分解と成層圏への輸送である。このOHラジカルは
第2.6節でも記述するように、オゾンに紫外線が当たることによって水蒸気が分解されて発生する反応性の高い物質である。成層圏ではメタンは酸化されて最終的に水蒸気と二酸化炭素になるため、成層圏オゾンに影響を与える水蒸気の重要な供給源ともなっている。大気中での滞留時間はおよそ12年とみられている(IPCC, 2007)が、メタンを分解するOHラジカルの濃度は気温や湿度に影響されるうえに、放出源から放出される量も気温に依存する。また、両半球の中高緯度においては、紫外線強度と水蒸気濃度の変動によりOHラジカル濃度が夏季に高く冬季に低くなることに対応して、メタン濃度は主として夏季に低く冬季に高くなる季節変動を示す。
 湿地や植物からのメタン放出量は気温や湿度に敏感に応答し、気温の上昇による放出量増加の正のフィードバックを引き起こすとされている。しかし、Bousquet et al.(2006)によると、高温による乾燥化は湿地からの放出を減らす負のフィードバックがあることがわかってきた。一方、乾燥化は森林火災の多発を引き起こし、それから発生する大量の一酸化炭素は、メタンを壊すOHラジカルを減らすため、高温化による負のフィードバックの効果は大きくないかもしれないという意見もある。メタンは温室効果を引き起こす主要な気体の一つであり、今後も注意深く濃度を監視する必要がある。

大気メタンの全球分布

 全球的な分布としては、第2.2.2節で示すように、北半球中・高緯度で濃度が高く、南へ行くに従って濃度が下がる。メタンは、主な放出域が北半球の中高緯度帯にあり、OHラジカル濃度が高い赤道付近が消滅域となっているため、空気塊が北半球中・高緯度から赤道付近に運ばれるにつれて濃度が大きく減少する(Saeki et al., 1998)。  近年、ENVISAT衛星に搭載されたSCIAMACHY分光計によってメタン全量(気柱積分量)の全球分布の観測が可能になりつつある。観測された 2002〜2003年の観測結果とモデルを組み合わせた全球の濃度分布によると、これまでの産業統計等を用いた放出量インベントリーでは、熱帯林でのメタン放出量をかなり過小評価していること(Frankenberg et al., 2005)や、中国南東部、南アメリカ北部、インドのガンジス川流域、アフリカ中央部で高濃度域が見られ、特にアジアでの水田からの放出による濃度の季節変動が指摘されている(Frankenberg et al., 2006)。
 また、逆解法(第8.2節参照)を用いたメタンの放出量を推定する試みもなされている。Mikalove Fletcher et al.(2004)は、炭素同位体のデータを使って、湿地からの放出量について、それまでの見積もりの2倍に近い値を提示している。Chen and Prinn(2006)も、地上観測のメタン濃度から1996〜2001年の地域の放出源別の放出量の推定を行い、従来の方法による結果と比べて、エネルギー使用による排出は比較的少なく、むしろ水田やバイオマス燃焼からの放出が大きいことを示している。そのため、それまで8月とされていた放出のピークが7月に起こっているとも指摘している。


内容構成一覧

概要 | 最近の知見や話題 | 参考文献

日本におけるメタン濃度 | 世界のメタン濃度 | 北西太平洋の海洋上及び海水中のメタン

温室効果ガスなどのGAW観測所 | 観測方法(大気メタン) | 較正(メタン) | 濃度傾向・全球濃度の解析 | 逆解法を用いた放出量解析 | 海洋気象観測船