座談会【国際標準化100年を記念して】

座談会【国際標準化100年を記念して】

経済・社会の発展に貢献する標準化

 松本 本年は、1906年に設立されたIEC(国際電気標準会議)が100周年を迎え、日本として国際標準化活動の参画にかかわって100年目という節目の年です。
 また、本年取りまとめられた「経済成長戦略大綱」や「知的財産推進計画2006」には国際標準化活動に対する体制強化について提言が盛り込まれるなど、具体的な行動に移すべき時期にきていると思います。
 IEC100周年ということで、これまでを振り返られて、高柳前会長はどのような感想をおもちですか。

 高柳 1906年のIEC設立時、日本はアジアから唯一参加した国ですが、当時のわが国は発展途上国でした。明治の先輩の気概、決断、それに先見性、これには全く頭が下がる思いです。私どもも、その気概を見習う必要があると常々思っております。
 IEC100周年に際しまして、設立会議の議事録が公表され、私も初めて原文に接することができました。ご参考までに、日本に関係する記事を簡単にご紹介します。
 議事録を読みますと、日本代表の藤岡市助博士が既に国際会議運営の方法について精通していたことがわかります。2日目の全体会議でアメリカ代表のマローさんが規約、規則の修正案を提案いたしますと、藤岡博士がすかさずセカンドし、提案が議題として採択されております。
 また、名誉事務総長から、1国だけ遠隔地にある日本に配慮して文書回答期限3カ月の原案を4カ月に変更するという動議が提出されて、全会一致で可決されたことが記録に残っております。ちなみに、現在のIECでの文書処理は全部電子化されていますので、遠隔地に対する配慮は不要になっています。100年の間の電気・電子技術の進歩を示す一例だと思います。
 20世紀は電気の世紀と言われておりますけれども、このような電気・電子技術の産業の発展に呼応してIECは発展を続けてきました。設立時の参加国は、日本を含めて13カ国にすぎませんでしたが、現在では会員65カ国、予備加盟国が69カ国、合計134カ国がIECに参加をいたしております。

 松本 田中会長、ISO(国際標準化機構)をめぐる国際情勢も大きく変化していると思うのですが、これまでを簡単に振り返っていただいて、コメントをお願いします。

 田中 ISOは、1928年設立の機械工学分野の万国規格統一協会を引き継いで、1947年に設立されました。第2次世界大戦後における国連の理念に基づいてISOの活動が始まりました。ISOは、メートル法に基づき規格を整理していくとか、国連の多くの組織がそうであるように、1カ国1票の制度に基づき運営されることになりました。
 発足当初はボルトやナットなど、標準の伝統的な仕事である互換性に力点を置いて標準化の仕事を始めました。振り返ってみますと、1970年の時点で、ISOの規格はわずか1600しかなく、活動もヨーロッパが中心でした。
 その後、2つの大きな変化がありました。1つは国際協定のスタートです。1980年にGATT協定において、今のWTOですけれども、スタンダードコードができました。次いで95年にWTO/TBT協定ができました。この2つの協定が国際規格の重要性を世に知らしめたと思います。
 もう1つは、1980年代中頃、ISO9000シリーズを発行したことですが、これは従来とは考え方が全く違う、管理システム規格で、ISOの存在を有名にしました。
 現在、157カ国がISOのメンバーです。実に1万6000の規格がストックとしてありまして、毎年、1000以上の規格ができています。このような規格が、産業活動に不可欠な国際的な取引のベースになっているわけで、ISOはまさに経済社会活動の技術的なインフラになっており、その範囲は今後とも拡大していくと思われます。

急増する途上国の参加

 松本 田中会長のお話にもありましたが、1995年のWTO/TBT協定の発効は国際標準化に取り組む環境を一変させたと思います。国内の規格は原則として国際規格を基礎として作るよう義務づけられたわけです。そこで、私ども経済産業省が事務局をしておりますJISC(日本工業標準調査会)でも、国際標準化への取り組みを強化してまいりました。「国際標準を制するものは世界市場を制する」という観点から、世界各国も国際標準化活動への関与を強めてきています。
 例えば中国は、2001年にWTOに加盟して以来、国家戦略として国際標準化に積極的に関与してきています。
 こういった最近の世界の動向について、ご見解をいただきたいと思います。

 田中 グローバリゼーションとTBT協定の発効により、国際標準の重要性を多くの人が認識しました。かつてアメリカはISOの活動にあまり熱心ではありませんでしたが、最近これが変わってきました。1990年頃は、専門委員会などの幹事の数で言えば、アメリカは89ぐらいしかなく、ドイツに次いで2番目でした。これが現在では122と、アメリカが世界で一番多くなっています。ここ10年くらいの間、ISOの活動に非常に熱心になってきております。
 ここ10数年ISOを見ていて、一番変わったのは、発展途上国のウェイトが増えたことです。現在、ISOのメンバーは157カ国ですが、その8割が発展途上国です。10年ほど前は120カ国程度でしたから、ここ10年で参加国、それも途上国の参加が増えました。ですから、途上国にISOの議論のプロセスにいかに入ってもらうかということが非常に大事になってきました。そのため、「Twining」といって先進国と途上国がペアになって参加する仕組みをつくったりしました。

 松本 先ほどもお話がありましたが、特にISOでは、標準化活動の範囲について、新規分野への広がりが顕著になってきていますが、これについては、どのように御覧になっていますか。

 田中 世界のニーズが多様になってきましたから、ISOはこの要請に応えなければなりません。もともと標準化のテーマは、エンジニアリング的な分野、互換性をどうするかとか単純化といった課題への対応が多かったのですが、最近は、先ほども少し触れたように、品質管理のISO9000シリーズ、環境マネジメントの14000シリーズなど、いわゆるエンジニアリング的な分野からは若干離れる分野に、ニーズは広がってきました。
 また、最近の新規分野にナノテクノロジーがあります。これはいろいろな技術が集中する分野で、こういうところの標準化を手がけるようになりました。
 ISOは、先ほど申し上げたとおり1カ国1投票で、ナショナルメンバーボディを通じて意見を反映させていく仕組みになっています。最近は規格づくりの過程で、労働組合、消費者、NGOなど広い分野のステークホルダーの意見をできるだけ取り入れようという、ダブルレベルのコンセンサスと言っているのですけれども、そういう声が高まってきています。いま、社会的責任のワーキンググループでは、ステークホルダーの意見をどのように取り入れるかについて真剣な取り組みを始めています。
 このように、ここ10年ほどの間に、国際標準化をめぐっては、スケールとかスコープとか、いろいろな意味で大きな変化が見られてきています。

 松本 IECでも、アメリカは積極的になってきたようですし、途上国も経済的な地位の向上に応じて、電気電子技術に対する意識が浸透してきているのでしょうね。

 高柳 私がIECの中で経験したことを例に挙げたいと思います。
 1つはアメリカの変化です。かつてアメリカはIEC標準に対して、それがヨーロッパ主導型であるということで距離を置いてまいりました。WTO/TBT協定の成立を見越して、1990年代の初めからIEC標準化で主導権を握るというように政策を転換したと思っております。
 その結果、2005年、昨年のIECケープタウン総会で事務総長がオフィシャルに報告した内容によりますと、専門委員会への参加数で、米国の場合は1090で第1位になりました。ちなみに、第2位はドイツの1067、第3位は日本の819です。
 日本のJISC当局も国際標準化への取り組みを強化していただいていると承知をしております。専門委員会への参加数、議長数(第6位)、幹事数(第4位)とも、それなりの位置を占めるようになってまいりました。しかしながら、日本の電気・電子技術力と産業力から見ますと、まだまだ物足りないと思っております。
 一方、総会の招致数の実績は、これも1990年ごろから変化が見られ、特にアジア、オセアニアとアフリカの増加が顕著です。私が会長を務めておりました3年間に2回の総会が中国と韓国で開催されました。これは画期的なことであったと思っております。これらの国々のIECへの熱意、これが非常に向上しているということだと思います。
 こういった状況に応えたのが「IECマスタープラン2000」の柱の1つ、グローバルリーチです。この政策はWTOの期待に応えるものです。これによって欧州以外の地域や発展途上国の参画が、これからさらに加速されると思っています。

今後の標準化活動への関与のあり方

 松本 国際標準化活動は、国際競争力に直接リンクするという観点から、受け身ではなく積極的、自発的に取り組むべきだということで従来から努力してきたところですが、今後のわが国の国際標準化活動への関与のあり方については、どのようにお考えですか。

 高柳 IEC会長を務めていた間、むしろ日本の活動をIECという場から客観的に観察するという立場におりました。その観察の結果得られた事柄の1、2を、ご紹介しておくことが、場合によっては大変役に立つのではないかと思います。
 会長をしておりますと、田中ISO会長も同じだと思うのですけれども、いろいろな国の方と雑談する機会が大変多くなります。雑談からわかった日本に対する率直な意見とか評判をここでいくつかご披露いたします。
 評判の1つは、例えば日本の委員会への出席者、大変まじめでよく仕事をしてくれて助かる、宿題もよくやってくれる、ほかの国はこんなことはないというものです。ですけれども、これが高い評価と理解して安心するわけにはいきません。その次に、「プロアクティブな貢献が大変少ないのが残念」という言葉がしばしば続いてまいります。
 彼らの言うプロアクティブとは何かといいますと、創造的なアイデアに基づく提案、例えば新たなやり方、仕組みの提案などです。先ほど田中ISO会長のご説明で、例えば技術の標準からマネジメントの標準に転換するというような発想ですね。そういったことが日本から出てくるか、こういう投げかけだろうと思います。

 松本 大きな発想の転換は、なかなか簡単にはできないということでしょうか。日本人の国際標準化への取り組み方については、どのように評価しておられますか。

 高柳 率直に言いまして、全般的には日本人に対する評価は低いと考えたほうがよいと思います。これは決して個々の人の問題ではなくて、日本では初等教育から高等教育、さらには社会に出てからも、問題解決重視型、問題提起型軽視になっていることに関係しているのではないかなと思っております。国として対策を考えるべきことではないでしょうか。
 もう1つ、日本人には真の仲間が少ないという嘆きをよく聞かされます。最初、私は日本人が英語が苦手なせいかと思っておりました。ですけれども、そのうちに主な原因が別にあるということがわかってまいりました。
 昼間の会議が終わりますと、しばしば誘い合って会食懇談が行われます。日本人でこれに参加する人はほとんどいません。日本の方は何をしているかといいますと、ホテルに帰って、せっせと昼間の会議の報告書をつくっているということのようです。
 さらに、最近では出張での会食費を認めない企業も増えているようです。会食懇談会では昼間の激論のときの本音が漏らされたり、お互いの関係の修復が図られたり、場合によると非公式な合意、次の日に行われるであろう合意の非公式なものが先立って形成されるようです。この会食でお互いの理解が進み、真の仲間がつくられるのです。
 真の仲間となって、やわらかい時点での情報、裏情報を取得すること、腹蔵なく非公式の議論ができるということはリーダーシップを発揮する際に欠かすことができません。何のために標準化の国際会議に人を派遣しているのかということをよく考えて、わが国の習慣や規則を世界標準に合わせていく必要があるのではないかと思っております。

 松本 日本の国際標準化への取り組み方も、国際標準にあわせていく必要があるということですね。

 田中 確かに高柳さんが言われたような側面があって、これは標準の分野だけではないと思います。常にコミュニケーションというのが大事なわけで、そういう点、改善していかなければいけないと思います。
 私は若干楽観的に物を見ております。日本が専門委員会の事務局を務める数も着実に増えています。いろいろな技術的な貢献も経済産業省の支援をするスキームが効果を奏して、いろいろな専門委員会の議論に随分良いインプットができるようになってきております。
 私は今、化学の分野で仕事をしていますけれども、その支援の一環として地震対策のための免震ゴムの評価方法という分野について、日本が新しく国際規格を提案し、ISOの規格になっています。現在、自然災害が大きな問題になっていますけれども、日本はこの分野において立派な貢献ができていると思っています。

 松本 日本が国際標準化で、大きく貢献していることもあるということは、従来あまり聞かれなかったのですが、そうしたお話を伺い、少し心強く感じます。

 田中 日本の貢献とは何かということがよく話題になります。今は世界の中で考える必要があって、何も全部日本を通して出ていかなくてもいいわけです。それぞれの日本の企業が世界中で活躍していて、要は国際的にいい成果が出るようなことをやっていけばいい。そういうことから見ると非常に層も厚くなっているし、慣れないうちはつき合い方がわからないということもあるのですけれども、慣れた人は会議にもきちんと出席して積極的に議論に参加し、会議の後にも他国の人と食事に出かけるとか、いろいろなことをして生き生きと楽しみながら仕事をしている方も私は多く知っています。
 概念的に新しいものを出さなければならないと、日本の研究開発などの分野でもよく言われました。しかし例えば、誰でも使いやすいアクセシブルデザインは日本から出ていったコンセプトです。高齢化社会、弱者にどう対応するかということで、ガイドの71番になっています。それにMPEGですね。これは非常に立派な日本が貢献した国際規格で、私はそういう意味では着実にいい方向に向かってきているのではないかと思っています。

 松本 新たな分野の規格の中でも、日本の得意分野があると、世界に向けて提案できるわけですね。

 田中 国際規格といっても、地域の特性、多様性というのがあって、なかなか1つの基準だけ決めて、それでやっていくのは難しい側面があります。片一方を無視して国際規格をつくるのはおかしい。このことはJISCが1990年代の終わりから言い始めて、グローバル・レレバンスという1つの国際規格をつくるときの作業仮説になりました。今では、IECでも、ISOでも受け入れられています。
 こういう10年近くかかることを日本が言い始めて実現した。世界に対する日本の大変な貢献だと思います。WTOの3年見直し作業があるわけですけれども、この過程でも、国際規格って一体何かというクライテリアをつくる必要がありました。JISCが産業界と作業をして、その成果がWTOの1つの大きいクライテリアになりました。これも日本がいなければできなかったことです。
 さらに、ISOの場合は、ウィーン協定という、ヨーロッパに有利な仕組みを、米国と共同で、できるだけ平等になる仕組みに直そうという提案をして、これも実現しました。最近は経団連がJISCと一緒になってパテントポリシーの提案をしました。この提案は、ISOとIECとITU(国際電気通信連合)の合同のパテントポリシーのコモンポリシーになりました。
 そういうふうにいろいろ見ていくと、着実にみんな問題意識を持ってJISCを中心に、日本の貢献は非常に立派にできていると思います。

産業界が取り組むべき課題

 松本 国際標準化活動に当たって主役の1つである産業界が取り組むべき課題に関してはどうお考えですか。

 田中 産業界と一口に言っても、ビジネスの戦略として積極的にやって、短期的な効果の出る分野と、標準の分野ですぐにメリットが出ない業界があります。後者は、インセンティブの問題もあるわけですけれども、WTOのいろいろなルールができたことや、活動の範囲が広がってきていることから、徐々に産業界の意識も高まっていると思います。
 そういう意味で、デジュールの分野もISOやIECだけではなくて、アメリカのASTMとか、ASMEとか、いろいろ立派なデジュールの規格をつくっている国際的な組織があって、そういうものをうまく組み合わせて、産業界は活動していく必要があると思います。
 課題ということでは、1つは私が今仕事をしている化学分野に関してです。この分野は、さまざまな先端的な技術開発をやっているのですが、バイオとかナノの新しい技術分野は、用語が混乱するとか、分析方法がはっきりしないと、企業のほうも困ることがかなりあります。
 一方、この分野は公的な国際機関が一気に標準化を進めることができるし、JISCは国際標準化を体系的にやれる組織なので、産業界と協力してこういう分野を整合的に進めていくということをやっていただければ、産業に非常に役に立つと思います。

 松本 認証との関連という意味では、いかがでしょう。

 田中 現在、世界中で環境安全が非常に重要な分野になっています。この分野は、従来、強制法規で規制をしていましたが、昨今では、規制を補完する意味で民間の自主的な管理が不可欠になっています。そうなると、世界はつながっているわけですから、ベースになる分野は国際的な規格があったほうがいい。例えば安全のデータシートといった分野は国際規格にしておくことが望ましい。一方、自己適合宣言のルールをJIS法の体系に新しく法律改正して取り入れたわけですけれども、こういう民間で自主的にいろいろやろうとすると、適合性評価の問題が非常に大事になる。
 自己適合宣言がうまく定着すると、規制の補完とか、規制緩和とか、いろいろなことがうまく回り出すわけです。しかし、残念ながらこの分野は国際的にもルールがまだうまくできていません。こういう点、日本が中心になり、例えばISOのCASCO(適合性評価委員会)といったところにいろいろ働きかけをしていただければ世界的に評価していただけるのではないかと思います。

 松本 高柳前会長、産業界が抱える課題、どう取り組むべきかという観点からいかがでしょうか。

 高柳 特に日本の電気・電子産業に限って申しますと、標準化をデジュール国際標準化だけでなくて、コンソーシアムやフォーラムの国際的な活動を視野に入れて議論をしないと間違った方向に行くのではないかと思っております。
 わが国の電子情報産業の、フォーラム標準化活動は、大変活発になってきております。特にわが国の企業がリーダーシップを持ってやっているフォーラム活動もかなり目についてきております。この限りにおいては日本の電子情報産業界の標準化に対する理解は非常に進んでいると思っております。
 一方、デジュール国際標準化に関しましては、ボランティアの奉仕活動というふうに誤解している向き、あるいはトップもいるというのは事実だと思っております。これに関してはどうもIEC標準の影響、具体的に申しますと利益、あるいは不利益、それを獲得したときにどんな利益があるか、獲得し損なったときにどんな不利益があるかということ。それに関するトップのノミナルでないリアルな理解を得るということがキーになると思っております。

 松本 企業のトップがビジネスの上で現実味を持って標準の重要性を実感することが大事だということですね。

 高柳 20年ほど前だったと思うのですが、特許に関する日本企業のトップの理解がノミナルな状態からリアルに急速に変わったという事実があります。この事例が標準の場合に、特に国際標準の場合についても大変参考になるのではないかと思っております。
 個人的には、トップの理解に関しては、JISC当局と学者の方々とメディア、この3つがタッグを組んでやっていただくということが大変大事になると思っております。

人材の育成をどう進めるか

 松本 次に、国際標準化を支える人材の育成をどう進めるかについてお話をうかがいます。先ほど高柳先生のほうから、国際会議の場等における日本人のパフォーマンスにいろいろ問題があるというような話がありましたが、標準化の将来を担う人材をどう育成するかについて、ご意見をいただきたいと思います。

 高柳 大きく分けてIEC専門委員会で活躍する人材とIEC自身の組織、運営をマネージする人材、この2種類があると思っております。さらにこれらの人々を国内で支援している政府、大学、企業の関係者が存在するわけです。人材の育成には、そういった観点からしますと、標準の理解者の層を厚くするということと、直接関与する人の質の向上を図る、2つの方策が必要になってきます。
 理解者の層を厚くするやり方の1つとして、すべての工学部の学生に過去から現在にわたって行われております知的財産権概要の講義と同時に、標準概要の講義を行うことが必要だろうと思っております。
 IEC専門委員会で活躍する人に関しましては、その委員会で議論する技術に関して深い知識と見識を持っていることは必要条件として当然でございます。
 しかし、それだけでは不十分です。国際会議の運営方法などの基礎的な知識、自分の意思を伝え、賛同を得るための交渉力、日常的会話で信頼を醸成するための教養、コミュニケーションを円滑にするための英語力、この4点セットが必要になろうかと思います。

 松本 やはり、日本人は英語のコミュニケーション能力を高めることが大事だという意見もありますが。

 高柳 日本では英語力だけをクローズアップするきらいがありますが、これは間違いだと私の経験からは思っております。いろいろな国の人と雑談をしていますと、技術力と教養の裏打ちのないまま英語だけを上手に操る人は尊敬されないということをしみじみ思い知らされております。
 いずれにしても、専門委員会に出席する人のための速成教育と専門委員養成のための本格的組織的教育を行う組織を日本の中につくったほうがいいと思っております。ぜひ政府や経団連でご検討をいただきたいことだと思っております。

 田中 人材の問題は、経営者のトップの問題意識と並んで、どこの国でも非常に大きい問題です。人材の育成については即効薬はなくて、JISC等がやっているいろいろな支援をやっていくとか、教育の問題をちゃんとやっていくとか、こういうことを着実にやる以外に、私はいい方法はないと思います。
 ISOでは、高等教育の分野でいいプログラムを持っている大学や組織を来年から表彰する仕組みをつくります。表彰制度をつくれば励みになるということもあるのですけれども、そのベストプラクティスをいろいろな国に広げられることを狙って、こういう表彰制度をやっていこうと考えました。
 高等教育の分野は日本だけではなくて、韓国、中国、英国等で最近積極的な取り組みが始められており、これから重要な分野になります。
 また、日本の中でキッズISOというプログラムがあります。これは子供が標準とは何かということを無意識のうちに勉強しながら環境問題に貢献できるすばらしいプログラムで、今、世界中にすごい勢いで広がっています。

標準化活動の方向性と日本の対応

 松本 最後に、国際機関における標準化活動の将来的な発展の方向性と、それに対するわが国の対応のあり方について、一言ずつお願いします。

 田中 ここ10年ぐらいの間に、日本みずから新しい商品を設計する、新しい材料のコンセプトをつくって世界に発信するという時代になりました。非常に技術的に能力が高くなった時代だと思うのです。これは、国際的な標準というルールをつくって、それをベースに産業活動をやっていく時代になったからだと思います。
 その意味で、日本の産業界の立場からみて今後やるべきことは、ビジネスの道具として標準を使うということですから、その意味で企業が利用しやすい、そういう制度設計をやっていくことが大事ではないかと考えています。
 世界の中でJISCというのは、国が事務局をやっているかけがえのない組織です。標準の分野は公共財的な性格を持った財を提供する分野でもあって、私はその意味でJISCについて、国がタッチしていることによるいろいろなやり方は世界的にも評価してもらえるし、世界に貢献できると思っています。
 日本は、JIS制度と品質管理、アメリカ発の品質管理思想を日本の産業の品質管理技術にうまくつくり上げました。世界のどこを見ても、日本のように、標準制度をうまく利用し、お金をかけずに産業の能力を一気にアップした国はないと思います。その意味で、今度は世界に向けてそういう仕組みをつくるべく貢献していくのが日本に課せられた役割ではないかと思います。

 高柳 田中ISO会長からお話がありましたように、JISCというのは先進国としては珍しく政府が直轄をしておられます。IECとしては、それと同時にJISCに非常に密接にAPC(IEC活動推進会議)という民間組織があることに注目をいたしております。
 つまり、政府組織と民間が自分のお金で運営をしている団体が表裏一体になってIECの仕事に貢献している。これは世界のナショナルコミッティーの中で唯一のユニークな形態である。もって範とすべきであるとまで評価をしているわけです。ぜひAPCが一層活躍されて、世界に冠たる体制に持っていっていただきたいと思っております。
 21世紀になっても電気・電子産業の、あるいは電気・電子情報産業の重要性、人類に対する重要性というのは決して低下するものではないと思っております。その場合に問題になりますのは、この産業で出てまいります新しい技術が昔の分類から言うと複合技術だったり、すき間技術になりがちであることです。これを裏から見ますと、IECとISOとITUがこれまで以上に密接に協力していかなければ21世紀の国際標準は成り立たないということです。
 さらに、この分野では世界有数の産業界を持っているのも客観的な事実です。今後、IECに対して一層活発な参加、特に汗をかく活動、例えばテクニカル・コミッティーの幹事をやるというような汗をかく活動、あるいはプロアクティブな活動、こういったものを一層活発にしていただくことを心から念願いたしております。

 松本 貴重なご意見をいただきました。私どもとしては、ご議論のあった諸点を踏まえまして可能な限り、今後の標準に関する施策に反映させてまいりたいと思います。
 本日はありがとうございました。


この座談会及び関連寄稿論文は、経済省広報誌「経済産業ジャーナル」に掲載されたものを転載したものです。なお、ここに掲載された論文等のうち、意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りしておきます。
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