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スポーツ
【タイガース血風録 猛虎水滸伝】野村と木戸 ハワイC意外な共通点
猛練習、猛練習の後、お酒で失敗
岩田は一回二死をとってからアッサリ打たれた。“惰眠”をむさぼっていた巨人がシャキッと目覚めたのではない。岩田-小宮山のバッテリーがちょっと投げ急いだ…。ことほどさように“捕手の存在”は大きい…。
先日、1983(昭和58)年安藤阪神2年目のマウイキャンプで若き日の木戸克彦(前ヘッドコーチ)の“酔虎伝?”を書いたが、実は56年の南海ホークス(現ソフトバンク)が、ハワイでキャンプをやった時のことを紹介しておきたい。
当時はまだプロペラ機の時代なのに海外キャンプ(遠征)とはかなり画期的な試みである。
この時に、監督鶴岡一人はそのメンバーに2軍だった3年目捕手野村克也を抜擢(ばってき)した。
しかし…あくまで野村は若手の控え。当然、誰よりも早くグラウンドへ行き先輩の練習準備をし、先輩連中の練習が終わってからやっと自分の練習をした。
連日休みなしが続いたがホテル-グラウンドの伝書バトだ。一切の無駄遣いをせず京都・網野町の母に仕送りもしていた。
いよいよキャンプ最終日。ヤレヤレやっと…ここで先輩投手連中が「ノム、今夜はワイキキで飲もう」と誘い、彼は喜んでついていった。
そして…うっかりチームの門限時間に先輩たちとともにホンの数分遅れた。
ホテルのロビーで待っていた鶴岡は、野村を「お前はハワイに遊びに来たんかッ!」と怒鳴りあげ、殴り倒す。
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