1999.9.21

現在の日本のホバークラフトの災害救難用としての問題点

鳥取大学工学部
応用数理工学科
久保 昇三 

 現在、日本ではホバークラフトは大型定期路線用、小型競技用のものが作られていて、汎用業務用のものは極めて少ない。さらに、自衛隊が大型艇2艇を運用している。筆者達は、ホバークラフトの水陸両用性に着目し、これが災害救援に極めて有効であることを明らかにして、日本全国に計画的に配備することを提唱してきたが、未だ十分な理解を得てこの計画が実行される兆しはできていない。ここでは、日本のホバークラフトの現状を、災害救援目的艇配備の視点からながめ、その問題点を明らかにする。

 まず第1に自衛隊の運用している大型艇は、米国製で長さ26.8m,巾14.3m,吃水0.9m,全備重量153.5t,有償荷重54.3t,最大速度50ktの上陸用舟艇であり、2艇が就航している。この艇を災害救援に用いると考えた場合、第1の特徴はその大きな有償荷重にある。しかし、荷重搭載面は長さ25m,巾10m,面積250_程度であり、単位面積当たり搭載量は200kg/_を越えている。これは、この艇の主要輸送物が装甲車両であることからやむを得ない。したがって、災害救援輸送においては最大積載量は体積によって制限され、重量的には約半分程度にしかならないものと思われる。第2の特徴は、そのサイズにあり、多くの救援場面において上陸可能地点は制限を受けるものと想像される。例えば、落橋の場合、その横をすり抜けることは相当に困難で、その地点から上流には遡り得ないであろう。第3に、僅か2艇では、多様かつ緊急の災害救援活動に対応することは困難である。結論的に、この艇は、この艇の運用に適した場面では極めて威力を発揮し得るが、比較的限られた場面でしか運用できない。

 つぎに、定期路線に就航している旅客輸送艇を見てみよう。現在の日本では1社1路線のみで、3艇の運航で年間45万人を輸送しているとされている。使用艇は三井造船のPP−10であり、全長23.1m,巾11.0m,全備重量40.0t,有償荷重9.0t,乗客105人,最大速度50kt,巡航速度45ktである。この艇は客室をもっているので、客室は長さ11m,巾5m程度であって、路線バス2台分に相当する。乗客1人当たり重量を75kgとして計算しても、105人では8t足らずにしかならないので、積載重量には余裕がある。

 災害救援輸送にこの艇を使用することを考えた場合、最大の難関はその数の少な��_ウにある。就航路線の地元での災害であれば、一時定期路線就航を中断してでも救援に振り向けることができるかもしれないが、遠く離れた場所での救援には1艇以上を割くことは不可能であろう。ましてや、経費節減に最大限の努力を要求される民間運航企業にとって、過剰な乗員・整備員を常時待機させておく余裕はないものと考えられる。第2に、この艇のサイズは自衛隊の上陸用舟艇のものに近く、災害救援目的には大き過ぎる。例えてみれば、この艇の大きさは、最大級のトレーラーの長さと、その4倍近い巾と2倍近い重量となっている。したがって、これを運転するには特別な訓練が必要である。また、優秀な運転者が運転しても、トラック並みのきめ細かな操縦はほとんど不可能である。したがって、この艇を災害救援に利用できる可能性は極めて小さい。

 上記2種以外に日本で使用されているホバークラフトは全て小型艇であり、ほとんどが競技用1人乗り艇である。このような艇は、偵察・連絡には使用できても、人員・物資の輸送にはほとんど利用できない。これらの小型艇は全て全長6m以下である。

 全長6mは小型トラック程度の長さであり極めて厳しい制限である。この制限下では、実効エア・クッション面積は30_以下となり、全備重量3t以下,有効搭載量1t以下にしかならない。参考までに、英国で多用されている中型艇の1種は、全長10.6m、巾4.5mと路線バス並の長さで巾が少し広く、有償荷重2tもしくは乗客22名を運ぶことができて中型トラック並である。このサイズは災害救援輸送に適したサイズであり、旅客輸送ばかりでなく世界各地で多種多用の目的に使用されている。重量も最大で5t未満であるから、運転者養成も比較的簡単であって、ほぼ大型車の程度と考えられる。

 我が国で全長6mがなぜ強い制限になっているか、といえば、船舶検査において、ホバークラフトは特殊船舶であり、基本的な検査は本船並の取り扱いとして小型船舶機構には任せないためである。本船というのは一般的には大洋を航行することができる船舶であり、外洋で遭遇する各種気象条件、波浪条件に対応できる船舶のことである。しかし、これでは競技用小形艇まで本船並の取り扱いとなって煩雑を極め、かつ実質的に競技艇を建造することができなくなってしまうので、競技関係者の働き掛けによって全長6m未満の艇は暫定的に簡略基準を用いることとなった。それから相当の年月が経過し、我が国でも多目的汎用ホバークラフトがすこしずつ使用されるようになり、また、使用要求が出てきているが、法規制は簡単には変更されず、全長6mの制限が付いたままとなっている。このため、現実の汎用艇は4〜6人乗り艇に制限され、英国のような中型艇が発展する余地がなかった。災害救援用中型ホバークラフトを発展させるためには法規制緩和が必要である。現実的には全長12m程度にまで緩和することが望ましい。

 見方を変えれば、災害救援目的を専らとするホバークラフトは、現行法制の埒外にあるとも言えよう。この艇は道路上を走行する可能性がほとんどないから、道路交通法には規制されない。港湾や河川を航行する場合には船舶関係法に従わなければならない。しかし、洪水時の氾濫水面は船舶関係法の水面とは考えられず、このような場所を通行すること自体が想定されていないために、これを規制する法はないものと考えられる。したがって、専らこのような水面での使用を想定すれば、何も関係法が無いと言える。しかしながら、現実的には法の不備の抜け穴を突くのは正当な行為ではないので、船舶関係法に災害救援の場合の特例を設けるのが現実的であろう。災害救援を目的とするホバークラフトが外洋を航行する機会はほとんど無いものと考えられるので、機材としても外洋航行能力を必要とはしないし、船員資格としてもそのような能力を要求する必然性はない。

 一方、小型ホバークラフトの製作者達は、大半が競技用ホバークラフトの製作からこの分野に進出しており、マニア的色彩を色濃く残している。具体的には、現在の小型ホバークラフトは取り扱いが面倒である。そも、競技を念頭に置いた艇に、日常汎用使用目的の取り扱いの簡便さを望むのは無理である。競技者は、多少取り扱いが困難であろうと、最高性能を引き出すことに全力を傾けるであろうし、よい競技成績を上げるためには多少の不便は承知して艇の取り扱いに習熟するであろう。しかし、日常汎用業務に携わる側から見れば、ホバークラフトも、自動車や小型船舶と同様であって、その程度の取り扱いの容易さを求めるのは当然である。このため、艇製作者と運航者の間に意識の食い違いが起こり、最悪の場合には「ホバークラフトは使い物にならない」といった短絡的結論に至る場合も考えられる。例えば、ホバークラフトは低速での小回りが利かず、日常業務における細かい作業がやり難いという運航者の意見は、典型的な誤用の結果である。このような作業が必要であれば、ホバークラフトを着水させてしまえば、普通のプロペラ・ボートと同様な操作性が簡単に得られることは、ホバークラフト関係者の間では全く常識として通用するが、そうでない運航者にとっては、ホバークラフトは常に浮揚させておくべきものという固定観念が染み付いていて、着水させるといった発想がでてこないためである。さらに必要があれば、錨を投入して係留してしまうこともできる。

 つぎに、艇の設計そのものが、競技用艇と汎用艇では違うという事実を指摘しておかなければならない。例えば、競技者は、あるエンジンを搭載すれば、当然そのエンジンの最大能力を発揮させることを意図する。しかし、こうすれば、整備・調整はそれだけ微妙かつ困難となり、故障頻度も高くなる。反対に、普通に使用されている乗用自動車のように

性能に余裕を持たせれば、故障頻度は低下し、耐用寿命は伸びて、振動・騒音も軽減するものと期待される。同様の事柄は艇体重量軽減についても言える。すなわち、最高性能を発揮するには必要最低重量が好ましく、過剰重量は極力切り詰めるのが常道である。このためには、搭乗席の快適性、静穏性その他は配慮しないのが普通である。しかし、業務としてホバークラフトを使用する場合には、搭乗時間はレースよりは長時間におよび、キャビン内騒音,外部騒音の低下と乗り心地の改善は主要要素となる。多少の無理を利かせるためには艇体強度にも余裕が欲しい。丁度オフロード車と同じ発想となる。このためには一定の重量増加は許容できるし、その結果としての多少の性能低下は受け入れることができる。したがって、現状では、このような「実用化」プロセスが必要である。競技用ホバークラフトがF1レーサーとすれば、業務用ホバークラフトは各種作業車と位置付けられるので、その視点からの設計が必要である。

 さらに、ホバークラフトの整備、維持・管理および操縦に関するマニュアルの整備が緊急に必要である。これらの情報の大半は、競技者にとっては訓練課程で自然と体得してきたものであり、改めて説明を要しないものであるが、汎用目的ユーザにとってはほとんどが目新しい事柄であり、懇切丁寧な解説が必要である。ときによっては、これらを教本として短期間の特別講習が必要になるかもしれない。昔、南極探検において、ホバークラフトを利用した輸送が計画され、実際に南極越冬隊の装備として昭和基地に配備された。しかし、これを動かす人員がなく、数回程度の試験走行を行っただけで目立った実績を残すには至らなかった。運用ソフトの不足が決定的要因であった。したがって、各種マニュアルを含む運用ソフトの整備が急務である。

 より根本的な問題として、ホバークラフトの不整地走行能力の極限値について我が国で実測されたデータが見当たらない問題がある。定期路線への就航を意図した旅客艇では、不整地走行能力はあまり問題とされず、むしろ浮揚高さを制限して経済効率向上を目指す場合が多い。浮揚高さは耐航性向上のために考慮されるに過ぎない。また、注文生産されたホバークラフトは、それがそのまま製品として発注者に納品されるために、苛酷な極限性能テストによって艇を損傷する危険は何処のメーカーでも行わない。これに反して、災害救援艇では経済性よりは不整地走行能力が必要能力とされる。特に、洪水時の急流上でホバークラフトがどの程度自由にかつ安全に行動し得るかといった基本的データが欠落している。もちろん、これらの性能は、一定の巾の範囲内で、経済性その他の性能とトレードオフの関係にあって、設計上選択可能なものであると考えられる。したがって、災害救援用ホバークラフトの全国的展開を計画する前に、これらの基本性能を確認しておく必要がある。このためには、できるだけ早い機会に1,2の試作艇を作って、徹底的な性能検証を行う必要がある。

 同時に、我が国では、既述のように中型艇がほとんど作られたことがない。このため、

中型艇を生産した場合のコスト評価が極めて困難である。運航に要する経費についても同様に実証データがない。これまた、適当な艇を実際に運航してみて必要データを調べておく必要がある。

 最後に、従来はホバークラフトの建造および運航に携わる人達と、災害救援作業に携わる人達の間にほとんど接触がなかった。このため、ホバークラフト側からは、ホバークラフトが災害救援場面において有効であろうことは「常識」と考えられてきたが、実際の災害救援実務においてどのような性能が求められるのか分からなかった。災害救援側からは、ホバークラフトに対する知識が決定的に不足しており、これが利用可能であるという発想が全くなかった。実際の艇を用いた実地検証もしくは演習を行って、これらの人達の相互理解を進め、より災害救援にふさわしい艇の建造と日本全土への配備計画を考える必要がある。