シリーズ追跡 世界遺産に「四国遍路」名乗り
HOMEへ メニューへ HOME > 連載 > シリーズ追跡 > 記事詳細
| 2010 | 2009 | 2008 | 2007 | 2006 | 2005 | 2004 | 2003 | 2002 | 2001 | 2000 | 1999 | 1998
お接待の心、前面に

 文化庁が公募した世界遺産の暫定リスト候補に、四国4県が共同で「四国八十八カ所霊場と遍路道」を提案、登録へ名乗りを上げた。応募のための準備期間はわずか2カ月。香川県が他県に働き掛けて実現した形だが、準備不足は否めない。「四国は一つ」を合言葉に動き出した世界遺産への挑戦。提案の中身や背景などを関係者の意気込みを交えて紹介する。

「無形」の評価に期待

紅葉の中、お遍路さんでにぎわう四国霊場第八十二番札所・根香寺=高松市中山町(資料)
紅葉の中、お遍路さんでにぎわう四国霊場第八十二番札所・根香寺=高松市中山町(資料)

 「今回の共同提案は、基本コンセプトだけで成熟したものではないが、ボールは抱いているだけではダメ。とりあえず投げてみようと…」
  香川県の担当者は口をそろえる。一時は香川だけの提案も考えたというが、四国八十八カ所すべてがそろわないと意味がない。二〇〇〇年に、「四国遍路を世界遺産に」と提言を行っていた香川経済同友会の緊急アピール(十月五日)も後押しになった。
  文化庁記念物課によると、世界遺産は世界遺産条約に基づき、貴重な人類の遺産として保護すべきと判断した文化財や自然環境が対象。ことし七月現在、条約締結国百八十二カ国で、八百三十件(文化遺産六百四十四件、自然遺産百六十二件、複合遺産二十四件)が登録。日本では文化遺産十件、自然遺産三件が既に登録済みだが、欧州各国に比べて少ないという。

 世界遺産になるには一度、それぞれの国ごとに「暫定リスト」に記載。登録準備が整ったものを各国からユネスコ世界遺産委員会に推薦する。現在、日本の暫定リストには四件が記載され、うち、一件がユネスコに推薦済み。もう一件も今月中に推薦予定で、暫定リストは実質二件に。
  「数が膨大になり管理しきれないと、ユネスコで新規登録を抑制する動きがある。日本は十三件で、まだまだこんなに候補があることをアピールしておく必要がある」(文化庁記念物課)
  九月十五日に文化庁から突然発表された自治体からの推薦受け付け。背景には、こんな事情があった。

「四国八十八カ所霊場と遍路道」提案概要
「四国八十八カ所霊場と遍路道」提案概要(クリックで拡大表示)

 「前回の提言から六年がたち、総括と今後の活動について検討していた矢先、文化庁の動きを知った。十一月末と期限を区切られたのも動きを加速させる結果になった」
  香川経済同友会遍路文化調査特別委員会の豊本隆光委員長は、二カ月の短期決戦を振り返る。香川県への緊急アピールと同時に、三県の同友会にも働き掛け。八十八カ寺のある県内六市二町や四国八十八カ所霊場会に“立候補”への同意を取り付けるなど、側面支援に徹した。
  「チャンスは実質これが最後。来年度も応募は受け付けてもらえるが、再来年度の確約はない。今回、手を挙げないと、もうチャンスは来ないでしょうから」。文化庁との交渉窓口となった県教委文化行政課でも、十一月に入って急ピッチで対応。
  二〇〇〇年当時は指定の範囲が明確でなく、四県の足並みも必ずしも一致しないとの判断から世界遺産へ向け、特に動くことはなかった。今回は道州制の議論のほか、二年前の文化財保護法改正で「文化的景観の保護」が盛り込まれ、「この考えを活用した提案が可能」との判断もあり、応募に踏み切った。
  「四県の共同提案という形に落ち着いたが、地元自治体を文化庁がどう判断するか。市町村まで含むものなのかも分からないし、保存管理計画も先送り。今後、所有者である各寺院との交渉や遍路道の調査など、やるべきことは山のようにある。先行事例を見ると登録までに時間も必要」(県教委文化行政課)。

日本の世界遺産リスト記載物件(文化遺産10件、自然遺産3件)
日本の世界遺産リスト記載物件(文化遺産10件、自然遺産3件)(クリックで拡大表示)

 文化庁記念物課は「暫定リスト掲載には、文化財保護法の基準をクリアしなければならない。無形文化はプラスアルファの要因でしかない」と話す。八十八カ寺のうち、史跡名勝天然記念物や重要文化財の指定を受けているのは十五カ寺にすぎず、ハードルは高いと言わざるを得ない。四国の「お接待文化」をどう評価するか、明確な視点はいまのところ見いだせない。
  ただ希望もある。「白川郷・五箇山の合掌造り集落」では、屋根の葺(ふ)き替えなどの家屋の維持に「結(ゆい)」と呼ばれる住民の相互扶助組織があり、その風習が評価されたほか、「紀伊山地の霊場と参詣道(さんけいどう)」は「熊野信仰」がプラスの評価を得ているからだ。
  香川経済同友会の三谷安治副代表幹事は「自分たちの住む地域を見直し、地域を元気にすることが一番の目的。そのためにも四国の人が一丸になって機運を盛り上げよう」と呼び掛ける。四国遍路は寺院や道だけでなく、そこを巡る人々と、お接待を通し遍路を支える地域の人々がいて、初めて成立する独自の文化。今回の“立候補”は、世界遺産登録へ、ようやくスタート地点に立ったばかりだ。
  十一月末に締め切った応募総数は、二十六県から二十四件。来年一月に開かれる文化審議会特別委員会で暫定リストへの記載か、継続審査か、却下か、判断が下される

 

遍路とおもてなしのネットワーク・松岡さん 官民挙げ、推進組織を

「四国の活性化には遍路を生かした取り組みが一番。われわれはその応援団でありたい」と話す松岡敬文さん
「四国の活性化には遍路を生かした取り組みが一番。われわれはその応援団でありたい」と話す松岡敬文さん

 ことしの六月十五日、弘法大師・空海が誕生した日に合わせて、産声を上げたNPO法人「遍路とおもてなしのネットワーク」(理事長・梅原利之JR四国会長)。その事務局長を務める松岡敬文さんにあらためて四国遍路の魅力などを聞いた。

 ―NPO設立の経緯は
  香川経済同友会が二〇〇〇年から、県内の遍路道を歩いて調査する事業をスタートさせた。実際に歩いて困ったことはトイレがない、道が分からない、休憩所が少ないことなど。個人的に自宅にお遍路さんを泊めたりしていたが、多くの人が同じ思いを抱いていた。せっかく四国に来ていただいた人に気持ちよく遍路をしてもらいたいと願い、何か手助けできる仕組みをつくろうと思い立った。

  ―具体的には
すぐに取りかかったのが、トイレを借りたり、ちょっと休憩できる「おもてなしステーション」の設置だ。ロータリークラブの協力、企業や個人の賛同を得て、現在、四県に約百六十カ所ある。携帯電話販売会社も加盟しており、携帯の充電も可能。〇三年からは「歩きへんろ道」と書いたシールを二千枚作成し、遍路道に張ってきた。ほかに、歩き遍路を終えた人を「お遍路大使」に、接待に貢献した人を「おもてなし大使」に任命。遍路の素晴らしさを内外にアピールしてもらうのが目的で、十月末現在、お遍路大使は四千八百十五人を数えている。NPO化で、より多くの団体、個人に活動に参加してもらえれば。

  ―自身が四国遍路にのめり込むきっかけは
二〇〇〇年春、長尾寺から大窪寺へと歩いた時。最初は約三十五人がワイワイと歩いていたが、次第にしんどくなって声が出なくなった。そんな時、見つけたのがツバキのトンネルだ。「うわぁ、ツバキだ」ってみんな声が出るようになった。あの感動が忘れられなくて。歩くことや道々で触れ合う人情、自然の素晴らしさを肌で感じたから。

  ―ことし九月、世界遺産のサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(スペイン)を歩いたそうだが
約八百キロのうち百六十五キロを歩いた。今後、三年で完歩する計画だ。歩いて感じたのは、がむしゃらに巡礼路を守ろうという雰囲気ではなく、地元の人や巡礼者が楽しもうという雰囲気があること。町の目抜き通りを歩くようにして、町自体も活性化している印象だ。ペンキで順路を示した矢印があったりして、とても親切。ただ、お接待、おもてなしに関する意識は、四国が上だと感じた。

  ―四県が共同で世界遺産へ名乗りを上げたが
四国の活性化は遍路を生かした取り組みが最も優れているし、誰もがそれを認めていると思う。歩く人がいて、道ができるのだから、われわれはそんな歩く人を精いっぱい支援していきたい。今後は、官民を挙げた推進組織づくりが急務。世界遺産へ向け、行政や民間、他のNPO、(八十八カ寺で構成する)霊場会などをつなぐ応援団であり続けたいと思っている

 山下和彦が担当しました。

(2006年12月17日四国新聞掲載)


ご意見・ご感想はこちらへ

前へ戻る 画面上部へ  
Copyright (C) 1997-2010 THE SHIKOKU SHIMBUN. All Rights Reserved.
サイト内に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています