ネーブルオレンジ


 静岡県には全国一、二を誇る農作物が数多くある。お茶、温室メロン、わさびは誰でも知っているが、ネーブルオレンジもその一つだ。平成9年(1997年)における静岡県内のネーブルオレンジの栽培面積は273ヘクタール、生産量3290トン、生産額は7億円である。面積、生産量では全国の14%、金額では約2割を占める。ちなみに温州みかんの県内栽培面積は約6800ヘクタール、生産額は200〜300億円であるから、ネーブルオレンジの生産は温州みかんに比べるとわずかなものである。しかし、ネーブルオレンジは、みかんの中では温州みかんに次ぐ位置を占めている。
 県内の主な産地は、三ヶ日町、細江町、浜松市など県西部地域であり、この地域だけで、全体の75%の生産をあげている。西部地域以外では、静岡市、清水市、岡部町、沼津市、伊東市、東伊豆町などでも作られている。本県以外では、和歌山県が本県と同じくらいの生産力がある。熊本県、広島県、愛媛県などでも生産されている。
 浜名湖周辺地区でのネーブルオレンジの栽培は明治30年(1897年)頃に三ヶ日町で始まった。明治40年(1907年)頃になると、商品として売れるものができるようになり、50ヘクタール程まで栽培面積が拡大した。その後も、50ヘクタール程度で生産が続けられた。昭和38年(1963年)の極東寒波で寒さに弱いネーブルオレンジは大打撃を受け、栽培面積は一時、25ヘクタール程まで減少した。その後、温州みかんの価格の低迷と高級みかんの需要の伸びにより再びネーブルオレンジが見直され、栽培が増加し、昭和50年(1975年)には50ヘクタール、55年(1980年)には370ヘクタール、平成2年(1990年)には420ヘクタールまで栽培面積が拡大した。その後減少し平成7年(1995年)に310ヘクタール、現在では前述のとおり273ヘクタールである。現在の県内主力品種は白柳ネーブル、森田ネーブルである。
 さて、1998年の世界の柑橘類の栽培面積は約700万ヘクタール、生産量は約1億トンである。FAOの統計では、柑橘類を、オレンジ類、温州みかんの仲間のマンダリンやタンゴールの仲間、レモンやライムの仲間、グレープフルーツ類、その他柑橘の5つに分類している。このうち、最も生産の多い種類はオレンジ類であり、栽培面積の半分、生産量の6割強を占めている。マンダリンやタンゴールは2割弱である。我が国の柑橘生産は、1970年代をピークに年々減少し、栽培面積は最盛期の半分以下になっているが、世界の柑橘類の栽培面積、生産量は現在でも大きくのびており、この10年間だけでも面積で125%、生産量では143%も増加している。
 一方、我が国のオレンジ類を中心とした輸入量は、経済の成長に比例して大きく伸び、1960年にはわずか200トンだったものが、70年には4千トン、80年には7万トン、90年には15万トン、最近では20万トン近くに及んでいる。輸入の中心はオレンジ類であり、オレンジ類の輸入量は国内のオレンジ類の生産量を大きく上回っている。
 オレンジの誕生と栽培の歴史をみてみよう。オレンジはスイートオレンジ(ネーブルオレンジやバレンシアオレンジなど)とサワーオレンジ(ダイダイなど)があるが、オレンジといえば一般にスイートオレンジのことをいう。オレンジの原産地は中国雲南からインドのアッサムにかけた照葉樹林地帯であるとされている。中国では紀元前にすでに大規模なオレンジの栽培が行われていたと考えられている。
 柑橘類には、種から育てた苗木が、母親と全く同じ形質持つものができる種類が多い。自然にクローンで繁殖する性質をもっている。一般に種には母親と父親の両方の遺伝形質が混じっているので、子は母とも父とも違った性質をもっている。ところが、柑橘類には、種の中に、母親と父親の交配によってできたはい胚(種の中にある子供になる芽)のほかに、母親の細胞から作られた胚が数多く含まれているものがある。このような種をまくと、大部分は母親と全く同じ性質をもった子供ができる。オレンジの仲間もこのような性質を持っており、種で世界中に広まったと考えられる。
 雲南・アッサム地域で発生したオレンジは、長江地域に広がるとともに、中近東にまで伝えられた。ヨーロッパにオレンジを最初に持ち込んだのは、11世から13世紀にかけて中東に遠征した十字軍の兵士たちであるが、現在の地中海沿岸のオレンジ栽培の基礎となったオレンジは、東洋との貿易ルートが確立した16世紀初頭、中国からオレンジの新しい種類が導入されたからである。当時の中国では、すでに2000年以上にわたってオレンジの栽培が続けられており、優れた品種と高い栽培技術を持っていた。優れた品種と技術が西ヨーロッパに伝わり、地中海沿岸地域でさらに品種改良が重ねられて今日の大産地が形成された。
 オレンジの中で最も栽培の多い品種はバレンシアオレンジである。スペインのバレンシア地方の名称が品種名に使われているが、バレンシア地方で生まれたのではなく、ポルトガル原産説、大西洋に浮かぶアゾレス島原産説などがある。
 本県の特産ネーブルオレンジもバレンシアオレンジに匹敵する有力オレンジである。バレンシアがジュースに向くのに対し、ネーブルは生で食べるのに向いている。ネーブルオレンジの代表的な品種であるワシントンネーブルは19世紀初めにブラジルで栽培されていたオレンジ(セクレタオレンジ)の樹に突然変異で生まれた枝が発見され、生まれた。これを米国の調査団が持ち帰りワシントン市の温室で苗木を育成したことからワシントンネーブルの名が付いた。我が国へは明治22年(1889年)、静岡県小笠郡の高島甚三郎氏らによってアメリカより導入した。明治以降多くのオレンジ品種が欧米から導入されたが、営業栽培が行われたのはネーブルオレンジだけである。
 ネーブルオレンジの出荷時期は、年末から4月にかけてであり、ピークは温州みかんが少なくなる2月から3月である。ネーブルオレンジは香り高い果物だ。オレンジのあまい香りは私たちがさわやかで幸せな気持ちにさせてくれる。新鮮なネーブルオレンジの時期が待ち遠しい。
<参考文献>
日本の果物と風土:岸本修編、古今書院、1992.11.10発行
果樹園芸の世界史:小林章著、養賢堂、1996.7.10発行
園芸の世紀3果物をつくる:北川博敏編、八坂書房、1995.7.31発行
原色果物図説:小崎格ら著、養賢堂、1996.1.10発行
静岡県の園芸:静岡の園芸編集委員会、静岡県、1979.10.3発行
農林水産省、FAO統計
(農の風景40号1999年11月)