奈良・東大寺にある正倉院所蔵の伝説的香木「蘭奢待(らんじゃたい)」は、織田信長らが一部を切り取ったといわれる。その宝物に38カ所もの切り取り跡があることが、大阪大の米田該典(かいすけ)・助教授(薬史学)の調査で明らかになった。「切り取り犯」はこれまで歴史上名高い数人の権力者とされてきたが、無名の人々も含めて数十人にのぼるのではないかという。
香木は香炉などでたいて香りを出すもので、仏教の儀式の際や香りを楽しむのに使われた。蘭奢待の正式名は「黄熟香(おうじゅくこう)」だが、それぞれの文字の中に「東・大・寺」の文字が隠された別名の蘭奢待の方が有名だ。長さ156センチ、最大径43センチ、重さ11.6キロ。ベトナム産のジンチョウゲ科の樹木に樹脂や精油が付着したもので、鎌倉時代以前に入ってきたとみられる。
正倉院の所蔵物は天皇家の宝物とされ、切り取りは最高権力者のみに許したと考えられてきた。いつ張られたかは不明だが、付箋(ふせん)で切り取り跡が示されているのが室町幕府の8代将軍足利義政、信長、明治天皇の3人。東大寺の記録によると、信長は1寸四方2個を切り取ったという。3代将軍義満、6代将軍義教も切り取ったとみられ、徳川家康が切り取ったとする説もある。
長年、正倉院所蔵の薬物を調査してきた米田さんは、この蘭奢待に2〜6センチ程度の切り取り跡38カ所を確認した。のこぎりや刀、のみなどが使われたらしく、たたき割られたようなところもあった。「同じ個所を繰り返し切ることもあるので、実際には50回くらい切り取られたと考えられる」と話す。さらに切り口の色の濃淡は様々で、切られた年代にはかなりの幅があるとみられるという。
他の「切り取り犯」は誰なのか。権力者の場合は何らかの記録が残るはずで、むしろそれ以外のケースの方が多かったのではないかという。「現地や日本への移送時に手にした人たちや、何らかの関係者ではないか」とみている。