Text by Akira Shirata
「なぜ、TKの曲ばかりがヒットチャートを駆けのぼるのか？」「どうして彼の曲が売れるのか？」ファンならずとも疑問をいだくほど、最近のプロデュース活動はパワフルそのものだ。その秘密は何なのか？売れる曲づくりにセオリーはあるのか？ヒットメーカーTKの秘密を曲づくりの観点から解析すると……
● 覚 え や す い 楽 曲 の 秘 密
TKの書く曲はとにかく「覚えやすい」。このことは超売れっ子の現在はもちろん、デビュー当時から変わることのない特徴である。では「覚えやすさ」の秘密はどこにあるのだろうか？ その秘密のひとつは「繰り返すメロディー」にある。どの曲をとってもごく短いフレーズの繰り返し、あるいは同じリズムを繰り返すことによってメロディーが構成されているのだ。ヒットポップス作りには、「覚えやすいサビを同じメロディーの繰り返しで作れ」というセオリーがある。だが、彼の曲にはそのセオリーを超えた世界がある。それは、繰り返しのインターバルが一般的な作品よりもはるかに短かいという特徴に集約される。一連のヒットを分析すると、最も多いのが1〜2小節のメロディー・パターンの繰り返しで構成されている曲なのである。
また、イントロに使われるリフ（＝サビのリフである）と同じメロディーがそのまま歌の出だしのメロディーや、サビのメロディーになっていることが多い。歌だけでなくバッキングまで含めて同じメロディーを繰り返すことによって、より「メロディー」を印象づける効果を上げているわけだ。その手法で曲を構成していけば、「曲を構成するパートを少なくする」こともできる。
デビューシングルとなった「金曜日のライオン」を聴いてみよう。この曲はイントロのフレーズもＡ、Ｂ、Ｃのメロディーもバッキングもすべて2小節パターンの繰り返しで構成されている。もちろん、まったく同じものの繰り返しだけではないが根底のリズムは共通している。イントロのフレーズの繰り返しを聞いただけで、この曲のメロディーラインはオーディエンスの頭に刻み込まれてしまうのだ。それが「より覚えやすい曲を生み出す」秘訣のひとつなのである。この曲の発売当時、日本の楽曲にはここまで徹底した繰り返しパターンの曲はほとんどなかった。しかも大サビでは音楽的な予告なしでいきなり転調している。現在でこそ当たり前になりつつあるが、当時は斬新な手法であった。TKの中では「繰り返す」ことによる作曲手法がこの当時すでに完成をみていたのだ。
*「金曜日のライオン」はアルバム「RAINBOW RAINBOW」
からシングルカットされた
● リ フ の 応 用
TKの作曲手法は「コード進行優先型」、あるいは「リフを主体とするバッキング先行型」である。つまり「ひとつのリフがうかぶ」→「リフを変形させてバッキングを作る」→「さらにバッキングを発展させて曲ができ上がる」という流れである。それゆえ、彼が曲を書く時には、ほとんどの場合、コード進行から入っていくという。一般的には、作曲家はまずメロディーを考えるものとされている。ところが、TKの場合、極端に言えば完パケ（完成品のこと）でも使えそうなレベルのバッキングパートを完成させ、大詰めになってからメロディーを作っていることが多い。つまり、曲のイメージのベースとして、コード進行とリズムパターンが先行するのである。さらに、この発想方法はそのままメロディー作りに応用されている。「ひとつのフレーズがうかぶ」→「フレーズを変形させてメロディーを作る」→「メロディーを変形させてひとつの曲になる」という流れである。TKの生み出す「メロディー」自体が、「リフ」の発展に限りなく近いという見方さえできるのだ。
短いリフからすべてを生み出すという手法を駆使して作られた典型的な曲が、TM Networkの最初のビッグヒットとなった「GET WILD」である。あらためて聴きなおしてみると、この曲には彼の特徴が凝縮されているのがよくわかる。Ｂメロとサビは見事なほど同じメロディーの繰り返しで、サビのメロディーにはイントロのフレーズが使われている。さらにTK流の特徴的なリズム「付点8分音符と16分音符の組合わせ」も多用されている。「このリズムは海外の人達にとってとても新鮮なもののようです」と本人も語っているが、このリズムパターンを使った作品は数多くある。例えば、TRFの「寒い夜だから」では全体を通してこの「小室リズム」が流れている。TKの曲ではバッキングパターンとメロディーラインのリズムパターンが同じことがとても多いのも、作曲スタイルがリフ優先型の曲作りだからである。
*「GET WILD」は｢TMN BLACK」など、
数多くのアルバムに収録されている
● ド ラ ス テ ィ ッ ク な 展 開 を 生 む 背 景
TKの曲作りの流れでは、メロディーを優先して作ることは少なく、たいがいの場合、リフを発展させて全体の構成をほとんど完成させたデモテープを作ってからメロディーを乗せていくというパターンを取ることが多い。このやり方は海外のロックバンド（洋楽）に多い作曲方法だ。そのデモテープはほとんど実際にアルバムに収録されるものと変わらないほどのクオリティーを持っている。ただし、このやり方はどんなコード進行でも自由にメロディーを組み上げられる場合にしか使えない手法であり、一般的には難しい作曲方法といえる。その手順を整理してみよう。
以上のプロセスをへて新曲ができ上がる。この流れがTK独特のドラスティックな展開を生む秘密である。リフとコード進行から曲を作っていき、なおかつ作曲の補助ツールとしてコンピューターを使うと、曲想の場面展開に制約がなくなっていくのだ。「次はこうしたらどうなるかな？」というアイデアひとつでその次の展開を自由自在に変えることができるからだ。もちろん、転調も自由自在にできる。一般的にメロディーが先に完成している場合、劇的な場面展開や転調をしようとすると、メロディーが足枷になって「無理のあるアレンジ」になりやすい。バッキングパートから完成させていくことがドラスティックで自由な展開を生んでいるのである。
- イメージにあったリフ、あるいはコード進行が浮かぶ。
- それにフィットしそうなリズムパターンをコンピューターに打ち込む
（このパターンはあらかじめ完成されていることが多い）
- そのリズムパターンにあわせて全体の構成やコード進行を考える
（この段階で主要なシーケンスパターンや間奏のアイデアがすでに完成形に近いものとして練られている）
- おおまかな構成ができ上がったら、仮コードを手弾きで、あるいはコンピューターに打ち込んだメインのバッキングを、マルチトラックレコーダーに録音してしまう。
- マルチトラックレコーダーを再生しながら、ベースのフレーズを考えつつ、それをコンピューターのシーケンスソフトに打ち込む。
（実際は手弾きでリアルタイムに入力する）
- それぞれのバッキングパートのデータを入力し終えたら、細部を詰め、細かい音色を決めてすべて録音してしまう。
- この段階でほとんどオケは完成に近いものとなる。最後にもっとも曲のイメージにふさわしいメロディーを着想する。
● 洋 楽 と T K の 共 通 点
クラシックの作曲家は短いワンフレーズ（モチーフという）で１時間にもおよぶ交響曲を書き上げてしまう。TKの曲の作り方はそれにきわめて近いのかもしれない。彼はたった二つの音程だけですべてを作ってしまうことさえある。例えば、TRFの「EZ DO DANCE」。この曲の主要な音はたったの二つしかない。これだけで１曲をまとめ上げている。「EZ DO DANCE」よりも構成音が少ない曲はまず見当たらない。実に見事である。そして、メロディーも見事なまでに「繰り返し」のパターンに徹している。その構成パーツの少なさが、踊りやすさと覚えやすさと盛り上がりを生み出しているのだ。
振り返ってみると、TM Networkの後期のヒット作「DIVE INTO YOUR BODY」も構成音の少ない曲だ。そしてこの曲も「繰り返しのメロディー」に徹している。Ａメロは1小節（しかも3拍）のワンフレーズの変形で作られている。これほど短いメロディーで聴くものに強い印象を与えるのはなかなか難しいのだが、見事にそれをやってのけているところにTKの真骨頂がある。たったひとつのモチーフですべてを作りきってしまういさぎよさが、そこにある。
こうして分析していくとTKの曲は実に「洋楽的」ということができる。使うコードの少なさ、そして変化することをあえて抑えたメロディーラインなど、それは「洋楽」の発想そのものといえる。これまで、日本のロックやポップスでは、作曲する過程の手法、方法論が、「いわゆる歌謡曲」の変形でしかなかったものが主流であった。そこに登場したのが、発想方法そのものが海外のロックやポップスに近いTKの曲であり、その曲が数多くの人々に認知されていった。これは、ある意味で日本の音楽シーンを大きく変える（あるいは変えた）ひとつの要因であり、歌謡ロックでないロックが「売れる」という既成事実を作ったという点を見逃してはならない。
*「EZ DO DANCE」
● T K の バ ラ ン ス 感 覚
TKの書く曲には「覚えやすい」「構成するパーツが少ない」という特徴がある。曲を構成するパートを少なくすることによって、より覚えやすい曲を生み出しているからである。ただし、１曲の中の構成パートが少ないということは、覚えやすい反面、単純で単調な曲になりかねない危険性をはらんでいる。この危険性をTKは彼流の優れたバランス感覚でクリアしている。具体的にいうなら、オケにうまく変化を与えることによって、決して単調さを感じさせない構成を実現しているのだ。そのポイントは、アレンジ上での劇的な場面展開の手法と「転調」を効果的に使っているという点にある。
例えば、ミリオンセラーのひとつ、H Jungle With tの「WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント」を分析してみるとその手法が浮かび上がってくる。この曲は、短いワンコーラスを延々と繰り返しながら、後半に向けて盛り上がっていく流れをもつ。前半のリズムはレゲエスタイル（これが「ジャングル」の基本）。そして、間奏のラップの場面から「ジャングルビート」がなだれこんでくる。注目すべきは、そこでのリズム変化の橋渡しのために、さりげなく入っているギターのアルペジオだ。そして、ビートの変化とともに、それまで淡々と流れていたオケが大きな盛り上げを見せ、大サビが登場する。このダイナミックな展開によって、この曲は感動的な仕上がりをみせる。同時にバッキングも大人数のコーラスとなって曲を盛り上げる。このあたりのアレンジ手法は単純な繰り返しを多用する曲の場合の定番といえるが、センス良く仕上げるにはバランス感覚を備えたそれなりの才能が要求される。アレンジ手法にTKの非凡なバランス感覚が見てとれるのである。
*「WOW WAR TONIGHT」
● コ ー ド 進 行 の 秘 密
TKが作曲した数はいったいどのぐらいになっただろうか？ その数は膨大になることは論を待たないが、たくさんの曲を書けば書くほど、知らず知らずのうちにパターンというものができてくる。これは、意識しようがしまいが自然とでき上がってくる、いわば作曲者の個性でもある。場合によってはワンパターンのレッテルを貼られることもあるし、その反面うまく利用すると作曲者ならではの特徴、アイデンティティーとして評価されるようになる。パターンをうまく利用できるかどうかが、作曲家としての評価を分けることにもなりかねない。そして、TKの最も優れている点は、見事なほど同じパターンのコード進行でまったく違うイメージの曲を作り出していることにある。
例えば、「BOY MEETS GIRL」のイントロの、リズムが入ってきてから以降のコード進行は、TKが最も好んで使うパターンのひとつであり、このコード進行でTM Networkの「1974」のイントロと「SELF CONTROL」のサビをそのまま弾くことができる。だが、この三つの曲はまるで似ているようには感じられない。この��-� �3度ベース）-��-�イ箸いΕ魁璽豹聞圈�keyがＣならC-C/E-F-G）はTKの定番である。また、TM Network時代によく使ったもうひとつのパターンが��-��-� �keyがＣならF-G-C）もしくは��-��-��m（=� �keyがＣならF-G-Am）で、「THIS NIGHT」、「ELECTRIC PROPHET」、「RAINBOW RAINBOW」、「金曜日のライオン」などで聞くことができる。これらの曲はそれぞれはまったく似た印象を与えない。同じようなコード進行を使っていても、バッキングのリズムやシンセのアレンジで全く異なるイメージを作り上げることに成功している。これが「小室マジック」の秘密である。
また、興味深いのは、巷ではTRFの「BOY MEETS GIRL」と観月ありさの「Happy Wake Up」はそっくりだといわれているが、楽曲的に分析すると、確かにメロディーの一部はまったく同じ動き方をしているものの、この2曲のコード進行はまったく違う点。つまり、違うコード進行を使いながら、アレンジ次第でいくらでも印象を与えることさえできるのである。
*「BOY MEETS GIRL」
● T K マ ジ ッ ク
「狭い音域で覚えやすくインパクトのあるメロディーを作る」---ひとことでいうなら、TKのメロディーラインのポイントはそういうことになる。「狭い範囲の音域で良いメロディーを書く」ということは「わかりやすく覚えやすい曲」を生み出すコツであり最大のツボである。前述した「少ないパーツで曲を構成する」ことと同じく、これもヒット作を生み出す秘密のひとつだ。どんなに音域の広いヴォーカリストでも声の特徴のある部分（「おいしいところ」という）、持ち味は、実際はそれほど広い範囲ではない。そのおいしいところだけを生かして、より印象づけようとすれば、必然的に狭い音域で曲を書かなければならない。これがシングルヒットをねらう場合の重要なポイントなのである。
一般的に女性の場合は、特に高い音域にこの部分があるヴォーカリストが多いため、最近のTKはかなり意識してその人のぎりぎりの音域で歌わせていることが多い。華原朋美も安室奈美恵もhitomiもTRFのYU-KIもglobeのKEIKOも例外ではない。ただtrfの「BOY MEETS GIRL」と「寒い夜だから」は、この「広すぎない音域で」の鉄則にはまらない例外的な部分のある曲だ。どちらもメロディーの終わりの部分にある目立つパートで、いきなりオクターブも動いている。これはYukiの声がラからレの間にとても魅力があることと、彼女の発声がこういう広い音域をジャンプした時にとても良い表情を出すことに着目し、敢えて試みたメロディーラインだ。この手法は渡辺美里に提供した「My Revolution」でも使われている。
以上ようにTKはヴォーカリストの一番良いところを引き出すのがとてもうまい。作曲する時はヴォーカリストのことを本人以上に知り尽くすことがヒットメイクにつながる。これこそ「小室マジック」といえる。
● プ ロ デ ュ ー サ ー T K の 3 つ の 秘 密
大ヒットとなった、H Jungle With tの「WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント」には「ヒットの秘訣」がすべて凝縮されて いる。まとめの意味で検証してみよう。
以上のように分析できるが、繰り返しを承知でTKのヒット曲づくりの必殺技をまとめると、
- 「繰り返しのメロディー」
：サビはたった2小節のメロディーを繰り返している。そしてサビを延々と繰り返した後に襲ってくる大サビの開放感！ このインパクト、気持ち良さはハンパではない。
- 「おいしいところを充分に聞かせる音域を限定したメロディー作り」
：レの音を中心にした浜田の声の美味しい音域にメロディーが集まっている。そして、感情が高ぶったクライマックス的パート「自分をほめろ！」では思いっきりシャウトさせ、それまで使っていなかった音域で歌わせて大きなインパクトを生み出している。
- 「少ない構成パーツとそれを感じさせないアレンジの工夫」
：この曲は短いワンコーラスを延々繰り返して盛り上がっていくが、サビ部分は３回転調するし、盛り上がったＡメロもすでに転調している。静かな前半部分が終わると間奏から「ジャングルビート」が入ってくるが、この部分にさりげなくギターのアルペジオを入れて自然なリズムチェンジに成功している。そして、ビートの変化とともに、淡々と始まっていた曲が大きな盛り上がりを見せ、大サビが登場。このパートではバッキングのコーラスの人数が増え、壮大とも表現できるクライマックスに至る。
- 同じメロディーを数多く繰り返して、一度聞いただけでもメロを覚えさせてしまう「繰り返しのメロディー」
- 多すぎない構成による楽曲つくりと場面展開や転調を巧みに使うアレンジで曲に変化をつけて退屈させない「少ない構成パーツとそれを感じさせないアレンジの妙」
- ヴォーカルの「おいしいところを充分に聞かせる広すぎない音域」
という3つの要素がある。
さらに最近は、それにもうひとつ要素が加わった。「楽曲はサビから始まる」という手法がそれで、華原朋美、globe、TRF、安室奈美恵らの最近のシングルにはこのスタイルが見られる。
● 最近のTKの傾向
最近のTKの作曲傾向として「楽曲は必ず覚えやすいサビのメロディーから始まる」 という手法が見られる。これは「初めて聴く人に最もインパクトのある部分を、まっ さきに聴いてもらう」＝「楽曲を覚えてもらいやすい」という図式に表わすことがで きよう。特に華原朋美やglobeの楽曲にこの傾向が顕著である。CMとのタイアップが 前提になっている最近の音楽環境において「始めの部分にもっとも美味しいパートが ある」ということが、ヒットの大原則であるといっても過言ではないだろう。TKは意 図してこのような楽曲作りをしているのである。しかもそれが計算的に聞こえない、 自然な構成に仕上げてある。ここに「大ヒット」を連発しているTKの秘訣が隠されて いる。一番のポイントは「意図していることを意識させない曲の構成力」である。「 サビから始まる楽曲」は、これまでにも何人もの作曲家が使った方法ではある。だが、 「どの曲も自然にサビから始まる」ことを成し遂げた作曲家はまれである。同じ手法 を使っても「飽きさせない」のは、アレンジを絶妙に変えてあるからなのだ。