審議会のトップへ トップページへ戻る

インデックスへ・ 調査研究会

21世紀の革命的な量子情報通信技術の創生に向けて






〜量子力学的効果の情報通信技術への適用とその将来展望に関する研究会 報告書〜



                平成12年6月


         量子力学的効果の情報通信技術への適用と
            その将来展望に関する研究会


                                         目次                      はじめに 第1章 量子情報通信について  1−1.量子情報通信とは   1−1−1.情報通信技術の発展   1−1−2.量子力学的効果の適用   1−1−3.量子情報通信の原理   1−1−4.本研究会の意義  1−2.量子情報通信の誕生と発展の歴史  1−3.研究開発の意義  1−4.我が国の基礎科学への貢献  1−5.独創的研究を生み出せる人材の育成 第2章 国内外の研究開発動向  2−1.量子暗号   2−1−1.理論研究   2−1−2.実証実験・システム開発  2−2.量子通信   2−2−1.量子信号検出   2−2−2.量子テレポーテーション   2−2−3.量子通信路符号化  2−3.量子コンピュータ   2−3−1.量子計算のテストベッド   2−3−2.量子計算用デバイス  2−4.デバイス開発   2−4−1.基本要素技術とデバイスの概要   2−4−2.各デバイスの研究開発動向  2−5.日米欧の研究開発体制・予算(国家プロジェクト等)   2−5−1.米国における研究開発の状況   2−5−2.欧州における研究開発の状況   2−5−3.固体量子デバイスによる研究開発動向の分類   2−5−4.我が国における研究開発の状況 第3章 量子情報通信の将来予測  3−1.量子情報通信の実現イメージ   3−1−1.量子暗号   3−1−2.量子通信   3−1−3.量子コンピュータ  3−2.量子情報通信の技術開発ロードマップ 第4章 取り組むべき研究課題  4−1.新しい原理の開拓と体系化に向けた研究分野   4−1−1.量子情報理論、量子通信理論   4−1−2.理論的予言を実現するための物理現象、原理の研究   4−1−3.新しい量子情報通信プロトコル  4−2.システム実現に向けた研究分野   4−2−1.システム開発・実証実験   4−2−2.デバイス開発 第5章 研究開発の推進方策  5−1.研究開発推進のための基本方針  5−2.研究開発分野の性格  5−3.現状における研究資産とその運用、問題点等   5−3−1.民間企業   5−3−2.大学・大学院   5−3−3.国立研究機関   5−3−4.通信・放送機構   5−3−5.現状における問題点  5−4.研究開発計画の設定  5−5.研究開発体制  5−6.効果的研究推進のための方策   5−6−1.研究開発予算の使用に係る柔軟性の向上   5−6−2.国際的連携の強化   5−6−3.若手研究者の育成   5−6−4.研究支援者の確保   5−6−5.民間における研究開発の促進   5−6−6.大学・大学院の研究支援体制の充実   5−6−7.通信総合研究所における研究開発体制の充実 第6章 まとめ  6−1.国が取り組むべき事項   6−1−1.研究開発体制の整備   6−1−2.民間における研究開発の促進   6−1−3.大学・大学院の研究支援体制の充実   6−1−4.通信総合研究所における研究開発体制の充実   6−1−5.その他  6−2.民間、大学等で取り組むべき事項   6−2−1.研究開発推進のための人材育成   6−2−2.研究支援者の確保   6−2−3.国際連携の強化   6−2−4.大学・大学院における研究開発等の推進 用語解説(五十音順)
はじめに  近年の情報通信の利用者の爆発的な増大や、情報通信サービスに対する利用者側 のニーズの高度化・多様化に対応するため、情報通信技術の高度化に向けた研究開 発が世界的に急速に活発化しており、情報通信技術は一国の経済の浮沈を左右し得 る重要な技術開発分野と認識されるに至っている。このため、本年7月に予定され ている九州・沖縄サミットにおいても、ITが重要なテーマの一つに挙げられてい るところである。  しかしながら、現在の情報通信技術 ― すなわち、電気や光の波としての性質 を利用して情報を伝達する技術 ― の高度化を支えるハードウェア技術は、いず れ物理的限界を迎えることが予想されている。  このような中、これに代わる革命的な技術として、電子や光の粒子としての性質 を利用して量子力学的に情報処理・伝送を行う「量子情報通信技術」が世界的に注 目され始めている。  この量子情報通信技術は、これまで別々に発展してきた量子力学という理学系の 領域と、情報通信という工学系の領域が融合して成り立つ新しい研究分野であり、 近年の地道な理論研究の成果により、情報通信技術に一大革命をもたらす可能性が あることが明らかになってきている。具体的には、従来の情報通信技術の限界をは るかに凌ぐ超高速通信や、絶対に解読されない高信頼な暗号通信を実現するという 驚くべき可能性が既に証明されている。  現在、こうした数々の理論研究の成果を物理的な“モノ”として実現する試みが 活発化しており、欧米では多額の国家予算を投入して国家プロジェクトとして研究 開発を推進している。  一方、我が国を振り返ってみると、当該分野の研究開発は、これまで一定の研究 成果をあげてきているものの、民間企業、大学及び国立研究機関の一部の研究者が 個別に理論研究や実証研究を行っている状況にとどまっている。  量子情報通信技術の実現までには、解決すべき困難な課題が山積みであり、かな りの時間がかかるものと予想される。しかしながら、インターネットやその基盤と なる光ファイバネットワークの研究も、我が国で音声電話がようやく普及しつつあ った30数年前から始まっており、その当時、これらの技術の今日の発展は、必ず しも多くの人々に確信されていたわけではない。  量子情報通信技術は、21世紀の情報通信分野の基本技術となることが期待され ている技術であり、欧米が既にこのことに注目して、将来のこの分野における国際 競争力を確保すべく国を挙げて研究開発に取り組んでいることを考慮すれば、我が 国としても、一刻も早く量子情報通信技術の研究開発に本格的に取り組んでいくこ とが必要である。  このような背景のもと、郵政省では、平成12年2月から「量子力学的効果の情 報通信技術への適用とその将来展望に関する研究会」を発足させ、量子情報通信技 術に関する内外の研究開発動向等を分析し、その将来展望を明らかにするとともに、 平成12年2月の電気通信技術審議会答申「情報通信研究開発基本計画」も踏まえ、 実現に向けて取り組むべき研究課題や研究開発の推進方策等について検討を行って きたところである。  本報告書は、本研究会における検討結果をとりまとめたものであり、これにより 我が国における量子情報通信技術の研究開発が加速され、21世紀に相応しい安心 で豊かな高度情報通信社会が早期に実現することを強く期待する。
第1章 量子情報通信について 1−1.量子情報通信とは  1−1−1.情報通信技術の発展     20世紀後半の電子技術の発展によりコンピュータのパーソナル化や光フ    ァイバネットワーク技術の高度化が急速に進展し、これに支えられてインタ    ーネット人口の急増、携帯電話の急速な普及等がもたらされている。さらに、    これに伴い電子商取引をはじめとした新しい情報通信サービスが次々と展開    され、情報通信は、産業・ビジネス構造や我々のライフスタイルに大きな変    革をもたらしながら急速に発展している。     今後も、より快適でより安全な情報通信サービスに対する期待は一層高ま    っていき、「新しい技術の開発→普及→さらなる技術開発」という好循環を    繰り返しつつ発展していくものと予想される。     このような情報通信の発展を支えている「情報通信技術」に着目すると、    特にハードウェア技術については、当面は、半導体技術及び光技術をその物    理的極限まで使い果たすことにより発展を持続していくことができると考え    られている。     しかしながら、情報通信の進展に伴う情報量の指数関数的増大によって、    電気や光などの「波」の性質を利用して情報を伝達する現在の情報通信技術    (以下「古典情報通信技術」という。)の発展は、早晩、物理的限界に達し    てしまうことが明らかとなっており、これに代わる技術革新の必要性が急速    に高まっている。  1−1−2.量子力学的効果の適用     古典情報通信技術の限界が明らかになってきている状況下において、その    限界を超え、より高速かつ高信頼な情報通信を実現する技術として、量子力    学的効果を適用した情報通信技術(以下「量子情報通信技術」という。)が    国内外の理学系、工学系の研究者の注目を集めている。     この技術は、古典情報通信技術が電気や光などの「波」の性質を利用して    情報を伝達する技術であるのに対して、電子や光などの「粒子」の性質を利    用して情報を処理・伝送しようという技術である。     この量子情報通信技術により、古典情報通信技術の世界では実現不可能な    様々な機能 − 例えば、絶対に解読不可能な暗号通信(量子暗号)、Shan    nonの定理の限界を打破する超高速通信(量子通信)、現在のスーパーコン    ピュータの能力を凌駕する超並列・高速情報処理(量子コンピュータ) −     が実現される可能性があることが理論的に証明されている。  1−1−3.量子情報通信の原理     量子情報通信技術は、主に、量子力学における「量子重ね合わせ」「観測    による射影」「量子もつれ合い」という三つの基本的性質を用いることによ    り、実現されるものである。  (1)量子重ね合わせ     「量子重ね合わせ」とは、古典情報通信における情報(古典情報)の基本    単位である「ビット」が0か1のどちらか一方の値を必ずとるのに対し、量    子情報通信における情報(量子情報)の基本単位である「キュービット」が    同時に0と1の両方の値をとることができるという性質である(3つ以上の    複数の値をとることも理論的には可能であるが、ここでは一例として0と1    の2値の場合について述べる。)。すなわち、n個のキュービットで2n通    りの状態を同時に表現することができる。この性質を利用すれば、例えば、    1回のデータ入力だけで2n通りの計算を同時に行うことができる(参考図    :「古典計算と量子計算の違い」参照。)。これは、量子コンピュータの主    要な性質である。     ちなみに古典情報では、1回のデータ入力では1通りの計算しかできない    ので、同じ計算結果を得るためにはデータ入力を2n回順番に繰り返すこと    が必要になる。 量子重ね合わせ状態の画像             図1−1.量子重ね合わせ状態  (2)観測による射影     「観測による射影」とは、上記(1)で述べた量子重ね合わせの状態にある    キュービットを1回でも観測すると、同時に0と1の両方の値をとっていた    状態が、0か1のどちらかに決定してしまうという性質である。この性質を    利用すれば、キュービットの状態の変化の有無により、通信途中で傍受(観    測)されたかどうかの判定が可能になる。量子暗号における量子暗号鍵配布    はこの性質を活用している。 観測による射影の画像               図1−2.観測による射影  (3)量子もつれ合い(量子相関)     「量子もつれ合い」とは、2つ以上のキュービットがある場合に互いに相    関を持つことができる性質である。この性質を利用して、例えば、相関のあ    るキュービットの集合体を送信者と受信者が共有することにより、瞬時に大    量の情報を遠隔地に伝達できるという理論(「量子通信」のうち「量子テレ    ポーテーション」)が確立している。本報告書においては、量子もつれ合い    を量子相関と表現している場合もある。 量子もつれ合い状態の画像              図1−3.量子もつれ合い状態    古典計算と量子計算の違いの画像  1−1−4.本研究会の意義     インターネットの基本技術の研究開発は、30年程前の1969年に米国にお    いて実験的コンピュータネットワークであるARPAネットワークの運用及び研    究を開始したことに始まり、その後、米国政府の手厚い先行投資があった。    まさに、米国経済はこの先行投資の恩恵を30年後の今享受しているわけで    ある。     量子情報通信技術は、情報通信分野の21世紀の基本技術となる可能性が    極めて高い技術であり、このような基本技術を我が国が保有することは情報    通信分野における国際競争力確保の観点から極めて重要である。インターネ    ットの基本技術の経験を踏まえ、21世紀の基本技術として期待されている    量子情報通信分野の技術開発において、国際競争力を確保していくため、そ    の足がかりとして、本研究会を開催し、研究開発動向や推進方策について検    討を行ったものである。 1−2.量子情報通信の誕生と発展の歴史     現代社会のインフラとしての情報通信技術は、1940年代に理学と工学の共    同研究に基づいて創始された情報科学と、その後のそれらの驚異的な発展を    基礎として形成されている。その萌芽期においては、情報とは何か、計算と    は何か、情報の伝達過程の考え方、どのような数理が必要かなど、これまで    人類が理解していなかった新しい概念が明らかにされ、それを実現するため    の新しい工学すなわち情報工学がスタートしたことは周知のことである。こ    の情報工学の基礎理論となったShannonの情報理論では、信号の物理現象と    それによって伝達される情報は完全に分離して考察することが原理的に許さ    れる。したがって情報の組織的デザインとデバイスの開発は独立に行うこと    が可能であった。このことはむしろ技術開発において利点でさえあった。な    ぜなら、それによってソフトとハードの専門的研究が相互の知識がなくても    行うことができ、双方において極めて深遠で高度な研究成果をあげることが    できたからである。     前述のように、近年、ハードとソフトの分野において達成し得る限界が見    え始めた。特にデバイス研究において光子及び原子レベルのデバイスが相次    いで開発されつつあるが、いかにデバイスが究極化されてもそれによって処    理される情報機能には限界がある。     例えば、電子波デバイス等の研究に際して、ハードウェアの構成に量子現    象を使ってはいるものの、情報処理方式の原理はブール代数に基礎を置く、    いわば古典的方式のままであるため機能の最終的限界は容易に推測される。     しかし、1960年代に光情報伝達の限界の研究[1]が行われ、それを契機と    して1970年〜1980年代に、情報信号が光子あるいは原子レベルで処理される    とき情報と物理現象はもはや独立ではなく相互作用を起こすことが解明され    た[2]。その結果、ミクロな世界で情報処理機能を効率的に設計するために    は量子力学に基づく情報理論の構築が必要不可欠であることが理解されるよ    うになった。その萌芽期においてアメリカ、ロシア(旧ソ連)、日本の研究    者は量子通信モデルに基づいて情報と物理現象の統合を試み、多くの基本定    理を発見している[2]。それらの一部は量子計算原理へと進化した[3]。     これらの状況を踏まえ、量子情報の研究者達によって量子の世界における    情報、計算とは何かということ、さらに量子情報の伝達過程とその具現化の    ためのデバイス、数理体系などが再考察され、量子の世界における情報通信    機能を体系化する学問が創始されるに至った。それらは量子情報科学と呼ば    れる[4]。量子情報科学の基本原理に基づいて電子、光子等の粒子間に形成    されうる量子力学的非局所相関を直接制御することによって、情報通信・処    理の高速化、大容量化、高精度化を図ることが可能となった。1980年〜1995    年代にイギリス、アメリカ、日本の研究者らによって、量子暗号、量子通信、    量子テレポーテーション及び量子コンピュータに関する新しい方式が提案さ    れた。これらは量子情報通信技術と呼ばれ1990年代後半になってそれらの原    理実証実験が欧米にて相次いで成功している[5]。     さらに新たな量子情報理論の開発が行われ新しい技術が次々と予言されつ    つある。例えば、それを基礎にこれまでとは異なる視点からの我が国独自の    量子情報セキュリテイ理論や量子計算過程理論などの開発などがある。これ    らは当該分野の潜在能力の大きさを示すものである。    【参考文献】    [1]高橋秀俊、日本物理学会誌、vol-22, no-12, 1967    [2]広田修、“光通信理論−量子論的基礎−”、森北出版、1985年    [3]C.H.Bennett, Physics Today, vol-48, no-10, 1995    [4]広田修、“情報科学と量子力学”、菊池誠編、量子の時代、三田出版、     1996    [5]科学技術庁 平成11年度科学技術振興調整費 光量子情報技術の研究     調査 報告書 1−3.研究開発の意義     光エレクトロニクス及びコンピュータ関連の科学技術は著しいスピードで    進歩し、超高速光通信、スーパーコンピュータ、非ノイマン型並列コンピュ    ータ等々の次世代技術が実現されようとしている。さらに、情報通信基盤と    しての光通信システム技術とコンピュータ技術の統合化が、情報社会の多様    化を実現し、その発展を担うために世界的規模で行われている。現在、一般    に受け入れられている情報通信技術の体系は、既存技術の改良という課題に    おいて大きな成果をあげることには効果的な体系である。しかし、上記の形    式の科学技術体系で、果たして今後人類が目指すべき高度情報通信社会が実    現し得るか疑問がある。今こそ社会の健全な発展のためにさまざまな科学や    技術の理念が同時に存在し、多様な科学技術の体系の選択が許される状況が    必要である。     量子情報通信技術はハードとソフトの両方に量子力学的効果を適用するも    のであり、その能力は概算でも真に人間の人間らしい生活を補佐するに足り    るものを提供しうる。(古典情報を扱う量子通信では、最低でも古典光通信    の限界の4倍の情報が伝送可能といわれている。[1])したがって、量子情    報科学という新しい科学理論に従う量子情報通信技術の研究体制を確立し、    さらにそれらを発展させることは人間にやさしい高度情報通信社会を実現す    る上で重要な意義があり、また必要不可欠である。    【参考文献】    [1]K.Kato, M. Osaki, M. Sasaki, and O. Hirota IEEE Trans.      Communication, COM-47, p248, 1999. 1−4.我が国の基礎科学への貢献     量子情報科学は数学や物理学の基本原理の研究成果から派生した新しい科    学である。しかし、量子情報科学は単なる数学、物理学ではなく、技術を明    確に誘導するための科学である。欧米ではまだ物理学的指向が強く新しい物    理のための情報概念導入に力点があるが、日本が目指すのは情報通信技術を    指向した量子情報科学そのものの研究が望ましいと考えられる。     現在、我が国の伝統としてほとんど理学は純粋な理学に、工学は現実の技    術の研究に傾倒しており、現状の体制において直ちに欧米の業績に匹敵した    基礎科学への貢献を達成することは困難である。しかし、当該分野は現在成    果として得られている理論体系が必ずしも最終目標である実用化に向けての    指針になるとは断言できず、常に基礎工学的理念にしたがって研究の方向を    見直しつつ推進しなければならないという特質をもっている。     したがって現状では、数学、物理の新天地を目指すのではなく、量子情報    通信の基礎の構築を目指した研究が日本の21世紀型の研究として相応しい。    すなわち、日本独自の量子情報理論を含む量子数理工学の開発とその実験的    研究によって基礎科学への貢献を目指すのが望ましい。これは、それらの研    究から日本独自の量子情報セキュリテイ理論や量子計算過程論などが開発さ    れていることからも理解できる。     現在のデジタル革命の原点はC.E.Shannonが証明した一つの定理(標本化    定理)であったことを教訓とすべきである。 1−5.独創的研究を生み出せる人材の育成     量子情報通信は多くの研究分野で構成される学際的分野であり、その研究    を推進するための研究者の数が極めて少ないのが現状である。したがって、    いかにして当該分野の研究者を育成するかが重大な課題である。     現在の日本では、ほとんどの情報通信の研究者がほぼ同じ理念に拘束され    ており、そのための弊害が現れている。特に現状の技術体系の推進に適した    理念の画一的な教育が行われ、それらが関連学会の主流的な概念を形成して    いるため、世界の最先端の研究動向に対応できないという硬直状態になりつ    つある。そのような状況下で、多くの大学や研究機関において若い研究者が    量子情報通信の研究を熱望しても無視されている。その原因の一つは大学の    教員あるいは研究機関のリーダー達が現状の研究に忙しく世界の研究開発の    真の最先端に触れることができないことにある。さらに、たとえ研究意欲を    持ち得たとしても情報科学の基本理論の研究から発展した量子情報通信は、    物理学、数学、情報科学、電子通信工学の境界領域にあるため、従来の基本    思想と全く異なる新しい理論を理解せねばならず、それがまた方向転換の困    難さを増幅している。境界領域の研究者の育成は極めて困難であるが、日本    が科学技術先進国としての地位を維持するためには、こうした状況を国家の    政策課題として速やかに解決すべきである。
第2章 国内外の研究開発動向 2−1.量子暗号     C.H.Bennett, G.Brassardによる原理提案から現在に至るまでの量子暗号    研究の進展は大まかに次のような三つの段階に区分けすることができる。    1.[萌芽期](1960年代後半〜1993年)     C.H.Bennettら提案者を中心とする少数の研究者による萌芽的理論研究の     時期    2.[発展期](1994年〜1998年)     研究者数の増加とそれに伴う理論研究の発展及び「量子情報通信」という     一般的な枠組みの中での理論的再構成、並びに原理的な実証実験の時期    3.[工学的試行期](1999年以降)     工学的視点による理論検討の本格化とプロトタイプ・システムの構築の時     期     ここでは理論研究と実証実験・システム開発のそれぞれの側面について各    段階ごとに研究の推移を概観し、現時点での国内外の研究開発動向を整理す    る。  2−1−1.理論研究  (1)萌芽期(1960年代後半〜1993年)     量子暗号の基本となる共役コ−ディング*の概念がS.Wiesner によって提    唱されたのは1960年代後半であるが、それが量子暗号という形で再構成され    て広く知られるようになったのは、1984年にIBMのC.H.Bennettとモントリ    オール大学のG.Brassard が今日BB84プロトコルと呼ばれる最初の量子暗号    鍵配布のアイデアを発表してからである[1]。BB84プロトコルでは単一光子    をキャリアとし、直交する2つの偏光状態にビット値を対応させる。その際、    正規の送受信者は互いに共役な2つの偏光基底(直線偏光と円偏光など)を    ランダムに採用することによって、基底選択情報にアクセスできない第三者    が証拠を残さずに情報を読み出すことを不可能にする通信手順(プロトコル)    を構成することができる。     それからしばらくの間、彼等を中心とする研究グル−プによって量子暗号    の基本的な手法を忘却伝送*やビットコミットメント*などのより進んだセキ    ュリティ情報処理プロトコルに拡張する試みが続けられた。     一方でBB84以外の量子暗号鍵配布プロトコルも幾つか提案されるようにな    った。その中でも大きなインパクトを与えたのは、1992年の同じくC.H.Ben    nettによる非直交二状態量子暗号*の提案である[2]。この方法は実験システ    ムの構築を行う上で多くの技術的な利点を有しているため、この提案を契機    にして量子暗号鍵配布の実証実験が開始されるようになった(2−1−2参    )。     その他この期間の後期には、やはりC.H. Bennettのグル−プによって量子    暗号の隣接分野である量子テレポ−テ−ションや量子高密度符号化などの量    子もつれ合いを利用した新しい通信の概念が提唱された。英国のA.K.Ekert    を中心とする理論グル−プがこの分野に本格的に参入したのもこの頃である。  (2)発展期(1994年〜1998年)     多くの研究者が量子暗号に関心を示すようになった最大の理由は、1994年    のベル研究所のP.W.Shorによる素因数分解量子計算アルゴリズムの発見であ    る[3]。以後、公開鍵暗号方式への信頼が揺らぐとともに量子暗号への期待    が次第に高まっていった。     この期間の理論研究の主題は、以下の項目が挙げられる。      1 量子暗号鍵配布プロトコルの改良と一般化、新方式の提案      2 量子暗号の安全性に対する一般的な議論の展開      3 量子暗号の本質に対する量子力学の原理的な立場からの考察     特に「原理的に可能なあらゆる盗聴方法に対する安全性」を議論していく    過程で、それまで個別に発展していた量子測定・量子推定及び情報量を定量    的に扱う量子情報理論の観点が、量子暗号における安全性の厳密解析に採り    入れられることにより、欧米を中心に研究者の裾野が広がった。また、「量    子情報に対する複製の禁止*」に関連して量子もつれ合いの持つ重要性の認    識が深まっていった。     一方で伝送損失など装置の不完全性に対処するためにプライバシ−増幅(    秘匿性増強のための符号処理)や誤り訂正符号などが理論的に検討されるよ    うになった。     このように理論研究が活発になることで、量子暗号に関する論文の件数は    1996年の時点で既に年間30件を超えるようになった。その中でも活発な研    究グル−プはIBMのC.H.Bennettのグル−プと英国のA.Ekertを中心とするグ    ル−プであった。日本国内ではこの期間の中頃からNTTの研究グル−プによ    り13についての貢献が見られるようになった[4,5]。     ビットコミットメントの問題は萌芽期において既に考察が始まっていたが、    1997年にH.K.LoやD.Mayersにより量子ビットコミットメントが原理的に不    可能であることが証明されてしまった[6]。これは必ずしも全ての方法が不    可能であることを意味はしないが、最も有望と考えられていた方法に致命的    な欠陥が見つかったことによって、これ以降は、量子暗号鍵配布以外の応用    についての研究は一気に沈静化してしまった。     以上概観したとおり、この期間の終わり頃までには量子暗号の理論につい    ての物理学サイドからの研究は一応一段落した観がある。  (3)工学的試行期(1999年以降)     1990年代後期になって光ファイバを使った量子暗号鍵配布実験の完成度が    高くなるとともに、量子暗号の実用化を念頭においた工学的な立場からの研    究が欧米を中心に盛んになってきている。     具体的には、必ずしも理想的とはいえない送信装置、受信装置及び伝送路    を想定した場合、鍵配布の安全性に対してどのような制約が加わるのか、そ    の制約を回避するためにどのようなシステム的工夫が可能なのかを検討する    ことに重点が置かれている。特に量子暗号鍵配布に誤り訂正符号を導入した    場合の安全性の解析などの情報数理工学的な研究が増え始めている。この方    向の理論研究はNEC北米研究所のD. Mayersらによって先鞭がつけられた。国    内では総合研究大学院大学のグル−プがこの問題に取り組もうとしている。  2−1−2.実証実験・システム開発     量子暗号鍵配布の基本原理の確認は1989年にC.H.Bennettらのグル−プに    より実施されている。ただし、伝送距離は50cm以下であり光の波長も短波長    であった。     本格的な実証実験が行われる契機となったのは前出の非直交二状態量子暗    号の提案である。この方法では、キャリアとして発生の難しい単一光子を用    いる必要はなく、一つの光パルスに含まれる平均光子数を1個以下に抑えた    微弱なレ−ザ−光(厳密にはコヒ−レント状態の光)を利用することができ    る。さらにBB84とは異なり光波の位相に符号化を施すために伝搬中に生じる    偏光変動をさほど気にしなくても済むようになった。基本的には送受信者を    それぞれ入出力ポ−トとする二経路の光干渉計を組むことになるが、干渉計    の経路を時間領域や周波数領域で一本の長尺な光ファイバの中に多重化する    ことにより送受信者間の伝送距離がたとえ数十kmになっても光路の安定化は    比較的容易である。     このような方法で実証実験に最初に取り組んだのはブリティッシュ・テレ    コムのグル−プである。彼等は時間領域干渉計*の方法を用いて1993年に波    長1.3・mの光通信波長帯での量子暗号鍵配布の基本原理の確認に成功した    [7]。その後、現在までにジュネーブ大学のN.Gisinのグル−プ[8]やIBMの    実験グル−プ[9]、ロスアラモス国立研究所のグル−プ[10]により類似な時    間領域干渉計の方法により長距離の量子暗号鍵配布実験が行われている。特    に往復型の構成をとることにより伝送路の揺らぎの影響を自動的に相殺でき    る技術的に優れた方法が実現されている。その他フランス・テレコムの実験    グル−プは周波数領域干渉計の方法による長距離実験に成功している[11]。     現状では、量子暗号鍵配布の伝送速度は数百bps程度であるが、これは送    受信装置や伝送路での光損失、安全が許容される範囲でのパルス当たりの平    均光子数、光子検出器の効率、検出器の立ち上がり時間により制限されるパ    ルス繰り返し数などによって決められる。ここで近い将来改善が期待される    のが光子検出器の検出効率である。現状では光通信用のAPDを液体窒素で冷    却した上でガイガ−モ−ド*と呼ばれる使い方で無理矢理光子計数に用いて    いる。このため、検出効率は10%を下回り、かつAPD素子間での性能のバラツ    キも非常に大きい。しかしながら光子計数用に特別設計されたAPD素子を製    作することは技術的に可能である。     量子暗号鍵配布の実験には、伝送路に光ファイバを使ったもの以外にも、    短波長帯で自由空間を伝搬させる研究もある。     国内では幾つかのグル−プ(北海道大学、学習院大学、郵政省通信総合研    究所、NEC、NTT、三菱電機)が実験の準備に取り組んでいるが、欧米の研究    機関に伍せるような実証実験は未だなされていないのが実状である。    【参考文献】    [1]C.H.Bennettand G.Brassard,in Proceedings of IEEE Internatonal     Conference on Computers,System and Signal Processing,Bangalore,     India (IEEE,New York,1984) 175.    [2]C.H. Bennett, Phys. Rev. Lett. 68 (1992) 3121.    [3]P. W. Shor, in Proceedings of the 35th Annual Symposium     on the Foundations of Computer Science,(IEEE Computer Society     Press,Los A lamitos,CA,1994)    [4]K.Shimizu and N. Imoto, Phys. Rev. A60(1999)157-166;     A.Karlsson et al., Phys. Rev. A59(1999)162;     N.Imoto et al.,in Proceedings of ISQM-Tokyo'98,Elsevier(1999)49;     ibid. 57; ibid. 61;     M.Koashi and N. Imoto, Phys. Rev. Lett. 79(1997)2383;     B.Huttner et al.,J.Nonlinear Optical Phys.and Materials 5(1995)823;    [5]M.Koashi and N. Imoto, Phys. Rev. Lett. 77(1996)2137;     M.Koashi and N. Imoto, Phys. Rev. Lett. 81(1998)4264;     B.Huttner et al., Phys. Rev. A51(1995)1863-1.    [6]H.K.Lo and H.F.Chau,Phys.Rev.Lett.78 (1997) 3410;D.Mayers, Phys.     Rev. Lett.78 (1997) 3414.    [7]P. D. Townsend, J.G. Rarity, and P. R. Tapster, Electron.     Lett. 29 (1993) 634    [8]H.Zbinden, J.D.Gautier,N.Gisin,B.Huttner,A.Muller,and W.     Tottel,Electron Lett.33 (1997) 586.    [9]D.S. Bethune and W.P.Risk,IEEE J.Quantum Electron,36 (2000)340.    [10]R. J. Hughes, G. L. Morgan, and C. G. Peterson, J. Mod.     Opt. 47 (2000) 533.    [11]J. M. Merolla, Y. Mazurenko, J. P.Goedgebuer, and W.T.Rhodes,     Phys. Rev. Lett.82(1999)1656. 2−2.量子通信     「量子通信」という言葉は、現在、研究者によっていろいろ違った意味で    使われることが多いが、広い意味では、     1 量子状態による古典情報の伝送     2 量子状態の遠隔地における再生(量子テレポーテーション)    の二つに大別される。「1 量子状態による古典的情報の伝送」には「量子    状態を用いた無条件に安全な暗号鍵の配布」も含まれるが、ここではそれを    「量子暗号」として区別する。従来の光通信技術から量子通信技術へ至る大    まかな流れを図2−1に示す。 従来の光通信技術から量子通信技術への流れの画像        図2−1.従来の光通信技術から量子通信技術への流れ     以下、量子信号検出、量子テレポーテーション、量子通信路符号化につい    て、研究開発動向を概観する。     本分野の研究開発は、量子テレポーテーションの原理の実証等、海外の基    礎実験の成功を機に、国内外において研究が活発化してきているところであ    る。  2−2−1.量子信号検出     量子通信でまず問題とされるのは、量子信号を識別(検出)する問題であ    る。量子力学では、運動量と座標の組など、同時に確定的な測定結果を得る    ことができない物理量の組が存在するが、これと同様に、一般的な量子信号    でも、それが測定物理量の固有状態になっていない限り、誤りゼロで識別す    ることは原理的に不可能である。したがって、一般的な量子信号に対する究    極の検出限界は何かが問題となる。これに最初の解答を与えたのがカリフォ    ルニア工科大学のW.Helstromであり、1967年のことである[1]。その後、量    子信号検出理論が体系化され、ビットエラー率(BER)に対する量子最適限    界について多くの知見が得られてきた。  (1)理論     1970年代にロシアのステクロフ数学研究所のHolevo[2]、アメリカのHels    trom、マサチューセッツ工科大学のYuen[3]、玉川大学の広田などの研究者    によって、確率作用素測度に基づく量子信号検出理論の数学的基礎が構築さ    れた。具体的なデバイス構成理論は、1980年代後半から1990年代にかけて、    イスラエル工科大学のPeres[4]、玉川大学の広田、郵政省通信総合研究所の    佐々木[5]、カリフォルニア工科大学のFuchs[6]らによって研究されている。  (2)実験     理論的に予言された検出限界を実証する研究は、平均誤り確率の量子限界    の実証に関して1996〜1997年、ストラスクライド大学(単一光子の偏波*)    [7]、ジュネーブ大学の研究グループ(2値コヒーレント光信号*)[8]によ    ってなされている。  2−2−2.量子テレポーテーション     量子もつれ合い状態にある光子を送信者と受信者で共有し、従来の古典的    通信路と合わせて使うことで、送信者が所有している未知の波動関数の状態    を遠隔地にいる受信者が再生できる、いわゆる量子テレポーテーションが可    能となる。     このように量子もつれ合いを積極的に使った情報伝送効率の改善こそが、    従来の光通信技術と量子通信技術の違いである。  (1)理論     最初の原理は1993年にIBMワトソン研究所のBennettらによって提案され    た[9]。その後、スクイーズド光*の量子もつれ合いを使う方式や原子の角運    動量状態の量子テレポーテーション理論などがカリフォルニア工科大学の研    究者らによって提案されている[10]。  (2)実験     量子もつれ合い光子対を使った、光キュービット状態の量子テレポーテー    ションの実証実験が1997年にインスブルック大学のZeilingerのグループや    ローマ大学のDe Martiniの研究グループによって独立に行われた[11,12]。    その後、1998年にスクイーズド光の量子もつれ合いを用いた広帯域の量子テ    レポーテーションの実証実験がニコンの古沢[13]、カリフォルニア工科大学    のKimbleらの共同研究チームによってなされた。有限質量の原子の角運動量    状態の量子テレポーテーションもカリフォルニア工科大学などで進行中であ    る。  2−2−3.量子通信路符号化     量子計算の原理の核心でもある量子もつれ合いを情報通信のための符号化    技術へ応用したのが量子通信路符号化技術である。つまり、符号化―復号化    処理に量子計算の原理を応用することで、従来の情報理論の限界を超える通    信路容量を実現できる。特に、将来のコヒーレント光を使った衛星間光リン    クや深宇宙通信、また符号分割多重による高速・大容量のフォトニックネッ    トワーク等では、微弱光信号による長距離伝送が要求され、量子雑音の限界    にさらされる極限通信路が問題となり、量子通信路符号化は必須の技術にな    ると予想される。  (1)理論     3元対称信号において量子効果を使った符号化利得につながる研究*が199    1年にイスラエル工科大学のPeres、ウイリアムズ大学のWoottersによって    明らかにされ[14]、その後、Shannonの通信路符号化定理に代わる量子通信    路符号化定理が1996〜1997年にかけて確立された[15]。ウイリアムズ大学    のHausladenらとステクロフ数学研究所のHolevoの寄与によるものである[    16]。具体的な符号構成の構築に向けた研究が、郵政省通信総合研究所の佐    々木、名古屋工業大学の臼田、カリフォルニア工科大学のFuchsによって進    められている。     一方、量子もつれ合いを共有した二者の間で1キュービットで2ビットの    古典情報を伝送できる量子高密度符号化方式がIBMのBennettらによって提案    されている。また、この点も踏まえた符号化方式が日立基礎研究所の番によ    って提案されている。  (2)実験     量子通信路符号化の本格的な実証実験には、光量子状態を制御する量子ゲ    ートが必要であり、実証実験はまだ行われていないが、通信総合研究所やカ    リフォルニア工科大学で実証に向けた研究が進められている。     上記の量子高密度符号化方式については、インスブルック大学で実証が行    われたが、量子通信路符号化に基づく高信頼・大容量伝送のシステム実験は    相当先のことになるだろう。    【参考文献】    [1]W. Helstrom : “Quantum Detection and Estimation Theory”     (Academic Press, New York, 1976).    [2]A.S. Holevo, J. Multivar. Anal. 3, 337, (1973).    [3]H.P. Yuen, R. S. Kennedy, and M. Lax, IEEE Trans., IT-21, 125,     (1975).    [4]A.Peres: "Quantum Theory: concepts and methods" , pp279-289,      (Kluwer Academic Publishers, Dortrecht, 1993).    [5]M.Sasaki, T. S. Usuda, and O. Hirota, A. S. Holevo, Phys. Rev.     A53, 1273, (1996)    [6]C.A. Fuchs and A. Peres, Phys. Rev. A53, 2038 (1996).    [7]S. M. Barnett and E. Riis, J. Mod. Opt. 44, 1061 (1997).    [8]B.Huttner, A. Muller, J. D. Gautier, H. Zbinden, and N. Gisin,     Phys. Rev. A54, 3783 (1996).    [9]C.H. Bennett et al. Phys. Rev. Lett. 70, 1895 (1993).    [10]S. L. Braunstein and H. J. Kimble, Phys. Rev. Lett.80,69(1998).    [11]D. Bouwmeester et al., Nature 390, 575 (1997).    [12]D. Boschi et al. Phys. Rev. Lett. 80, 1121 (1998).    [13]A. Furusawa et al. Science 282, 706 (1998).    [14]P. Hausladen, R. Jozsa, B. Schumacher, M. Westmoreland and W. K.     Wootters, Phys. Rev. A54, 1869 (1996).    [15]B. Schumacher and M. Westmoreland, Phys. Rev. A56, 131(1997).    [16]A. S. Holevo, Report No. quant-ph/9611023, IEEE Trans.     Inf. Theory IT-44, 269 (1998). 2−3.量子コンピュータ     量子情報通信に対して、量子コンピュータが与える影響は時系列的に大き    く三つに分けることができる。     まず第一は、光を用いた量子計算の実現に必要とされる素子が、量子情報    通信でも最も重要な課題である量子位相ゲート素子である点である。     第二は、量子コンピュータが実現すると高速な計算が可能となり、既存の    公開鍵暗号を使用することができなくなるため、その代替技術として量子暗    号が急速に普及すると予測されることである。     第三は、将来的に量子計算が実現した場合、量子コンピュータ間を量子状    態を保ちつつ結合させるためには、量子情報通信技術が不可欠となる点であ    る。     上記第一の光子に対する量子位相ゲートについては、アメリカ、ヨーロッ    パとも精力的に研究が行われており、原理検証に近い実験が近い将来行われ    る可能性は高い。     なお、第二の量子計算がいつどのような方法で実現されるかについては、    非常に予測が困難である。現在用いられている暗号を解読することが可能な    量子コンピュータ(約1000キュービット必要)が10年以内に実現する可能    性はほとんどないが、実際に研究が開始されて5年間で、既に4キュービッ    トの制御に手が届いている点[1]は軽視できない。     また、同時に、素因数分解やデータベース検索等、量子コンピュータ用の    種々のアルゴリズムに関する研究が進められている。特に、2000年5月、ベ    ル研究所のL.K.Groverが、新しい量子検索アルゴリズム*を発見したことは    注目に値する。     ここでは、文献[2]等を参考にしながら、現在提案されている小規模な量    子計算を実行することが可能なシステム(テストベッド)と、将来的に量子    計算機を構築するための部品としての固体素子である量子計算用デバイスの    二つの観点から概説する。  2−3−1.量子計算のテストベッド     量子計算のアルゴリズムは、これまでに幾つかの物理系で実際に実現され    ている。ここでは、それら量子計算を実行可能なシステム(テストベッド)    を概観する。  (1)NMR量子コンピュータ     核スピンをキュービットとして用いるアイデアとして、核磁気共鳴(NMR    )量子計算をスタンフォード大学のI.L.Chuangらとマサチューセッツ工科    大学のD.G.Coryらが1996年に同時に提案した[3]。この提案では、分子中の    原子の核スピンをキュービットとして用いる。それまでは、単一の量子をキ    ュービットとして用いるという固定概念があったが、この提案では、熱平衡    状態にあるアボガドロ数程度の核スピンに対して特定の操作を行うことで、    擬似的な「純粋状態」を作り出すものである。いわば、一つ一つが分子1個    からなる量子コンピュータを多数用意し、それらをいっせいに動作させ、そ    の計算結果の平均値を読み出そうというものである。この提案から1年後の    1997年には、スタンフォード大学において、通常のNMR装置を用いて、2キ    ュービットに対するアルゴリズムの検証実験も行われた。     現在NMR量子コンピュータは、量子計算の各種仕組みを実験的に検証する    テストベッドとして重要な位置を占めている。また、現状技術のままでは1    0キュービット程度と見られるその限界は、IBMの研究グループによるレー    ザ光を用いた制御などによりスピンを熱平衡状態から変えることで打ち破ら    れる可能性がある。  (2)結晶格子量子コンピュータ     「自然に元から存在する大量のキュービットからなる系を制御しよう」と    いう発想で、1999年にスタンフォード大学から結晶中の核スピンを用いた量    子コンピュータが提案されている[4]。この方法では、CePの結晶中のPの核    スピンをキュービットとして用いる。そして、それぞれの格子点の核スピン    は、結晶に磁場勾配をかけ、そのそれぞれの位置における磁場強度の違いに    よって区別しようというアイデアである。このアプローチは、いわばNMR量    子計算で用いる分子を巨大化した極限ともいえる。そのスピンの複雑な量子    もつれ合いをどのように制御するか、興味深い研究課題である。  (3)イオントラップ*を用いた量子コンピュータ     長い緩和時間(量子重ね合わせやもつれ合いの状態の保持時間)を人工的    に作り出す手段として、イオントラップがある。これは、電磁ポテンシャル    によってイオンを真空中に浮かせることにより、外界との相互作用を断ち切    り、長い緩和時間を実現するものである。1995年にW.H.Zurekらにより、直    線上にトラップしたイオンをキュービットとし、それらにレーザ光を照射す    る量子コンピュータが提案された[5]。その後、単一イオンを用いた制御NOT    ゲート*の実験が行われ、2000年春には、4つのイオンにまたがる量子もつれ    合い状態の実現が報告された[1]。この提案は、現在の計算機を凌駕する量子    コンピュータの有力候補の一つである。     現在、NIST(米国標準技術局)、ロスアラモス国立研究所などで複数のキ    ュービットを用いた量子コンピュータの実現を目指している。今後、キュー    ビットの数が増えた場合にいかに系全体を安定に保つかが課題である。  (4)線形光学素子量子コンピュータ     光子の偏光をキュービットとして用いる場合、その位相シフタは、既存の    光学部品を用いて容易に構成できる。問題となるのは、光子1個の状態でも    う1個の光子を制御する制御NOTであるが、まだその実現への道は遠い。そ    の困難を回避する方法として、1996年に三菱電機(現在北海道大学)の竹内    らにより、キュービットの数をNとした場合に、2N個の光路を用意する量子    計算アルゴリズムの実現方法が提案され、1998年、同グループは、3キュー    ビットのアルゴリズムの検証実験に成功している[6]。     現在の計算機を凌駕するような大規模な量子計算を実現するのは困難であ    るが、比較的少数のキュービットを用いた量子計算アルゴリズムの検証実験    は可能である。この方法で任意の量子計算アルゴリズムを実行できることが    分かっており、今後NMR量子コンピュータと並んで量子計算のテストベッド    として、各種アルゴリズムの検証実験やエラーの低減に向けた研究に活用さ    れるだろう。  2−3−2.量子計算用デバイス     量子コンピュータを実現するための固体素子の開発も進められている。し    かし、固体中で重ね合わせ状態を維持することが困難で、まだ2キュービッ    ト間の完全な基本ゲート素子は実現していない状況である。     以下、現在検討が行われている主な量子計算用デバイスについて概観する。  (1)光子に対する量子位相ゲート(マイクロキャビティ*による光子-光子スイッチ)     光子1個でもう1個の光子を制御するような光子―光子スイッチの研究が    行われている。1995年、カリフォルニア大学のH.J.Kimbleらは、マイクロキ    ャビティ中に閉じ込めた原子を用いて、マイクロキャビティに先に入射した    光子と次に入射する光子の偏光状態の組合せで、それらの位相を変化(14度)    させることが可能であることを実証した[7]。この素子を制御NOTとして用い    るためには、位相変化量を180度にする必要がある。キャビティ中での原子    位置が不確定であるため毎回同じ位相変化を得られない、など改善すべき点    は多々あるが、最初の第一歩は既に踏み出されている(2−4項参照)。  (2)量子ドット量子コンピュータ     量子ロジックゲートの発見とほぼ同時にそれを実現するものとして提案さ    れたのが、1995年のオックスフォード大学のA.Barencoらによる量子ドット    中の電子準位をキュービットとして用いるものである[8]。位相シフト操作    はその準位差に共鳴した光によって行い、隣接している量子ドット間での制    御NOTは、量子ドットに電場をかけることで発生する井戸間の電子―電子相    互作用を利用して行うことができる。その他、1998年に高知大学の松枝によ    る量子ドット中のエキシトン(励起子)のコヒーレントな励起をキュービッ    トとして用いるアイデア[9]や、結合量子ドットをキュービットとして用い    る提案などがなされている。これら一連の提案での最大の課題は、いかに緩    和時間を長くすることができるかにある。実験的には、1998年に理化学研究    所の石橋らにより、結合量子ドットでの対称―非対称準位間の反転による「    制御NOT実験」への取り組み[10]がなされている。他に、量子ドット中の電    子スピンを用いるアイデアも提唱されている[11](2−4項参照)。  (3)半導体不純物量子コンピュータ     1998年にオーストラリアのニューサウスウェルズ大学のB.E.Kaneによって    提案されたシリコン量子コンピュータは、核スピン一つ一つの制御と、読み    書きを可能とするものである[12]。キュービットは、シリコン中に埋め込ま    れたリンイオンの核スピンである。通常固体中の核スピンは、周りの核スピ    ンとのランダムな相互作用によって急速に緩和する。しかしこの提案におい    ては、核スピンがゼロのシリコン同位体のみからなる特殊な基板に埋め込む    ことで、長い緩和時間(106秒)が達成可能と予測している。核スピン一つ一    つに対する位相シフトは、上部の電極(A−ゲート)に電圧をかけながら、核    スピンに共鳴した電磁場を入射することにより行う。また、スピン状態の読    み出しは、核スピンの状態によるA−ゲート電極の電子数変化を、クーロン    ブロッケイド*で検出することで行う。     この提案の実現にあたっては、構造形成及び読み出し技術の両面で、現状    技術の最先端が要求される。しかし、キュービットの数が増大した場合も装    置が複雑にならずにすむなど、固体方式の利点を特徴的に有しており、大変    魅力的なアイデアである。現在、オーストラリアにおいて実現に向けた研究    プロジェクト始まっている[13]。  (4)超伝導素子を用いた量子コンピュータ     超伝導素子を用いた量子コンピュータとして、微小な超伝導体内部の電荷    (クーパー対)の量をキュービットとして用いるアイデアが提案されている。    これについては、NECの中村らによって、重ね合わせ状態とその1ビットユ    ニタリ変換の可能性が実証された[14]。現在、同じくNECの中村らによって、    2キュービット間でのゲート操作に向けた研究が進められている。その他、    超伝導トンネル接合(SQUID)によって制御された磁束量子をキュービット    として用いる方法がある。    【参考文献】    [1]C.A.Sackett,D.Kielpinski,B.E.King,C.Langer,V.Meyer,C.J.Myatt,     M.Rowe,Q.A.Turchette,W.M.Itano,D.J.Wineland,and C.Monroe:     Nature 404 (2000) 256.    [2]竹内繁樹、井須俊郎「応用物理」68,No.9(1999)1038.    [3]N.A.Gershenfeld and I.Chuang,Science,275,(1997)350.     N.A.Gershenfeld,I.L.Chuang and S.Lloyd:In PhysComp96     (T.Toffolied.,)New England Complex Systems Inst.,Cambridge,MA)     134 (1996).     D.G.Cory,A.F.Fahmy and T.F.Havel:ibid.,87(1996).    [4]F.Yamaguchi and Y. Yamamoto, Appl. Phys. 68 1 (1999).    [5]J.I. Cirac and P. Zoller, Phys. Rev. Lett., 74 No.20 4091(199      5).    [6]S. Takeuchi : Phys. Rev. A. 61 (2000) 052302.    [7]Q. A. Turchette, el.al., Phys. Rev. Lett. 75 (1995) 4710.    [8]A.Barenco, D. Deutsch, and A. Ekert, Phys. Rev. Lett. 74, 408      3 (1995)    [9]松枝秀明、電子情報通信学会誌 A Vol.J81-A No.12 (1998) 16      78.    [10]T. H. Oosterkamp, et.al., Nature 395, 873 (1998).    [11]D. Loss and D. P. DiVincenzo, Phys. Rev. A 57 (1998) 120.      T.Oshima, quant-ph/0002004    [12]B. E. Kane, A silicon-based nuclear spin quantum comput      er, Nature, 393, 133 (1998)    [13]http://www.snf.unsw.edu.au/    [14]Y. Nakamura, Yu. A. Pashkin and J. S. Tsai, Nature      398 (1999) 768    提案されている量子コンピュータの例の画像           図2−2.提案されている量子コンピュータの例 2−4.デバイス開発  2−4−1.基本要素技術とデバイスの概要     量子情報通信を実現するために必要なデバイスは、どのような種類の量子    情報通信が行われるかで異なってくる。近距離での量子暗号鍵配布という初    期段階では、「単一光子光源と単一光子検出器」が必要である。一方、遠距    離での量子暗号鍵配布や認証をはじめとするより高度なプロトコルを実現す    るためには、「相関光子対の生成」、「2光子量子ゲート」、「光子/電子    量子ゲート」、「固体キュービット」などのより高度なデバイス技術が要求    される。現在、このような各種デバイスの研究開発が並行して世界各地で行    われている。以下に、このようなデバイスが具体的にどのように用いられる    かを説明する。  (1)量子情報処理のデバイス     量子情報処理では一般に複数の量子2準位系(キュービット)で構成され    る量子レジスタに次々とユニタリ変換を作用させること(量子回路)により    処理を実行する。ここで、量子レジスタは必ずしも量子計算機においてイメ    ージされるような空間的に固定されたものに限らず、量子通信路を流れる複    数のキュービットも表す。     研究の結果、量子コンピュータ等を実現する量子回路は単に2キュービッ    トの制御NOTと1キュービットの任意のユニタリ変換でユニバーサルになる    ことが証明されている。したがって、基本的にすべての量子計算、量子通信    のアルゴリズムはこの2種類のゲート機能を持つデバイスがあれば実現でき    ることになる。ただし、単純な近距離の量子暗号鍵配布の段階では、2キュ    ービットゲートも不要である。もちろん、量子レジスタに演算・通信処理の    元となる初期データを書き込むことが出来なければならない。これは例えば    全てのキュービットを|0>にリセットできるような物理的過程が存在すれ    ば可能である。初期データの入力はこの状態から各キュービットに独立にユ    ニタリ変換を施せばよい。     量子情報処理では、処理の途中あるいは最後にキュービットの観測を行う。    これは情報を読み出すという目的だけではなく、観測による射影(1−1−    3(2)参照)をアルゴリズム(例えば、量子テレポーテーション、量子暗    号鍵配布など)で本質的に利用しているからである。このためには、単一キ    ュービットの量子状態を確実に観測できる検出器が必要となる。  (2)キュービットの物理系     キュービットには光子と物質粒子(電子や原子核など)の二つの可能性が    ある。光子はコヒーレンスを保ちやすく光速で伝送できるが、単一光子状態    を発生したり測定したりするのが難しいだけでなく光子間相互作用が弱く2    キュービット演算が難しい。物質粒子は、これとほぼ正反対の性質を持って    いる。したがって、必然的にデバイス開発における課題も、光子に関しては、    「単一光子光源」、「単一光子検出器」、「相関光子対の生成」及び「2光    子量子ゲート」に、また物質粒子に関しては、コヒーレンスの優れた「固体    キュービット」になる。長距離伝送でのコヒーレンスの維持を考慮すると通    信媒体キュービットは光子で行うしかない。     ノード(送信側、受信側、中継点)でのキュービット処理は光子キュービ    ットをそのまま処理する方式と、一旦物質粒子キュービットに状態を転送し    て処理する方式があるだろう。光子は質量がゼロで逃げていきやすく、また    物質と相互作用して散乱・吸収されやすい(現状では100・s程度が限界[1])    のでメモリとして蓄積しにくいという短所を有しているため、いずれは後者    の方式が主となると予想される。     この点から、両者のインターフェースとして「光子/電子量子ゲート」が    開発テーマとなる。     キュービットを担う物理系としては、光子の場合は2つの独立な偏光(2    つの直交する直線偏光か、右回りと左回りの円偏光)や電場の位相、電子の    場合はスピンや量子閉じ込めによる軌道2準位などを用いる。何をキュービ    ットとするかによって量子暗号鍵配布方式や2キュービット演算方式も異な    ってくる。これらの選択はコヒーレンスの良し悪し、量子操作のしやすさ等    で決められる。  (3)量子もつれ合いの操作     量子情報通信では、量子もつれ合いの性質を利用する。初期状態として単    純な直積状態があったとき、一般にはいわゆる2キュービット量子ゲートを    用いてもつれ合い状態を作る。また逆にもつれ合い状態を観測(合同ベル測    定など)する場合も量子ゲートを組み合わせることにより単純な1粒子物理    量の観測結果の組合せで代用する。具体的には制御NOTゲートと1キュービ    ットユニタリゲートをそれぞれ1つ用いればよい。しかし、テレポーテーシ    ョン等簡単な量子プロトコルではこのような量子ゲートを用いず、原子や非    線形媒質の物理過程(パラメトリック下方変換*等)を用いて直接もつれ合    い状態を発生したり、検出したりすることもできる[2]。このようなデバイ    スの開発も重要である。  (4)量子誤り訂正ともつれ合い精製     従来の計算機や通信ではメモリの記憶内容やメッセージの誤りを訂正する    ために冗長性を持たせて大きな効果をあげている。一方演算中に生じる誤り    に関してはノイマンがこれを訂正する理論(fault tolerance)を作ってい    た[3]。しかし、近代的計算機で用いられる演算素子は信頼性が高く、実際    に使用されることはほとんどなかった。     量子情報においては、デコヒーレンスや演算操作の誤差のための誤り訂正    の考えは更に重要になってくる。また演算中における誤りも無視できない。    量子コンピュータの黎明期には、量子コンピュータはアナログ計算機のよう    に見なされ、計算精度は原理的に限界があると言われていた。しかし、画期    的な量子誤り訂正/fault tolerance理論が構築され[4]、今では多くの研    究者が量子情報処理の現実性を信ずるようになっている。量子誤り訂正の基    本的考え方は、特定の誤りモデルを仮定した上で、論理|0>と論理|1>を    より大きなヒルベルト空間内のベクトルに割り当てるというものである。論    理|0>と論理|1>により張られる部分空間は、任意の誤りによりもとの部    分空間と等価な別の部分空間に状態空間をそっくり移す。どの部分空間に移    ったかは量子操作と全系の部分的観測により判定できるので、もとの部分空    間にユニタリ変換で戻してやればよい。すなわち、誤り訂正操作はまず1個    のキュービットを多キュービットで符号化する。訂正時にはその全てのキュ    ービットにユニタリ演算、特定のキュービットに観測を行い、その結果に依    存してユニタリ変換を行う。     以上の操作において人間はもとの量子状態に関する一切の情報を得ておら    ず、観測による対象量子論理系の不可逆的な変化は生じない。言い換えると、    環境とのもつれ合いにより生じる局所的なキュービットのデコヒーレンスを、    非局所的な多キュービットのもつれ合いで防いでいるということになる。さ    らに演算やエラー訂正時に生じるエラーに対しても、エラー率が十分小さけ    ればシステム全体の信頼性を確保できることがわかっている。結局、量子誤    り訂正においても、演算処理と同様の量子ゲートとキュービットの観測用の    デバイスがあればよいことがわかる。     量子情報では2つのキュービットが最大限にもつれ合った状態(EPR対*)    を用いることが多い。この場合、対となる2つの粒子は遠く離れた送信者(    Alice)と受信者(Bob)によって分かち合われている。この対は、二人に配    布される間に環境と相互作用することで、ある程度のデコヒーレンスが生じ    ることは避けられない。そうすると、情報が正しく伝わらないだけでなく、    盗聴などの攻撃に対して弱体化することが知られている。この場合これを訂    正するのに上記の誤り訂正法は適用できない。なぜなら、この方法では2つ    のキュービットにわたる量子演算が要求されるが実際に可能なのはAliceと    Bobそれぞれの局所的な量子演算だけだからである。ところが、このEPR対が    たくさんあれば、局所量子操作と古典通信のみで純粋なebit(純粋な4つの    EPR状態は一つでebitと呼ばれる。)を漸近的に得る方法が幾つか発見され    た。このプロトコルはもつれ合い精製と呼ばれている[5]。誤り訂正と異な    り、もつれ合い精製では多くのEPR対を保存し、しかる後に演算―観測―古    典通信を行う必要がある。したがって本格的なキュービットのメモリデバイ    スが必要になってくる。  (5)量子中継技術     遠距離の量子通信を実現するためには、古典通信と同じように中継技術が    不可欠である。特に量子通信では単一の光子が通信媒体となるため非常に微    弱な光を用いることになる。ところが古典中継器のように光検出−増幅−光    再送信という手順ではうまくいかない。これは単一の量子状態を複製したり    観測で推定することは不可能であるという基本物理法則に由来している。し    たがって、中継にも何らかの量子操作を用いる必要がある。この方法として    テレポーテーションあるいは量子もつれ合いスワッピング*[6]を多段階に接    続することにより実現する方法が提案されている[7]。この方法によれば比    較的近距離のノード間でEPR対をたくさん共有しておき、もつれ合い精製に    より完全なebitを用意しておけばいくらでも遠距離の量子通信が可能となる。  (6)量子乱数生成     量子力学的効果を情報通信へ適用する場合、量子暗号などの本質的な利用    分野以外に補助的な利用分野がある。これは暗号通信のための乱数生成、暗    号解読のための量子計算機の利用などである。乱数生成に関しては既にビー    ムスプリッタを用いた実験が行われ、乱数の質の検定に対しても良好な結果    が得られている[8]。こうして作られた乱数は現代暗号と量子暗号鍵配布の    両方に利用することができる。  2−4−2.各デバイスの研究開発動向     ここでは、2−4−1で述べた基本要素技術を実現するデバイスの研究開    発動向についてまとめる。  (1)単一光子光源と単一光子検出器     パルス光源(LED/LD)の強度をどんどん微弱にすることにより、平均し    て1パルス当たり1光子という状況をつくることは可能である。しかし、こ    の方法では光子の個数にゆらぎが生じる。つまり、単純にポアソン分布に従    うとすれば、個数揺らぎはNの平方根であるから、0光子や2光子のパルス    も1光子のパルスと同じくらい作られてしまう。量子暗号鍵配布では、もし    2光子のパルスが混ざっているとそのうち1個だけ取り出すことで気づかれ    ずに情報を引き出すことができてしまう。そこで実際の量子暗号鍵配布の実    験では平均光子数が0.1個程度の極めて微弱なパルスが用いられている。こ    の場合、2光子パルスが作られる頻度は100分の1に抑えられる。真の単一光    子光源としては、次項で述べるパラメトリック下方変換による相関光子対の    生成を利用する方法があり、既に使用されている。また単一電子効果を用い    る方法、キャビティ中の単一の原子を用いる方法、有機分子の蛍光を用いる    方法も検討されており[9]、課題としてはショットノイズの軽減等が挙げら    れる。     一方、検出器に関しては、古くAspectらのBell不等式の検証/遅延選択実    験と同じく、光電増倍管が現在でも多くの実験で使用されている。また、80    0nm用のSi-APDは、バンドギャップが広く結晶性に優れるため、室温での低    い暗電流と高い量子効率を有している。またイオン化率比が小さいため、増    倍過程における過剰雑音も小さい。しかし光ファイバ通信用(1.3 / 1.55・    m)としてのGeやIII-V族半導体のAPDでは、暗電流、量子効率とも改善の必    要がある。暗電流低減のためには低温動作しかないといえる。現時点では、    量子情報通信に目標を特化した目立った研究成果はない。  (2)相関光子対の生成     前項で触れたように、パラメトリック下方変換により、相関光子対を生成    することができる。これによりEPR対に関連するかなり多くの実験やプロト    コルが実現できる。ただし、生成過程はランダムであるため、今のところ定    常的な光子源としては使えない。  (3)2光子量子ゲート     2−3−2でも紹介したように、1995年にカリフォルニア工科大学のTurc    hetteらは、損失の小さなキャビティとCs原子を利用して光子位相ゲートを    実現している[10]。しかし、この方法は真空中の原子線とキャビティを用い    ており、あくまでも検証実験として捉えられる。固体素子化を目指す方法と    して、フォトニック結晶や微結晶誘電体共振器のwhispering gallery mod    e*などを用いることが有力である。これを利用すれば固体素子で光ゲートや    電子ゲートを実現することも夢ではない[11]。また、electromagnetically    induced transparency*という現象を利用し、波束を圧縮することで、単一    光子レベルで働く強い非線形性を実現することも考えられる[12]。  (4)光子/電子量子ゲート     光子キュービットによって担われている量子状態を物質粒子のキュービッ    トに転送する技術は、量子情報通信を高度化する上で不可欠となる技術であ    る。この方面に対する研究も活発に行われている[13]。  (5)固体キュービット     固体キュービットとしては半導体を用いるものと超伝導体を用いるものが    ある。量子通信への応用という面から見ると、半導体キュービットのほうが    光子キュービットとの相互変換がより容易と考えられるが、超伝導キュービ    ットはデバイス作成プロセスが比較的容易で、拡張性に期待が持てる。   1半導体量子ドット系     半導体量子ドット系のキュービットは、電子軌道準位を用いるものと電子    スピンを用いるものに分かれる。    ア.電子軌道準位系     最初の提案は1995年にオックスフォード大学のBarencoらによる量子ドッ    ト中の電子軌道準位をキュービットとして用いるものであった[14]。1キュ    ービットユニタリ変換はその準位差に共鳴した光によって行い、隣接してい    る量子ドット間での制御NOTは、量子ドット間に電場をかけることで発生す    るドット間の双極子相互作用を利用して行う。この方式に関しては、結合ド    ットにするなど多くの改善提案もなされている。実験的には、結合量子ドッ    トでの結合―反結合準位間のコヒーレントな遷移が観測されている[15]。一    般に電子軌道準位の方式は、演算操作にレーザーパルスを用いることができ、    比較的容易である反面、デコヒーレンスが大きいという欠点がある。    イ.電子スピン系     一方、電子スピンを用いる半導体量子ドット系キュービットの最初の提案    が、1998年に米国カリフォルニア大学のLossらによってなされた[16]。2    スピンキュービット演算は隣接するドット間のトンネルにより発生する交換    相互作用により行われる。理論・実験結果の双方から電子スピンは軌道準位    に比べはるかにデコヒーレンスが小さいとの感触が得られている[17]。電子    スピン緩和時間の実験値としては、n型GaAsバルクや量子井戸で室温で1ns、    5Kで100ns程度、量子ディスクやドットでは数ns、SiやGeでは1Kで数msが観    測されている。理論的にもバンド構造に由来するスピン緩和機構は量子ドッ    トでは抑圧されると予想されている。これらの実験結果はスピンエコーなど    の技術を用いているにせよ、相互作用するスピン集団の横緩和時間を評価し    ているにすぎず、孤立した電子スピンの横緩和時間がさらにどれほど大きく    なるのかは結論は出ていない。実際、Siの電子スピンの縦緩和時間としては    1時間程度の値が評価されている。いずれにせよ1ms以上のデコヒーレンス    時間は十分期待できるだろう。電子スピンキュービットの演算に要する時間    は1ns以下にすることは難しくない。従って130桁の整数の素因数分解のため    のfault torelance条件である誤り率10-6を達成することは十分可能である。    電子スピンキュービットはデコヒーレンスが小さいという期待の反面、ドッ    ト間のトンネル確率の変調が技術的に難しいという問題があり、決め手とな    る演算方式が待たれている。強磁場のスイッチングや回転磁場は技術的に困    難なだけでなく、集積化と相容れない方式である。またナノスケールの電極    をトンネル障壁に接して形成することも極めて困難な製造技術となる。    ウ.スピン−軌道ハイブリッド系     最近、結合量子ドット中の電子スピンを用いたキュービットの提案が行わ    れている[18]。この方式では演算動作はすべて外部からレーザーパルスを照    射することで行えるため制御が非常に容易である。またキュービットの観測    はスピン自由度と軌道自由度のもつれ合い状態をユニタリ変換で作り、最後    に単一電子効果を利用したエレクトロメーターで分極の観測を行う。高速動    作のためにはRF−SETが適している。なお、光キュービットからスピンキュ    ービットへ量子状態を転送することも原理的に可能である。     課題としては、結晶欠陥の少ない良質の量子ドットを形成する成長・加工    技術が挙げられる。   2バルク半導体系     2−3−2(3)でも紹介したように、オーストラリアのニューサウスウ    ェルズ大学のB.E.Kaneは同位体精製された核スピンを持たないバルクシリコ    ン中に浅いドナーであるリンを位置制御のもとに埋め込み、その核スピン(    1/2)をキュービットとして用いる提案を行った[19]。量子演算は核磁気共    鳴法により行われる。個々のキュービットあるいは2キュービット演算のた    め特定の2つのキュービットを選択的に共鳴させるために、低温で核の周り    に束縛された余分の電子スピンのフェルミの接触相互作用の大きさを基盤表    面に設けられた電極で電子分布を変化させることにより、共鳴周波数を制御    している。同位体Si中の核スピンは非常に長い緩和時間を持っているため、    デコヒーレンスを低く抑えるためには有望なスキームと言える。ただ、現在    の技術では本提案のデバイスは作製が難しく、デバイス作製技術に対するブ    レークスルーが課題となる。   3超伝導系     2−3−2(4)でも紹介したように、超伝導キュービットとしてはクー    パー対の個数状態の重ね合わせをキュービットとする方式と、超伝導量子干    渉素子の磁束状態の巨視的重ね合わせをキュービットとする方式が提案され    ている[20]。NECの中村らは前者の方式に対し、単一クーパー対箱(単一電    子箱の超伝導版)を用いて実際に重ね合わせ状態の観測とコントロールを実    証した。超伝導体は巨視的なスケールでコヒーレンスが現れる数少ない系の    一つである。これには、現在の加工技術の枠内で比較的大きな最小寸法の素    子で固体キュービットを作ることができ、また集積化も容易なのではないか    という期待感がある。しかし、コヒーレンス時間がスピン系のキュービット    候補と比べて短かく、コヒーレンス時間の長時間化、あるいはキュービット    制御の高速化が将来の課題となる。    【参考文献】    [1]X. Maitre, E. Hagley, G. Nogues, C. Wunderlich, P.      Goy, M. Brune, J. M. Raimond, and S. Haroche, Phys. Rev.      Lett. 79, 769 (1997)    [2]M.Q. Scully, B.-G. Englert, and C. J. Bednar, Phys. Rev. Lett      . 83, 4433 (1999).    [3]J.von Neumann,"Probabilistic Logics and the Synthesis of Reliable      Organisms from Unreliable Component",in Automata Studies (C. E.      Shannon and J. McCarthy,eds.),Princeton University Press,     Princeton, NJ, pp. 329-378 (1956).    [4]P. W. Shor, Phys. Rev. A 52, R2493 (1995); A. M. Steane,      Phys.Rev.Lett.77,793(1996);A.R.Calderbank and P.W.Shor,Phys. Rev. A 54, 1098 (1996); A. M. Steane, Proc. R.Soc.      London, Ser. A 452, 2551 (1996); R. Laflamme, C. Miquel, J. P      . Paz, and W. H. Zurek, Phys. Rev. Lett. 77, 198 (1996); C. H      . Bennett, D. P. DiVincenzo, J. A. Smolin, and W.K. Wootters,      Phys. Rev. A 54, 3824 (1996); D. P. DiVincenzo and P. W. Shor, Phys. Rev. Lett. 77, 3260 (1996); A. M. Steane, Phys. Rev.      Lett. 78, 2252 (1997); J. Preskill, Proc. R. Soc. London A45      4, 385 (1998).    [5]C.H. Bennett, G. Brassard, S. Popescu, B. Schumacher, J. A. S      molin, and K. Wootters, Phys. Rev. Lett. 76, 722 (1996); D. D      eutsch, A. Ekert, R. Jozsa, C. Macchiavello, S. Popescu, and      A. Sanpera, Phys. Rev. Lett. 77, 2818 (1996); N. Gisin, Phys.      Lett. A210, 151 (1996).    [6]J.-W.Pan,D.Bouwmeester,H.Weinfurter,and A.Zeilinger,Phys. Rev. Lett. 80, 3891 (1998)    [7]H.-J. Briegel, W. Dur, J. I. Cirac, and P. Zoller, Phys.      Rev. Lett. 81, 5932 (1998).    [8]T. Jennewein, U. Achleitnert, G. Weihs, H. Weinfurter, and A. Zeilinger, quant-ph/9912118.    [9]C.K. Hong and L. Mandel, Phys. Rev. Lett. 56, 58 (1986); A. Imampglu, H. Schmidt, G. Woods, and M. Deutsch, Phys. Rev. Lett. 79, 1467 (1997); K. M. Gheri, C. Saavedra, P. Torma, J. I.Cirac, and P. Zoller,Phys.Rev.A58,R2627(1998);C.Brunel,B.Lounis, P. Tamarat, and M. Orrit, Phys. Rev. Lett. 83,      2722 (1999);J.Kim,O.Benson,H.Kan,and Y.Yamamoto,Nature 397, 500 (1999).    [10]S. Prasad, M. Scully, and W. Martienssen, Opt. Commun.,      62, 139 (1987); G. J. Milburn, Phys. Rev. Lett., 62, 2124 (1      989); M. Reck, A. Zeilinger, H. J. Bernstein, and P. Bertani,      Phys. Rev. Lett. 73, 58 (1994); I. L. Chuang and Y. Yamamoto      , Phys. Rev. A 52, 3489 (1995); Q. A. Turchette, C. J. Hood,      W. Lange, H. Mabuchi, and H. J. Kimble, Phys. Rev. Lett. 75,      4710 (1995); I. L. Chuang and Y. Yamamoto, Phys. Rev. Lett.,      76, 4281 (1996); S. Stenholm, Opt. Commun., 123, 287 (1996);      S. Takeuchi, Proc. 4th Workshop on Physics and Computation: PhysComp96 (1996) p. 299; N. J. Cerf, C. Adami and P. G. Kwiat, Phys. Rev. A57, R1477 (1998).    [11]T. A. Brun, H. Wang, Phys. Rev. A61, 032307 (1998).    [12]S. E. Harris and L. V. Hau, Phys. Rev. Lett. 82, 4611 (      1999)    [13]例えば、T. Sleator and H. Weinfurter, Phys. Rev. Lett.      74, 4087 (1995); J. I. Cirac, P. Zoller, H. J. Kimble, and H.      Mabuchi, Phys. Rev. Lett. 78, 3221 (1997).    [14]A. Barenco, D. Deutsch, A. Ekert, and R. Jozsa, Phys. Rev. Lett. 74, 4083 (1995)    [15]T. H. Oosterkamp, T. Fujisawa, W. G. van der Wiel,      K. Ishibashi, R. V. Hijman, S. Tarucha, L. P. Kouwenhoven, Nature 395, 873 (1998).    [16]D. Loss and D. P. DiVincenzo, Phys. Rev. A57, 120 (1998).    [17]G. Feher and E. A. Gere, Phys. Rev. 114, 1245 (1959); M. Chiba and A. Hirai, J. Phys. Soc. Japan 33 730 (1972);      J. P. Gordon and K. D. Bowers, Phys. Rev. Lett. 1, 368      (1958); D. K. Wilson, Phys. Rev. 134, A246 (1964); H. Gotoh, H. Ando, H. Kamada, and A. Chavez-Pirson, Appl. Phys. Lett. 72, 1341 (1998); J. M. Kikkawa and D. D. Awschalom, Phys. Rev. Lett. 80, 4313 (1998); J. A. Gupta, D. D. Awschalom, X. Peng, and A. P. Alivisatos, Phys. Rev. B59,10421 (1999);A.V. Khaetskii and Y. V. Nazarov, cond-mat/9907367    [18]T.Ohshima,3rd SANKEN Int.Symp.,(Mar. 14-15,2000,Osaka,Japan),p. 332;T. Ohshima, qunat-ph/0002004    [19]B. E. Kane, Nature (London) 393, 133 (1998).    [20]Y. Nakamura,Yu.A.Pashkin,and J.S.Tsai,Nature 398,786(1999);J.E. Mooij,T.P.Orlando,L.Levitov,L.Tian,C.H.van der Wal,and S Lloyd, Science 285,1036(1999). 2−5.日米欧の研究開発体制・予算(国家プロジェクト等)     量子情報通信分野の研究開発の活発化を示す指標として、最も迅速に、か    つ直接的に把握できる方法の一つは、ロスアラモス国立研究所に置かれてい    るプレプリントアーカイブである。出版まで時間のかかる学術雑誌と違い、    日々、最新の研究成果を載せた論文が登録される。量子計算や量子通信に関    する研究成果は「量子物理」というセッションに登録される。     この「量子物理」セッションの年ごとの登録総数を追ってみると、1994年    は12件、1995年は332件、1996年は465件、1997年は689件、1998年は1019件、    1999年11月現在は1073件となっている。ちなみに1994年は、量子計算による    素因数分解の高速アルゴリズムが提案され量子計算の重要性が認識された年    で、1995年は量子ゲートの原理の発見、量子情報に係る幾つかの基礎定理の    発見があった年である。特にNIST(米国標準技術局)によるイオントラップ    法、カリフォルニア工科大学による微小共振器原子光学系、ロスアラモス国    立研究所による有機分子NMR法など、1995年〜1996年に量子ゲートの原理実    証が相次いでなさている。     1996年頃までは世界におけるこの分野の主要な機関を数えることができた    が、ここ数年は、量子物理か情報科学に係る研究室ではどこでも大なり小な    り研究もしくは研究の準備をしていると言っても過言ではない状況になって    いる。     そこで、日米欧の研究開発動向について、各機関のホームページ上に公開    されている情報を調査し、以下のとおりとりまとめた。     本調査結果によれば、欧米においては、量子情報通信技術は次世代の情報    通信を担う可能性がある技術として認識されており、多額の国家予算により、    多くの研究プロジェクトが実施されていることが理解できる。  2−5−1.米国における研究開発の状況     1999年に発表されたIT2計画において、量子情報通信技術は、基盤的な情    報通信技術としてその研究開発を進めるべきであると提言されている。また、    2000年4月に発表された米国における情報通信政策の実行計画である「HIGH    PERFORMANCE COMPUTING and COMMUNICATIONS FY1999 − FY 2000 Impl    ementaion Plan」(以下、「HPCC 2000年度 実行計画」という。)におい    ても、量子コンピュータは、次世代のコンピュータ分野における米国のリー    ダーシップを獲得するための研究開発項目の一つと位置付けられている。     以下に、米国の政府機関等における研究開発活動について述べることとす    る。  (1)NSF(National Science Foundation):全米科学財団     NSFは、全米の大学等を対象にそれぞれの研究分野ごとに研究課題を公募    し、優れた研究課題に研究費を助成している。毎年約9000課題を採択し、    その助成額は、米国政府全体の研究費助成額の約20%を占めている。     量子情報通信技術関連への研究助成の実施状況は次のとおりである。   1量子計算分野     本分野は、主に量子コンピュータの実現を目指した研究開発課題を対象と    している。
       
採択件数
総額($)
金額/件
最長期間
最短期間
平均期間
1995  年度 
23
4,930,629
214,375
4年
1年
2.8年
1996  年度 
20
5,851,012
292,551
4年
2年
3.1年
1997  年度 
23
5,923,848
257,559
4年
10ヵ月
2.7年
1998  年度 
25
6,504,615
260,185
4年
2年
3.1年
1999  年度 
22
4,808,112
218,551
4年
2.8年
3.1年
2000 年度(注)
6
1,361,800
226,967
3年
3年
3年
       
119
29,380,016
246,891
4年
10ヵ月
2.8年

 現在進行中の 
 プログラム
61
    
15,435,106
      
253,035
   
     
     
    
    
    
    
(注)本データは2000年4月現在の調査に基づくデータ。

  2量子光学分野
    本分野は、主に量子力学的効果の基礎的研究開発課題を対象としている。

       
採択件数
 総額($)
金額/件
最長期間
最短期間
平均期間
1996  年度 
4
1,478,565
369,641
4年
3年
3.2年
1997  年度 
9
3,529,431
392,159
3年
10ヵ月
2.8年
1998  年度 
12
2,518,739
209,895
4年
2年
3年
1999  年度 
6
1,209,000
201,500
3年
3年
3年
       
31
8,735,735
281,798
4年
10ヵ月
3年

 現在進行中の 
 プログラム
26
    
7,252,170
      
278,930
   
    
    
    
    
    
    
(注)本データは2000年4月現在の調査に基づくデータ。

 (2)DARPA(Defense Advanced Research Projects Agency):米国国防省高等
  研究計画局
    DARPAの研究開発は、行うべき研究課題について研究計画や研究資金など
   プロジェクトの全権を任せるプロジェクトマネージャを最初に公募・選定し、
   各研究課題は、このプロジェクトマネージャの責任において3年から5年の
   研究プロジェクトとして実施している(プロジェクトベースの研究開発)。
   DARPAの研究開発予算は毎年約20億ドルであり、標準的なプロジェクトの
   研究期間は4年間、研究資金は100〜400万ドルである。
    DARPA内には研究分野別に9つの部署が設置されており、そのうち量子情
   報通信技術の研究開発に関連する三つの部署(MTO、ITO、DSO)の活動状況
   は次のとおりである。

  1MTO(Microsystems Technology Office)
    量子コンピューティングは、25課題あるCore Technology Areasの一つ
   に数えられており、現在、三つの研究課題について研究開発が行われている。

研究テーマ
研究機関
Ensemble Quantum Computing by NMR Spectroscopy 
ハーバード医療学校
A Desktop Bulk Spin Computer          
スタンフォード大学
Quantum Information and Computation       
カリフォルニア工科大学
(注)研究資金計画は不明

    また、25課題の別の一課題であるウルトラ・フォトニクス分野において、
   量子関連デバイスの研究開発を行っている。
研究テーマ
研究機関
Ultra-Low Threshold, Selectivity Oxidized Microc
avity Lasers                  
テキサス大学
           
Optical Communications in the Quantum Limit: Noi
se Free Optical Amplifiers and Taps       
カリフォルニア工科大学
           
(注)研究資金計画は不明

  2ITO(Information Technology Office)
    量子情報通信関連技術について、「Ultra Scale Computing」という領域
   において研究開発が実施されていたが、1999年度(研究開発期間:1997〜19
   99年)をもって終了している。実施された研究テーマは、次の5課題である。

研究テーマ
研究機関
Quantum Information and Computation(1997-1998) 
カリフォルニア工科大学
Ensemble Quantum Computing by NMR(1997-1998)  
ハーバード医療学校
Strongly Coupled Computing Systems(1997-1998)  
ノースカロライナ州立大
学          
Quantum Communications and Computing(1997)   
プリンストン大学
Bulk Quantum Computation with NMR(1997-1998)  
スタンフォード大学
(注)研究資金計画は不明

  3DSO(Defense Sciences Office)
    現在、SPINS IN SEMICONDUCTORS(SPINS)という研究課題について公募
   期間中であり、今後研究が実施される予定である。
    公募内容の概要は次のとおりである。

 研究課題    
 SPINS IN SEMICONDUCTORS(SPINS)            
 応募開始    
 2000年2月                       
 応募締切    
 2000年11月9日                     
 研究期間    
 5年間                        
 予算額     
 未定                         
 研究テーマの  
 詳細      
         
         
         
         
         
 1Spin quantum devices                
 (spin-FETs,spin-LEDs,spins-RTDs,spin transistors)    
 2Spin coherent devices                
 (high-speed low-power opto-spintronics)        
 3Coherent spin devices                
 4Quantum information processing technology       
 (processing,memory and communication quantum technology)

 (3)NIST(National Institute of Standard and Technology):米国標準技術局
    NISTは、独自の研究機関(図2−3参照)をもっており、これらの研究機
   関において量子情報通信関連技術の研究開発を実施している。

NISTの構成図の画像
               図2−3.NISTの構成図

  1Electoronics and Electrical Engineering Laboratoryにおける研究開発
    次の二つの部署において研究が行われてるが、研究期間、研究資金につい
   て、いずれも詳細不明である。
      ア Electoromagnetic Technology Division
         研究テーマ:Superconducting Quantum Interference Devices
        (SQUID)
      イ Elctricity Division(Quantum Hall Efect関連)
        研究テーマ:Quantum Voltage and Current
        Quantum Resistance and Capacitance
  2Physics Laboratoryにおける研究開発
      ア Atomic Physics Division
         研究テーマ:Quantum Processes
        Laser Cooling and Trapping
        Quantum Metrology
      イ Time and Frequency Division
        研究テーマ:Ion Strage
      ウ Quantum Physics Division
        6テーマ研究開発中
 (4)NSA(National Security Agency):米国国家安全保障局
    NSAにおける研究活動の詳細について、ホームページ上からは一部の情報
   しか得られなかったが、上述のHPCC 2000年度 実行計画から、NSAは量子情
   報通信分野の研究開発の中心的役割を担い、量子コンピュータ及び量子暗号
   の研究開発を大学や他の研究機関と共に実施している模様である。

予算
(百万$) 
1998年度
(推定確定額)
1999年度
(要求額)
1999年度
(推定確定額)
2000年度
(要求額)
HECC
24.20
21.67
21.67
24.90
HCS
00.00
00.00
00.00
00.79
24.20
21.67
21.67
25.69
 (注1)HECC(High End Computing and Computation)、HCS(High Confidence 
     Systems)は、共にHPCC 2000年度実行計画におけるプロジェクトの名称。
 (注2)量子コンピュータ関連予算はHECCの内数
 (注3)量子暗号関連予算はHCSの内数

    上記のほか、1996年頃からNSAを中心とした下記の21の研究機関の共同
   研究プロジェクトが実施されている模様である。
    アーカンザス大学、IBMワトソン研究所、エール大学、オレゴン大学、カ
    リフォルニア工科大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、カリフォ
    ルニア大学サンディエゴ校、カリフォルニア大学バークレー校、カリフォ
    ルニア大学ロサンゼルス校、国立標準技術研究所、ジョージア工科大学、
    ジョンズホプキンス大学、スタンフォード大学、ニューヨーク州立大学ス
    トニーブルック校、マサチューセッツ工科大学、マサチューセッツロウエ
    ル大学、ミシガン大学、メリーランド大学、ルーセントテクノロジー、ロ
    スアラモス国立研究所、ロチェスター大学

 2−5−2.欧州における研究開発の状況
    欧州における量子情報通信の研究開発動向として、ここではEC(European 
   Committy)における研究開発動向をまとめた。
    ECにおいては、1984年以来、4年ごとに地域全体の研究計画(フレームワ
   ーク)を策定し実行してきている。量子情報通信技術については、第1次か
   ら第4次全てのフレームワークにおいてESPRITプロジェクトの一環として研
   究開発が行われてきている。(量子情報通信技術関連の研究プロジェクト数
   の推移−第1次:33件、第2次:26件、第3次:15件、第4次:4件)
    現在の研究開発は、第5次フレームワーク(1998〜2002年)において、
   IS(Information Society)の研究開発(通称IST(IS Technology research
   ))として実施されている。
    以下、その概要を述べる。
 (1)Quantum Information Processing & Communications(QIPC)プロジェクト
    QIPCは、第5次フレームワークにおいて、ナノテクノロジーとともに、社
   会的、産業的インパクトやブレークスルーをもたらす可能性をもち、ハイリ
   スクで長期間にわたる研究開発を要する研究開発課題として位置付けられて
   いるものであり、量子関係の12研究プロジェクトを集結した研究コンソー
   シアムを構築している。
    本コンソーシアムを構成する各プロジェクトは、遅いものでも2000年2月
   から研究をスタートしており、最長4年間の研究期間が予定されている。研
   究資金は、総額約22億4千万円(1Euro=100円換算。以下同じ。)が見込
   まれており、そのうちECの負担額は、約17億2千万円(総額の約77%
   )である。
    また、本コンソーシアムは、1暗号と通信、2デコヒーレンス制御と拡張
   性、3キュービットともつれ合い操作、4入出力、5量子情報の新コンセプ
   ト、の5つのワーキンググループを構成しており、2000年9月には第1回目
   のワークショップを開催する予定である。
    以下に、12プロジェクトの概要を示す。

概要の表
概要の表
概要の表

 (2)第5次フレームワークにおけるその他の研究開発
    QIPCプロジェクト以外の量子情報通信に関係するプロジェクトは下記の1
   件である。
プロジェクト名
研究機関
(下線は幹事機関)
(()内はCountry Code)
研究開始日
研究期間
予算総額
EC負担額
(単位:Euro)
Gallium Arsenide  
Second-Window  
Quantum Dot     
Lasers       
INFM-Istituto Nazionale per la Fisica
della Materia(I)        
Ecole Polytechnique Federale 
Lausanne(CH) 
France Telecom-CNET(F)         
Universitaet Ulm(D)            
Centre Suisse d'Electronique et de 
Microtechnique SA(CH)           
OPTO+(F)                 
Infineon Technologies AG(D)        
2000.03.01 
36 months  
−     
 (注)本プロジェクトの分類、研究資金についての情報は得られなかった。

 (3)その他の研究活動
    オックスフォード大学を中心にして1995年頃から量子情報科学の研究ネッ
   トワークが広がり、1999年9月には下記の大学等からなる量子暗号、量子通
   信及び量子コンピュータの共同研究プロジェクトが始まっている。
    ウイーン大学(オーストリア)、インスブルック大学(オーストリア)、
    カスティラ・ラ・マンチャ大学(スペイン)、オックスフォード大学(イ
    ギリス)、ジュネーブ大学(スイス)、CNRS(国立科学技術研究センター)
   (フランス)、マックスプランク研究所(ドイツ)、科学交流研究機構(イ
   タリア)

 2−5−3.固体量子デバイスによる研究開発動向の分類
    量子デバイスの開発は、量子ゲート原理実証から多ビット量子回路技術へ
   の展開が始まり、さらに現在では、固体デバイスを基礎にした量子ゲート実
   現に向けた研究が始まっている。現在検討されている量子ゲートの実現方式
   は主に、(1)半導体量子ドット系、(2)バルク半導体系、(3)超伝導系の3方
   式に分類することができ、それぞれ独自の理論提案に基づいた実証的検証を
   狙っている。
    以下、それぞれの方式ごとに量子ゲートの実現に向けて研究開発を実施し
   ている主な研究機関を挙げる。
    1半導体量子ドット系
      カリフォルニア大学サンタバーバラ校、カリフォルニア大学バークレ
      ー校、ミシガン大学、オレゴン大学、メリーランド大学、IBM(以上
      アメリカ)、オックスフォード大学(イギリス)、ビュルツブルグ大
      学(ドイツ)等
    2バルク半導体系
      カリフォルニア大学ロサンゼルス校、ロスアラモス国立研究所、メリ
      ーランド大学(以上アメリカ)等
    3超伝導系
      ロチェスター大学、エール大学(以上アメリカ)、デルフト工科大学
      (オランダ)等

 2−5−4.我が国における研究開発の状況
    日本国内では、これまで一部グループによる理論的研究が主であったが、
   平成11年に電子情報通信学会の下に時限的研究会として量子情報技術研究
   会が組織され、理学系、工学系のさまざまな分野の研究者間の情報交換や研
   究協力の体制が立ち上がってきた。また実験的研究としては、ようやく以下
   のような個別分野のプロジェクトが開始されるに至ったばかりの状態であり、
   現状では、量子情報通信の実現に向けた戦略的かつ総合的な取り組みはなさ
   れていない。

研究開発スキーム
テーマ
研究機関
(研究期間)
備考
科学技術振興事業団 
 国際共同研究   
          
          
量子遷移プロジェクト
          
          
          
東京大学        
ノートルダム大学    
カリフォルニア大学   
(平成6年から5年間) 
       
       
       
       
科学技術振興事業団 
 戦略的基礎研究  
          
相関エレクトロニクス
          
          
NTT、東京大学、総合研
究大学院大学、電総研  
(平成10年から5年間)
       
       
       
科学技術振興事業団 
 国際共同研究   
          
          
量子もつれ     
          
          
          
スタンフォード大学   
CNRS(仏国立科学研究セン
ター)         
(平成11年から5年間)
日本側が、5年
間で10億円を
負担。    
       
科学技術振興事業団 
 戦略的基礎研究  
量子相関機能のダイナ
ミクス制御     
理化学研究所      
(平成11年開始)   
       
       
科学技術振興事業団 
 戦略的基礎研究  
核スピンネットワーク
量子コンピュータ  
大阪大学        
(平成12年開始予定) 
       
       


第3章 量子情報通信の将来予測 3−1.量子情報通信の実現イメージ     将来、量子暗号、量子通信及び量子コンピュータを始めとした量子情報通    信技術が確立した場合には、十分に信頼できるセキュリティを確保しながら、    あらゆる情報を伝送することができる理想的な情報通信基盤が実現すると予    想される。     これが実現すれば、今世紀初頭の無線電信やラジオ放送の実用化に伴う社    会変化に匹敵するインパクトを与える可能性が極めて大きい。     量子情報通信分野の研究開発は、これまでに理論研究において様々な成果    が報告されてきたが、システムとしての実現に向けた研究開発は始まったば    かりである。     量子情報通信システムの実現までには不確定要素があまりにも多く、正確    に将来像を描くことは困難であるが、実現するために必要となる理論・デバ    イス等の全ての課題が解決された場合、どのような分野でどのように利用さ    れることになるのか、そのイメージを以下にまとめることとする。  3−1−1.量子暗号     量子暗号は、現在の情報通信技術の延長線上の技術では解決不可能とされ    る情報流通における安全性、信頼性の問題をすべて解決する可能性がある。     しかしながら、システムを実現するための光ファイバ、機器等も実用化当    初はかなり高価なものとなることが予想される。     このため、当初は、最も実用化が近いと予想される量子暗号鍵配布システ    ムが、極めて高い秘匿性が要求される特殊な分野から導入され、いずれは一    般家庭で電子商取引等を行う際にも量子セキュリティシステムが利用される    までに普及していくと考えられる。   (初 期)     外交や軍事など絶対的な秘匿性の確保が必要とされる部門での導入が実現   (中 期)     膨大な個人情報を蓄積している官公庁、金融機関、病院等の相互通信ネッ    トワークへの量子セキュリティシステムの導入が実現し、拠点間では情報(    画像、音声、動画等)が決して解読されずに伝送される。また、公共機関等    のホームページに対するハッキングが非常に困難になる。   (最終期)     インターネットを活用した電子商取引における個人認証、電子署名システ    ムにも導入され、自宅のパソコンからインターネットで買い物をしてカード    で決済しても、通信の途中でパスワードやクレジットカード情報が盗まれる    心配が全くなくなる。  3−1−2.量子通信     量子通信は、古典通信の限界をはるかに凌ぐ、超高速通信(理論研究では    高速性の限界はまだ発見されていない)を実現する可能性がある。     しかしながら、量子通信は理論的には実現可能であることが証明されてい    るものの、デバイスの開発や実証実験が極めて困難であること、制御できる    キュービット数を一気に増やすことはできず、増やすにはかなりの時間がか    かってしまうことが予想される。     量子通信が実現する際には、まずは古典情報を量子状態を用いて伝送する    2者間の通信が実現し、最終的には量子情報をそのまま伝送する複数通信者    間の通信へと発展していくことが予想される。その実現までには、量子暗号    と比較してかなり長い時間が必要になるものと想定される。   (初 期)     送受信者の2地点間における固定的な通信のプロトタイプが実現   (中 期)     例えば、研究所の量子コンピュータ間等において、量子もつれ合い状態を    効果的に利用する超高速通信が実現   (最終期)     遠距離の光ファイバのみならず、地上−衛星間や衛星−衛星間の空間伝送    も含めた量子通信ネットワークが実現し、量子暗号によりセキュリティが確    保された情報が多数の量子コンピュータ間等を自由に往来するようになる。  3−1−3.量子コンピュータ     量子コンピュータは、現在のスーパーコンピュータをはるかに凌ぐ超並列    ・高速情報処理を実現する可能性がある。その能力は、スーパーコンピュー    タで1年かかる計算をわずか0.1秒で処理でき、現在使用されている暗号鍵    も容易に解読できるとも言われている。     素因数分解、データベース検索など用途が限定された専用量子コンピュー    タは比較的近未来で実現される可能性が高いと予想されるが、多数のキュー    ビットを自在に扱う高機能汎用量子コンピュータの実現には、高次のシステ    ム構成理論の構築が必要であり、実現の可能性は現在では未知数である。     その他、すべて量子状態で構築されたデータベースの実現など多くの困難    な課題を1つ1つ実現することを考えると、その実現はかなり先の将来にな    る可能性がある。   (初 期)     素因数分解用、データベース検索用、暗号解読用の専用量子コンピュータ    が実現   (中 期)     全データの量子重ね合わせ状態を持つ大規模なデータベースが構築され、    極めて複雑な問題を解析できる汎用量子コンピュータにより、完璧な気象予    測や経済変動予測が実現   (最終期)     人間に匹敵する能力を持つ人工頭脳が開発され、人間とロボットが共存す    る社会が実現 3−2.量子情報通信の技術開発ロードマップ    ●2004〜2010年頃には、比較的短距離(〜数十km)での量子暗号鍵配布が実     現し、2010〜2030年頃には、汎用のセキュリティシステムに拡大した量子     セキュリティシステムや、長距離伝送が可能な量子暗号鍵配布が実現する。    ●2007〜2020年頃には、量子通信の基本的な機能を持つプロトタイプが実現     し、2010〜2030年頃には、限定用途での量子通信が実現する。    ●2030〜2100年頃には、量子交換機能や量子中継器が実現し、空間伝送も含     んだ本格的な量子通信ネットワークに発展する。    ●2010〜2030年頃には、素因数分解、データベース検索等に特化した専用コ     ンピュータが実現し、2015〜2100年頃には、汎用量子コンピュータに発展     する。     量子情報通信分野の研究開発は、理論的に証明された基本定理を物理現象    として実現し、それをもとに基本的な量子デバイスの開発が進み、さらに新    しい量子理論が確立されるということを繰り返しながら、システムの実用化    に向けて発展していくものと予想される。     ここでは、3−1で述べた実現イメージを現実のものとするまでに必要と    なる理論研究とデバイス開発における主な要素技術の実現時期を予測し、そ    れに基づいて量子暗号、量子通信及び量子コンピュータの実用化時期(技術    開発ロードマップ)について図3−1のとおり予測した。     
共通の基本技術
    まず、量子情報通信技術を実現に結びつけるためには、量子情報の基本単
   位であるキュービットを作り出す単一光子発生器と、それを検出する単一光
   子検出器の開発が不可欠である。その実現は5年以内と考えられるが、さら
   にその後、それを固体化、高精度化することが重要な課題となる。また、中
   長期的には一光子で一光子を制御するデバイスの開発が必須課題となる。

量子暗号
    理論研究として、まず、量子暗号鍵配布の安全性を数学的に証明し、量子
   情報通信システムの信頼性を確立することが必須と考えられる。
    量子暗号鍵配布は、初期段階においては、BB84等の既に確立されているプ
   ロトコルで実証することが望ましいが、その後、量子もつれ合いを適用した
   新しい量子暗号鍵配布方式を実現するためには、量子もつれ合い生成・制御
   技術等が必要となってくる。さらに、将来的に量子セキュリティシステムや
   量子暗号ネットワークと発展させていくためには、マルチパーティープロト
   コル*等の確立が必要となってくる。

量子通信
    伝送路としては、EPR光のような微弱光信号を伝送しても減衰しない、超
   低損失光ファイバの開発が求められる。また、量子中継のためには、量子も
   つれ合い生成・制御・保存技術が必要である。さらには、伝送路と固体デバ
   イスとの間で光子の状態を変換する、量子状態転送技術の開発が必要と考え
   られる。
    また、理論研究としては、量子ビットエラーや、量子位相エラー等の量子
   通信固有の問題を解決するため、従来のプロトコルとは異なる量子暗号プロ
   トコルを確立することにより、デバイス技術を補完することが期待される。

量子コンピュータ
    量子演算を行うためには、量子位相ゲート(ユニタリ変換ゲート)と制御
   NOTゲート*との組合せで実現できることが証明されている。したがって、こ
   の二つの基本デバイスについて、位相回転角の増大、デコヒーレンス対策を
   実現することが課題である。
    さらに、量子コンピュータを構成するには、デバイスの小型化、集積化技
   術を確立することにより、量子メモリ及び量子プロセッサを開発することが
   必要である。

    これらの3分野の開発が成熟して量産体制が確立し、さらに、量子通信ネ
   ットワークで結ばれた大規模量子データベースや量子コンピュータ等を効率
   的に機能させる分散処理技術やデータ検索技術等が実現すれば、将来、地球
   規模の量子通信ネットワークへの発展が期待される。

量子情報通信の技術開発ロードマップの画像
                図3−1.量子情報通信の技術開発ロードマップ


第4章 取り組むべき研究課題 4−1.新しい原理の開拓と体系化に向けた研究分野  4−1−1.量子情報理論、量子通信理論  (1)量子情報理論の目的     量子情報理論の目的は、量子力学と情報理論を統合した数理理論を構築し、    量子力学の原理に基づいた新しい情報通信や情報処理の可能性とその限界を    明らかにすると同時に、情報という概念を導入することによって、新たな視    点から量子力学の基本原理を理解することである。量子情報理論は量子力学    と情報理論の境界領域の研究分野というよりはむしろ、両者を包含するよう    な理論である。量子力学が古典力学では理解が不可能であった新しい物理現    象の解析や発見(予言)を可能にしたように、量子情報理論は、Shannon以    来の古典情報理論では不可能であった新しい情報通信、情報処理の可能性を    示唆している。     現在のところ、量子情報理論は発展途上であるが、それが完成すれば、特    別な場合(古典極限)として古典情報理論が含まれることは明らかである。    この意味で、完成された量子情報理論こそが現代科学における情報理論のあ    るべき姿であるといえる。  (2)古典情報と量子情報     量子情報理論で扱われる情報(量)は古典情報と量子情報の2種類に大き    く分けることができる。古典情報はShannon以来の古典情報理論における情    報と同じものであり、量子情報理論では古典情報は量子力学の原理に基づい    て処理される。すなわち、情報の概念自身は古典情報理論と全く同じである    が、情報処理や通信を行う物理的プロセスが量子力学に従うのである。一方、    量子情報とは情報そのものが量子状態自身や量子状態のもつれ合い(あるい    は、量子相関)で表現され、情報を定量化する方法から新たに定式化されな    ければならない。例えば、情報通信における情報伝送効率に関して、古典情    報はShannonの相互情報量によって定量化することができるが[5]、量子情報    はコヒーレント情報量と呼ばれる量によって定量化される[6,7]。  (3)古典情報を扱う量子情報理論の概要     量子力学を用いて古典情報を扱う量子情報理論は、量子情報理論の中でも    定式化が比較的進んでいる部分であり、その起源は1960年代後半の量子力学    的信号検出理論(あるいは、量子力学的仮説検定理論)の定式化にさかのぼ    ることができる[8]。古典情報を扱う量子情報理論の代表的な研究成果とし    ては量子通信路によって古典情報を伝送する場合の量子通信路符号化定理を    挙げることができる[9,10]。     量子状態によって伝送された古典情報の受信過程は量子信号検出理論によ    って定式化される[8]。量子状態から古典情報を取り出す過程は量子測定に    他ならないが、量子信号検出理論は量子状態から最も効率的に古典情報を引    き出す量子測定の数学的構造を与える理論である。この理論の結果によれば、    古典的な信号検出理論が予測するよりも遥かに小さい誤り確率で情報を取り    出すことが可能になる。     また、量子通信路に対する入力情報源の拡大を行うことによって、量子通    信路の情報伝送効率に超加法性と呼ばれる量子力学的効果を反映した性質が    現れる[11]。古典情報に対する量子通信路符号化定理によれば量子通信路の    情報伝送効率の限界はHolevoのエントロピー関数と呼ばれる量で与えられる    [9,10]。したがって、この量が古典情報に対する量子通信路容量を表すこと    になる。情報伝送効率を量子通信路容量まで上げるためには符号長無限拡大    の量子状態を用いて情報伝送を行う。しかし、実際には通信では有限の符号    長で情報伝送が行われる。この場合の量子通信路の情報伝送効率は量子信頼    性関数によって評価される[12,13]。  (4)古典情報を扱う量子情報理論の課題     古典情報を扱う量子情報理論に関して、今後解決すべき大きな問題として    次のようなものが挙げられる。    1量子信号検出理論は最適な量子信号検出器の数学的構造を与えるが、それ     がどのような物理過程(量子測定)によって実現されるかは別途考えなけ     ればならない。最適な量子信号検出器をデバイスとして実現し、量子情報     理論の有効性を実証するためには、量子信号検出理論の数理的結果を実際     の量子測定に対応づける研究が必要である。現在のところ、このような研     究はごく簡単な場合を除いて手付かずの状態である。    2量子情報理論によれば、入力情報源を拡大することによって情報伝送効率     に超加法性が現れ、その極限として情報伝送効率が量子通信路容量(Hole     voのエントロピー関数)に到達し得ることを保証しているが、実際に、ど     のような符号化と量子測定を行えば超加法性が現れ、量子通信路容量に到     達するような情報伝送が可能であるかは必ずしも明らかではない。量子通     信を実際に行って量子通信の有効性を示すためには、符号化の方法や信号     検出の方法を具体的に検討する必要がある。    3現在までに定式化されている量子信頼性関数の理論は、信号量子状態が純     粋状態で表わされる場合のみである。しかし、雑音を有する実際の量子通     信路の性能を評価するためには、信号量子状態が混合状態で与えられる場     合の伝送効率や量子信頼性関数の理論を定式化することが必要不可欠であ     る。    4これまで行われてきた研究の大部分は量子通信路の入力量子状態の間に相     関が存在しない場合を扱っている。これは古典情報通信理論における無記     憶通信路に対応するものである。入力量子状態の間に量子相関が存在する     場合、その量子相関が情報伝送効率に及ぼす影響を研究することは重要で     ある。特に、入力量子状態の間に量子相関が存在する場合、量子通信路の     通信路容量が加法的であるか否かという問題が大きな興味を持たれている。  (5)量子情報を扱う量子情報理論の概要     量子情報理論において量子情報を扱う研究の多くには、現在までのところ    量子状態のもつれ合いをいかに定量化するか、また如何にして量子状態のも    つれ合いを操作するかという問題を中心に扱っている。これらの研究は量子    情報理論というよりは量子力学自身の基礎研究という色彩が強い。情報理論    的な側面が強い研究としては量子情報源の圧縮の問題と、量子状態(古典情    報ではない)に関する量子通信路符号化定理の研究が挙げられる。量子情報    源の圧縮定理によれば、量子情報源が生成する量子状態を表現するために必    要なキュービットの(漸近的な)平均個数は、この量子情報源の量子状態で    決まるvon Neumannエントロピーに等しい[14]。一方、量子状態の伝送に関    する量子通信路符号化定理は、適当な符号化を行うことによって量子状態の    伝送効率の上限が量子通信路のコヒーレント情報量によって与えられること    を示す[15,16]。  (6)量子情報を扱う量子情報理論の課題     量子情報を扱う量子情報理論はまだ混沌とした状況であり、解決すべき課    題はこれから研究を進めていく中で様々な形で浮かび上がってくるであろう。    上記で述べたこれまでの研究結果に関連した課題としては次のようなものが    考えられる。    1これまでに証明された量子情報源の圧縮に関する定理は、量子情報源が純     粋量子状態を生成する場合にしか証明されていない。この定理を混合状態     を生成する量子情報源に拡張することは今後の課題である。さらに、量子     情報源が生成する量子状態をキュービットを用いて効率的に表現するため     の符号化方法の研究を進めることも今後の重要な課題である。    2量子状態の伝送に関する量子通信路符号化定理によって、量子状態の伝送     効率の上限が量子通信路のコヒーレント情報量によって与えられることが     示されている。今後は、コヒーレント情報量に到達するような符号化や復     号化に関する研究が必要であろう。  (7)その他     上記以外の量子情報理論に関する重要な研究分野として量子暗号が挙げら    れる。現在の量子暗号は秘密鍵配布に対するセキュリティを保障するもので    あり、情報の伝送そのものは古典情報理論の枠組みでの暗号化が行われる[1    ]。しかし、秘密鍵配布におけるセキュリティだけでなく、情報そのものを    記憶、伝送する場合のセキュリティを保障するための手段としての量子暗号    の可能性を検討することも重要であると考えられる。     また、量子通信における量子力学特有の現象として、量子テレポーテーシ    ョンや量子高密度符号化(quantum dense coding)が存在する[2,3]。これ    らの現象を一種の暗号方式として用いることの有効性を検討することも意味    があるであろう。     その他にも量子状態が外部雑音によって壊れやすいことから、それを防ぐ    ためのアルゴリズム的方法である量子誤り訂正符号理論の研究[17]や物理現    象そのものを用いた外部雑音の低減方法の研究[18]、あるいは両者を組み合    わせたハイブリッドなデコヒーレンスの制御方法の研究も量子情報理論や量    子情報処理システムの実現化に向けた研究において重要な課題であると考え    られる。    【参考文献】    [1]C.H. Bennett and G. Brassard, Proceedings of IEEE International      Conference on Computers, Systems, and Signal Processing (1984) 175.    [2]P. W. Shor, SIAM J. Computing 26, 1484 (1997).    [3]C.H. Bennett and S. J. Wiesner, Phys. Rev. Lett. 69, 2881 (1992).    [4]C.H.Bennett,G.Brassard,C.Crepeau,A.Peres and W.K.Wootters,Phys. Rev. Lett. 70, 1895 (1993).    [5]T.M.Cover and J.A.Thomas,Elements of Information Theory (Wley, New York,1991).    [6]B.Schumacher, Phys. Rev. A 54, 2614 (1996).    [7]B.Schumacher and M. A. Nielsen, Phys. Rev. A 54, 2629 (1996).    [8]C.W.Helstrom,Quantum Detection and Estimation Theory (Academic Press, New York, 1976).    [9]A.S. Holevo, IEEE Trans. Inf. Theory IT-44, 269 (1998).    [10]B.Schumacher and M.D.Westmoreland,Phys. Rev.A 56,131(1997).    [11]A. S. Holevo, Probl. Peredachi Inf. 15, 3 (1979).    [12]M. V. Brunashev and A. S. Holevo, LANL quant-ph/9701013 (1997).    [13]A. S. Holevo, LANL quant-ph/9907087 (1997).    [14]B. Schumacher, Phys. Rev. A 51, 2738 (1995).    [15]H.Barnum,M.A.Nielsen and B.Schumacher,Phys.Rev.A 57,4 153 (1998).    [16]H.Barnum,J.A.Smolin and B.Terhal,Phys.Rev.A 58,3496 (1998).    [17]P. W. Shor, Phys. Rev. A 52, R2493 (1995).    [18]M.Ban,J.Mod.Opt.45,2315 (1998).  4−1−2.理論的予言を実現するための物理現象、原理の研究     量子暗号、量子通信及び量子コンピュータを実現するための物理現象、原    理の研究は、情報担体として何を使うか、また情報処理のための物理現象と    して何を使うかを探求していくことにある。一般に量子情報の物理的担体と    しては光、電子、原子核などがあり、使う自由度はスピン(偏光を含む)、    振動位相、振動周波数、エネルギー準位などがある。これらの物理的担体と    自由度との組合せにより、キュービットが実現される。しかし、量子暗号と    量子通信、それに量子コンピュータでは、それぞれ目的により要求条件は以    下のように異なる。     量子暗号では、量子情報の散逸ない長距離伝送が第一に要求されるが、時    間的保存は必要条件ではない。このため物理的担体としては光を使う方法が    有力であり、それを前提とした研究が最も進んでいる。     一方、量子通信では、短距離伝送短時間保存ですむ使い道が考えられ、必    要な演算の複雑度も高くない。このため、物理的担体としては光も電子も可    能性がある。しかし、量子通信では物理研究を本格的に展開する前にその有    効性に関する量子情報理論上の知見蓄積が必要であろう。     また、量子コンピュータでは、量子情報の散逸のない時間的保存(少なく    とも計算時間中の保存)と量子もつれ合いを含む複雑な演算の可能性が第一    に要求されるが、長距離伝送は必要条件ではない。このため、物理的担体と    しては原理的には電子や原子核の方が光より有利である。しかし、量子コン    ピューティングの実験研究はまだ萌芽的段階にあり、光も含めてどれが本命    であるかを論ずる段階ではなく、むしろ新しいブレークスルーが待たれる状    況にある。   (1)量子暗号     以下に示す量子暗号関連デバイスの開発は、デバイス研究者の本格的参入    がある場合には、比較的近い未来に成果が見込まれる。このため物理現象、    原理の研究としても目的指向の研究を行う必要がある。   1通信媒体     量子暗号鍵配布は光ファイバ通信もしくは空間光通信で行うことが考えら    れる。空間光通信は人工衛星間もしくは地上−衛星間での量子暗号鍵配布を    目的としている。したがって使われる光の波長帯は石英光ファイバの最低損    失領域である1.5・m帯(または1.3・m帯)と大気中光伝搬に有利な0.8・    m帯の二つに絞られる。   2光源     量子暗号に最も望ましい光源は単一光子状態(波形とタイミングが制御さ    れた一つの光パルスに含まれる光子が1個である状態)発生器であるが、現    在満足のいく単一光子発生器は開発されていない。半導体光ターンスタイル    を用いる方法、損失の小さな共振器のダンピングを利用する方法、光パラメ    トリック蛍光を用いる方法などが研究されているが、この実現は近未来と考    えられる一方、質の高いデバイス開発は容易ではない。このため、当面の光    源としては、コヒーレント状態を発生するレーザ光のパルス当たりの平均光    子数を0.1個程度まで減衰させたものが用いられる。   3変復調器     偏光、位相または周波数の変復調のデバイスとしては、現在の高速光通信    で発達しているデバイスが利用可能である。従来のものより低損失かつ高消    光比のものが望まれるが、技術的には現在の延長上にある。1.5・m帯では    導波素子、0.8・m帯ではビーム用素子が使えるが、最終的には導波素子の    方が望ましいので、0.8・m帯の需要進展によってはこの波長帯での導波素    子の研究も必要となる。   4光子検出器     量子暗号に望まれる光検出器は、高量子効率、低ダークカウントのフォト    ンカウンタである。従来の光電子増倍管は量子効率の低さと扱いにくさから    使用されておらず、現行の実験では半導体APD(なだれ増倍光ダイオード)    をガイガーモード*で使用している。0.8・m帯ではSi-APDで量子効率80%以    上、ダークカウント数十/秒程度のものが既に市販されている。     問題は1.5・m(1.3・m)帯で、現在実験では既存のGe-APDや3元系A    PDを不満足なまま使用していることである。今後は、この波長帯における高    量子効率、低ダークカウントのAPDフォトンカウンタの開発が急務である。     従来のAPDフォトンカウンタは高速光通信に特化して設計されているが、    これは量子暗号に必要な高量子効率、低ダークカウントと異なる要求条件で    あるため、改善の余地が十分見込まれる。このためには半導体デバイス物理    の段階からの設計研究が必要であり、さらなる改善のためには均一結晶成長    の研究も必要となる可能性がある。さらに1光子と2光子以上を見分けるフ    ォトンカウンタは量子情報処理において広い応用がある。これは0.8・m帯    で実験的に実現されているが、1.5・m(1.3・m)帯での開発も待たれる。   (2)量子通信     量子通信とは量子暗号鍵配布以外の多者間情報処理を指し、目的としては    認証、署名、入札等が考えられる。これらは短距離伝送かつ短時間保存です    む使い道が考えられ、扱うビットの数も量子コンピューティングほど多量で    ないため必要な演算の複雑度も高くない。需要があるとすれば、例えばプラ    スチック光ファイバによる小規模LANや、さらに一つの室内での電子機器    利用という形態も考えられるので、より広いハード研究の可能性はある。し    かし有効性に関する理論展開が未だ不十分であり、まず量子情報理論として    の知見蓄積が必要な段階である。   (3)量子コンピュータ     量子コンピュータにおける基本回路は、1キュービットのアダマールゲー    ト(1入力1出力)及び2キュービットの制御NOTゲート*(2入力2出力)    である。この場合キュービットに対して可制御演算が可能であること、及び    位相緩和時間が演算時間に比べて十分長いことが要求される。このような要    求を将来的に満足する可能性がある技術の候補としてイオントラップ*、溶    液分子のNMR(核磁気共鳴)、半導体量子ドット、超伝導接合素子、光子干    渉回路等が実験されており(2−3参照)、理論提案としては半導体不純物    の核スピンを用いる提案もある。   1可制御演算     1キュービットのアダマールゲートの実現は困難ではなく、二準位系では    π/2パルスと呼ばれる光励起パルスを照射することで実現され、スピン系で    は同じくπ/2パルスの磁場を照射することで実現される。ここでは精度向上    の技術上の努力のみが必要である。     一方、2キュービットの制御NOTの実現については課題山積である。この    演算は制御キュービット(control bit)1個により、被制御キュービット    (target bit)の位相を180度回すことに相当し、いわば「1光子レベルの    量子非破壊測定」をデバイスとして実現することを意味する。このような演    算を偶然性に任せず可制御的に多段接続で実行するのは既存の方法の延長上    では容易なことではなく、革新的なデバイスの開発が必要となろう。現在は    あらゆる可能性をあたるブレーンストーミングの発散期にある。     一方、演算誤りの影響を定量的に見積もる研究やそれをソフト的に抑圧す    る理論研究も必要である。前者は量子誤りが伝搬する度合いに関する研究で    あり、キュービット網の計算手順を結晶格子にみたて相転移現象における相    関距離(揺らぎ伝搬距離)の方法を用いた研究が進展しつつある。後者は量    子誤り訂正に関する研究であり、古典的誤り訂正理論に準拠しつつも「誤差    信号を観測してはならない」制約を考慮した誤り訂正の理論が展開されつつ    ある。これらの原理的研究は着実な進展が見られるため引き続き続行するこ    とが重要である。   2位相緩和時間     先に述べたように、可制御演算に加え、量子コンピュータの実現のために    は、演算時間に比べて十分に長い緩和時間を実現することが要求される。こ    れは外界の相互作用が小さいキュービットを探索する必要があることを意味    する。しかしながら、キュービット演算を効果的に行うこととは、原理的な    トレードオフではないが、方向としては逆である。したがってキュービット    としては、演算を望まないときは外界から十分遮断され、演算をしようと思    うときには可制御的に演算させることができるようなものの探索が必要であ    る。     量子コンピューティング関連デバイスの開発は革新的なデバイスや原理の    出現を待つ状況にあるので、可能性を限定せず幅広い地道な研究が必要であ    る。  4−1−3.新しい量子情報通信プロトコル     新しい量子情報通信プロトコルに関する今後の研究課題として、量子暗号    鍵配布プロトコルと、量子暗号鍵配布以外のプロトコルの二つに分けて述べ    る。  (1)量子暗号鍵配布プロトコル     量子暗号の基本概念は、観測により状態が変化してしまうというHeisenb    ergの不確定性原理(Heisenberg uncertainty principle)を利用して、盗    聴者の検出が可能で安全な鍵共有を実現する技術である。また、信号伝達手    段としては光子を使って通信するが、通信路の途中で盗聴者が介在すれば受    け手側は変化した情報を得ることになり、盗聴者の存在が検知できることに    なる(1−1−3(2)参照)。     こうした量子暗号につながる量子力学の性質を使ったセキュリティのアイ    デアは1970年代のコロンビア大学のWeisnerまでさかのぼる。彼は共役符号    化という論文を書き、ここで量子マネー(quantum money)や量子情報格納    (quantum information storage)の概念を説明した[1]。しかしこの論文自    身は長い間掲載されることなく未発表のままであった。その後、1984年にIB    MのBennettとモントリオール大学のBrassardによってBB84鍵配布プロトコル    という、現在の量子暗号の基本概念[2]が考えられるなど、現在までに幾つ    か鍵配布プロトコルが提案され研究されているが、量子暗号鍵配布プロト    コルの代表的なものとしては次の三つがあげられる。    ・BB84プロトコル(Bennett, Brassard 1984)[2]    ・相関のある光子対であるEPR対*を利用したE91プロトコル(Ekert1991)    [3]    ・位相干渉方式を使ったB92プロトコル(Bennett 1992)[4]     これらの量子暗号鍵配布プロトコルは最初に述べたとおり、通信している    二者間でのランダムデータの共有が目的であり、秘密鍵暗号の秘密鍵の共有    に対応する。この共有データを使用し、秘匿暗号通信が可能となる。     鍵配布プロトコルの課題としては、次の2点考えられる。一つ目はプロト    コル的な側面で、鍵配布が1対1で複数人の場合の検討が少ないことである。    二つ目は物理的実現の際の問題として、鍵共有速度が通常の通信速度に比較    して遅いことがあげられる。  (2)量子暗号鍵配布以外のプロトコル     一方、セキュリティシステムを構築する上で重要な別の要素として、デジ    タル署名やなりすましを防止する認証機能が挙げられる。これは現在の暗号    技術では、公開鍵暗号が実現している機能であり、実システムの多くは秘密    鍵暗号と公開鍵暗号の利点を生かした形で組み合わせて運用されている。現    在までに研究されている量子プロトコルには以下のようなものがある。   1ビットコミットメント*(bit commitment)     ビットコミットメントとは、送信者Aliceが自分の持っている情報の「証    拠」だけを受信者Bobに送信するが、BobはAliceの情報そのものを知ること    はできないと同時に、Aliceは同じ証拠をもつ別の情報をもっていないとい    うことをBobに納得させることもできるという通信である。   2オブリビアストランスファー(oblivious transfer)     オブリビアストランスファーは、送信者Aliceが自分の持っている2種類    の情報を「加工」して受信者Bobに送信し、受信者Bobはどちらか一方の情報    のみしか読めないと同時に、送信者Aliceは受信者Bobがどちらの情報を読ん    だのかはわからないという状況を実現する通信である。   3コイン投げプロトコル(coin tossing)     互いに離れている相手が通信手段を介してコイン投げ(あるいは「じゃん    けん」)で勝ち負けを決定するプロトコルである。それぞれの持つ情報が時    間差を伴って相手に伝えられたとしても公正さが失われない、すなわち「あ    とだし」ができないようなプロトコルでなければならない。   4秘密分散プロトコル(secret sharing)     ある秘密情報を何人かで「分割」して所有し、そのうちのあらかじめ決め    られた人数以上の情報が集まってはじめてもとの秘密情報が再現できるよう    な仕組みを実現するプロトコルである。     1988年マサチューセッツ工科大学のKilian(現在NEC)によって、オブリ    ビアストランスファーが可能ならば、すべての二者間のセキュリティプロト    コルが実現できることが示された[9]。またこのオブリビアストランスファー    を実現するには、ビットコミットメントが使えることが1995年プリンストン    大学のYaoによって示されている[10]。現在実用化されている情報セキュリ    ティシステムでは、ビットコミットメントなどは、計算量的な安全性に基づ    いて実現されていることが多い。そのため、これらが量子力学的に実現可能    かどうかを考えるのは自然なことである。しかしながら量子ビットコミット    メントは理論的に不可能であることが1997年NECのMayersによって理論的に    証明されている[11]。     とは言え、量子力学的な性質を利用した暗号技術を高機能なものにするた    めには、鍵配布機能だけでなく、新たな機能を実現するプロトコルの研究は    必須である。もちろん認証機能などに目を向ける前にも、量子暗号鍵配布プ    ロトコルで二者間だけでなく、公開鍵暗号で可能なように1対多で使用でき    るプロトコルの検討も必要であろう。     まとめとして、量子認証プロトコルをはじめとする鍵配布以外の新しい量    子通信プロトコルはまだ研究途中であるが、これらの研究が量子力学の情報    通信技術への適用を促進する鍵となっていると考えられる。    【参考文献】    [1]S.Wiesner,Sigact News,vol.15,no.1,78(1983);original manuscript written circa 1970.    [2]Bennett,Brassard,Proceedings of IEEE Internatioanl Conference on Computers, Systems and Signal Processing, Bangalore, India, p.175 (1984)    [3]Ekert, Phys. Rev. Lett. 67, 661(1991)    [4]Bennett, Phys. Rev. Lett. 68, 3121(1992)    [5]G.Brassard, C. Crepeau, Crypto'90, p49(1991)    [6]D.Mayer, L. Salvail, Y. Kohno, quant-ph/9904078    [7]A.Karlsson, M. Koashi, N. Imoto, Phys. Rev. A50, 162(1999)    [8]C.H.Bennett,G.Brassard,C.Crepeau,M.-H.Skubiszewska,Crypto'91, p. 351 (1992)    [9]J.Kilian,Proc.20th Annual ACM Symposium on Theory of Computing (STOC), p. 20 (1988)    [10]A.Yao,Proceedings of the 27th Symposium on the Theory of Computing, p. 67 (1995)    [11]H. -K. Lo, H. F. Chau, Phys. Rev. Lett., Vol.78, p.3410(1997);     D. Mayers, Phys. Rev. Lett., Vol. 78, p. 3414 (1997) 4−2.システム実現に向けた研究分野  4−2−1.システム開発・実証実験  (1)短期的課題:量子暗号鍵配布の実証実験等   1概観     比較的短期的なシステム実証の最も重要な課題は、現在あるデバイスやそ    の改良されたもので行うことのできる量子暗号鍵配布システムの実証である。    この分野については、既に欧米の幾つかのグループが原理実証を開始してい    る[1-4]が、今後、より一層実用を意識したシステム設計と実証が必要にな    ると考えられる。     また、これより基礎的なフェーズだが今から検討が必要な課題としては、    鍵配布以外の量子暗号プロトコルの実証、もつれ合った光子状態を利用した    量子通信プロトコルの実証、量子符号化通信などが挙げられる。さらに、ま    だ実験はできないとしても、近い将来に実現できそうな数キュービットの量    子計算機で行えるアプリケーションの開発もシステム検討として先行的に行    うべき分野であると思われるが、これら量子暗号鍵配布システムより比較的    基礎フェーズにある課題については次項を参照することとし、ここでは最初    に述べた量子暗号鍵配布システムの開発と実証についての課題を述べ、さら    に、量子暗号鍵配布に関連した理論的研究課題など進んだ研究課題について    も触れることとする。   2量子暗号鍵配布システムの開発と実証     量子暗号鍵配布の実用レベルでのシステム開発にはまだ解決すべき課題が    多い。ここでいう実用システムとは高々数十km離れた二者が特別な知識・技    術を必要とせずに安全に暗号鍵を共有できるものである。このようなシステ    ムの開発においては、基盤となるテストベッドを作ることがまず重要である。    テストベッドとして始めは、従来から実験されている方式により、構成要素    を高度化していくことで、性能を実用レベルにまで向上させていくことを目    指すこととなる。このような標準的なテストベッドを作製することは、各構    成要素を分担して研究しているグループが実際の環境で試作した技術を評価    することができるため、全体の研究の加速に有効である。     以下に量子暗号鍵配布システムのテストベッドの構成と各構成要素につい    て解決すべき課題を挙げる。   ア.量子暗号鍵配布システムの構成     量子暗号鍵配布システムは、量子通信路、暗号鍵生成ソフトウェア、シス    テム管理から構成される(図4−1)。     ここで、量子通信路は、伝送路、乱数発生装置、単一光子源、量子状態生    成装置及び量子状態測定装置、並びに光子検出器からなり、次の一連のプロ    セスを実行する。     (ア)乱数発生器からの出力により光源からの光を変調する。このとき、       符号化の基底をランダムに選定するためもう一つ乱数発生器を必要と       する。     (イ)生成された光子は伝送路(光ファイバまたは自由空間)を通って受信       機に入る。     (ウ)光子の状態を測定するための基底を受信者側の乱数発生器によって       定め、光子検出器で光子を検出する。     (エ)これに加えて、一連の乱数が受信された後で、古典通信路を用いて       送信者と受信者は基底を定めた乱数列を交換する。     また、暗号鍵生成ソフトウェアは、以下の処理を行う部分である。     (ア)光子検出に成功し、かつ送受信における基底が正しく選ばれたビッ       トのみを残す。     (イ)さらに、残ったビットについての情報を一部交換して誤り訂正と秘       匿性増強を行い、所望の安全性が確保された暗号鍵を共有する。     システム管理は、実システムにおけるクロック分配、送受信者の基底の較    正などを行う部分である。  量子暗号システムの構成の画像             図4−1.量子暗号システムの構成   イ.量子通信路の課題   (ア)伝送路     光ファイバを伝送路とした場合、位相や偏光の揺らぎは比較的ゆっくりし    ており補償が可能であるため、位相(偏光干渉計)を用いた暗号鍵配布の実験    が行われているが、実用化に向けては更に低損失化が必要である。一方、自    由空間伝送の場合、背景光が強いものの偏光は保存されるため、これまで偏    光を用いた暗号鍵配布の実験が行われているが、望遠鏡の設計、トラッキン    グなどといった伝送路そのものの基本技術の開発が必要である。   (イ)乱数発生装置     乱数発生装置は暗号強度を高めるため、相関のない質の良い乱数を発生す    ることが必要となるが、通常の乱数アルゴリズムによるものでは不十分であ    る。そこで、計算機による方法以外に単一光子がビームスプリッタから出る    側によって0と1をランダムに発生させることや2光子干渉の利用など[5]    量子力学の原理を用いることで理想的な乱数を発生する方法の開発が期待さ    れている。   (ウ)単一光子源     4−1−2(1)2で述べたように、これまでの実験ではレーザ光を弱め    たものが用いられているが、安全性が保障できる範囲が単一光子を用いたと    きに比べて小さく、満足のいく安全性・伝送距離を到達することは難しいこ    とが指摘されている。実用的な単一光子光源の実現にはやや時間がかかると    予想されるため、短期的にはパラメトリック下方変換*を用いたより安全性    の高い近似的な単一光子光源の開発が必要である。   (エ)量子状態の生成と検出(量子状態生成装置と量子状態測定装置)     光ファイバ通信では分割された光子の位相差を量子状態として用いること    が多いため、擾乱に対して安定な干渉計をいかに構成するかが問題となる。    機械的に安定な集積化された導波路による干渉計はこの問題の解となる可能    性があり、かつ、集積化は装置の小型化や取り扱いの容易さからも利点が大    きいといえる。こうした導波路による干渉計の実用化に向けて、損失の問題    を解決することが今後の課題である。   (オ)光子検出器     4−1−2(1)4で述べたように、光子検出器は高い量子効率と小さな    ダークカウントを両立させる必要がある。デバイスとしてのAPDの改良や新    しい検出器の開発はもちろんだが、高速な光子計数を可能にするような回路    の設計や冷却の方法といった光子検出システムの開発が必要である。   ウ.暗号鍵生成ソフトウェアの課題     送信者と受信者で基底が共通なとき、理想的な伝送路では誤りは起きるこ    とがないため、誤りは即盗聴者の存在を示すこととなる。しかしながら、実    際には伝送中の擾乱、光子検出器のダークカウントや回路雑音などのため盗    聴者がいない場合にも誤りが生じ、これと盗聴者の存在は区別できないため、    誤りがあって盗聴者にある程度情報が漏れているかもしれないという状況で    安全な暗号鍵の共有を行う必要がある。誤り訂正と秘匿性の増強とはこのた    めに用いられる操作で、受信者の方が盗聴者より多くの鍵についての情報を    もっている場合はある程度のビットを犠牲にすることで所望の安全性を保障    するというものである。このことは情報理論で証明されているが[6]、理論    的に犠牲にするビット数の下限が与えられているにすぎず、実際にはアルゴ    リズムや実装によってどれだけのビットを犠牲にすることが必要になるかが    異なり、できるだけビットの損失の少ないプログラムを作ることが必要とな    る。これらは実際に量子暗号鍵配布が可能な誤り率の限界を決めるため、実    用上の性能(伝送距離・伝送レートなど)に大きな影響を与える。     また、相手の認証という、古典伝送路における盗聴者のなりすましを防ぐ    技術も重要な技術である。古典通信路に要求される条件は、「盗聴は可能、    しかし、改竄は不可能」である。しかし現実の古典通信路は「盗聴も改竄も    可能」である。したがって、古典通信している相手が確かにAlice(送信者)    あるいはBob(受信者)であることの確認(相手認証)、かつ、その発信す    る公開メッセージが改竄・捏造されていないことの確認(メッセージ認証)    の両方を行う必要がある。     これに関しては、AliceとBobが前もって暗号鍵を秘匿に共有しているとい    う条件の下では、公開メッセージが伝送中に変更されなかったこと、あるい    は、第三者が捏造したものでないことを証明できる情報理論的に安全な認証    技術がある[7]。その技術の特徴は、主に以下のとおり。     (ア)前もって鍵が「誰と」共有されているかが分かっているため、メッ       セージ認証と同時に相手認証にもなること。     (イ)計算量的に安全な公開鍵暗号利用のデジタル署名などとは異なり、       無限の計算機能力を持つ第三者に対しても無条件に安全であること。     (ウ)必要な鍵の長さも、メッセージの長さ(Nビット)のlogNのオー       ーダですむため、実用的でもあること。     (エ)プロトコルで必要となる全ての古典メッセージを認証する必要はな       く、ポイントとなる幾つかのメッセージだけ認証すれば、最終的に古       典通信の安全性を確認できること。     こうした多くのメリットを持つこの認証技術の実証、実用化については、    今後、効率的な利用法及び処理の高速化に関する研究が必要である。さらに、    効率の良いプログラムを作成するためには、量子情報通信技術だけではなく、    従来の情報理論にも詳しい研究者が必要となる。   エ.システム管理の課題     システムの構築のためには前述の量子通信路及び暗号鍵生成ソフトウェア    のほか、直接量子情報と関係しないが実用システムには不可欠な要素として、    古典伝送路による情報の交換、クロックの共有、システムの監視など以下に    示す機能を有するシステムの開発が必要である。これらの機能を実現するた    めの要素技術は既存の光通信技術のものを用いることができるが、量子情報    通信システムとして実用的な組合せを見出し、実証していくことが課題である。   (ア)古典伝送路による情報の交換     どのような方法でもよいが、リソースを有効に使うための工夫が必要であ    る。例えば、WDMなどの手法により量子通信と伝送路を共有することもでき    る(ただし、分波損失が生じる。)。   (イ)クロックの共有     古典通信では受信したパルスからクロックを再生することが行われている    が、量子通信では光子1個が間隔を空けて検出されるのでこの方法は困難で    ある。また、APDを高速の光子検出に用いる場合、クロックパルスに同期さ    せてAPDに電圧を加える必要があるので、別の方法でクロックを伝送しなけ    ればならない。   (ウ)システムの監視     量子通信の伝送路を常に最適に保つことと、受信強度(光子数)を監視する    ことが必要である。量子通信の伝送路では、温度変化などの理由で起きるゆ    っくりとしたドリフトを補償しなければならない。このために、比較的強い    光で干渉計のアームの長さや偏光方向などを最適化した後、光子を用いた量    子通信に切り替えることを繰り返す必要がある。WDMを用いれば連続的な制    御も可能である。また、受信光子数の監視は盗聴者が強い光を送ることによ    って誤り率を減少させようとする試みを防ぐために必要になる。   3進んだ検討課題     以上、システムの実証に中心を置いて述べた。最後に、理論的な課題として、    量子暗号の新しい実現方法、安全性の証明、もつれた光子状態の利用方法な    ど、早い段階で検討を進める必要のある事項を幾つか指摘する。    ア.量子暗号の実現方法     量子暗号プロトコルを修正することで、コヒーレント光やアナログ光検出    を使っても安全な量子暗号が実現できる。例えば、古典的な雑音を利用する    ことにより、非直交二状態量子暗号*と同様な原理により安全な暗号鍵配布    が行えることが確かめられている[8]。これらの方法では新たなデバイス開    発の必要がないので、現実的であるといえる。ただし、安全性の解析がまだ    十分ではなく、また安全性を確保するためには信号対雑音比を管理するなど    システム管理に負担がかかるようになる。このような量子暗号鍵配布の新し    い実現方法の検討は今後の課題である。    イ.安全性の解析     光源が完全でない場合における量子暗号鍵配布の安全性の解析や装置の安    全性を保障する手段等、現在の理論研究はまだ必要条件の探索という段階に    あり、今後、安全性の証明や効率の良いプロトコル等の理論研究も同時に進    めなければならない。    ウ.もつれた光子状態の利用     量子暗号が広く用いられるようになるためには長距離伝送や交換、多対多    の暗号鍵配布などが実現されるべきである。このために量子中継、量子交換、    量子誤り訂正などの技術の開発が求められる。これらの実現のためにはもつ    れた光子状態を利用することが必要になると考えられている。もつれた光子    状態は量子暗号鍵配布以外の量子マジックプロトコルの実現にも必要である。    実験に先立ってプロトコルの開発、もつれた光子状態の生成と制御の方法な    どを理論的に検討しておくことは量子情報技術の将来の発展にとって重要で    ある。    【参考文献】    [1]C.Marand and P. D. Townsend, Opt. Lett. 20, 1695 (1995).    [2]A.Muller, T. Herzog, B. Huttner, W. Tittel, H. Zbinden, and N.     Gisin, Appl. Phys. Lett. 70, 793 (1997).    [3]M.Bourennane, F. Gibson, A. Karlsson, A. Hening, P. Jonsson, T.     Tsegaye, D. Ljunggren, and E. Sundberg, Opt. Express 4, 383 (1999).    [4]R. J. Hughes, G. L. Morgan, C. G. Peterson, J. Mod. Opt. 47, 533 (2000).    [5]W. Dultz, G. Zultz, E. Hildebrant, H. Schmitzer,Patent WO 99/     66641.    [6]C.H. Bennett, G. Brassard, C. Crepeau, and U. M. Maurer, IEEE Trans. Inform. Theory 41, 1915 (1995).    [7]M.N.Wegman and J.L.Carter,J.Computer and System Science 22,265(1981).    [8]H.P.Yuen and A.M.Kim,Phys.Lett.A241,135(1998).;A.Tomita and O. Hirota, LANL arXiv: quant-ph/0002044.  (2)中長期的課題 (量子通信の実証、量子計算の実証等)     量子暗号と量子通信、量子コンピュータは互いに密接な関係があり、特に    光子を用いた実証実験の場合、ほとんど区別することができない。このこと    は量子高密度伝送[1]、4状態の量子暗号[2]、及び線形光学素子量子コンピ    ュータ[3]の実験系の類似性を見れば明らかである。     システム開発、実証実験における課題は、大きく二つに分けることができ    る。一つは、現在理論的に提案されているが、まだ実証されていない課題で    ある新規の量子暗号通信、量子力学に基づく各種セキュリティプロトコル、    量子誤り訂正、量子高密度伝送、量子中継器及び量子暗号に対する盗聴技術    などの実証実験がそれにあたる。もう一つは、短期的課題である「量子暗号    鍵配布」の実現を想定し、その展開を図るための課題として、既存のセキュ    リティプロトコルと量子暗号鍵配布とを整合させ、トータルでのセキュリテ    ィ能力を高める研究、光ファイバを経由せず、直接空間を飛ばして光子を伝    達する研究などが挙げられる。     これら中長期的課題は、後述される新規のデバイスの出現を待たずとも実    証実験の可能なものも多く、早期の実証実験により、実用化に向けた課題の    具体的な抽出が望まれる。   1実証を必要とする課題     以下、量子情報通信をより安全に、安価に、高機能に、かつ長距離で実現    するためにこれまで理論的に提案されているものの、まだ実験的に詳しく検    証されていない課題を列挙する。実証実験を通じたそれら提案の実用性の評    価、技術上の問題点の詳細な把握が急がれるだけでなく、これらの実験を通    じて、量子情報通信の実現のための基盤となる技術蓄積が期待されている。   ア.新規の量子暗号通信実験     これまでの量子暗号通信では、主にBB84、BB92などのプロトコルが用いら    れてきた(2−1−1(1)及び4−1−3(1)参照)。しかし、これら    は生成した暗号鍵のすべてを共有できるわけではなく、せいぜいランダムに    半分程度を共有できるだけであった。これに対して、NTTの清水ら[2]は原理    的に送信データをすべて送受信可能な方法を提案している。他にも、スクイ    ーズド状態を用いる方式[4]や、古典的なノイズを用いることで量子暗号と    同等の機能が実現できるとする提案[5]もある。既存のプロトコルも含めた    上で原理的な利点、欠点を明らかにした上で、これらの諸提案の実験的な検    証とそれを通じた実用化に向けた課題の抽出を行う必要がある。   イ.量子力学に基づく各種セキュリティプロトコル     現在用いられているセキュリティプロトコルには、コイン投げなど様々な    ものが存在する。量子暗号鍵配布以外にこれらの方法を実現するプロトコル    も各種提案されている[6,7]。それらの実証実験も、その実用化の可能性を    探り問題点を抽出する上で重要である。   ウ.量子誤り訂正     量子誤り訂正[8]とは、複数の実キュービット(光子)の特定の組合せで    一つの論理キュービットを対応させることで、実キュービットの一つに反転    などのエラーが生じた場合に訂正できるようにしたものである。量子計算で    主に研究されているが、量子通信においてもその遠距離伝送や中継に応用す    ることができる。   エ.量子高密度伝送     量子高密度伝送[3]とは、従来の古典的な信号のオン、オフではなく、量    子力学的な基底に信号のベースを対応させることで、同じ光子数を用いた場    合に従来よりも多くの情報を乗せようという考え方である。   オ.量子中継器(quantum repeater)     現在、量子もつれ合い状態の可伝送距離は、光ファイバ中のロスの影響で、    せいぜい100km程度と考えられている。量子中継器とは、伝送路の途中100〜    200km程度の間隔で複数のEPR光子対発生器を設置し、それらの光子対を用い    た量子テレポーテーションを連続して行うことによって、長距離伝送を実現    しようという提案[9]である。この提案の中では、量子もつれ合い精製 (en    tanglement purification)という技術が重要な役割を果たす。   カ.盗聴技術     量子暗号のセキュリティを高めるには、盗聴技術対策を高める必要がある。    原理的に知られている盗聴方法として、コレクティブアタックと言われる方    法がある。この方法は複数個の光子を盗聴時に蓄積しておき、それらの光子    間の相関について調べ盗聴を試みる方法である[10]。より単純な方法として、    通信路中での減衰率の微小な変動を利用する方法などが考えられる。これら    の盗聴技術についても研究を進め、各種プロトコルやシステムの盗聴に対す    る強度の評価や改良につなげる必要がある。   2量子暗号鍵配布の次のステップとなる課題     短期的な課題である「量子暗号鍵配布」システムが実現された後、それが    どのように既存の情報セキュリティシステムと融合・済み分けされていくか    は重要な課題である。以下、「量子暗号鍵配布」システムの実現と並行して    行わなければならない中長期的課題を2つ挙げる。   ア.既存のセキュリティプロトコルとの融合     量子暗号通信を実用化するには、既存のセキュリティプロトコルとの融合    が重要である。既存のセキュリティシステムの中でどの部分を、量子暗号通    信(鍵配布)等によって強化できるかのポイントを抽出し、量子暗号通信に    適したシステムを研究する必要がある。   イ.空中伝送     現在のところ、量子暗号通信の伝送距離は100kmが一種の限界と考えられ    ている。それを打ち破るために、通信衛星では情報のセキュリティは十分保    たれているとし、地上−衛星間で量子暗号通信を行うことで、長距離間での    量子暗号鍵配布を行うのが空間伝送(air)方式である。既にロスアラモス    国立研究所等で研究[11]が開始されている。     【参考文献】    [1]Sasaki et al. PRA59, No.5, 3325 (1999)    [2]K.Shimizu and N. Imoto, Phys. Rev. A60 (1999) 157-166.    [3]S. Takeuchi : Phys. Rev. A. 61 (2000) 052302.    [4]T. Hirano, unpublished.    [5]H.P. Yuen and A. M. Kim, "Classical noise-bansed cryptography similar to two-state quantum cryptography," Phys. Lett. A241, 135-138(1998). ; A. Tomita and O. Hirota, "Security of classical noise-based cryptography," LANL e-print archive quant-ph/0002044 (2000).    [6]D.Mayers, L. Salvali, Y. Kohno, quant-ph/9904078    [7]A.Karlsson, M. Koashi, and N. Imoto Phys. Rev. A59, pp. 162-168     , 1999.    [8]D.P. DiVincenzo and P. W. Shor, Phys. Rev. Lett. , 77 3260 (1996)    [9]H.J. Briegel, et. al., quant-ph/9803056    [10]C. A. Fuchs, quant-ph/9701039    [11]R. Hughes and J. Nordholt, Physics World, May 1999   量子中継器を用いた伝送や、衛星を用いることで可能になる遠隔間量子情報通信の画像    図4−2.量子中継器を用いた伝送や、衛星を用いることで可能になる遠隔         間量子情報通信  4−2−2.デバイス開発    量子情報通信技術の実現・実用化にはデバイス開発が不可欠である。現状の   性能でも原理実証実験までは可能であり、性能の向上により実用化が可能にな   ると考えられる一群のデバイスがある。また一方、原理実証あるいは実用化に   つながるプロトタイプ構築のためには、必要な機能を持つものを新たに開発し   なければならないデバイスもある。    量子暗号通信では、その標準的な量子暗号鍵配布プロトコルにおいて、情報   を運ぶキュービット(光子)間の相互作用を必要としない。そのため、量子情   報処理分野で最初に実用化が期待され、既存のデバイスで比較的実用形態に近   い形での原理実証実験まで可能である。しかし実用化には、単一光子光源及び   高性能の光子検出器開発が必要であると考えられている。これらのデバイス開   発は比較的短期的な課題である。    多数のキュービット間で量子的な重ね合わせ状態を良質に維持するためには   系のデコヒーレンス時間が計算時間より長くなくてはならず、環境系との相互   作用をできるだけ低く押さえた実験系を実現しなければならない。量子計算の   実験を安定して行うためにはデコヒーレンスに強く、読み出し・書きこみの操   作性に優れたデバイスの開発が急がれ、小型化に優れた固体素子、デコヒーレ   ンスに強い光学系などが有力である。    その他、乱数発生まで含む量子暗号通信の新しい方式[1]、量子情報通信の   長距離伝送を可能にするための量子中継[2]、量子コンピュータ内あるいは量   子コンピュータ間での量子状態を保ったままの量子情報の移動[3]などでは、   量子テレポーテーションなどの量子もつれ合い状態の光子対を利用した技術が   必要になる。その量子もつれ合い状態の光子対を発生させるデバイスを開発し   なければならない。    これらのデバイスを開発する際の課題を、キュービット間の相互作用やもつ   れ合った状態の生成を必要としない比較的短期的な課題と、それらを必要とす   る長期的な課題とに分け、それぞれのデバイスに関して以下に述べる。  (1)短期的課題  1単一光子光源    現在行われている量子暗号の実験では、情報伝送速度は数百bps程度である。   この伝送速度を上げるためには、所望の時刻に確実に1個の光子を生成でき、   かつ速い繰り返し周波数での動作が可能な単一光子光源を開発する必要がある。   また複数の光子で情報を送信してしまう可能性を無くすことができれば、同じ   情報を運ぶ複数光子の1個を読み出すことによる盗聴を防止することもできる。   このような単一光子発生源の実現には、単一電子の励起と単一光子放出過程を   制御する技術が必要である。    そのための試みとして、スタンフォード大学の山本らにより、チャージエネ   ルギーが熱雑音エネルギーを超えるほど微細な2重障壁のp-n結合を利用して、   制御されたタイミングで単一の電子と正孔を送り込み、約10MHzの繰り返し周   波数で、光子を1個ずつ生成させる実験が行われ、1999年に報告された[4]。    また、同じく1999年、フランスのボルドー大学のBrunel等によって、単一分   子の電子励起状態への遷移を利用して、電気的にかけたトリガーにより、所望   の時刻に単一分子を励起し、次いで光子を放出させ、繰り返し周波数3MHzにお   いて74%の確率で単一光子の発生が可能であるとの報告もなされた[5]。    これらの光子発生において、取り出した光子が単一である精度に関しては、   山本らの場合には、バックグラウンドカレントにより、約1/3の割合で制御さ   れずに生じる光子が存在し、またBrunelらの場合には、強い励起レーザ光によ   るバックグラウンドカウントと、短い繰り返し周期に対して無視できない分子   の励起状態寿命によって、単一光子の発生確率は74%となっている。バックグ   ラウンドノイズ低減などにより、1回のトリガーで単一光子が発生する確率を   100%により近づけることが課題の一つである。    また、電流注入で駆動するp-n結合利用の光子源は、デバイスへの組み込み、   デバイス寿命などにおいて、光励起の分子を利用するものより利点があると考   えられる。しかし、動作温度が50mKと低い。使用形態にもよるが、動作温度の   高温化が望まれる。    上記の研究において、設定時刻における単一光子放出に関しては数十%以上   のかなりの高効率が達成されている。しかし、光学系へのカップリングによる   損失で、結局単一光子として検出される確率は、10-3から10-4という小さな値   にとどまっている。実用に際しては、カップリング方法の改善も課題である。   さらに、放出光子の波長自由度の増加、放出の向きや偏光などを低損失で制御   する技術などもこれからの課題と考えられる。  2光子検出器    ファイバを利用した量子情報通信を想定すると、通信波長帯(1.3〜1.5・m)   における高効率光子検出器の開発が望まれる。さらにダークカウントが少ない   こと、応答(立ち上がり)が早く不感時間が短いこと、すなわち光子列として   送られてきた情報を速い繰り返し周波数で確実に読み取れることが必要である。    三菱電機(現在北海道大学)の竹内らは、Si中の不純物バンドにおける電子   のアバランシェ現象*による信号増幅を利用した、Visible Light Photon Coun   ter(VLPC)を利用し、3重の放射シールドと室温放射光を遮断する光学フィ   ルターを備えた6.9Kで動作する光子検出システムを構築した。1999年、694nm   において88.2%±5%の量子効率を達成し、ダークカウントを低減し更に量子効   率を向上させることも可能であると報告している[6]。不感時間100ns、つまり   約10MHzの繰り返し周波数での検出が可能と考えられる。実用デバイスとして   は室温動作が望ましいが、光子検出部は室温で発生する赤外放射光にも感度が   あるため、その放射光除去のための冷却は必須と考えられる。現在、ガイガー   モードで動作させたSi-APDも光子検出に利用されている。こちらの量子効率は   上記システムには劣るものの、窒素冷却で使用可能なものもある[7]。    これらの光子検出デバイスの、使用条件やシステムとしての改良だけではな   く、デバイスそのものの改良によって、なるべく高温での動作と高い量子効率   を両立させることが、今後の課題である。  (2)中長期的課題  1量子もつれ合い状態の光子対発生装置    量子もつれ合い状態の光子対は、量子暗号の発展形や、量子中継、量子計算   機内や量子計算機間で量子状態をやり取りする量子テレポーテーションなどに   利用されるため、その発生装置の開発は重要である。    現在光で利用するもつれ合い状態には偏光の相関を持つ光子対と直交位相成   分どうしが相関をもつものがある。前者は光の粒子的な性質、後者は波動的な   性質を代表している。    偏光の相関の場合は単一光子源と同様、任意の時刻に任意の個数の量子もつ   れ合い状態の光子対が発生でき、速い周波数での、あるいは強い光子ビームで   の利用も可能になることが望ましい。まず必要なのは、基礎実験のための、指   向性の良い強いビームであると考えられる。    従来、量子もつれ合い状態の光子対発生には、非線形結晶に入射した角周波   数・の光子(ポンプ光)から、・/2の2つの光子を発生させる光パラメトリッ   ク過程*が広く利用されてきた。この方式では、大きな広がり角で発生するパ   ラメトリック光の一部を切り出して利用しているため、整った形状を持つ指向   性の良い、強い光子ビームを得ることは困難である。竹内らは、入射ポンプ光   と非線形光学媒質の光学軸をある特定の角度に設定することで、小さな広がり   角を持つ強いビームとして、量子もつれ合い状態の光子対を取り出す研究を行   っている[8]。このように光学素子や非線形結晶の配置の工夫により、性質の   良いビームの発生方法をまず確立することが必要である。さらに次の課題とし   て、上記のような、光子対発生に関する高い制御性の実現が挙げられる。    直交位相成分どうし相関を持つ光は(直交位相*)スクーイズド光*と呼ばれ   る。カリフォルニア工科大のKimbleはTi:Sapphireレーザの出力の2次高調波   をポンプ光としてOPO*に入射しKNbO3結晶*を用いてダウンコンバートさせるこ   とで6dB以上のスクーイズを1992年に達成している。[11]    現在はTi:Sapphireレーザの励起光源として半導体レーザ励起の固体レーザ   が主流になり、単一波長で変換効率も良く高出力になり10dB近いスクーイズが   期待できる。またOPOに用いたKNbO3は結晶の出来・不出来によってスクーイズ   の値が左右されるため変換効率が高く、不純物・欠陥の少ない結晶成長の技術   が光を用いた実験の成功に不可欠である。  2光子量子ゲート    情報を運ぶキュービットとしては、長距離にわたり量子状態を保持しやすい   光子が主に用いられると予想される。その場合の情報処理には、光量子ゲート   が重要な構成要素として随所で利用される可能性が高い。    光量子ゲートでは、光子で光子の量子状態を制御する。情報を運ぶキュービ   ットとしての長所であったデコヒーレンスの少なさは、外界との相互作用の弱   さを意味する。したがって、光子で光子の量子状態を制御しようとした場合、   その弱い相互作用を増強し、大きな非線形性を実現する工夫が必要である。一   つの方法は、共振器の利用である[9]。光子が原子の入っている共振器内に入   射されると多数回往復し、原子を励起状態にする。光子もそれに応じて位相が   変わるという原理である。現在まだ最大でも51度のシフトしか実現しておらず、   十分な相互作用を持つ光量子ゲート(位相変化量180度の量子位相ゲート)は   実現していない。共振器の性能向上や、最近の盛んな研究により光の波長領域   での三次元構造も作製されるようになってきたフォトニック結晶の利用などに   より、非線形性を増大させることが課題である。  3固体素子によるキュービット    現在アルゴリズムを実行できる量子コンピュータは、電磁トラップ中のイオ   ンをキュービットとしたもの、溶液中の有機分子の核スピンをキュービットと   し、NMRを利用してゲート動作を行わせるもの、線形光学素子を利用するもの   などである。これらは、量子計算を実行する上での大前提である、外界の影響   によるコヒーレンス喪失が起こりにくいキュービットの準備という観点から選   択された物理系である。また、単純かつ純粋な系であり、理論的検討と照らし   合わせながらの研究が容易であるという特長を持つ。これらの系は、原理実証   的な研究には向いている。しかし、キュービットの拡張性に難点があり、実用   となる量子コンピュータにそのまま発展するとは考えづらい。    実際には多数のキュービットを扱うことになる量子コンピュータでは、拡張   性のある固体素子でキュービットを構成することが望まれる。そこではいかに   デコヒーレンスを抑えるかが課題である。    長い位相緩和時間(小さいデコヒーレンス)及びキュービットの拡張性とと   もに大切なのは、量子ゲートの動作時間である。緩和時間を動作時間で割った   値は、キュービットにゲート操作を行える回数の目安(最大ステップ数)を与   え、実行できるプログラムの規模を決める。Shorのアルゴリズムによる因数分   解で、既存計算機に対する優位性を得るためには、1000キュービットを利用し   た1010ステップの量子計算が必要と見積もられる[10]。したがって、ゲート操   作が短時間で実行できる系を選ぶことは重要である。ただしこの条件は、量子   誤り訂正符号の導入により、ある程度緩和される可能性がある。    これらの課題を将来解決できるかも知れない物理系として、1998年、オース   トラリアのサウスウェールズ大のB.E.Kaneは、Si基板中にPイオンを並べ、そ   の核スピンをキュービットとする提案を行った[12]。この提案では、キュービ   ットであるPイオンの核スピン間に生じる相互作用を利用するため、イオン間   を20nm以上離すことはできない。したがって、ナノメーターオーダーの位置精   度でイオンを1個ずつ基板内部に埋め込む必要がある。また、個々のイオンを   制御する極微細な電極も作り込まなくてはならない。つまり、非常に高度な微   細加工技術が必要である。またPイオンの核スピン緩和を抑えるために、Si基   板の方は、緩和の原因となる核スピンを持たない同位体のみで作製し、さらに   100mKという極低温で動作させる必要がある。100mK程度で冷却したPイオンの   核スピン緩和時間は1018秒まで長寿命化し、電極電圧の揺らぎによる位相緩和   を考慮しても106秒の緩和時間になると考えられている。    この場合に課題となるのは、シリコン中の磁性不純物の完全な除去、シリコ   ン中の正確な位置に単一のPイオンをドープする方法、0.05・m程度での微細加   工技術などである。しかし、106秒の緩和時間が期待できキュービットの数が   増大した場合でも装置が単純なままで可能になる。    現段階では、固体素子を利用した量子コンピュータの提案が幾つかなされて   いるものの、決定版といえるものはない。実用化段階でどのような方式とすべ   きかを具体的に議論できるのはもう少し先になると思われる。今後、微細加工   を必要としない方法、高温動作が可能な方法などの新方式が案出され、選択肢   が増えることが重要であると考える。    量子コンピュータの実現・実用化を目指したデバイス開発では、上記の固体   素子化を目指す一方、現在でも比較的簡単にアルゴリズムの実行が可能なNMR   量子コンピュータ、線形光学素子量子コンピュータなどを利用して、量子アル   ゴリズム、誤り補正コードなどの実験的研究を進めておくべきである。その結   果は、実用的な量子コンピュータの設計にフィードバックできる可能性がある。    【参考文献】    [1]A.K. Ekert, Phys. Rev. Lett. 67(6), 661 (1991).    [2]H.J. Briegel,W.Dur,J.I.Cirac,and P.Zoller,Phys Rev.Lett.81(26),    [3]A.Furusawa,J.L.Sorensen,S.L.Braunstein,C.A.Fuchs,H.J. Kimble, and E.S.Polzik,Science 282,706(1998).    [4]J.Kim,O.Benson,H.Kan,and Y.Yamamoto,Nature 397,500(1999).    [5]C.Brunel, B. Lounis, P. Tamarat, and M. Orrit, Phys. Rev. Lett.     83 (14), 2722 (1999).    [6]S. Takeuchi,J.Kim,and Y.Yamamoto,and H.H.Hogue,Appl.Phys. Lett. 74 (8), 1063 (1999).    [7]P. G. Kwiat, A. M. Steinberg, R. Y. Chiao, P. H. Eberhard, and     M. D. Petroff, Phys. Rev. A 48 (2), R867 (1993).    [8]公開特許公報, 特開平11-183950.    [9]Q. A.Turchette,C.J.Hood,W.Lange,H.Mabuchi,and H.J.Kimble,Phys. Rev. Lett.75,4710(1995).    [10]R. J.Hughes,D.F.V.James,E.H.Knill,Raymond Laflamme,and A. G. Petschek, Phys. Rev. Lett. 77 (15), 3240 (1996).    [11]E.S.Polzik, J.Carry and H.J.Kimble, Appl. Phys. B55, 279 (1992).    [12]Kane et al., Nature, 393, 133 (1998)
第5章 研究開発の推進方策 5−1.研究開発推進のための基本方針     量子情報通信分野の研究開発は、「科学技術基本計画」(平成8年7月閣    議決定)において重要性が指摘されている「技術体系の革命的な変貌や全く    新しい技術体系の出現をもたらし、社会に様々な波及効果を与える」基礎研    究に位置付けられる。さらに、量子力学と情報科学を統合した分野間融合領    域等新しい研究領域を育成し、「知的存在感のある国の構築」に大きく寄与    するとともに、将来の革命的情報通信技術として高い期待が寄せられている。    しかし、研究そのものはまだ基礎的・萌芽的段階にあり、国内外の研究の主    力は基礎理学に携わる研究者が中心となっている。このような基礎的段階の    リスクを伴う研究であって、研究開発に要するコストを市場原理のみで回収    することが困難なテーマは、国が主導して研究基盤の整備や振興を行うべき    である。     一方、本分野の研究開発は、情報通信技術という今後の人類社会にとって    大きな意味を持つ技術分野の研究開発であるため、広い意味での国家安全保    障の確保と国民のニーズや政策目標、産業界の動向などを踏まえて、国とし    て重点的に研究開発資源を投入すべきテーマの同定や戦略的な目標の設定を    行い、大学や民間の研究開発のベクトルを合わせていく努力が必要である。 5−2.研究開発分野の性格     量子情報通信技術の研究開発は、核融合や高エネルギー、放射光実験など    のような巨大科学の実験とは異なり、大規模な施設を必要とせず、比較的小    規模の設備で最先端の研究開発が可能である。     一方、この研究領域は非常な勢いで拡大しており、様々な方向への展開を    目指して、国内外のそれぞれの研究グループが独自の視点で取り組んでいる。    特に欧米においては、中規模の核となる研究機関と、大学や民間企業等にお    ける少数精鋭の研究グループが有機的なネットワークを形成して、基礎科学    としての新たな知見や基本原理の実証、基本特許の取得を着実に行っている。     このような状況から、現時点では、実用への直結を優先して人的、物的資    源を大量投入するような研究体制はなじまない。我が国においても、中規模    の核となる研究機関、少数精鋭の独創的アイデア・技術を持つ研究開発拠点    が、それぞれ世界の最先端と伍する研究に注力しつつ、密接な情報と人の交    流を行い、分野全体の発展を図るような研究体制が必要である。 5−3.現状における研究資産とその運用、問題点等  5−3−1.民間企業     従来から、情報通信分野の研究開発では、民間企業による貢献も極めて大    きい。特に、デバイス製造業等で民間企業が有する微細加工技術や各種デバ    イス要素技術、ソフトウェア技術、システム技術等は、量子情報通信分野を    発展させる上で必要不可欠である。実際、我が国でこれまでになされた量子    情報通信分野の先駆的研究成果の幾つかも民間企業の果敢な挑戦に負うとこ    ろが大きい。     一方、市場原理に見合った技術としての将来性を描きにくい領域であるた    め、民間においては研究の長期的継続が困難なことも事実である。国が研究    を先導し、民間から研究員を迎え入れる研究拠点を設立したり、必要に応じ    て支援を行う等の方策により、我が国の民間企業が有するポテンシャルを結    集させることが必要である。  5−3−2.大学・大学院     大学・大学院は、次世代を担う人材養成の中核機関であるとともに、基礎    的・先端的な研究の担い手として重要な役割を担っている。特に、量子情報    通信分野においては、量子力学と情報科学を統合した新しい学問分野を体系    化し、そこでの知的成果を社会に還元していく義務がある。     そのためには、これまで理学系と工学系とでそれぞれ独立に行われてきた    量子力学分野と情報通信分野の教育体制を現状の研究分野の発展に見合った    ものにしていくことが望まれる。同時に、従来から指摘されているように大    学・大学院への研究支援体制を早急に充実させる必要がある。  5−3−3.国立研究機関     国として取り組むべき研究開発としては     ・非常に基礎的でハイリスクな分野の研究開発     ・公共性が高い分野の研究開発     ・多様な分野に共通的・普遍的な研究開発     ・波及性が高く緊急性を有する研究開発    等で、非常に重要であるが民間企業等のみでは実施困難なものが主になる。    量子情報通信分野は、非常に基礎的でハイリスクな研究分野として位置付け    られ、情報通信に関わる国立研究機関として通信総合研究所の役割は大きい    が、量子情報通信分野に限って言えば、これまで期待されている役割をほと    んど果たせてこなかった。国内外での急速な研究分野の成長や所内外の研究    者からの大きな要請に対応していくためにも、当該分野における研究体制の    強化・充実が必要である。  5−3−4.通信・放送機構     通信・放送機構は、情報通信分野の基礎研究から応用研究への橋渡しを行    う情報通信分野の先導的研究開発について、産学官の人材・技術力を結集し、    総合的に推進している。特に、成果をあげるために民間等からの協力を得る    ことが効果的な研究開発や、民間等の研究資源を活用して実施することが有    効な研究開発、また大学等から広く独創的研究テーマの提案を受けて委託す    る研究開発等を推進している。量子情報通信分野の研究開発においても、特    に実用化の目途が見えつつある研究テーマについては、これらの研究開発ス    キームを積極的に活用していく必要がある。  5−3−5.現状における問題点     現在、我が国には産学官にわたって量子情報通信の研究を推進する中核拠    点が存在せず、それぞれの研究グループの持つ資産活用の面での有機的連携    が十分に成されていない。     また、それぞれの研究機関においても、この分野に興味を持っている若手    研究者は多くいるものの、それぞれの所属する組織から正規に認められた研    究テーマとして推進しているところはまれで、特定の限られた研究者が個別    にほそぼそと成果を発信してきたのが実情である。     量子情報理論が予想する飛躍的な機能への期待が過度に宣伝され、それを    実用化するために必要とされる物理原理の探究や実現のための技術的困難が    あまり認識されておらず、特に、比較的近未来に実用化されるとする楽観主    義派と、技術的困難さの認識を強調する慎重派との間に大きなギャップがあ    る。特にこの点は工学サイドの研究者と理学サイドの研究者との間の認識の    ずれでもあり、目標設定を行う際には十分な議論と検討が必要である。 5−4.研究開発計画の設定     本章5−1〜5−3項で述べた背景、第3章の技術開発ロードマップ及び    平成12年2月の電気通信技術審議会答申「情報通信研究開発基本計画」を    踏まえ、「量子暗号」及び「量子通信」をできるだけ早期に実現すべく、図    5−1及び図5−2のとおり研究開発計画を策定した。     国は、必要な予算を確保するとともに、次項で述べるような研究開発体制    を整備し、本研究開発計画に基づいて、理論的研究、デバイスの開発及びシ    ステム開発等に総合的かつ戦略的に取り組んでいくべきである。     概要は以下のとおりである。     (注)なお、研究開発の各フェーズ(基礎理論の研究、要素・基礎技術の    開発、技術の確立・実証実験)は基本的には並行して行われることが多いが、    図5−1及び図5−2ではその時点で主に重点が置かれると想定される研究    フェーズを示した。
量子暗号

    2007年:量子暗号鍵配布の実現(送受信者2者間、数十km、数Mbps程度)
    2012年:量子セキュリティシステムの実現(汎用セキュリティシステムへ
        の拡大、長距離・大容量化、認証機能)
    2020年:量子暗号ネットワークの実現(複数の送受信者間、署名機能)

量子通信

    2010年:量子通信のプロトタイプの実現
    2015年:限定用途での量子通信の実現
    2030年:量子通信ネットワークの実現(量子多元接続網*、量子交換、量
        子中継)

研究開発予算

    国が投資すべき研究開発予算 今後10年間:約400億円
    (電気通信技術審議会答申「情報通信研究開発基本計画」による。)

量子暗号の研究開発計画の画像
                                     図5−1.量子暗号の研究開発計画

量子通信の研究開発計画の画像
                                     図5−2.量子通信の研究開発計画

5−5.研究開発体制
    予算や研究者をはじめとする限られた研究資源の中で、最も効率的に研究
   開発を行うためには、それに相応しい研究開発の場や形態を柔軟に選択でき
   る環境を整備すべきである。さらには、従来の形に囚われない新しい仕組み
   を作り出して、プロジェクト参加者全てにメリットのある仕組みを工夫して
   いく必要がある。
    そこで、国家予算を投入し研究開発体制を整備していく上では、以下の点
   に留意すべきである。
    ・研究テーマを重点化し、多様な機関への分散ばらまき方式にならぬよう
   にすべきである。
    ・研究者を一箇所に集結して研究開発を行う集中型研究センターの設立が
     望まれるが、現状では各研究機関とも、割ける人材と時間が限られてい
     るのも事実である。実行可能な柔軟なモデルから検討を始めるべきであ
     る。
    ・集中型研究センターに併せ、研究テーマに応じて少数精鋭型の研究グル
     ープが研究開発を行うことが必要である。この際、それぞれの研究グル
     ープ同志が十分に連携を図りつつ研究を推進していくことが重要である。
    ・産学官の連携を強化するため、プロジェクト全体としての戦略を設定す
     る機関や、運営、事務作業を取り仕切る専任の管理体制を整備すること
     が必要である。また、研究マネジメントを円滑かつ効率的に進めるため、
     各研究グループの事務作業をサポートする体制が必須である。

    以上の点を考慮し、集中型研究センターと相互に有機的に連携した研究グ
   ループからなる研究開発体制のイメージを図5−3に示す。
    プロジェクト内外の産学官の有識者からなる運営ボードを設置し、プロジ
   ェクト全体としての戦略を決定するとともに、その戦略に基づき、各研究グ
   ループの代表者からなる研究代表者会議において、実施する研究テーマの設
   定、計画の見直し、研究資金計画の策定等といったプロジェクトの運営・管
   理を行う。各研究グループは、研究員5〜7名程度の構成を想定する。2〜
   5つ程度の研究グループで中核となる集中型研究センターを構成するほか、
   様々な研究テーマごとに大学や民間企業やそれらの共同体等による幾つかの
   少数精鋭の研究グループが分散拠点として量子情報通信研究プロジェクトに
   参加するのが理想である。
    このほか、第三者的な立場から全体戦略や研究内容の評価を行う機能を整
   備していくことも必要である。
    研究開発体制の整備にあたっては、各機関の実情(予算や人材等)を踏ま
   えて参加期間の選択を可能としたり、徐々に分散型から集中型へ移行する等、
   フレキシブルで選択肢の広い運用体制とする必要があろう。

量子情報通信研究プロジェクトのイメージの画像
              図5−3.量子情報通信研究プロジェクトのイメージ

5−6.効果的研究推進のための方策

 5−6−1.研究開発予算の使用に係る柔軟性の向上
    基礎研究が大きな比重を占める量子情報通信分野では、研究の達成度や新
   たに派生した研究課題に的確に対応できるよう、研究開発予算の使用に係る
   柔軟性の向上を図る必要がある。当該分野は研究競争も激しく、成果の発表
   や情報の交換に遅延が生じないよう、費目制限の緩和、手続の簡素化、複数
   年度処理、さらには、人的交流を円滑に進められる予算運用が必要である。
   また、研究者が、事務の繁雑さから研究への専念が妨げられないよう、事務
   手続の簡素化を図るとともに、事務処理を補佐する人的サポート体制を充実
   させることが必須である。

 5−6−2.国際的連携の強化
    量子情報通信分野では、我が国の研究レベルは、一部の先駆的研究がある
   ものの欧米から大きな遅れをとっていると言わざるを得ない。欧米にはない
   研究基盤を早期につくり、独創的研究成果を我が国から発信する必要のある
   ことはもちろんであるが、それと同時に世界中から優秀な研究者を引き寄せ、
   我が国の研究活動を活性化させるべく、外国人研究者招へいのための制度や
   資金を有効に活用していくべきである。
    また、諸外国の研究者との学会活動等を通じた交流は、先端的な研究情報
   の交換や我が国の研究成果の宣伝につながるばかりでなく、国全体の研究ポ
   テンシャルの向上にも役立つ。その一環として、我が国が創設にあたって中
   心的な役割を果たした量子通信国際会議[1-3]等に積極的に参加し、その機
   能を高めていくことも重要である。

 5−6−3.若手研究者の育成
    若者の理工学離れに対する危機感が叫ばれて久しいが、その原因の一つは
   若手研究者が自分の研究者としてのキャリアパスを明確に描けないことにあ
   るものと考えられる。しかしながら、種々の学会や研究会等で目にするよう
   に、量子情報通信分野に対する若手研究者の関心は極めて高い。若手研究者
   に対しては、5−5で述べた研究プロジェクトのネットワークの中で、国内
   外の情報や研究交流が保障され、良い意味での競争的環境の中で研究に専念
   できる条件を整備していく必要がある。このため、任期付き任用やポスドク
   向けの助成金などの制度を改善・拡充すること等も検討を行う必要がある。

 5−6−4.研究支援者の確保
    我が国においては、研究支援者の不足が欧米から研究の遅れを招く一因に
   も待ている。量子情報通信分野では、精密な機器の試作や測定技術で専門的
   技能を発揮して研究を支えてくれる研究支援者が必須である。そのためには、
   十分な研究支援者の確保とその能力の十分な評価、恵まれた処遇が確保され
   る必要がある。

 5−6−5.民間における研究開発の促進
    量子暗号技術の将来の実用化に向けた展開にあたっては、既にある限定さ
   れた範囲で実用化が見込める技術については、国が積極的に既存システムの
   一部で導入してみることや、研究開発用にテストベッドを構築し、実用化に
   近い環境で実証実験のために民間の研究機関等に開放することも有意義であ
   る。
    これにより、民間による専用の装置、機器が開発され、それを通じた基礎、
   応用研究へのポジティブなフィードバックが十分期待でき、ひいては産業界
   の新たな技術分野を切り拓く可能性もある。
    その意味で、例えば、最も実用化に近い量子暗号について、幾つかの方式
   を競争的に試験導入することにより、実際的な研究とフィールド試験を行う
   ことは、極めて効果的であると考えられる。
    また、量子情報通信技術を実用化に結びつけていくためには、これまでに
   理論的に証明された数々の現象を実際に実証できるか否かが鍵になる。この
   ようなシステム開発の領域の研究を加速するためには、研究用デバイスを個
   々の研究内容に応じて研究者が自由に、かつ迅速に試作できる環境を整備し
   ていくことも必要であろう。

 5−6−6.大学・大学院の研究支援体制の充実
    5−3−2で述べたように、次世代を担う人材養成はもちろんであるが、
   量子情報通信を新しい学問分野として体系化していくことや、最先端・極限
   的技術や基本原理の実証など民間企業では実施が困難な採算ベースにのりに
   くくハイリスクな研究を行うことも大学・大学院に課せられている重要な役
   割である。民間や国と連携を図りつつこれらの役割を十分に果たしていくこ
   とができるよう、大学・大学院の研究支援体制を充実することが必要である。

 5−6−7.通信総合研究所における研究開発体制の充実
    平成13年4月より通信総合研究所が独立行政法人に移行することとされ
   ているが、独立行政法人化後も引き続き、公的機関としての役割を十分に果
   たしていく必要がある。特に、量子情報通信分野においては、我が国の研究
   開発を推進する上でリーダーシップをとっていくことが期待される。このた
   めには、それに十分対応できる体制を通信総合研究所に構築していくことが
   必要である。

   【参考文献】
   [1]V.P.Belavkin,O.Hirota,R.Hudson,Quantum communication and measurement,
         Plenum Press,1994
   [2]O.Hirota,A.S.Holevo,and C.M.Caves,Quantum communication,computing
         and measurement,Plenum Press,1996
   [3]P.Kumar,M.D'Ariano,and O.Hirota,Quantum communication,computing and
         measurment-2,Plenum Press, 2000


第6章 まとめ     第5章で述べた研究開発計画に沿って、量子情報通信技術をできるだけ早    期に確立するため、産学官の力を結集して以下の方策に取り組み、我が国と    して総合的かつ戦略的に研究開発を促進していくことが必要である。 6−1.国が取り組むべき事項  6−1−1.研究開発体制の整備     予算や研究者をはじめとする限られた研究資源を有効に活用し効率的な研    究開発を行うため、核となる集中型研究センターを設置するとともに、特定    の課題について研究を行う少数精鋭の複数の研究グループが有機的に結合す    る研究開発体制を構築していくことが必要である。     この際、研究開発状況に応じた適正な研究課題の設定・見直し・追加、人    材や資金の割当て等、本プロジェクト全体を運営、事務作業を取り仕切る専    任の管理体制(産学官の有識者からなる運営ボード)を併せて整備すること    が重要である。     なお、こうした体制の整備にあたっては、各研究機関の人的資源等の実情    を踏まえ、実現可能な体制から徐々に移行していく等、フレキシブルで選択    肢の広い運用体制とする必要がある。  6−1−2.民間における研究開発の促進     量子情報通信分野の中でも、量子暗号鍵配布などの比較的近い将来に実用    化が見込まれる技術について、国が積極的に既存システムの一部に導入する    ことや、研究開発用のテストベッドやデバイスの試作環境を整備して、研究    者に開放すること等により、民間における研究開発を促進することが必要で    ある。  6−1−3.大学・大学院の研究支援体制の充実     大学・大学院が、6−2−4で述べる役割を十分に果たしていけるよう、    研究支援体制を充実することが必要である。  6−1−4.通信総合研究所における研究開発体制の充実     量子情報通信技術の研究開発は、基礎的でリスクを伴う研究課題が多いこ    とから、通信総合研究所が公的研究機関としての役割を十分果たし、我が国    における研究開発を推進する上で、リーダーシップを発揮していくことが必    要である。このためには、それに十分対応できる体制を通信総合研究所に構    築していくことが必要である。  6−1−5.その他     研究の達成度や新たに派生した研究課題に的確に対応できるよう予算運用    の柔軟性を向上することや、任期付き任用やポスドク向けの助成金などの制    度を改善・拡充等についても検討を行う必要がある。 6−2.民間、大学等で取り組むべき事項  6−2−1.研究開発推進のための人材育成     若手研究者が国内外の研究者との情報交換や研究交流を行いながら、良い    競争的環境の中で研究に専念できるようにするため、任期付きの任用やポス    ドク向けの助成金制度などを有効に活用していくことが必要である。  6−2−2.研究支援者の確保     量子情報通信分野では、精密な機器の試作や測定技術で専門的技能を発揮    して研究を支えてくれる研究支援者欠くことはできない。このため、十分な    研究支援者の確保とその能力の十分な評価、恵まれた処遇の確保等が必要で    ある。  6−2−3.国際連携の強化     量子情報通信技術について先駆的な研究開発を行っている欧米の大学や研    究機関等の優秀な研究者を引き寄せ、我が国の研究活動が活性化させるため    に、外国人研究者の招聘制度や資金を積極的に活用することが必要である。     また、諸外国の研究者と交流を深め、我が国の研究ポテンシャルの向上を    図るため、量子通信国際会議等の学会活動に積極的に参加・貢献していくこ    とが必要である。  6−2−4.大学・大学院における研究開発等の推進     大学・大学院は、次世代を担う人材養成のほか、量子情報通信を新しい学    問分野として体系化していくことや、民間企業では実施が困難な採算ベース    にのりにくくハイリスクな研究を実施することなど、その役割を十分に果た    していくことが必要である。
用語解説(五十音順) アバランシェ現象  半導体に高電場を加えた場合に、高速に加速されたキャリア(電流担体)が原子 と衝突して二次キャリアを生成する過程が次々起こり、なだれ状にキャリアー増倍 が誘起される現象。半導体光検出器における信号増幅では、p-n接合に逆バイアス をかけて形成した高電場を利用する。APD(アバランシェ・フォト・ダイオード なだれフォト・ダイオード)は、この現象を用いている。 イオントラップ  コイルなどによって適切に磁場、電場を設定すると、電荷をもつイオン一つだけ、 またはいくつかのイオンを直線状に空中に捕獲することが可能になる。捕獲された イオン一つ一つにレーザーを照射することで、量子計算を行う方法。(写真提供: 郵政省通信総合研究所関西先端研究センター 電磁波分光研究室)           イオントラップの画像 ガイガーモード  通常の放射線カウンタ(ガイガーカウンタ)と同様に、光子が一個入ると電流パ ルスが一つ生じるように受光素子の動作モードを設定して使用する。ある時間内に やってきた光子の数を数えるような場合に利用する。 共役コーディング  情報を乗せるときに、送り手が二種類の互いに共役な異なる基底をランダムに併 用することにより、選択された基底を知ることなしには受け手が情報を正しく入手 できないようにすることができる。例えば光子の場合、直線偏光基底(水平偏光( =0)か垂直偏光(=1)か)と円偏光基底(右回り円偏光(=0)か左回り円偏 光(=1)か)が互いに共役な基底に相当している。 クーロンブロッケイド  コンデンサが微小になりその容量が極度に小さくなると、電子1個が電極に存在 するだけで電極間の電圧が大きく変化する。その電圧変化を利用して、電子1個づ つの移動を制御、観測する仕組み。 時間領域干渉計  干渉する二つの光の経路を一本の長い光ファイバの中に多重化する方法。具体的 には光ファイバの両端、すなわち送り側と受け側に、全く同じ光遅延回路を挿入す る。これらの光遅延回路では光を二方向に分波したのち、片方の光に伝搬遅延時間 を与えてから再び合波する。光のパルスを入力すると、送り側でだけ遅延を受けた 成分と受け側でだけ遅延を受けた成分とが時間軸上で重ね合わせられるため干渉が 起こる。 スクイーズド光(スクイーズド状態)  量子力学の不確定性原理によれば、共役な物理量は同時に任意の精度で決まるこ とはなく、ある揺らぎ(分散)をもっており、また、それらの積がある一定の値を 下回ることはない。しかし、その揺らぎの積の値を変えることなく配分比を変える ことが出来る。これを圧搾された状態(スクイーズド状態)という。光の場合には 直交位相振幅の2つ同士、光子数と位相という組み合わせがそれぞれ共役な物理量 で、直交位相スクイーズド光、光子数スクイーズド光が実験的に生成されている。 制御NOTゲート  量子計算を行う上で不可欠な基本論理素子。二つの入力a,bに対し二つの出力a’ ,b’がある。a-a’線は制御線となっていてaの値はそのままa’に出力される。aの 値が0の時はbの値はそのままb’に出力され、aの値が1の時はbの値は反転されてb ’に出力される。           制御NOTゲートの図 単一光子の偏波  偏波とは、光波の電場ベクトルの振動面が、進行方向に対して垂直な面内で、あ る規則性を持つ場合の光波の状態をさす。その状態は、x方向に振動する成分とy方 向に振動する成分の線形和で表現できる。通常の自然光は無偏波である。光波が量 子化された領域でも同様の状態を単一光子で定義できる。 直交位相振幅  光には波としての性質と粒子としての性質の双方があるが、波として見た場合光 は電磁波(横波)であり、電場と磁場の双方が真空中では垂直に交わって空間を伝 播している。直交位相振幅はその電場と磁場のそれぞれの振幅を表す。 2値コヒーレント光信号  現在の光通信は光波の強度を変調して信号の伝送を行っているが、レーザー光の 波としての本来の性質を引きだし、位相と振幅に変調をかけて信号の伝送を行う方 式をコヒーレント光通信方式と呼ぶ。この方式でもっとも基本的な変調方式が位相 を2値で変調する2値コヒーレント変調方式である。 パラメトリック下方変換(パラメトリックダウンコンバージョン)  2次の非線形光学効果の一種。結晶に強い光子が入射すると半分のエネルギーを 持つ2つの光子に分裂できる。この変換の効率を上げるには入射光と発生光が位相 整合をする必要がある。発生光が2つとも同一偏光である場合をタイプI、一方が 常光線、他方が異常光線である場合をタイプIIと呼ぶ。 光パラメトリック過程  ポンプ光が二次非線形光学結晶に入射し、ポンプ光の光子一個に対し、シグナル 光、アイドラー光の光子が各一個ずつ生成する過程である。この過程は3つの光の 間に存在する非線形結合項を通して相互作用が起こるために発生する。ポンプ光、 シグナル光、アイドラー光の3者はエネルギー保存則、運動量保存則を満たさなけ ればならず、特に運動量保存則を満たす場合は非線形結晶に対してポンプ光が特定 の角度で入射した場合であり位相整合と呼ばれる。 非直交二状態量子暗号  二つの直交する量子状態のそれぞれに情報0か1を対応させた場合、適当な測定 を行えば乗せられた情報が0か1なのかを常に確実に決定することができるが、二 つの非直交な状態に情報0か1かを乗せた場合、符号値がどちらとでもとれるよう な測定結果が現われる頻度を0にすることはできなくなってしまうという性質をう まく利用する量子暗号の構成方法。 ビットコミットメント  1ビット情報の秘密証拠供託。秘密証拠供託とは、情報の内容自体を秘密に保っ たまま、内容の事後変更を不可能とする充分な証拠を予め相手に渡しておくことを いう。ビットコミットメントは認証や署名などの暗号プロトコルの基本要素の一つ である。 忘却伝送  送り手が二種類の情報を受け手に送るとき、受け手が二種類の情報のうちの片方 を取り出そうとすると残りの情報は取り出せなくなってしまうような仕掛けをした 伝送方法。 マイクロキャビティ  微小共振器。高い反射率の微小な鏡を向かい合わせ、その一方の鏡に垂直に光を 入射すると、特定の波長の光は、その鏡の間に閉じ込められ、狭い空間領域で何度 も鏡の間を往復した後に、反対側の鏡から射出されるようになる。この閉じ込めの 効果を利用して、原子一つと光子一つを相互作用させる実験などが行われている。 数ミクロン程度の微小なガラス球などでも同様の効果が得られている。 マルチパーティープロトコル  複数のメンバーが参加するシステムにおいて、各参加者は自分の個人情報を秘密 にしたまま、全体としての結果だけが計算できるようなプロトコル。電子投票は代 表的なマルチパーティプロトコルであり、例えば参加者iの投票内容をXi(1:賛 成,0:反対)とする時、これを秘密にしたままX1+X2+...+Xnを計算するこ とで、個人の投票内容を明かさずに賛成者の数だけを集計することができる。          マルチパーティープロトコルの図 もつれ合いスワッピング  2つのもつれ合ったペアがある時、それぞれのペアからひとつずつ粒子を選びこ の2つの粒子の合同測定を行う。その結果、ノイマン射影により残された2つの粒子 がもつれ合うことになる。 量子クローニング技術  量子状態を光子−電子間、光子−原子間などの間で写し替えたり、あるいは1つ の量子状態から効率良く最適に、複数の量子状態の写しを作る操作。ただし、中身 を知らない量子状態から複数の量子状態の写しを確率1で作る操作は原理的に不可 能なことが知られている(no-cloning定理)。実際の量子情報圧縮や量子信号検出 等では、できるだけ高い確率でいかに精度の良い量子状態の写しを作るかが重要な 問題になると考えられる。 量子効果を使った符号化利得につながる研究  従来の通信理論では、伝送信号を表現する際に使う符号の長さを倍に増やすと、 伝送できる情報の総量は原理的に倍に増やせることが知られている。これに対して 量子通信理論では、信号を運ぶ光波の量子力学的効果をうまく使えば、符号長を倍 に増やすことで伝送情報量を原理的に2倍以上増やせることが知られている。この 最初の契機を与えたのが、イスラエル工科大学のPeresとウイリアムズ大学のWoott ersによる理論的予言である(A. Peres and W. Wootters, Phys. Rev. Lett. 66, 1119 (1991))。 量子情報に対する複製の禁止  未知の量子状態に符号化された情報を複製しようとしたら、先ずその状態が何で あるかを測定しなくてはならない。しかし情報を符号化するときに選択された基底 を知らずに間違った基底を用いて測定すると、もはや本来の情報は破壊されて失わ れてしまう。よってこのときの測定結果に基づいて新たに量子状態を準備したとし ても、それが元々の量子状態と同一であることはもはや保証できない。より一般的 には、複数項の線形重ね合わせにある量子状態を複製しようとすると、それぞれの 項ごとにオリジナルと複製からなるペアが形成されることになる。しかしながら、 できあがった量子状態はこれらのペアの線形重ね合わせではあっても、オリジナル な重ね合せ状態とその複製がペアをなしているわけではない。 量子多元接続網  多者間情報処理や1対Nプロトコルにより、複数のユーザがそれぞれ好きな時に、 特定の相手、あるいは不特定多数の相手と秘密情報の送受信等ができる量子通信ネ ットワークをイメージした造語。 量子もつれ合い状態の光子対(EPR対)  量子論的な状態は測定すると破壊されるが、2つの互いに相関のある状態の内の 片割れをのみを測定した場合、一方は破壊されるが破壊されていないもう一方の状 態についての情報を示唆する。この状態は隠れた変数理論を用いても説明できない 量子論特有の性質であり、もつれ合った状態と呼ぶ。  量子力学について、その基本的な解釈の仕方に対して疑義をはさんだ有名な論文 の著者であるEinstein, Podolsky, Rosenの3人の頭文字をとってEPR状態と呼ばれ ている。 electromagnetically induced transparency  3準位系(下から|1>、|2>、|3>とする)において、|1>−|3>間、|2>−|3 >間遷移に共鳴するレーザー光を照射すると、2光子共鳴で結ばれた|1>、|2>で 重ね合わせの状態(dark stateあるいはポピュレーション・トラッピング状態と呼 ばれる。)が生成し、|3>との光学的結合が切れる(遷移確率がゼロになる)現象。 |1>、|2>にポピュレーションがあり、かつ|1>、|2>から|3>への遷移に共鳴す る光が存在するにもかかわらず、|3>への励起が起こらない。この場合、吸収が消 失して物質は透明化するため、EIT(Electromagneticlly indused transparency: 電磁波誘起透明化)と呼ばれる。また屈折率にも大きな変化が誘起される。 Groverの新量子検索アルゴリズム  2000年5月に開催された「第32回 annual symposium on the theory of computin g」において、ベル研究所のL.K.Groverによって発表された、量子コンピュータ用 のアルゴリズム。これは、命題の充足可能性問題と呼ばれる検索問題を解くアルゴ リズムで、2n個の基底ベクトルの中から、ある条件を満たす1つの基底ベクトル の確率振幅を増大させる方法。 KNbO3結晶(Potassium Niobate)  非線形結晶の一つ。非線形光学定数が高く変換効率にすぐれ、可視域から近赤外 域の光の第二次高調波を発生させるときによく用いられる。 OPO(オプティカル・パラメトリック・オシレーション)  光パラメトリックの3つの過程(光パラメトリック蛍光(OPF)又は光パラメト リック発生(OPG)、光パラメトリック増幅(OPA)、光パラメトリック発振(OPO)) の一つで共振器中において損失に打ち克つパラメトリック増幅により発振する過程。 whispering gallery mode(ウィスパリングギャラリモード)  19世紀末、レイリー卿が解析した現象で円形ホールの内側周壁近くでのささや き声が壁に沿って伝わり、遠く離れた壁面でもよく聞こえる現象のこと。  マイクロ波・ミリ波の分野でも、電磁波の波長に比べて十分に大きな導波 管中に励起されるウィスパリングギャラリモードが利用される。  光導波路の円形曲がり部を伝わる光波は、ウィスパリングギャラリモードで記述 される。ただし、光導波路は、円形ホールやマイクロ波導波管と違い、屈折率の異 なる材料が接する境界面に沿って光が導かれるので、曲がり部を伝わるにつれてエ ネルギーの外部への漏れが生じ、電力損失が不可避であるが、最近では、1.5・m帯 の光信号に対して共振帯域幅1nm以下のリング型やピルボックス型の光共振器も実 現されている。
         「量子力学的効果の情報通信技術への適用と           その将来展望に関する研究会」 報告書                     参考資料                    目次 1.研究会開催要綱 2.研究会スケジュール 3.研究会議事要旨 4.研究会プレゼンテーション資料* 5.海外動向調査結果  *:ホームページ上では省略させていただきます。
1.研究会開催要綱
1.背景・目的
  近年、情報の伝送処理における信号を電子や光子などの量子力学的レベルにお
 いて操作する量子情報技術が理論的に研究されつつあり、情報通信技術への適用
 (以下「量子情報通信」という。)が国際的にも注目されるようになりつつある。
  この量子情報通信については、21世紀の革新的な情報通信技術と期待されて
 いるものの、現在のところ、民間企業、大学及び国立研究機関の一部において、
 理論研究を中心に研究が行なわれているのみであり、その技術の確立のためには、
 本格的な研究開発に取り組み、技術的なブレークスルーを達成する必要がある。
  このため、量子情報通信について、その将来展望を明らかにするとともに、実
 現に向けて取り組むべき研究課題や研究開発の推進方策等に関する調査研究を実
 施する。

2.名称
  本研究会の名称は、「量子力学的効果の情報通信技術への適用とその将来展望
 に関する研究会」とする。

3.検討事項
  本研究会は、量子情報通信に関し、次に示す事項について検討する。
 (1) 量子情報通信技術に関する内外の研究開発動向
 (2) 我が国が取り組むべき研究開発課題と研究開発の推進方策
 (3) 量子情報通信技術の将来展望
 (4) その他

4.構成
 (1) 本研究会は、大臣官房技術総括審議官の研究会として開催する。
 (2) 本研究会の構成員は、別紙のとおりとする。
 (3) 座長は、構成員の互選により定める。
 (4) 座長は、本研究会の構成員の中から座長代理を指名する。
 (5) 座長は、本研究会を召集し、主宰する。
 (6) 座長は、上記の他、本研究会の運営に必要な事項を定める。

5.開催期間
  平成12年2月から平成12年6月までとする。

6.庶務
  通信政策局技術政策課が行なう。


                                   別紙            量子力学的効果の情報通信技術への適用と             その将来展望に関する研究会 構成員                            (敬称略、五十音順)  ◎座長、○座長代理  さかき ひろゆき ◎榊 裕之   東京大学 生産技術研究所 教授  いづつ  まさゆき ○井筒 雅之  郵政省通信総合研究所 光技術部光情報処理研究室長  いちむら こういち  市村 厚一  株式会社東芝 研究開発センター新機能材料・デバイスラボラトリー          研究主務  いもと  のぶゆき  井元 信之  総合研究大学院大学 先導科学研究科 教授  おおしま としお  大島 利雄  株式会社富士通研究所 基盤技術研究所機能デバイス研究部  きくち  かずろう  菊池 和朗  東京大学 先端科学技術研究センター 教授  こばやし たかよし  小林 孝嘉  東京大学 大学院理学系研究科物理学専攻 教授  しみず  かおる  清水 薫   日本電信電話株式会社 NTT物性科学基礎研究所量子物性研究部量子光         制御研究グループ  たけうち しげき  竹内 繁樹  北海道大学 電子科学研究所 講師  とりい  ひろゆき  鳥井 弘之  株式会社日本経済新聞社 論説委員  なかむら  かずお  中村 和夫  日本電気株式会社 基礎研究所 研究部長  ばん まさし  番 雅司   株式会社日立製作所 基礎研究所 研究員  ひろた  おさむ  広田 修   玉川大学 学術研究所 教授  ふごの  のぶよし  畚野 信義  財団法人テレコム先端技術研究支援センター 専務理事  まつい  みつる  松井 充   三菱電機株式会社 情報技術総合研究所 主席研究員 2.研究会スケジュール ○ 第1回会合:平成12年2月7日(月)    ・研究会の進め方について    ・研究会の公開について    ・量子情報技術の研究動向について    ・量子暗号通信技術の現状について    ・今後の審議スケジュール ○ 第2回会合:平成12年3月2日(木)    ・量子暗号・量子情報処理―理論面の現状―について    ・量子情報の基礎理論について    ・次世代インターネットと量子情報科学について ○ 第3回会合:平成12年3月31日(金)    ・量子情報通信とデバイス技術について    ・量子暗号と光通信技術−量子暗号鍵配布実験の現状と課題−について    ・量子暗号への取組について    ・研究会のとりまとめについて    ・審議スケジュールの変更について ○ 第4回会合:平成12年4月28日(金)    ・固体におけるEIT−固体の量子状態制御−について    ・暗号の現状と量子暗号への期待について    ・報告書のとりまとめについて      ア 報告書(素案)について      イ アンケートの回答について ○ 第5回会合:平成12年5月31日(水)    ・量子情報通信と量子テレポーテーションについて    ・報告書のとりまとめについて ○ 第6回会合:平成12年6月19日(月)    ・報告書のとりまとめについて 3.研究会議事要旨 ○第1回会合 1 日時:平成12年2月7日(月)14:00〜16:40 2 場 所:郵政省第三特別会議室(12F) 3 出席者:榊座長、井筒座長代理、市村構成員、井元構成員、大島構成員、       菊池構成員、清水構成員、竹内構成員、中村構成員、番構成員、       広田構成員、松井構成員   郵政省:田中技術総括審議官、松井技術政策課長ほか 4 議 題:  (1)研究会の進め方について  (2)研究会の公開について  (3)量子情報技術の研究動向について  (4)量子暗号通信技術の現状について  (5)今後の審議スケジュール  (6)その他 5 議事要旨  (1)事務局より、研究会の進め方について説明が行われた後、自由討議が    行われた。    (主な質疑応答)      ・日本語の「暗号」は、「Cryptography」のごく一部の意味しか示さな       い。本研究会では、暗号以外のプロトコルも含め幅広い領域での議論       が必要。      ・本研究会では、量子暗号、量子コンピュータ、量子高速通信の3つの       検討項目について、一体的に検討していくこととする。  (2)事務局より、研究会の公開について説明が行われ、議事要旨をホームペー    ジで公開することについて承認された。  (3)構成員より、「量子情報技術の研究動向」についてプレゼンテーションが    行われた後、自由討議が行われた。    (主な質疑応答)      ・今後は、新しい理論の構築が大事であり、ブレークスルーを生み出す       研究者が必要。      ・量子情報に関する研究のウェイトは、理論から、実証実験へと移りつ       つある。そのための核になる研究チームの設立と、プロジェクト研究       の推進が急務。      ・日本の将来を考えた場合、国研が今後の研究推進へのインパクトある       スキームを打ち出してもらいたい。      ・研究体制や官民の役割についての議論は大事であり、本研究会の主要       課題の1つである。  (4)構成員より、「量子暗号通信技術の現状」についてプレゼンテーションが    行われた後、自由討議が行われた。    (主な質疑応答)      ・本研究会では、利点のみならず、困難な点や原理的な限界がどこにあ       るのかも、つっこんで議論していくべき。その中から、我が国独自の       新しい原理の提言が生まれてくる。      ・今後、量子通信の原理的限界についての議論も含めて、検討すること       としたい。  (5)事務局より、今後の審議スケジュールについて説明があった。  (6)事務局より、メーリングリストの作成について説明があり、承認された。    次回の開催は、3月2日(木)14:00〜17:00の予定。    以上 ○第2回会合 1 日時:平成12年3月2日(木)14:00〜17:00 2 場 所:郵政省 電気通信技術審議会会議室(11F) 3 出席者:榊座長、井筒座長代理、市村構成員、井元構成員、大島構成員、       菊池構成員、清水構成員、鳥井構成員、中村構成員、番構成員、       広田構成員、畚野構成員、松井構成員   郵政省:田中技術総括審議官、松井技術政策課長ほか 4 議 題:  (1)第1回会合議事録の確認について  (2)量子暗号・量子情報処理―理論面の現状―について  (3)量子情報の基礎理論について  (4)次世代インターネットと量子情報科学について  (5)自由討論  (6)その他 5 議事要旨  (1)第1回会合議事録の確認  (2)量子暗号・量子情報処理―理論面の現状―について    (主な質疑応答)      ・公開鍵暗号技術の原理は逆演算の困難性であるが、もし、古典的な方       法により逆演算が可能となれば、理論上、暗号は破られることになる。       しかし、量子コンピュータをもってしても破られない暗号が証明され       れば、それが新たな公開鍵となりうる。  (3)量子情報の基礎理論について    (主な質疑応答)      ・誤り訂正が可能かどうかは、通信路と、送りたい量子状態の2つの条       件が与えられれば判定できる。  (4)量子暗号通信技術の現状について    (主な質疑応答)      ・国研は、質の高い基礎研究を重点的に実施すべき。      ・国費を使ってすべきことは、研究センターの設立等により、ベストな       形で量子通信の研究者を増やすこと。さらには、サイエンティストと       エンジニアとが、うまく連携しあうことが必要。      ・量子通信の研究を、今後、どうやって進めていくかが我が国の課題。       現在、郵政省以外でも新分野の研究の試みが多くなされているが、い       ずれも成功しているとは言い難い。その原因としては、理論家がいな       いこと、ロードマップがないこと、実施主体が明確でないこと等が挙       げられる。このような失敗例からも学ぶべき事が多い。      ・量子通信技術の研究開発に国費を投じるためには、一般国民の理解が       得られるような十分な説明をする必要がある。  (5)自由討論    (主な質疑応答)      ・量子通信を成功に導くためには幾つかの選択肢があると思うが、まず       は、専門家を中心とした若い人材の育成により研究者層を厚くするこ       と、また、新しい人材が自由に参加できる開放性を確保することが必       要。さらに、起爆剤となりうる研究開発テーマを実行に移してみるこ       とが必要。      ・現在、日本は、欧米の研究に追随しているだけであり、このような状       況では日本は世界に遅れをとることとなる。      ・社会ニーズの点からすると、貴重なデータベースやホームページを保       護するための原理を実証することが、大きなテーマの一つである。ハ       ードウェアに関しては、量子メモリーの開発が最重要と考えている。      ・鍵配布の実証及び量子ゲートの実現も重要な課題。      ・量子通信を実用段階に到達させるまでには地道な努力が必要であり、       数年後の明確な目標設定があれば、デバイス研究者にとっては研究を       進めやすくなる。      ・過去に、光ファイバ技術のブレークスルーがあったように、量子通信       についても、同様のことが起こる可能性がある。  (6)その他      ・次回の開催は、3月31日(金)14:00〜17:00の予定。   以上 ○第3回会合 1 日時:平成12年3月31日(金)14:00〜17:00 2 場 所:郵政省 電気通信技術審議会会議室(11F) 3 出席者:榊座長、井筒座長代理、市村構成員、井元構成員、大島構成員、       小林構成員、清水構成員、竹内構成員、中村構成員、番構成員、       広田構成員、畚野構成員、松井構成員   郵政省:田中技術総括審議官、松井技術政策課長ほか 4 議 題:  (1)第2回会合議事録抄の確認について  (2)量子情報通信とデバイス技術について  (3)量子暗号と光通信技術−量子暗号鍵配布実験の現状と課題−について  (4)量子暗号への取組について  (5)研究会のとりまとめについて  (6)審議スケジュールの変更について  (7)その他 5 議事要旨  (1)第2回会合議事録抄の確認について  (2)量子情報通信とデバイス技術について    (主な質疑応答)      ・電子スピンは物理量(モーメント)が非常に小さいため、それをうま       く観測・制御することが今後の技術的課題である。      ・量子情報通信分野の研究体制については、光デバイスの研究員を量子       デバイスの研究にシフトしていくことが考えられる。ただし、そのた       めには何らかのモチベーションが必要となる。      ・集中研の場合は、人材交流が盛んであり、より深い研究が可能である       というメリットがある。それに対して、分散研の場合は、企業が持つ       人材や設備といったリソースを効率よく活用できるから、研究成果に       係るコストパフォーマンスが良いといえる。集中研と分散研を併用す       ることにより、シナジー効果を生み出すことが望ましい。  (3)量子暗号と光通信技術−量子暗号鍵配布実験の現状と課題−について    (主な質疑応答)      ・技術的な面で考えると、商用化に最も近い暗号技術は、時間領域ファ       イバ干渉計の方式であると考えている。一方、周波数領域の方式は、       チャンネルの多重化が可能であるから、発展性は大きいといえる。      ・位相変調器の損失を低減することは、量子通信分野においては重要課       題である。      ・今後は、高品質の検出素子を安定的に作成できるようなデバイス開発       が求められる。      ・鍵配送技術については、たとえ距離が短くても安定的な鍵配送が可能       となるデバイスが開発されれば、その後の発展性が期待できる。      ・たとえ、原理的に実現可能とわかっていても、実際に実用化可能かど       うかは別問題であり、これらは区別して考えていきたい。  (4)量子暗号への取組について    (主な質疑応答)      ・量子情報通信のファーストターゲットは量子暗号しかないと考えてい       る。量子暗号技術のうちでもYuen暗号については、現在の光ネットワ       ークのアンプを使うことが可能なことから特に実用化に近いと思われ       る。      ・固体量子位相ゲートの研究と平行して、現在行われている量子中継器       などの光学実験系の小型化、固体化なども、その実現までのギャップ       を埋めるものとして重要である。  (5)研究会のとりまとめについて  (6)審議スケジュールの変更について  (7)その他      ・次回の開催は、4月28日(金)14:00〜16:00の予定。   以上 ○第4回会合 1 日時:平成12年4月28日(金)14:00〜17:00 2 場 所:郵政省 電気通信技術審議会会議室(11F) 3 出席者:榊座長、井筒座長代理、市村構成員、井元構成員、大島構成員、       小林構成員、清水構成員、竹内構成員、中村構成員、番構成員、       広田構成員、松井構成員   郵政省:松井技術政策課長ほか 4 議 題:  (1)第3回会合議事録抄の確認について  (2)固体におけるEIT−固体の量子状態制御−について  (3)暗号の現状と量子暗号への期待について  (4)報告書のとりまとめついて  (5)その他 5 議事要旨  (1)第3回会合議事録抄の確認について  (2)固体におけるEIT−固体の量子状態制御−について    (主な質疑応答)      ・2つの量子ドットのエネルギー準位が等しくなるようにバイアス電圧       を掛けることによって電子の存在位置を制御することができる。      ・量子もつれ合い状態を光周波数空間上で実現しようというのは興味深       い提案だった。  (3)暗号の現状と量子暗号への期待について    (主な質疑応答)      ・暗号技術の研究には、公開と非公開の研究があるが、量子暗号技術の       研究は非公開の部分ではかなり進んでいることを知っておいてもらい       たい。      ・量子の分野では、研究者を如何に増やしていくかが課題である。      ・素因数分解問題については300年の歴史があり、その歴史が解読困       難性を証明しているという見方があるが、量子暗号を含め、暗号技術       が今後どのような新原理により解読されるかは予測不可能である。      ・量子暗号をビットコミットメントなどに適用し、RSA方式と抱き合       わせることで、より高度な暗号通信を行うなど、量子暗号と従来暗号       との共存を図るべきではないか。      ・量子暗号と公開鍵暗号との共存化は、重要な研究テーマの1つと認識       している。  (4)報告書のとりまとめついて    (主な質疑応答)      ・量子通信分野の望ましい研究体制については、様々なフェーズあるい       は領域を考慮しつつ書き分ける必要があると考えている。  (5)その他      ・次回の開催は、5月31日(水)14:00〜16:00の予定。   以上 ○第5回会合 1 日時:平成12年5月31日(金)14:00〜17:30 2 場 所:郵政省 第二特別会議室(3F) 3 出席者:榊座長、井筒座長代理、市村構成員、井元構成員、大島構成員、       菊池構成員、小林構成員、清水構成員、中村構成員、番構成員、       広田構成員、畚野構成員、松井構成員   郵政省:松井技術政策課長ほか 4 議 題:  (1)第4回会合議事録抄の確認について  (2)量子情報通信と量子テレポーテーションについて  (3)報告書のとりまとめついて  (4)その他 5 議事要旨  (1)第4回会合議事録抄の確認について  (2)量子情報通信と量子テレポーテーションについて    (主な質疑応答)      ・本プレゼンテーションにあった実験では、RFスペクトルアナライザ       を用いているため、フォトン・カウンティングに比べて1つのパルス       を検出する時間が長くなると思われる。通信への応用を考えた場合、       高速パルスを検出するにはフォトン・カウンティングの方が有利では       ないか。      ・それは実際に測定をしてみないと評価できない。ただし、ある程度の       受信感度のゲインを稼ぐことにより検出時間を短縮することはできる。      ・スペクトルアナライザとフォトン・カウンティングは、うまく結合さ       せるべきと考えている。それは、量子通信だけでなく他の一般的なア       プリケーションにおいても言えることである。      ・発生可能なフォトンの波長はどれくらいか。      ・結晶の種類や効率にもよるが、例えば、BBO(バリウムボレイトと       いう誘電体結晶)などでは、800ナノメートルから1.2ミクロン程度。      ・一時期、光子数スクゥイージングやフォトン・カウンティングによる       受信方法が主流になったことはあるが、個人的には、直交振幅のよう       な連続物理量のスクゥイージングとスペアナを使った検出実験も進め       るべきだと思っている。  (3)報告書のとりまとめついて      ・ロードマップは主にその技術の必要性、つまり、利用者のニーズ中心       にまとめることが望ましい。      ・できるだけ近い時期に目標を設定することは、研究開発を促進してい       く上では重要である。      ・1量子情報通信技術の研究に専念できる人材の確保すること、2既存       のリソースを活用できる研究か否かでコストが大きく変わること、の       2点に留意して、研究計画を取りまとめることが重要である。      ・連携といっても、企業の貴重な人材をいかに集めるかが重要な問題。      ・研究グループが複数集まることによる相乗効果は大いに期待できるも       のと考えている。  (4)その他      ・次回の開催は、6月19日(月)14:00〜16:00の予定。   以上 ○第6回会合 1 日時:平成12年6月19日(月)14:00〜16:00 2 場 所:郵政省 第三特別会議室(12F) 3 出席者:榊座長、井筒座長代理、市村構成員、井元構成員、大島構成員、       竹内構成員、小林構成員、清水構成員、中村構成員、番構成員、       広田構成員、畚野構成員、松井構成員   郵政省:田中技術総括審議官、松井技術政策課長ほか 4 議 題:  (1)第5回会合議事録抄の確認について  (2)報告書のとりまとめついて  (3)その他 5 議事要旨  (1)第5回会合議事録抄の確認について  (2)報告書のとりまとめついて      ・本報告書は、本研究会での検討結果が良くまとまったものとなってい       る。      ・量子通信ネットワークの実現には量子コンピュータの開発も不可欠で       あり、量子暗号及び量子通信の研究開発計画に盛り込むべき。      ・大学及び大学院は、量子情報通信という新しい学問分野の体系化や、       民間では実施が困難なハイリスクの研究の実施など、果たすべき役割       は大きいと思われるので、その点についてもっと明確に記述すべき。      ・研究開発プロジェクトを実施する上では、内部の研究チーム同士の評       価、つまり相互評価を行うことが大事である。それがうまくなされて       いるプロジェクトは成功しているケースが多い。      報告書の修正については、座長に一任された。  (3)その他     研究会報告の報道発表は、6月23日(金)の予定。   以上 5.海外動向調査結果  以下に示す表は,欧米における最も注目すべき研究拠点の中から選んだ合計6つ の機関について,平成11年8月から9月にかけて訪問調査を行った結果をまとめ たものである.(出典:「光・量子情報処理技術の研究調査」(平成11年度科学 技術振興調整費)) 表1 米国における研究状況調査結果
質問     
       
カリフォルニア工科大学  
             
カリフォルニア大学ロサンゼ
ルス校          
スタンフォード大学    
             
研究テーマ  
       
       
       
       
       
       
       
       
       
・微小共振器内での原子-光 
相互作用を用いた基礎物理(
原子トラップ)と量子計算、
量子通信プロトコルの検証。
・量子テレポーテーション( 
コヒーレント光、原子の角運
動量状態)         
・ボーズ・アインシュタイン
凝縮           
             
・SiGeで作成したスピン共鳴
トランジスタを用いた量子コ
ンピュータ。       
・電子スピンの持つ量子情報
を光子の偏波へ載せて送信す
るための半導体デバイス。 
             
             
             
             
・天然の結晶格子(CeP)の 
核スピンを使った量子コンピ
ュータ。         
・単一光子を規則的に生成す
るための半導体デバイス。(
→量子通信)       
・半導体中での電子対エンタ
ングル状態の生成。    
             
             
研究の動機  
       
       
       
       
       
       
       
現時点で量子状態を直接操作
できる数少ない系であり、量
子計算、量子通信の物理過程
を曖昧さなく解明できる。 
             
             
             
             
B. Kaneによるスピン共鳴ト 
ランジスタを用いた量子コン
ピュータの提案(1年半前)
が契機になっている。それ以
前は、量子コンピュータにあ
まり現実性を感じなかった旨
。            
             
量子力学の実験的基礎付けを
行うため。        
量子情報処理デバイスの固体
化へ向けた可能性を探るため
。            
             
             
             
量子情報技術が
従来の情報技術
と最も異なる点
はどこにあると
考えているか。
       
完全な情報セキュリティの保
証。従来技術では不可能な超
並列処理。一方で、極めて壊
れやすい相関を扱わなければ
ならない。        
             
量子系を記述するHilbert空 
間は巨大な情報空間を提供す
る。量子系のもつれ合いをう
まく使うことで情報制御の自
由度はさらに拡大する。  
             
エンタングル状態(複数量子
系の間手形成される、非局所
的量子相関を持った状態)を
人為的に制御する点。   
             
             
量子情報処理に
関する研究は基
礎科学や情報技
術へどのような
波及効果をもた
らすと予想する
か。     
       
量子相関についての本質的理
解。ナノ・ピコスケールでの
物理過程の直接的検証。  
技術的には、原子サイズの構
造物の操作技術につながる。
             
             
             
全く新しい物理の1分野を開
くだろう。情報技術としては
、パターンマッチング等の画
像処理で量子アルゴリズムの
新たな有効性が見つかるので
はないか。        
             
             
量子計算は100年に1度あ
るかないかのスケールの大き
いテーマ。エンタングル状態
の制御は、ある意味で自然の
摂理に反すること。次の10
0年に渡って生命科学と同様
、基礎科学の重要テーマの一
つになるだろう。     
どのようなテー
マを重点的に推
進すべきだと思
うか。    
       
       
       
量子誤り訂正の実現。エンタ
ングル状態のdeterministic 
な、確率的ではない生成技術
と保持技術。       
             
             
             
半導体デバイスによる量子情
報処理の実証。      
             
             
             
             
             
実験!          
どの物理モデルが最終的候補
になるのか、どのような機能
が実現できるか等を議論でき
るような段階ではない。今は
、いろいろな物理モデルで理
論的予言を実証して行く時。
グループの人員
構成     
       
       
       
       
       
教授1名         
助教授1名        
ポスドク4名(実験3、理論
1)           
大学院生7名       
客員研究員7名      
             
研究室としては、教授1名と
理論のポスドクが1名。学内
外のグループと共同で研究を
進めている。       
             
             
             
教授1名         
助教授2名(理論、実験各1
名)           
ポスドク1名       
学生9名         
客員研究員1〜2名    
テクニシャン0名     
グループの研究
予算     
       
       
       
       
聴取不可。        
             
             
             
             
             
量子計算・量子通信に関する
DARPAのプロジェクトで年間 
50万ドルの予算を4人の教
授で分配。        
             
             
年間200万ドル(〜2億4
千万円)         
人件費が6割を占め、研究直
接費は4割程度。人件費は1
人当たり800万円程度。大
学院生にも払う。     

表2 欧州における研究状況調査結果
質問     
デルフト工科大学     
オックスフォード大学   
ビュルツブルグ大学    
研究テーマ  
       
       
       
       
       
       
       
超伝導量子コンピュータの研
究、DNAでの電荷移動の研
究、カーボンナノチューブを
利用した量子ドットの研究、
半導体量子ドットの研究、ス
キャンニングプローブを用い
た超伝導体表面の電荷分布の
研究           
理論、イオントラップ量子計
算、量子通信、NMR量子計
算、固体量子計算(理論) 
             
             
             
             
             
スピン制御を利用した量子コ
ンピュータの研究、スピン制
御(スピンフィルター)素子
の研究、MBE法による磁性
半導体の成長技術の研究  
             
             
             
研究の動機  
       
       
       
       
       
       
       
       
固体素子での初めての量子コ
ンピュータの実現と大規模な
量子計算集積回路の実現を目
標としている。      
             
             
             
             
             
既存のデジタルコンピュータ
はいずれ集積化、高速化の限
界が来る(2012年と予測)。そ
の時のパニックを防ぐ為にも
、次世代の新しいコンピュー
タ(量子コンピュータ)が必
要不可欠である。量子計算素
子の研究過程で、基礎物理の
新しい知見も得られる。  
量子コンピュータを実現する
上では大規模集積が必要不可
欠であり、固体を利用した量
子コンピュータの研究は非常
に有望であると考えている。
             
             
             
             
量子情報技術が
従来の情報技術
と最も異なる点
はどこにあると
考えているか。
       
       
       
量子コンピュータでの量子並
列性           
             
             
             
             
             
             
量子コンピュータでの量子並
列性(指数関数的な並列性)
。たとえば620個のキュー
ビットを用いることで宇宙に
あるすべて粒子数に相当する
10の200乗の並列演算が
得られる。これは従来技術で
は物理的に不可能である。 
もつれ合い、可逆ユニバーサ
ルゲート         
             
             
             
             
             
             
量子情報処理に
関する研究は基
礎科学や情報技
術へどのような
波及効果をもた
らすと予想する
か。     
固体素子での量子計算を実現
することで大規模な集積回路
を構成することができる。実
際に、古典計算機を大幅に凌
ぐデバイスの開発が可能にな
る。           
             
量子情報処理は、量子物理を
用いた全く新しい情報処理方
法の発見であり、基礎科学や
情報処理・通信技術への非常
に大きな波及効果を持ってい
る。           
             
セキュリティ管理のためには
重要な役割を果たす。   
             
             
             
             
             
どのようなテー
マを重点的に推
進すべきだと思
うか。    
       
固体素子での量子コンピュー
タの実現         
             
             
             
量子論理の理論的研究、量子
通信、量子暗号の研究、量子
計算の実験的検証     
             
             
NMRやイオントラップでは
大規模な計算ができないので
、固体素子を利用した量子コ
ンピュータの研究を重点的に
推進すべき        
グループの人員
構成     
       
教授1人、職員1人、技術者
1人、ポスドク1人、博士課
程2人          
教授1人、職員7人、技術者
1人、ポスドク4人、博士課
程20人         
教授1人、助教授1人、ポス
ドク2人、博士課程3人  
             
グループの研究
予算     
1.4ミリオンユーロ(2年
間)           
40万 英ポンド(1年間)
             
200万 ドイツマルク(4
年間)          



トップへ