東奥日報 特集


ヒマラヤの雪男の謎を解明する/根深誠さんの手記

■ (16)日本で飼育されていたイエティ

 この稿の筆を置くにあたって、イエティのロマンにそぐわない衝撃的な事例を紹介しよう。

 前述のように、イエティはチベット語ではメテ、あるいはミティと言われている。スペルを英語で書けばmi dredである。『蔵漢大事典』(民族出版社刊)によると、miは人、dredは馬熊とある。馬熊とはヒグマの仲間で、毛がふさふさしている。金毛が帯状に背中に走っている個体もいる。ごく最近、私は調べたのだが、日本名はチベットヒグマ、神戸市立王子動物園で雌雄2頭が飼育されている。この2頭は1994年11月、中国の天津動物園から寄贈されたのである。日本ではほかに熊本県の2ヵ所で、4頭の馬熊が飼育されている。

 先に私はイエティはヒマラヤヒグマではないかということ述べたが、このチベットヒグマはヒマラヤヒグマとどこが違うのだろうか。

 ヒマラヤヒグマは学名がUrsus arctos isabellinus。学名は属名、種名、亜種名の順で並ぶ。馬熊、すなわちチベットヒグマは同一種でありながらPruinosus、もしくはLagomyyariusという異なる亜種名をもつ。統一されていないのである。どうしてだろうか。専門家によると、ヒグマは100以上もの亜種がこの地球上に生息し、分類学上、完全にはまだ整理されていないのだとか。このあたりの科学的調査が今後の課題といえよう。

 ところで『世界哺乳類名検索辞典』(白井祥平編著 原書房)によれば、中国には3種類のヒグマの仲間が棲息している。前記2種類のチベットヒグマとヒマラヤヒグマ以外に東北ヒグマ(亜種の部分の学名 Lasiotus)がいるのだ。神戸市立王子動物園発行の資料では、東北ヒグマの生息地は中国東北地方。そしてヒマラヤヒグマは天山山脈、チベットヒグマは青蔵高原になっている。

 とすれば、これまでヒマラヤヒグマだと考えられていたイエティの実体はチベットヒグマである。しかも、日本で飼育されていた。もちろん、大多数の読者にとって、にわかには信じ難い話であることは承知している。

 が、月にウサギがいないのと同様、それでもロマンだけはこれからも存在するだろう。(終わり)

(文中敬称略)

根深誠さんの手記 | 「ヒマラヤの雪男」正体はヒグマ

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