「数奇な伝来、存在自体が謎…国宝の名茶器「曜変天目」」の記事詳細：イザ！

　■「曜変・油滴天目－茶道具名品展」　静嘉堂文庫美術館

　色やかたち、質感、たたずまいの妙だけではない。伝世品と呼ばれる茶道具には、それらを代々愛玩した所有者－時の権力者や富豪、知識人ら－の思いに触れる楽しみがある。

　三菱第２代社長の岩崎彌之助（やのすけ）（１８５１～１９０８年）と第４代社長、岩崎小彌太（こやた）（１８７９～１９４５年）父子のコレクションを収蔵する静嘉堂（せいかどう）文庫美術館（東京都世田谷区）。所蔵する茶道具１４００件余りのうち、えりすぐりの名品約１００点を現在公開している。根幹を成すのは、明治以降に経済的基盤を失った大名家旧蔵の茶入（ちゃいれ）や茶碗（ちゃわん）の類である。

　そもそも彌之助が最初に購入した茶道具こそ、大名物（おおめいぶつ）（足利将軍家の収集品を中心に最高位に格付けられた道具）の唐物茶入「付藻茄子（つくもなす）」と「松本茄子」という。ともに信長、秀吉、家康と天下人の手中を経た奇跡の逸品。大坂夏の陣（１６１５年）で大坂城もろとも焼失したと思われたが、家康の命を受けた塗師（ぬし）の藤重（ふじしげ）藤元・藤巌父子が焼け跡から陶片を探し出し、漆繕いで今の姿に蘇（よみがえ）らせたと伝えられる。

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記事本文の続き　「歴代天下人の愛蔵品が失われたと聞いて悔しくて悔しくて、破片でもいいから拾ってこいと命じた家康の執念を感じますよね」と同館主任学芸員の長谷川祥子さん。平成６年には透過Ｘ線撮影により、漆で修復された実態が判明した。「きっちり水平に走るろくろ目から、藤重父子の誠実な仕事、家康への忠誠心がわかります」。家康は「藤重は日本一の重宝の者なり」とたたえ、この２つの茶入を藤重家に下賜（かし）したという。

　時は下り明治１８年、岩崎彌之助は同郷・土佐の名士を介してこの名茶器を入手するため、兄で三菱創業者の彌太郎（やたろう）に給与の前借りまでしたらしい。「“つくも”に特別な思いがあったのかも…。推測ですが」と長谷川さん。三菱と称する前、社名が「九十九（つくも）商会」だったからだ。

　数奇な伝来だけでなく、存在自体が謎に包まれているのが、展覧会のハイライト、国宝「曜変天目（ようへんてんもく）（稲葉天目）」である。漆黒の釉（ゆう）に星をちりばめたような斑文（はんもん）が浮かび、その周りを青のグラデーション、光の角度によっては虹色の光彩が輝く。「一碗の中に宇宙がある」との評判通り、吸い込まれるような美しさだ。

　曜変天目は南宋時代（１２～１３世紀）に中国福建省の「建窯（けんよう）」で焼かれたが、現存する完成品は世界で３碗のみ知られ、そのすべてが日本にある。室町時代より唐物の天目茶碗の最高峰に位置づけられ、中でもこの「稲葉天目」は、３代将軍徳川家光が乳母の春日局に贈り、彼女ゆかりの淀藩主稲葉家に伝わったもの。

　曜変の謎、つまり「窯変」がいかに起こるのか、今も陶芸作家や研究者らが解明を急いでいる。また、南宋の首都があった中国・杭州（こうしゅう）では２００９（平成２１）年、ついに曜変天目の陶片が発見され、関係者を驚かせたらしい。出土場所が迎賓館の跡地とみられることから、中国でも宮廷に献上されるほど珍重されたと推測できるという。

　ところで、珠玉の曜変天目を昭和９年に手に入れた小彌太は生前、「名器は私に用うべからず」として、一度も使わなかったそうだ。（黒沢綾子）

　◆「曜変・油滴天目－茶道具名品展」は３月２４日まで。月休（２月１１日は開館し、翌日休）。一般８００円、大学・高校生５００円。問い合わせは（電）０３・３７００・０００７。