すでに回っているフローがあるのに、わざわざテストみたいなことをする必要はないだろうというのが普通の意識ですけれど、先頭切ってやろうじゃないかというのが理念としてありました。

『相棒』テレビ朝日:
進化し続ける『相棒』
連続ドラマ初の完全ファイルベース化

テレビから映画まで、映像制作現場でノンリニアの編集システムが当たり前となった昨今、誰もがノンリニア編集システムの使いやすさを認める一方で、その本来の力を発揮できていない状況が続いている。本編集が未だにリニアであるため、テープレスカメラで撮影した素材なのにわざわざテープに落として本編集に持っていったり、テープで撮影した素材をデジタイズしてファイルで仮編集しても本編集は再びテープだったりと、リニアとノンリニアの混在が逆に制作の負担となってのしかかっているのだ。

本来的な作品の質には直接関係ないこれらの作業を、皆がどうにかしたいと思いつつも、様々な事情から、完全にはリニアから離れられないでいるのが現実だ。だが、今回紹介するテレビ朝日の人気シリーズドラマ『相棒』(毎週水曜21:00〜)の制作現場では、積極的にテープレス化に取り組み、完全なファイルベースのワークフローを実現した。ファイルベースにすることで、作業の効率化が実現でき、さらには作品の質の向上にもつながったという。劇中でも新しい相棒が迎えられたように、新シリーズの撮影開始にあたりファイルベースの実現のために制作チームが迎え入れた新しい相棒、それこそがFinal Cut Studioだった。

『相棒』だからこそ先頭切ってやろうじゃないか

『相棒』の制作を完全ファイルベースで行うという構想が持ち上がったのは、前シリーズの『相棒7』の開始前の2008年8月のことだったと、撮影監督の会田正裕氏は振り返る。会田氏は、かねてよりオフラインと本編集とでシステムが違うことにより生ずる様々な問題を解決すべく、頭を悩ませていたという。

会田正裕氏/撮影監督・株式会社アップサイド 撮影部長

それまでは、PanasonicのテープカメラVaricam及びAJ-HDX900を使用して収録をDVCPRO HDで行い、オフライン編集にはAvidで、オンライン編集はリニア環境で行っていたという。オフライン編集のみにノンリニアを導入するのは、多くの制作現場で見られるワークフローであるが、この場合、テープ素材をファイル化するデジタイズ作業に時間がかかる。スケジュールのシビアな連続ドラマにおいて、デジタイズ時間の負担は重く、そもそも作業自体は決してクリエイティブなものではない。そこでソリューションとして考えられたのが、同じPanasonicのテープレスカメラでP2収録できる機材を導入し、収録から編集までファイルベースで統一するワークフローを立ち上げることだった。

だが、『相棒』と言えば、テレビ朝日の看板番組の一つだ。わざわざ冒険をしなくても、安定したフローで制作を続けた方がリスクを避けられて良いのでは――そういう保守的な意見はなかったのだろうか。

「『相棒』は毎回新しいことに挑戦していて、進歩することに対して規制はないという意識でやっています。だから、今回も『ぜひやってみましょう』と言うことになったんです。ずっと放送していてすでに回っているフローがあるのに、わざわざ先頭切ってテストみたいなことをする必要はないだろうというのが普通の意識ですけれど、先頭切ってやろうじゃないかというのが、プロデューサーの理念としてありました」(会田正裕氏/撮影監督・株式会社アップサイド 撮影部長)

「良くなることに対して、なにも文句言うことはないというのが僕の思いです。だから、リスクだとか、新しいことに対する不安はかけらもなかったですね。良いことならどんどん進めましょうよというのが、チーム相棒の精神としてがっちりとあります。各パートの1人1人がどうやってもっと良くするかという思いで一丸となって戦っているのが撮影現場ですから」(松本基弘氏/ジェネラルプロデューサー・テレビ朝日)

こうして、松本プロデューサーの提唱する「進化する『相棒』」の旗印の下、視聴率だけ無く技術でもトップを目指すべく、ファイルベースへの移行が開始された。だが、構想はすぐには実現しなかった。編集所の検証に時間がかかることや、予算の問題で、結局、『相棒7』での導入は見送りとなってしまったという。それでも収録にP2カメラを常備することで検証を続け、ようやく『相棒season8』の収録開始を目前に、 2009年夏に完全ファイルベース化が実現した。

松本基弘氏/ジェネラルプロデューサー・テレビ朝日

現在のシステムは、Panasonicのテープレスカメラの中でも最上位機種であるAJ-HPX3700Gを採用し、以前より画質が大幅に向上したという。また、編集システムもAvidからFinal Cut Studioへと変更された。Avidもノンリニアの編集システムであるが、Final Cut Studioを導入することで、オフラインとオンラインの両方で同じ素材を一貫して同じソフトで扱うことが可能になり、作業がより効率的になり、質の向上も見込めると考えていたという。

編集以外に素材をいじれる時間が飛躍的に増えた

だが、撮影側から見れば、テープであろうとテープレスであろうとカメラはカメラだが、編集する側から見たとき、AvidからFinal Cut Studioへの移行は問題とならなかったのだろうか。だが、編集を担当する只野信也氏は、これまでAvidを使っていたにもかかわらず、2つ返事でFinal Cutへの移行を承諾したという。

「みんな只野さんは絶対にうんと言わないだろうと言っていたんだけど、実は只野さんはノンリニアでドラマをやったエディターの第1号だったんですよね。だから、Final Cutに変える事に対する抵抗があるかどうかは、本人に聞いてみないと分からないなということで、聞いてみたら、『テレビのリモコンの使い方が変わるだけ(その程度)のことだろ?』と言って(笑)それでOKだったので、周りが『え!?只野さんOKなの?』と驚いて、そこから動き出したんですよね」(会田氏)

「エディターはいろんなソフトに対応できるべきで、それは一番大事なことだと思うんですよ。フィルムを扱っていたときも、ムビオラっていう編集用の機械があって、タテにフィルムが動いていく。ビューアーっていうのもあって、そっちは横に流れていく。東映くらい大きいところだったら両方置いてあるんですけれど、ちょっとした制作会社行くと、片っ方しかないんですよ。でも、こっちしか使えませんじゃエディターは商売にならないんですよ」(只野信也氏・編集・フリー)

只野信也氏・編集・フリー

只野氏はキャリアの初期をフィルムからスタートした熟練のエディターだ。彼が言うには、むしろ画が確認できるフィルムから、再生機なしには画が確認できないビデオに編集の主流が移行した時の方が、違和感は大きかったぐらいだったという。

「AvidだろうがFinal Cutだろうが、ノンリニアの編集機器はひとくくりと俺は考えていて、どうやれば作品が良くなるかを考えるのが、我々の仕事。でも、Final Cut Studioにすることで、俺が編集を始めるまでの準備が格段に速くなればそれに越したことはない。全体のキャパは決まっているので、テクニカルな部分の時間がぐっと少なくなって、俺のクリエイティブな部分が多くなるとありがたい」(只野氏)

「今はまだ只野さんの持ち時間は大きくは変わってないんですが、そこの場所でできるいろんな作業が増えているんですよね。だから、素材をいじれる時間は飛躍的に伸びたという実感がありますね」(会田氏)

これまでデジタイズなどのフローに由来する冗長な作業に時間を取られて、うまく効率化できなかった作業の時間配分を、ファイルベースにしたことにより効率化できるようになった。また、オフラインと本編集が同じ素材・同じソフトで扱えるようになったことで、これまでポスプロでなければできなかったようなこと、たとえばカラコレなどが、オフラインでもできるようになり、なおかつそれをそのまま本編集に持って行けるようになる。それは究極的には、本編集と仮編集の垣根を崩す事にもつながる。まさに、「アメリカのドラマ等から決定的に後れを取っていた日本のドラマの仕上げシステムに一石を投じる出来事」(会田氏)だといえるだろう。