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4.プルトニウムの人体影響
前述のとおり、プルトニウムは放射線を出すので、遮へいしていないプルトニウムの近くに寄れば、身体の外から放射線を浴びて(これを「外部被ばく」という)、放射線障害を生じる。この場合の放射線影響は、プルトニウム以外の放射性物質などにより外部被ばくした場合と同様であり、影響の大きさも対策も十分にわかっている。なお、人体はもちろん、生物に対する放射線の影響は、放射線の種類とそのエネルギー、被ばくした放射線の量で決まり、何から出た放射線かは関係がない。つまり、天然のラジウム温泉だから気持ちいいが、人工の放射線は怖いというような区別はない。
話が少しそれたが、プルトニウムを扱う施設では十分な遮へいが施されており、一般の人はもちろんのこと、専門家でも遮へいしていないプルトニウムの近くに行く機会はまずあり得ないと考えてよい。
何らかの理由でプルトニウムが体内に取り込まれた場合、プルトニウムは体内に長く留まり、人体へ影響を与える可能性がある。そこで、以下に、プルトニウムがどういう経路で体内に取り込まれる可能性があるか、体内に取り込まれたプルトニウムはどう振舞うか、その人体への影響はどうかを見てみよう。
プルトニウムの体内への取込み
プルトニウムの体内への摂取経路としては、健全な皮膚からの侵入(経皮)、傷口からの侵入、口から飲み込んでしまう経口摂取、そして口や鼻からの吸入の4経路が考えられる。
(1)経皮
金属プルトニウムや酸化プルトニウムは、他の金属やその酸化物(錆など)と同様であり健全な皮膚を冒すことはない。したがって、健全な皮膚から金属プルトニウムや酸化プルトニウムが体内に侵入することはない。一方、酸に溶けた状態のプルトニウム化合物、例えば硝酸プルトニウムは、酸が皮膚を冒すので皮膚から体内に侵入する可能性がある。しかし、一般の人がこのようなプルトニウム化合物に直接に接触する機会はなく、皮膚からの摂取の可能性はプルトニウム取り扱い者に限定される。
(2)傷口からの侵入
傷口から侵入する場合、そこにかなり長く留まり、徐々にではあるがリンパ節を経てやがて血液中へ入る可能性がある。血液に入ったものは肝臓や骨に移行して長く沈着すると予想される。しかし、一般の人がプルトニウムに触って怪我をするような機会は考えられず、傷口からの摂取の可能性はプルトニウム取り扱い者に限定される。
(3)経口摂取
口からの摂取を考えても、プルトニウムの消化管からの吸収率は極めて小さく、0.001〜0.1%程度なので、実際上問題にならない。万一プルトニウムを口から摂取したとしても、プルトニウムの大部分は大便とともに体外に排出される。したがって、プルトニウムの食品汚染による体内摂取の危険性は非常に小さい。
(4)吸入
一番重要な摂取経路は鼻や口からの呼吸による吸入である。プルトニウムの微小粒子を吸入すると、プルトニウムの粒子は呼吸気道のいろいろな場所に沈着する。しかし、人体には防御機能が備わっていて、器官には繊毛という毛が生えており、これが気道に入った埃などの異物を粘液とともに上部へ送り戻し、食道の方へ送る仕組みを持っている。この仕組みにより、吸入されたプルトニウムの微小粒子も大部分は食道の方へ送られ、大便とともに排泄されてしまう。
排泄されずに残ったプルトニウムが長い期間、肺に滞留すると発がんの原因となると考えられている。
吸入により摂取されたプルトニウムが肺および他の臓器に移行する主な経路
プルトニウムの体内での挙動
どの経路であっても、いったん体内に吸収されたプルトニウムは数十年にわたって体内に留まり、排泄は非常に少なく、血液を経由して肝臓や骨に沈着する。吸入摂取の場合でも長く肺に留まった後、ゆっくりとリンパ節、肝臓そして骨へと移行すると考えられている。
肺深部に沈着したプルトニウムが肺から他の器官へ転移する速度は、プルトニウムがどのような原子または分子と結合しているか(化学形)によって異なり、硝酸プルトニウムの方が酸化プルトニウムより速く移動する。人体の例はないが、イヌの実験では、比較的早く肺から移動する硝酸プルトニウムの吸入では骨のがんが主として発生し、移動が遅く長い間肺に留まる酸化プルトニウムの吸入では肺がんが主として発生すると報告されている。
プルトニウムの毒性
プルトニウムの生物医学的な見方として他の有害物質を考えるのと同様に、化学毒性、急性毒性、発がん性に分けてみる。
このうち、化学毒性はプルトニウムが体内の細胞に溶け込んでいくものではないから全く問題にならない。急性毒性も日常生活では現実的に問題となるほど多量に摂取する機会に出会う可能性すらないのでほとんど問題にならない。したがって、プルトニウムの身体影響では、微小粒子を吸入した場合の発がん性だけを考えればよい。特にプルトニウムを大量に吸えば肺がんが発生するかもしれないという危険が考えられている。
(1)化学毒性
プルトニウムは重金属であり、ウランとの化学的類似性から見て、取り込んだとあえて考えれば腎臓に対する毒性を持つと考えられる。しかし、プルトニウムは「比放射能」(重量当たりの放射能の強さ)が高いので、動物が摂取した場合、その化学的毒性が現れるより先に、放射線の影響が現れてしまう。このことから、化学毒性が単独で問題になることを考えるのは意味がない。
(2)急性毒性
物質の毒性を考えるとき、その比較には一般に「LD50」(50%致死量、LD=Lethal Doseどれだけの量を摂取するとその生物の50%が死亡するかという量)という指標を用いる。われわれもこの指標で考えてみよう。
プルトニウムの急性毒性を考えるとき、プルトニウムの消化管吸収率が非常に低いために経口摂取の場合では測定が困難である。そこで硝酸プルトニウムの静脈投与によって得られた数値から推定するしかない。このため、他の物質のLD50値とは直接は比較ができない。
それでもなんとか比較を試みると、一例として体重70キログラムの人のLD50値で比較すると、ボツリヌス毒素0.00035ミリグラム、ダイオキシン 0.07ミリグラム未満、青酸カリ(吸入)21ミリグラムなどとなっていて、プルトニウム239は吸入で13ミリグラム、経口では32,000ミリグラム(32グラム)とされる。このように多量に食べる人はないだろうから経口では問題ないが、微小粒子の吸入には注意が必要とされる。
(3)発がん性
プルトニウムは放射線を出し、放射線を浴びればある確率でがんが発生することから、プルトニウムを体内に摂取するとがんになる可能性があるのは事実である。しかし、これまで実験動物は別にして、人類で、プルトニウムが原因で発がんしたと科学的に判断された例はまだない。過去に、軍事利用では許容量を超えたプルトニウムによる被ばくの例があるので、それらの例を見ていこう。
- (a)米国マンハッタン計画(原爆製造計画)被ばく者集団
- 1944年から1945年にかけて、原爆を製造するプロジェクトであった「マンハッタン計画」に従事した化学専攻の大学生たちが、粗末な化学施設での加熱工程で硝酸プルトニウムの蒸気(ミスト)を吸入し、うち26名が許容量以上の被ばくをした。全員が当時20代前半の若者であった。
追跡調査を続け42年後の調査では、それまでに7名が死亡し、その死亡原因として2例の肺がんと1例の骨肉腫が報告されている。しかし、7名の死亡者は、特にプルトニウム沈着量が多いというわけではない。生存者の中にはプルトニウム沈着量が死亡者より多い人たちもいた。この事故でのプルトニウム沈着量の大小と死亡との間には、直接の関係はなかったとされている。
- (b)米国の末期がん患者への実験投与
- 第二次大戦中、軍事的な目的から末期がん患者の志願者18名に、当時の許容量の10倍から100倍のクエン酸プルトニウムを静脈注射し、排泄物から評価の根拠となる有用なデータが得られた。このときは障害発生の事例はなく、末期がん患者とされながら長期の生存者もいたと報告されている。
- (c)米国ロッキーフラッツ火災事故被ばく者
- 1965年、核兵器製造用のプルトニウム工場にて火災事故があり、酸化プルトニウムのエアロゾル(ほこり状の微小粒子)を吸入し、400名の従業員のうち25名が許容量を超えた被ばくをした。しかしその後も被ばくの影響は報告されていない。
この例は、酸化プルトニウムの粒子径が正確に評価されているのが特徴である。このとき、米国のタンプリンという人物がプルトニウム「ホットパーティクル仮説」を提唱した。これは、粒子状に固まって体内に摂取されたプルトニウムは、均等に分布して体内に摂取された場合の11万倍以上も危険であるという仮説で、いずれ全例が肺がんになると予測し世間の注目を集めた。この説をよりどころとしてプルトニウムの利用に反対する人たちもいた。しかし実際には影響が現れなかったので、逆にタンプリンの「ホットパーティクル仮説」の誤りが実証された例となっている。
- (d)米国の金属プルトニウム片侵入創傷組繊検査例
- 1957年頃、米国でプルトニウム金属の機械工作に従事していた作業者が、プルトニウム金属を掌に刺傷する事故が8例あったと報告されている。事故後4年以上経過した1例に前がん症状類似の所見が報告されている。人体組織で発がんの可能性を示した唯一の具体例とされている。この前がん症状類似の所見があった部位を放置したら、本当にがんになったかどうかについては、学者の中でも意見が一致していない。
- (e)中国核工業部事故被ばく者例
- 1964〜1985年の間に、吸入13例、創傷侵入2例が報告されている。吸入の最大摂取量が許容限度の約200倍の例もあった。しかし、この例では有効な治療法により急性影響の発生を防止することに成功し、現在まで影響が認められていない。有効な治療法とは、「キレート剤」の投与である。キレート剤とは金属イオンと結合しやすい有機化合物の一群で、特定の金属を選択的に体外に排出する目的で使用される薬品である。なお、1例のみ12年後に急性白血病による死亡例がある。しかし、この例ではプルトニウム摂取量が極めて少なかったため、因果関係はないと報告されている。