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「源氏物語」の趣 フランスに届くか

写真の拡大「挿絵付フランス語版源氏物語」に収録される「源氏物語手鑑」の「夕顔」(和泉市久保惣記念美術館蔵)
「挿絵付フランス語版源氏物語」に収録される「源氏物語手鑑」の「夕顔」(和泉市久保惣記念美術館蔵)
「挿絵付フランス語版源氏物語」に収録される「源氏物語手鑑」の「夕顔」(和泉市久保惣記念美術館蔵)

 「源氏物語」のフランス語訳に、国宝の「源氏物語絵巻」や「源氏物語手鑑(てかがみ)」などの名画約500点をカラーで盛り込んだ豪華本が、9月の刊行に向けて、フランスで印刷の最終段階に入っている。

 この事業を手掛けるのは、「デカメロン」「ドン・キホーテ」など世界の古典文学を、名画の挿絵入りで刊行してきたフランスのディアンヌ・ドゥ・セリエ出版。「源氏物語」は全1280ページの3巻本を箱に収め、登場人物リストや人物系統図、地図など作品の背景的な知識をまとめた分冊も付けた。価格は480ユーロ(約8万円)で、初版は3500部。日本でも発売される。

 翻訳はフランス国立東洋言語文化研究所の初代所長だった日本文学研究者の故ルネ・シフェールが、1988年に刊行した完訳を使った。フランスでは28年に「桐壺(きりつぼ)」から「葵(あおい)」までの巻が翻訳紹介され、59年にも「桐壺」が訳出されているが、54帖(じょう)すべての完訳は、現在のところシフェール訳だけだ。

 「源氏物語」翻訳の歴史は古い。最初の英訳本は日本の外交官、末松謙澄が手掛け、1882年にイギリスで刊行された。1925年から33年にかけてアーサー・ウェイリーの英訳が、76年にエドワード・G・サイデンステッカーさんの54帖完訳が出て、決定版といわれるほどの圧倒的な支持を得た。

 「源氏物語」の海外での受容状況に詳しい伊藤鉄也・国文学研究資料館准教授によると、現在確認できる翻訳は、独、伊、露、アラビア、フィンランドなど20言語に上るという。

 「その中にはサイデンステッカー訳からの重訳も多い。英語圏での認知度に比べれば、フランスでは一般読者にはまだ知られていないのでは」

 今月、日本を訪れた同出版社のディアンヌ・ドゥ・セリエ社長は、「源氏物語」の魅力を「花や樹木など自然への繊細な感受性」と語り、本書の監修を担当したエステル・レジェリー・ボエール国立東洋言語文化研究所准教授は「感情分析の細やかさに魅了された」と話した。

 フランスにも恋愛の心理を精緻(せいち)に描いたラ・ファイエット夫人の「クレーヴの奥方」などのすぐれた宮廷文学がある。700年近く先駆けた「源氏物語」は、かの地でどのように受け止められるだろうか。(浪川知子)

(2007年6月15日  読売新聞)