格付け会社の深層…一見危うい中立性

2011.08.24


米ニューヨークにあるS&Pの社屋。世界経済の動揺はここが“震源地”となった(ロイター)【拡大】

 「米国債は安全ですか?」

 「安全です。これは信用格付けの話ではありません。合衆国はいくらでも債務を支払えます。なぜならわれわれは、そうするために常にドルを刷れますから。ですからデフォルト(債務不履行)の可能性はゼロです」

 この発言はFRB(米連邦準備制度理事会)前議長のアラン・グリーンスパン氏が7日、米MSNBCのインタビューに答えたものである。FRB議長時代には「マエストロ」と称され、“グリーンスパン・マジック”で米国経済を空前の熱狂に導いた。その負の資産に米国経済は苦悩しているが、同氏が指摘するように米国はデフォルトする可能性はない。だが、ドルは刷るほど価値が下落することは避けられない。それがいま、極限に達しようとしている。

 ドルの下落が止まらない。それとコインの裏表の関係にある日本円は急騰、1ドル=76円台という空前の高値圏にある。引き金を引いたのは、米格付け機関S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)による米国債の格下げである。その格下げに対して政府から疑問が呈されている。

 米財務省は、今回のS&Pによる米国の格下げについて、「(米財政状況に関する)算定には2兆ドルの誤りがある」と指摘している。S&Pは格下げの要因として、政府が4兆ドルの歳出削減をすべきところを、与野党の交渉が難航し、2・4兆ドルの削減にとどまった点を挙げているが、政府の指摘が正しければ、歳出削減幅は2兆ドルで目標をクリアしている。格下げされる理由はなくなるというわけだ。

 これに対して、S&Pは米政府と事前に協議しており、「数値や計算方法に目を通してもらっている」と反論している。一方、3大格付け会社の残る2社、ムーディーズとフィッチは、米国の格下げを見送った。

 S&Pへは投資家から別の圧力も加わっている。米ヘッジファンドのジャナ・パートナーズとカナダ・オンタリオ州教員年金基金は1日、米出版大手のマグロウヒルに対する出資比率を計5・2%に引き上げ、マグロウヒル傘下のS&Pを、業績不振の教育出版部門から切り離すよう求める可能性があるとした。格付け会社のガバナンスのあり方が問われているようなものである。

 格付け会社は一民間企業であり、株式を上場している。その実態は、S&Pは大手出版マグロウヒル傘下の事業部門、ムーディーズの親会社ムーディーズ・コーポレーションの株15%を保有する筆頭株主は、世界最大の投資家ウォーレン・バフェットが経営するバークシャー・ハザウェイである。また、フィッチはフランスのフィマラックの子会社である。格付け会社のガバナンスは、これらの資本が握っている。

 また、2000年までムーディーズの親会社であった調査会社ダン・アンド・ブラッドストリート・コーポレーションからは、第16代大統領エイブラハム・リンカーンをはじめ、4人の米大統領を輩出している。現在、米SEC(証券取引委員会)が公認する格付け会社は10社あるが、ムーディーズ、S&P、フィッチで市場の95%のシェアを押さえている。3社の寡占への批判も根強い。

 ■森岡英樹(もりおか・ひでき) 1957年、福岡県出身。早大卒。経済紙記者、埼玉県芸術文化振興財団常務理事などを経て2004年4月、金融ジャーナリストとして独立。

 

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