欧米からの報告 原子力を問う
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<9> 欧州の再編 
2003/03/09
電力自由化の波 資本進出が加速
■ 生き残り、5社程度か ■

 原子力の推進か廃止かで揺れ動く欧州で、国境を越えた電力会社の再編が進んでいる。原子力発電所の全廃を決めたドイツの最大手がスウェーデンの会社を買収して原発を運営したり、世界第2の原発大国・フランスの国営企業がドイツ企業の経営権を握るなど、買収する側、買収される側の国の政策の違いを超えて資本進出が加速する。電力自由化に伴うグローバル競争が激化する中、規模拡大で生き残りを図るためで、欧州は将来、5社程度に集約されそうだ。(編集委員・宮田俊範、写真も)
▼EU15カ国の電力自由化状況
国名 自由化率
オーストリア    32%
ベルギー      35%
デンマーク     90%
フィンランド   100%
フランス      30%
ドイツ     100%
ギリシャ      30%
アイルランド    30%
イタリア      35%
ルクセンブルク   40%
オランダ      33%
ポルトガル     30%
スペイン      54%
スウェーデン   100%
英国       100%
EU全体      66%
(2001年末現在、EU委員会調べ)

 スウェーデン・マルメ市に本社を置くシドクラフト社は、バーセベック原発やオスカーシャム原発など国内で稼働中の十一基のうち四基を運営する電力会社。社員数五千人、売上高約三千億円と国営のバッテンフォール社に次ぐ規模だが、株式の55%は二〇〇一年五月からドイツの電力業界トップのエーオン社が握る「外資系企業」である。

 原発十九基があるドイツでは、大手電力四社と政府との間で二〇〇〇年六月、「原発は運転期間三十二年ですべて廃止する」ことで合意している。その最大手が、バルト海を隔てたスウェーデンに進出し、第二位の電力会社を通して事業展開しているわけだ。

 シドクラフト社のハーカン・ヴィングレン原子力部長は「わが社はもともとは民族資本だったが、完全に自由化された市場で生き残るためにドイツ企業と手を結んだ」と語る。差し出した名刺には「エーオン社グループ企業」と書かれていた。

 海外資本を入れたきっかけは、九〇年代から欧州各国で始まった電力自由化だ。スウェーデンでは九六年からスタート。電気料金の低下に伴って電力会社間の競争が激しくなったうえ、フィンランド最大手で原発二基を持つフォータム社が三位のビリカエナジー社の株式を100%取得したように、他国の電力会社の攻勢にもさらされるようになった。

 さらに電力事業の基幹を占める原発について、政府が脱原発へ動いたことも大きい。

 シドクラフト社は政府の命令で九九年にバーセベック原発1号機を廃止させられ、2号機についても今、廃止が検討されている。エーオン社も将来、保有する六基すべてを廃止しなければならない。

 シドクラフト社は現在、電源の40%を原発が占めており「今後、原発以外の電源をどう増やすか、新戦略が求められている」と語るヴィングレン原子力部長。欧州全域への進出に活路を見いだすエーオン社の傘下に入ることで、電力自由化、脱原発時代の生き残りを図ることにしたという。

 「ドイツも九八年の自由化スタート以来、海外企業の進出が激しく、再編が進んでいる」とドイツ電力産業連合会(VDEW)のハイノ・ラース・エネルギー政策・経済部長は強調する。

 自由化スタート前まで電力供給の90%を占めてきた大手八社。その八社は今、エーオン、RWE、EnBW、HEWの四社に再編され、そのうち民族資本はエーオンとRWEの二社だけだ。

 EnBW社は九九年から、フランスの原発五十八基すべてを保有するフランス電力公社(EDF)による買収が進み、株式の34・5%と事実上の経営権を握られている。HEW社も九九年から、スウェーデンで原発六基を経営するバッテンフォール社によって子会社化された。

 ラース・エネルギー政策・経済部長は「ドイツの電力会社は、将来の原発全廃に備えて代替電源を確保するのと同時に、一体化が進む欧州市場でどう生き残るかという重い課題を抱えている。この競争に負ければ、ドイツは海外資本に占められてしまう」とみる。

 海外資本の進出攻勢にさらされているのはスウェーデンやドイツに限らない。欧州で最も早い九〇年から自由化された英国では、最大手のイノジー社がRWE社に、第二位のパワージェン社がエーオン社と、それぞれドイツ資本によって買収。米国やフランスからの資本進出もあり、今や主要電力会社の大半に海外資本が入っている。こうした国境を越えた合併・買収(M&A)は欧州で自由化が本格化した九九年以降、既に三十件を超すという。

 欧州の電力業界は今、フランスのEDFを筆頭に、ドイツのエーオン社とRWE社、スウェーデンのバッテンフォール社、イタリア電力公社(ENEL)の五社が売り上げの上位を占める。そしてこの五社の下に、各国の電力会社が再編されつつある。

 ▽縦横に巡る送電線網 市場取引、輸出入盛ん
 
 電力業界再編の背景にあるのが、欧州全域にクモの巣のように張り巡らされた送電線網と電力取引市場だ。EUが単一通貨ユーロの登場によって金融市場が一体化されたように、電力も国境を越えて自由に取引される時代を迎えている。

 その動きを最も象徴するのが、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークの北欧四カ国で設けている北欧電力取引所「ノルドプール」である。

 英国に続いて一九九一年に自由化したノルウェー国内の電力取引所が発端。他の三カ国が自由化と共に加わり、ノルウェー百六十社、スウェーデン六十五社、フィンランド三十社、デンマーク二十社をはじめ、ドイツ、英国、フランスなども含む計三百社が参加し、電気を株式や為替のように売買している。

 翌日の電力について入札するスポット市場や週、季節、年単位の先物市場などがある。今や北欧四カ国の電力のうち、ノルドプールを通して売買される電力が20%を占めるまでになっている。

 スウェーデン産業・雇用・通信省は「北欧は国ごとに水力や原子力、火力などの電源構成が異なっており、相互に補完しやすい関係にある。それがノルドプールでの取引を円滑にし、取引量を増やす一因になっている」と分析する。

 各国間の長期契約に基づいた輸出入も盛んだ。その最大の拠点となっているのが、世界でも米国に次ぐ原発五十八基を保有するフランスである。

 フランス電力公社(EDF)は八〇年代から、増えすぎた原発によって生み出される大量の余剰電力をさばくため、輸出契約を隣国のドイツやイタリア、スイスなどと結んでいる。欧州高圧送電線運営者連合(UCTE)によると、二〇〇一年はドイツに百四十六億キロワット時、イタリアに百八十二億キロワット時、スイスには九十三億キロワット時を輸出。輸出量はフランスの総発電電力量の15%にも達する。

 輸入側のスイスでは、フランスからの安い電気を使い、下のダムから上のダムに水をくみ上げて落下させて発電する揚水発電に利用。そこで生産した電気は、今度はイタリアへ再輸出しているという。

 スイス・エネルギー省は「輸入した安い電気を高い価格で輸出し、差額が得られる。しかも水力発電に変えた電気だから、原発がないイタリアの国民も受け入れやすい」と説明する。

 日本のような島国は国内で電力のすべてを賄わなければならないが、欧州では各国間で自由に電力をやりとりできる体制が整っている。ドイツやスウェーデン、ベルギーなどが脱原発へと踏み出せたのは、万一、電力が足りなくなっても輸入に頼れる欧州ならではの事情も大きい。

 
シドクラフト社副社長
スティーグ・クラーソン氏


「今は国営だろうと民間だろうと自由化された市場で価格競争し、本当に厳しい戦いだ」と語るクラーソン氏
 ■ 規模拡大で利益確保 ■
 
 シドクラフト社副社長のスティーグ・クラーソン氏に、欧州で加速する電力業界再編の現状と課題を聞いた。

 民族資本のままでは生き残りは難しかったのでしょうか。

 自由市場では、どの会社も同業他社すべてと競わなければならない。北欧ではわが社より大きい企業だけで国営のバッテンフォール社、ノルウェーのスタットクラフト社、フィンランドのフォータム社と三社ある。ドイツのエーオン社はニューヨークやフランクフルトの株式市場にも上場している大きな会社で、われわれはそこと手を結ぶことで強力なライバルに対抗できる体制を整えた。

 特にバッテンフォール社は海外進出にも積極的で手ごわいですね。

 その通り。従来は国営企業ということで利益を稼ぐ必要はなかったのだが、一九九五年から国営企業も利益を追求するように規定が変わった。今は国営だろうと民間だろうと自由化された市場で価格競争をし、その価格以下で発電して利益を出せないと即アウトとなる。本当に厳しい戦いだ。欧州全域で将来とも生き残れるのは、ほんの数社ではないか。

 政府の命令で基幹のバーセベック原発1号機を廃止させられたのは痛かったですね。

 とても順調に稼働していた原子炉だったし、極めて政治的な決定だと思う。残念ではあったが、その賠償に政府から他の原発の所有権の一部をもらい、運営する基数は変わっていない。それで株主も納得したわけだ。

 ただし、国内の電力状況でいうと、もともと不足気味のところに原発一基を廃止したのだから、電力が足りていない。いずれ価格も上がると考えられ、その中にあっても政府が続けて2号機の廃止を検討しているのはおかしなことだ。

 隣国フィンランドは原発の新設を決めました。政策の違いが際立ちます。

 われわれも隣国の動静には関心を寄せている。例えば、フィンランド最大手のフォータム社はスウェーデン業界三位のビリカエナジー社を買収し、わが国の原発の一部も所有。つまり、フォータム社はフィンランドで原発新設を協議していると同時に、スウェーデンでは廃止交渉にかかわっているわけだ。欧州は今、各国で原子力政策が異なっているから、こうしたねじれた現象がいくつも生じている。

 電力自由化時代に原発は生き残れますか。

 北欧のように電力価格が非常に安い市場で、多額の設備投資が必要な原発を新設することは経営的に厳しい。でも、既存の原発は減価償却が済んで発電コストが安くなっているから、できるだけ使い続ける方が有利である。いまだ代替エネルギーも見つからない中、簡単には原発を廃止できるような状況ではない。


ドイツ最大手のエーオン社の子会社となったシドクラフト社。電力自由化は資本進出も加速させている(スウェーデン・マルメ市)




 《EUの電力自由化》

  EUは1987年に域内の電力自由化構想を提唱。96年のEU電力指令で、2000年に年間2000万キロワット時以上、2003年には900万キロワット時以上の大口需要家を対象にした自由化を義務付けた。加盟国では、電力指令に先んじて英国、ドイツ、スウェーデン、フィンランドの4カ国が既に全面自由化している。2001年末現在、加盟国全体の自由化率は66%。昨年11月のEU閣僚会議で、2007年7月に加盟国すべてが100%自由化することで合意している。



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