浅野忠信/インタビュー

浅野忠信 写真

『モンゴル』

浅野忠信

『モンゴル』で快挙達成!
俳優・浅野忠信のたゆまぬ挑戦

新作『モンゴル』で、これまでにない注目を浴びている浅野忠信。
映画俳優として、今まさにターニングポイントに立つ彼の偽らざる想いを聞いた。

過酷な現場で
発見したもの

今年のアカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされて大きな話題を呼んだ『モンゴル』。「この役を演じられるのは浅野しかいない」とロシアのセルゲイ・ボドロフ監督に抜擢され、若き日のチンギス・ハーンを演じた浅野忠信は、英雄の清々しくも圧倒的な存在感を、その肉体を通して表現している。

「家族や仲間、自分が信じられるもののために突き進んでいく。そういう姿がとても魅力的だと思ったし、初めてお会いしたときからセルゲイ監督に妙な力を感じていました」

モンゴル語と乗馬を猛特訓して、ロケ地の中国内モンゴル自治区へと入った浅野を待っていたのは、まるでサバイバルのような日々。撮影1週間前にせっかく覚えた台本が変更になったこと、馬の手綱が切れたこと、アクション監督をはじめスタッフが総入替えになったこと……。驚くべきエピソードが次々に語られる。

「この先、どんな言語の映画だって、大丈夫、大丈夫って言える度胸はつきました(笑)。アカデミー賞の会場では、僕のことをモンゴル人だと思い込んでいる人もいたし、韓国人だと思ったという人にも会いました。そう考えると何でもやれるなぁって、イメージがいろいろ広がっていきますよね」

撮影を振り返りながら、「“できない”ではなく“やりたい”という思いを大事にしたかった」と語る。過酷な状況がたやすく予想できる『モンゴル』の現場へと向かわせる強い気持ちは、いかにして成熟していったのだろうか。

「自分で言うのも何ですが、僕のやり方はずっと特殊だったと思うんですよ。というのも家族でもあるスタッフと仕事をしているから、わがまま放題でやってきた。スタッフからしてみればお互いに好きなことをやってきただけ、という感じかもしれないけど、“映画だけなら仕事をしてもいい”という18歳くらいの僕を許してくれたわけですよね。今思えばそれは特殊なことだったし、そういうなかで限界を感じることが出てきたんです」

映画だけでやっていきたい。そう決断をした浅野は次第に、「それが実は簡単じゃない」ことに気づく瞬間に直面してきたのだという。

「日本映画を観る人がそんなに多くなかったですからね。だったら僕はどう動けばいいんだろうと考えたときに、自分のわがままだけではどうにもアピールできないもどかしさも感じていたし、だからこそチャンスを与えてもらったときには絶対に生かさなければ、という追い込まれた状況にいました。そんなときにロシアのセルゲイ・ボドロフ監督が『モンゴル』に声をかけてくださり、単純に面白そうだと魅力を感じると同時に、頭のどこかで大きなチャンスだと思ったんです。自分の感情だけで物事を決めるのではなく、今までの自分だったらできないと言っていたことにも、きちっと取り組んでみたいと思いました」

それにしても『モンゴル』といい、愛すべき青年を演じた山田洋次監督の『母〈かあ〉べえ』といい、'08年に入ってからの浅野が見せる“意外性”の、なんと頼もしいこと! スクリーンには“新境地を開拓”などというありふれた言葉では到底表現しきれない浅野の姿がある。

「山田監督に声をかけていただいた事は、本当に嬉しかったんです。いくら自分が出たいと思っても僕みたいにインディペンデントな世界で活動している俳優はあの世界には入れないだろうと、どこかであきらめてましたから。でも山田監督に受け入れていただき、もうちょっと自信を持っていいだろう、みたいな気持ちになれて(笑)。久しぶりに成長させてもらったと思います」

映画というフィールドで踏ん張ることで、これまでの浅野は図らずもユースカルチャーを牽引してきた。そしてアカデミー賞の話題がワイドショーを賑わした今年、キャリア史上最も幅広い年齢層の人々にアピールしている時期といえるかもしれない。

「本当にありがたいです。町を歩いていると高校生の子が“お母さんが浅野さんのファンなんです!”って言ってくれたり(笑)。そういう今までにないことが増えていくのは、すごく嬉しいですね。アカデミー賞のことに関しても、これはカッコつけてる場合じゃない、せっかくこんなに注目してもらっているのだから、記者会見だってなんだってやらなきゃ、という気持ちになって。映画館に足を運んでもらうために少しでもアピールしたかったし、この機会を生かして自分を認識してもらおうと思いました。今年に入ってから今までやってきたことが、ちょっと芽を出し始めたのかな、という気はしています。これからは日本の人たちに楽しんでもらえる作品で、なおかつ海外の人にもわかってもらえる作品をやっていきたい。アジアの人たちがひとつになることも素晴らしいと思うし、みんなが世界に誇れる映画作りをしているんだ、と再認識できる活動をしていきたいと思っています」

彼のたゆまぬ挑戦の結晶を同時代に目撃できることは、映画ファンにとってもかけがえのない喜びだ。経験を生かしはしても、決してしばられたりはしない。演じることの真ん中に向かって身ひとつでダイブするような映画俳優・浅野忠信はこれから、どんな海へと泳ぎだしていくのだろうか? きっと私たちが予想できる臨界点などはるかに裏切って、彼の映画をめぐる冒険は、まだまだ続いていくのだろう。

文:細谷美香 写真:鷹野政起、AFLO
Styling:森川雅代 Hair&Make:Shinya

PROFILE

'73年、神奈川県生まれ。『バタアシ金魚』でデビュー後、映画を中心に活躍し、日本映画を牽引する存在に。
http://www.anore.co.jp/asano/

『モンゴル』
『モンゴル』写真

過酷な生い立ちの少年テムジンが、広大なモンゴル帝国を築いた史上最強の統率者チンギス・ハーンとなるまでを、ロシア人監督が壮大なスケールで描き出す。
[監督]セルゲイ・ボドロフ
[出演]浅野忠信/クーラン・チュラン/スン・ホンレイ
作品情報 & 上映スケジュールはこちら

『モンゴル』写真

(C) 2007 CTB FILM CAMPANY/ANDREYVSKY FLAG FILM/X FILME CREATIVE/KINOFABRIKA/EURASIA FILM ALL RIGHTS RESERVED.