木村拓也の足跡とユーティリティープレーヤーの系譜=プロ野球ニュース通信簿 Vol.2

山田隆道

先週の五つ星ニュース――木村拓也コーチが死去

2008年9月、通算1000安打を達成した木村拓也さん。常に全力プレーでチームを支えた 【写真は共同】

 4月7日、くも膜下出血のため入院していた巨人の木村拓也内野守備走塁コーチが広島市内の病院で死去した。37歳だった。まだ若い現役のコーチが試合前のグラウンドで倒れ、他界するという悲劇。10日に営まれた告別式では場内に親族、球界関係者ら約2500人、会場周辺にも約500人と、計約3000人が詰め掛けた。

ユーティリティープレーヤーは偉大だ

 神様はなぜ彼を選んだんだろう。こういう悲劇があると、僕はいつもそう思う。最愛の家族が住んでいる広島で、さらに人生を捧げてきた野球のグラウンドで、なぜ木村コーチはこんな運命をたどらなければならなかったのか。あまりに残酷すぎるじゃないか。
 今回、木村コーチが亡くなったことで、同コーチの現役時代の代名詞でもあった“ユーティリティープレーヤー”という言葉が注目を浴びた。一人で複数のポジションをこなす万能型選手の呼称で、チームにとっては使い勝手のいい貴重な存在。とりわけ木村コーチの現役時代は、投手以外のすべてのポジションを守った経験があり、さらにスイッチヒッターという格段に器用な選手だった。

 ユーティリティープレーヤーは偉大だと思う。野球というスポーツが九つのポジションから成り立っていることを考えると、多くのポジションをこなせるということはそれだけ野球センスにあふれている証拠だろう。現役では東北楽天の草野大輔や阪神の平野恵一などが内外野守れるユーティリティープレーヤーとして活躍しているが、彼らはときに4番やエースに負けないぐらいの存在感でチームの窮地を救う。今回の訃報をきっかけに、少しでもユーティリティープレーヤーの認知度が上がり、そこから新たな野球の醍醐味(だいごみ)が広まっていけば、それもまた木村コーチに報いることになるはずだ。

投手を含む全9ポジションをこなした究極の万能選手

 木村コーチと同時代、90年代から00年代にかけて活躍したユーティリティープレーヤーといえば、五十嵐章人(現・福岡ソフトバンクコーチ)が思い出される。90年ドラフト3位でロッテ・オリオンズに外野手として入団した五十嵐はルーキーイヤーから外野の全ポジションを経験し、以降はその器用さを買われて内野の遊撃手や二塁手も兼務。さらに95年5月のオリックス戦では怪我や退場が相次いだことによって捕手が一人もいなくなった自軍の窮地を救うべく、急きょ「中学時代に少し練習しただけ」という捕手も務めた。さらにこの年は一塁手、三塁手もこなすなど、プロ入り5年にして早くも投手以外の全ポジションでの出場を達成したのだ。
 そして極め付きは00年6月のオリックスvs.近鉄。当時オリックスに移籍していた五十嵐は、近鉄に大量リードを許していた8回、なんとピッチャーとして登板。1イニングを無失点に抑え、全ポジションでの出場を達成した。これは当時の監督だった故・仰木彬が敗色濃厚の中で少しでもファンサービスをと考えた末の、粋な計らいであった。
 とはいえ、五十嵐のユーティリティーぶりは圧巻だった。打撃面においても全打順で先発出場を果たしたこともあるほど器用な選手で、現在までにプロ野球史上7人しかいない全打順本塁打も記録。なお、他に同記録を達成した6人の通算本塁打はいずれも100本以上だが、五十嵐はわずか26本。おそろしく効率的な“打ち分け”と言えるだろう。

史上唯一、三つ以上のポジションでベストナインを受賞

 さらにさかのぼると、そんな五十嵐と同じ全ポジションをわずか1試合で達成してしまった選手もいる。64年から82年まで、実に19年間に渡って南海や日本ハムなどで活躍したユーティリティープレーヤー・高橋博士、その人だ。
 74年9月29日、南海vs.日本ハム。消化試合ということもあり、日本ハム監督の中西太はファンサービスの意味も込めて、高橋に1試合で全ポジションを守らせるという前代未聞の試みに打って出た。3番・一塁で先発出場した高橋は、1回ごとに捕手→三塁手→遊撃手→二塁手→左翼手→中堅手→右翼手と転々とし、9回には投手として登板。打者一人をセンターフライに打ち取り、ファンを大いに喜ばせたのだ。

 また、ファンを沸かせたユーティリティープレーヤーといえば、プロ野球史上唯一、三つ以上のポジションでベストナインを受賞した現・阪神監督の真弓明信が印象深い。バース・掛布雅之・岡田彰布の最強クリーンアップを擁した80年代阪神打線の核弾頭として一世を風靡(ふうび)した真弓は、通算1888安打、292本塁打を記録するなど、五十嵐や高橋といったスーパーサブと違って花形スターだったが、守っては遊撃手、二塁手、外野手のそれぞれのポジションでベストナインを獲得したユーティリティープレーヤーだった。
 もちろん、彼ら以外にも数多くの名ユーティリティープレーヤーが、長いプロ野球の歴史を鮮やかに彩っている。そして、それは今後も増え続けていくことだろう。
 球界が悲しい知らせに沈む今、歴代の名ユーティリティープレーヤーの系譜に思いをはせながら、僕は故人の偉大な足跡を偲ぶ。木村拓也への哀悼の意を込めて。

<了>
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著者プロフィール

作家。1976年大阪生まれ。早稲田大学卒業。「虎がにじんだ夕暮れ」「神童チェリー」などの小説を発表するほか、大の野球ファン(特に阪神)が高じて「阪神タイガース暗黒のダメ虎史」「プロ野球むしかえしニュース」などの野球関連本も多数上梓。現在、文学金魚で長編小説「家を看取る日」、日刊ゲンダイで野球コラム「対岸のヤジ」、東京スポーツ新聞で「悪魔の添削」を連載中。京都造形芸術大学文芸表現学科、東京Kip学伸(現代文・小論文クラス)で教鞭も執っている。

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