聴き手をぐっと引きつけ、最後には反対勢力をも納得させてしまう孫社長。6年間仕えた元参謀が伝え方の極意を伝授。

孫正義のプレゼンテーションには定評がある。ソフトバンクの新サービス発表や株主総会は、彼の話を聴くために会場が満杯になる。そしてそれは、インターネットでの動画中継でも変わらない。だが、ときとして世間から“大ボラ”と揶揄されることもある。

例えば2001年6月、高速で低額のブロードバンドサービスへ参入していく際もそうだった。発表の段階から「ヤフー!BBは100万人をめざす」と表明していた。しかも孫は、ADSL用モデム100万台の発注書にサインした。

ソフトバンクが参戦するまで、日本のブロードバンドは非常に高価なものだった。加入時に2万~3万円かかり、さらに毎月7000~8000円を支払う必要があり、当時は数万の加入者にとどまっていたのである。マイナーサービスと位置づけられていたといっていい。

当時、社長室長として現場と接していた私は、東京都内23区分、6万人の準備はしていた。ところが孫は、先着100万人までの取付工事は無料にし、ADSL回線料金月額990円という利用者にとってインパクトのある価格体系を打ち出した。これによって、営業の現場も「もしかしたら、無理ではないかもしれない」という熱気に満ちた。

これは、アップルの創業者スティーブ・ジョブズも使った“現実歪曲フィールド”にも通じる手法だ。つまり、卓越した論法を駆使して、相手をイマジネーションの世界に引き込み、感動させ、誰もが不可能と思っていることでも実現できると思わせてしまう。頭の中が切り替えられてしまうのだ。

そういう意味では、目標数値として「100万」という巨大な数字を示すことは、野球の“千本ノック”と似ている。結局、甲子園をめざすような名門校でも、1000本に意味があるわけではなく、それほどの量のノックを受けることを覚悟すれば、練習の質が劇的に向上するということだ。

私がソフトバンクに入社して最初に孫から命じられた仕事が「会社の経営に関する課題を1万出す」というものだった。最初は冗談かと思ったが、それでもやってみようと戦略、財務、人事などの大枠からブレークダウンして1万要素を書き出すと、A4用紙で100枚になった。孫はそれを常に携帯し、現状の分析に使っていた。これはいわば“1万本ノック”である。

孫は新サービスをプレゼンする際、徹底的にそれを受ける側の立場になって考える。確かに、提示された瞬間は驚きと戸惑いで呆然となってしまうことも少なくない。けれども、ADSLであれば、通信容量の小さいナローバンドから大容量のブロードバンドに移るのは必然と、発表の日を「歴史的な転換の日」と位置づけた。しかも、それが人々の幸せにつながるとなれば、事業担当者のやりがいにつながる。

三木雄信
ジャパン・フラッグシップ・プロジェクト代表取締役社長兼CEO。1995年、東京大学卒業後、三菱地所勤務を経て、98年ソフトバンク入社。著書に『孫正義奇跡のプレゼン』『孫正義「規格外」の仕事術』ほか多数。
(岡村繁雄=構成 遠藤素子=撮影)
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