大成功に終わった「夢スタ」こけら落とし 今治にのしかかる集客のプレッシャー

宇都宮徹壱

こけら落とし前日に感じた不安要素

スモークがたかれる中での選手入場。夢スタのこけら落としには5,241人の観客が集まった 【宇都宮徹壱】

 それはまさに、コンクリートに生命が吹き込まれる直前の光景であった。

 FC今治の新スタジアム、ありがとうサービス.夢スタジアム(夢スタ)のこけら落としを前日に控えた9月9日、準備の最終段階の様子を確認するべく現地を訪れてみた。到着してまず目に入ってきたのは、駐車場近くに並べられたたくさんのテント。いずれもスタジアムグルメの店が入るという。ざっと数えてみたところ、できたての食べ物を提供するお店だけでも12店舗ある。Jクラブのフードエリアに負けないくらいの充実ぶりだ。

 フットサルコートの半分ほどあろうかという特設ステージでは、オフィシャルパートナーのLDHのスクールでレッスンを受けている子供たちが、明日披露するダンスパフォーマンスの最終チェックに余念がない。このステージでは、彼らのダンス以外にもさまざまなライブやアトラクションが行われるそうだ。そこから50段もの急な階段を登りきってピッチにたどり着くと、きれいに看板が並べられてあって、すっかりスタジアムらしくなっていた。ここが更地だったころから取材してきた者としては、何とも感慨深い。

 一方で、試合当日のイメージが明確になってきたことで、それまで気づかなかった不安要素も浮上してきた。まず、ゴール裏の席があまりにピッチから近いこと。しかも、客席には柵もなければフェンスもない、まさにむき出しの状態だ。よって、シュートが客席に飛び込んでくる確率が非常に高い。前列に座っているのが幼児やお年寄りだと、避け切れずにボールが当たる危険性は拭えないだろう。臨場感を重視するのは理解できるが、もう少し配慮があってもよかったのではないか。

 もうひとつ気になったのが、サポーターのエリアだ。夢スタの場合、メーンスタンドから見て左側のゴール裏が「ホーム側」なのだが、サポーターは何と最後列から応援するそうである。声出しサポーターのひとりに理由を尋ねると「前で立つと後ろのお客さんが見えなくなるから」という、もっともらしい理由が返ってきた。とはいえ、これではサポーターの声援がピッチに届きにくくなってしまうではないか。

 応援に関してはもうひとつ、「横断幕を貼るスペースが少ない」という問題もある。サポーターが管理している横断幕は、チームと個人合わせて32枚あるというが、夢スタではチーム横断幕を8枚しか貼れないのだそうだ。「ホームなのに横断幕が貼れないなんて、変な話ですよね」と、あるサポーターはぼやく。そもそもスタンドの設計に際して、サポーターの意見がまったく反映されなかったとすれば、いささか残念な話であると言わざるを得ない。

目指すは「日本一モラルの高いスタジアム」

夢スタについて「日本一モラルの高いスタジアムにしたい」と語るFC今治の岡田オーナー(左) 【宇都宮徹壱】

 試合当日、キックオフ3時間前の10時に開場。海賊スタイルのユニホームを着たスタッフに迎えられて、続々と観客が入場してくる。この日は5000枚のチケットがソールドアウト。場内では「席詰め」を促すアナウンスが定期的に流れていた。余談ながら、この日視察に訪れていたJFL関係者に聞いたところ、5000人以上の集客はこれまでもあったが「前売り完売は聞いたことがない」とのこと。地域リーグの風景を変えてしまった今治は、アマチュア最高峰のカテゴリーにおいても「革命」を起こしたのである。

 さて今回のこけら落としは、単に「JFLのクラブが新しいスタジアムを手に入れた」という、ありきたりの話にとどまらない。以前にも書いたことだが、夢スタは行政に頼らずに作られたスタジアムである。建設地を無償で借り受け、5000人収容の施設を3億7000万円弱(岡田武史オーナー談)で完成させた。人口約16万人の今治市において、球技専用スタジアムが生まれたこと、しかもそれが行政に頼らない形で達成されたことは実に画期的なことである。が、夢スタの完成はクラブにとって、単にスタートラインでしかないのも事実だ。

 今治がJ3昇格を果たすためには、「年間順位4位内」だけでなく、「ホームゲームの平均入場者数が2000人以上」という条件もクリアしなければならない。スタジアムが完成するまでの間、今治は市外のみならず県外でも「ホームゲーム」を行ってきた。その結果、セカンドステージ第5節までの平均入場者数は1,154人にとどまっている。このこけら落としは、平均入場者数を一気に挽回するまたとないチャンス。岡田オーナーは「フットボールパーク構想」というコンセプトを打ち出し、サッカーの試合だけでなく、多彩なゲストやアトラクションを盛り込むことでの集客アップを図ろうとしていた。

 この日のオープニングセレモニーで、岡田オーナーは夢スタを「心を豊かにするスタジアム」と定義した上で、このように続けた。「ルールを極力少なくして、スタンドのフェンスもなくしました。いろいろ足りない設備もあるでしょう。おもてなしが至らないところもあるでしょう。そこは皆さまと一緒に、心の豊かさで乗り越えていきたい。ルールは少ないけれど、日本一モラルの高いスタジアムにしていきたいと思います」。

「日本一モラルの高いスタジアム」──いかにも岡田オーナーらしい表現ではないか。と同時に、さまざまなリスクを十分に認識した上での「出航」であったことがうかがえる。花火や風船が上空に放たれ、およそJFLとは思えない華やかな雰囲気でキックオフを迎える中、この日一日がアクシデントなく終わることを私は密かに祈った。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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