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国際
【から(韓)くに便り】ソウル支局長・黒田勝弘 教科書は問題にならない?
韓国の代表的な知日派知識人として知られた権五●(クォンオギ)・元東亜日報社長が先ごろ亡くなった。肺がんで闘病生活が続いていたが再起できなかった。まだ78歳だった。
1960年代に東京特派員を務め日本語も達者だった。ワシントン特派員も経験し、典型的なエリート言論人だった。もっと活躍できたのに残念だ。
韓国では出身地が重要だが、彼は慶尚北道・安東出身で大邱(テグ)の慶北高とソウル大を卒業している。60年代以降、韓国の政治、経済、社会…各分野をリードしてきた地域集団「TK(大邱・慶北)グループ」の有力メンバーでもあった。
生前、何回か会ったが、温厚な人柄で、ナショナリズムを面に出さない“国際派紳士”だった。
東亜日報社長だった1995年、時の金泳三(キムヨンサム)大統領に請われ副首相兼統一院長官になった。「言いたいことが言える言論人でそのままいればいいのに、彼のような人でも政権から声がかかればやはりそうか…」といささか残念に思ったことを覚えている。
東亜日報は朝日新聞と提携関係があって親しい。そこで権氏には朝日新聞の若宮啓文論説主幹との対談集『韓国と日本国』(2004年刊)がある。日韓双方で出版され、権氏の回顧談になっている。
その中に日韓間で大きな外交問題になった歴史教科書問題(2001年)が登場する。
問題の発端は「新しい歴史教科書をつくる会」の中学歴史教科書が検定をパスしたことだった。若宮氏が自虐的(?)な日本反省論で「つくる会」批判を強調するのに対し、権氏は市販本を読んだ感想として「日本の縄文・弥生時代などは非常に勉強になったし、近代史についても検定のときにかなりの修正がなされたようで、特に反発を感じませんでしたね」と逆にたしなめているのが面白い。
権氏はさらに「『新しい歴史教科書』では、韓国でも併合に一部のものが賛成していた、という記述がありましたね。『韓国人はみんな日本に抵抗した』と自慢したいのが韓国人の心情かもしれないが、本当はそうでないんだから、韓国人こそがこの教科書から学ぶべきだと思う。『一部』というところに引っかかりを感じて、どの程度の『一部』だったか知ることは、何もなかったと信じているより韓国人のためになると思いますよ…」とも言っている。
対談は「自虐史観の代わりに自慢史観では困る」で一致しているが、権氏は「これから先の日韓関係で、教科書が大きな問題になるとは思えない。…あまり大きく『教科書、教科書』と言っているのはおかしいことですよ」と語っている。
当時、韓国世論は『新しい歴史教科書』に対し大騒ぎし、政府は三十数項目の修正要求を外交文書で日本に突き付けている。今やその中身などみんな忘れているが。
しかし最近も、日本の教科書に領土問題が記述されているのはケシカランといって、また大騒ぎしている。教科書で領土紛争に関し自国の主張を教えるのは、国際的にはごく当たり前のことなのに。
相変わらず「教科書」だ。これは、この間、権氏のような“常識論”が韓国内では影響力を持たなかったということを意味する。権氏はそれが残念だったに違いない。(ソウル駐在特別記者)
●=王へんに奇
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