番狂わせ度は「日本のW杯制覇」以上 J2で“リーグ戦7連敗中”甲府はなぜ天皇杯を獲れたのか?

大島和人

天皇杯で“下剋上”を起こしたヴァンフォーレ甲府 【写真は共同】

J2の18位が天皇杯を獲得

 日本がワールドカップで優勝する以上の番狂わせ――。ヴァンフォーレ甲府の天皇杯(第102回全日本サッカー選手権大会)制覇は、そう表現しても大げさではない出来事だった。甲府は1-1(PK5-4)でサンフレッチェ広島を退けて日本一の栄冠を手にするとともに、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)の出場権を獲得。さらに1億5000万円の賞金も得ている。

 10月6日に発表された最新の世界ランクを見ると、サッカー男子日本代表は24位。甲府はJ2の18位(10月17日現在)で、J1の18チームを加えれば上から数えて36位だ。普通に考えれば日本サッカーの頂点には手の届かないポジションだろう。

 歴史をさかのぼれば2部からの天皇杯制覇は2011年度のFC東京、1982年度のヤマハ発動機、1981年度の日本鋼管といった例がある。しかしこの3チームはいずれも既に翌シーズンの昇格を決めていた。つまり今回の甲府とは“下剋上度”がまったく違う。

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J1の5クラブを撃破

 Jリーグが発表している2021年度のクラブ経営情報開示を見ると、甲府の年間売上高は12億9200万円。J1勢とは比較にならないし、J2でも中レベルの経営規模だ。人口は山梨県80万人で、甲府市19万人とマーケットも小さいため、拡大がなかなか難しい。練習やスタジアムなどの環境も、恵まれているとは言いがたい。

 昨シーズンはJ2の3位と健闘したが、結果を出したらその人材を引き抜かれるのがスモールクラブの悲哀。オフには伊藤彰監督が2人のコーチとともにジュビロ磐田に移り、メンデスや中村亮太朗といった主力もJ1に移動した。決勝で対戦した広島の佐々木翔主将や、ワールドカップ予選で大活躍を見せた伊東純也(スタッド・ランス)も、甲府でプロのキャリアをスタートしている選手だ。そして“上”のクラブに飛躍していった。

 そんなチームが天皇杯で快進撃を見せた。2回戦から登場して環太平洋大(岡山県)を5-1で退けると、3回戦はコンサドーレ札幌を2-1と撃破。4回戦はサガン鳥栖(3○1)、準々決勝はアビスパ福岡(2○1)、準決勝で鹿島アントラーズ(1○0)とJ1クラブを相次いで撃破して、16日の決勝戦に進出を果たしていた。

“苦手”のセットプレーから先制

 “ラスボス”の広島は現在J1の3位につけているクラブだ。しかも甲府は決勝3日前のトレーニングで準決勝の決勝点を挙げた宮崎純真が負傷し、攻撃のキーマンを欠いて大一番を迎えていた。

 前半の甲府は広島と伍する戦いを見せ、26分にはコーナーキックからチャンスをつかんだ。長谷川元希は敢えて短いボールを入れて山田陸のリターンを受け、さらに絶妙のスルーパスを送る。荒木翔はゴール左脇のスペースへ抜け出してクロスを送り、三平和司が1タッチで合わせてゴールネットを揺らした。

 実は今季の甲府にとって、セットプレーは課題だった。センターバックながら6得点を挙げた大型CBのメンデスが移籍したこともあり、セットプレーの収支は悪化していた。しかし大一番用に用意した虎の子のスペシャルプレーが奏功して、先制に成功した。

終盤は“耐える”展開に

 地力の差は明らかにある。広島は分厚い選手層を活かし、後半に入ると次々に選手を交代していく。特に終盤は完全に広島の流れとなり、84分には川村拓夢の同点ゴールが決まる。試合は1-1で、15分ハーフの延長戦に持ち込まれた。

 J1相手でも60分までは五分に戦えるが、そこからはどうしても押し込まれて受け身になる――。それが甲府の現状だ。

 吉田達磨監督は述べる。

「60分までは『自分たちがこうやってやろう』ということをある程度できます。変な言い方になりますけど、J2のチームでも広島や鹿島でも、60分まではやれる。ただそこからギアが上がってくる、パワーが増してくる相手に対して、僕たちはそれをニュートラルに持っていく交代がどうしても増えてしまう」

 ゴールキーパーの河田晃兵は振り返る。

「ウチがしのいでカウンターを狙うか、クリアで割り切るかという展開しか無くなっていたので、そこで点を取られてダメージは大きかったです」

 甲府の台所事情は“ぎりぎり”だ。何も起こらないようにする交代はできても、「何かを起こす」手を打てない――。そのような勝負どころの火力不足は明らかだった。宮崎純真の負傷により、切り札をベンチに残せなくなった用兵も痛かった。ただ何とか1-1のまま延長戦に入ることができた。

 広島はエゼキエフが痛み、チームが5名の交代枠を使い切ったなかで無理を押してプレーしていた。「6人目の交代枠」が追加される延長戦の開始を待ち、リスクを犯さない試合運びに切り替えていた。それもあって甲府は一息つくことができた。

大ベテランのミスを守護神が救う

山本英臣は甲府の主将を10シーズン務めた大ベテラン 【写真は共同】

 ただし延長後半の116分に、極め付きのピンチがあった。その4分前に守備的MFとしてピッチに投入されていた42歳の大ベテラン山本英臣が、エリア内で満田誠のシュートを手で弾いてハンドの反則を取られてしまう。広島にPKが与えられた。

 ここは守護神がピンチを救った。河田は試合後のヒーローインタビューで、このように語っている。

「長年このクラブを支えている山本英臣という素晴らしい選手がいるんですけど、ハンドを取られたのが彼だったので、このまま終わらせるわけにはいかないと思って……」

 山本は2003年に甲府へ加入して、今シーズンが在籍20シーズン目。存続の危機から脱したばかりのクラブに加入し、2018年まで10シーズンに渡ってキャプテンも務めた。サッカーの理解や洞察、コミュニケーション力、仲間に慕われる人柄を兼ね備えた選手で、このクラブのいわば拠りどころであり続けてきた。

 河田はPKストップで広島の勝ち越し点を許さず、120分の激闘は1-1の痛み分けとなった。

 PK戦の先攻は広島。河田が相手の4人目を止め、甲府は4人連続で成功。そして甲府の5人目のキッカーは山本英臣だった。

「今思い返すとちょっと怖いですけど(笑)あのときは意外と冷静に、1回救ってもらった命というのもあって、思い通りのキックがしっかりできた」(山本)

 致命的なミスを犯したクラブのレジェンドが仲間に救われ、しかも最後のPKを決める――。そんな“小説より奇”な展開で、現実は完結した。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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