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背もたれがなければ“椅子”とは呼ばない |
| 2006/06/14(水) 14:48:01更新 |
日本語と中国語(5)−上野惠司
日本人から見ればともに時刻を示したり、時間をはかったりする器械にすぎない「時計」をわざわざ“”(置時計・掛け時計−Clockに相当)と“表”(携帯用の時計−Watchに相当)に分けたり、同じく足に履き、歩行の便に供するための物である「くつ」を“鞋”(短靴)と“靴”(長靴・ブーツ)に分けたりする事物の捉え方の違いは、ほかにも見られる。
私たちが「いす」とか「こしかけ」とか称している腰をかけるための台は、中国語では背もたれの部分があるかないかによって“椅子”と“”にはっきり分けられる。もっとも「いす」のほうは、漢字で「椅子」(古くは「倚子」)と書くことからもわかるように「倚りかかるための道具」という意味を残しているように思う。
あるいは、これは漢字に毒されている私の思い込みかもしれない。教室で、「ぼくは背もたれのない腰掛けを椅子とは呼ばない」と言っても、あいづちを打ってくれる学生はいない。昔は多くないが、何人かはいた。辞書を見ても、かつては「うしろによりかかりのある腰掛け」とあったものが、今は単に「腰をかけるための家具」としたものが多い。――「よりかかりがあろうとなかろうと、腰をかける道具であることに変わりはないではないか」という、使用目的から事物を分類・命名する日本語的発想が、「椅子」という名詞のもっていた原義を忘れさせてしまったのであろう。
中国語の“”は、腰をかける部分が四角形であれば“”、円形であれば“”、数人掛けの長いものであれば“”、木製であれば“”などと材質や形状によって細かく分かれるが、とにかく“”の仲間には絶対によりかかる部分がない。この部分があれば“”(回転椅子)、“揺椅”(ロッキングチェア)、“”(寝椅)などのように、別の仲間に分類される。
“”とは、木製の背もたれのない細長い腰掛のことである。上等の座具ではない。これに腰をおろすことを“”という。転じて「閑職に置かれること」、また「着任や接見を長く待たされること」をいうのに用いる。これをさらに強めた言い方が“”である。「冷たい“”に腰かける」、さしづめ「冷や飯を食わされる」といったところだろうか。
“”という単語がある。英語のSofaを音訳したものである。日本語のソファーは、手もとの辞書に「2人以上腰かけることのできる、クッションのきいた安楽椅子」とある。英語のsofaとの意味のずれはないかと思う。中国語でも
“”(≪≫第5版)
とあって、大きくは違わない。ただ後者は何人掛けであるかには言及していない。事実、中国語でいう“”はしばしば一人掛けの安楽椅子のことである。(執筆者:上野惠司)
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