今年、ラジオ界にあるひとつの大きな変化があった。ビデオリサーチから発表された「6月度首都圏ラジオ個人聴取率調査」において、TBSラジオが単独首位をJ-WAVEに明け渡し、2001年8月から続いた119期・19年10カ月にわたる連続首位記録が途切れることになったのだ。しかし、同局の編成部門であるUXプランニング部長・萩原慶太郎氏は「社内に大きな動揺はない」と語る。その背景には「聴取率1位をとることがすべてなのか」などといった問題提起があり、実際に「スペシャルウィーク」(聴取率調査週間に通常放送と違う企画やゲスト起用をする取り組み)を廃止するなどといった改革を行った。萩原氏が「他局との争いには興味がない」と語るTBSラジオの“独自戦略”とは。
“スペシャルウィーク”に生じた疑問「この調査を信じ続けることは正しいのか?」
――TBSラジオでは、2018年11月に「スペシャルウィーク」を廃止すると発表し、同年12月から「スペシャルウィーク」を実施していません。改めて、この決定についてどのようにお考えかお教えください。
長いラジオの歴史の中で、スペシャルウィークは「聴取率調査週間」として2カ月に1回、行われてきました。その調査方法は今でこそWebで行われていますが、つい1~2年ほど前までは、ビデオリサーチの調査は「調査対象者が期間中、何時にどの局を聞いたのか」について紙で記入するものでした。それが2カ月に1度実施されるわけで、「今の時代、この調査だけを信じ続けること自体が正しいか?」という話です。
僕らは民放なので、広告主様に広告を買ってもらわなければビジネスが成立しません。ラジオの広告費は、下降気味です。そういった状況を踏まえて企業側の立場に立ち、映像広告やデジタル系広告がある中で、ラジオに広告を出稿するメリットは何か。聴取率を徹底的に研究していくと、2つの疑問点が沸いてきたんです。
――その「疑問点」とは何でしょうか。
1つは、「聴取率調査週間に普段通りのことをしないのはどうなのか」という疑問です。スペシャルウィークでゲストを呼んだり、プレゼントを用意したり、“お祭り”をやることで喜んでくれるリスナーさんはたしかにたくさんいらっしゃいます。でも、“盛った”状態での調査結果が、ビジネスとして正しい数字なのかと思うのです。TBSラジオは先日まで、20年近く聴取率1位を継続していました。それがひとつの売り文句にもなっていたわけですが、広告主様にとって、村の中の1位が、真に有益なことかといえば疑問が残ります。
――たしかに、普段の番組のパワーを示す正確な数字なのかといえば難しいところですね。
さらに、高い聴取率を獲ったところで、必ずしもラジオ局の収益とシンクロしているわけではありません。テレビとラジオの決定的な違いは、レーティングが広告取引の単価にも紐付いてるか?です。テレビは少なくとも「GRP」(一定期間に流したCM1本における視聴率の合計を示す指標)という指標があり、広告の取引単位になっています。つまりお金と視聴率が単価はともかく連動しています。
しかしラジオはそれよりずっと以前の問題として「聴取率」と「広告料金」の間の“歯車”すらない。指標は(首都圏では)2カ月に一度の“スペシャルウィーク”と称したお祭り騒ぎで出されるアンケート調査、唯一それだけでした。現在マーケティング手法も多様化する中で、様々な数値を比較しながら仮説を立てる時代に、それを盲目的に数十年の伝統と言いながら信じ続けることに疑問があります。しかもradikoは調査データではなく、実アクセスのデータがリアルタイムで出てきます。ラジオを盛り上げるのにどちらを重視し、どのようなデータなのかをしっかり使い分ける必要があります。
「ラジオの中の1位」よりも大事な新規リスナー開拓とラジオの存在価値向上
――なるほど。
もうひとつの疑問は、「聴取率1位を獲ることがすべてなのか」ということです。博報堂DYメディアパートナーズが発表した「メディア定点調査2021」によると、メディア総接触時間は今年、450.9分と過去最高を記録しました。ただその内訳を見てみると、ラジオは昨年2020年が28.9分だったのに対して今年は28.7分と減少しています。また、メディア総接触時間の構成比で見ると、ラジオは全体の6.4%しか占めていません。メディアとしてのラジオは、6.4%程度の存在なんですよ。つまり、もっとパイを増やしたいわけです。
――たしかにそうですね。
ラジオを聴いてくださる方は、高齢者が多く、若者が少ないのが現状です。当然、高齢者の方をターゲットにした番組を作れば、現状の「聴取率1位」になることもできるでしょう。一方で、パイの少ない若者向けの番組を作ったところで1位にはなれません。でも、ラジオの今後のことを考えれば、既存のリスナーさんはもちろん大切にしつつ、少しでも新たな多くの若い人に聴いてもらいたい。新しい層を開拓することこそ、今のTBSラジオやラジオにとって急務なんです。
――リスナーの母数を増やしていくためには、若年層へのアプローチが必須だと。
僕らは「現状のラジオの中の1位」を目指していなく。メディアを超えて、ラジオの存在価値をどのように上げて行くかという視野と、基礎体力をつけて普段から面白いことをしていくことが必要です。なにより、新しい94%の人に聞いてもらえるようなラジオ局になることこそ重要だと思います。昔からのリスナーの皆様には独特の”お祭り感”が薄まり申し訳なかったのですが、そんな理由から、3年前にスペシャルウィーク廃止の判断をさせていただいたというわけです。