ウミガメ講座ー1「仔ガメが夜に脱出するしくみ」
日本ウミガメ協議会 松沢慶将
(日本ウミガメ協議会会報、MARINE TURTLER, 1より)
ウミガメはその名の通り生涯を海で過ごす海洋動物ですが、
その一生は地中動物として始まります。砂の中に産み落とさ
れた卵から、早ければ産卵後40日あまり、遅くても80日ほ
どで仔ガメが孵化します。砂の中で生まれた仔ガメは生き埋
めになってしまうことなく、数日後には地表に脱出してきま
す。巣穴は地表から50cmほども下にあります。一説には砂
浜にできた車の轍を乗り越えられないとも言われる仔ガメが、
そんなに深いところからどのようにして脱出してくるのでし
ょうか?
孵化直前の卵の中で、半分は仔ガメが占めていますが、残
りの半分は羊水や老廃物を含む水分です。仔ガメが卵の殻を
破って外に出るときに、この水分は下へこぼれ、卵の殻は潰
れてしまうので、巣穴の中には余分な空間ができるわけです。
仔ガメが動き出すと、天井の砂が徐々に崩れ落ちます。その
中を這い上がって、仔ガメは上へ上へと移動していくのです。
地表へ向かった仔ガメは、闇雲に掘り進むわけではありま
せん。多くの場合は、10cmほどの深さまで到達すると一旦
そこで待機します。そして、夜になると一斉に脱出するので
す。フロリダの海岸で地表への脱出のタイミングについて詳
しく調べた例によると、約4分の3の脱出は、午後10時から
午前2時までに起こっていました。例外的に大雨が降った後
には日中でも脱出することもあり、特に雨が多い屋久島では
このようなことが頻繁に起こりますが、基本的に仔ガメは夜
に脱出します。なぜ、昼間ではなく夜なのでしょうか?
昼間、砂浜の表面は50℃以上にもなります。仮に仔ガメが
昼間に地表に脱出してしまったら、波打ち際にたどり着く前
に暑さのために死んでしまうでしょう。また、昼間は、目が
よく利く大型の捕食者が空からも海からも仔ガメを狙ってい
ます。仔ガメが夜間に脱出するようになったのは、このよう
に昼間は生存のために不利な条件ばかり揃うからだと考えら
れています。では、仔ガメは砂の中で、どのように脱出のタ
イミングを見計らうのでしょうか?
ヒントは、通常は夜間だけに、そして大雨の直後には昼間
でも脱出することがあるという点にあります。両者に共通す
ることは、地表近くの温度の低下です。実際に、アカウミガ
メの脱出が起こる時の砂の温度を詳しく調べた例によると、
地表の温度が32.4℃以上であることはほとんどなく、最も多
かったのは、これより僅かに低い温度の時でした。また別の
研究では、仔ガメは周囲の温度が高いと、その活動性が著し
く低下することが分かっています。仔ガメは、砂の温度が熱
い状態を嫌い、周囲が適度に涼しくなることを手がかりに脱
出のタイミングを見計らっているのです。
夏、ウミガメの産卵地の砂浜には、いろんな人がやって来
ます。大勢仲間を引き連れてきて、ウミガメについていろい
ろと説明をはじめる人も少なくありません。何食わぬ顔で聞
いていると、「ウミガメは、産卵された時と同じ時間にかえ
るから、仔ガメを見たかったら、産卵したときの時刻を覚え
ておくといい。」とか、「ウミガメの赤ちゃんは、大潮の満
潮になると砂から出てきて海に向かうんだ。」と言う珍説も
飛び出します。
みなさんは、どんな珍説を聞いたことがありますか?
日本ウミガメ協議会事務局より
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