戦後初の国産旅客機として知られるYS-11。その量産初号機が、動態保存されてきた国立科学博物館から民間展示施設に移転するにあたり、移転先での組み立て作業の様子をYouTubeとニコニコ生放送で生配信します。期間は2020年9月14日9時~9月18日17時。知られざるYS-11の構造も垣間見ることができます。

■ YS-11量産初号機「ひとまる」とは

 国立科学博物館から、茨城県筑西市の民間施設「ザ・ヒロサワ・シティ」に移転したYS-11量産初号機は、YS-11-104の製造番号「2003」、国土交通省の登録記号「JA8610」というもの。

 1964年10月23日に初飛行し、1965年3月の登録時には、飛行試験に供された2機の試作機(うちJA8612の試作2号機は全日空が借り受け、1964年の東京オリンピックで聖火輸送任務についた)より若い登録記号が割り当てられました。

 この機体のユーザーとなったのは、運輸省航空局(現:国土交通省航空局)。飛行場の航法支援機器が正常に動作するかチェックする、飛行検査機としての役割を与えられ、1965年4月22日に初めての飛行を実施しました。

 当時航空局では、1961年に購入した中古のDC-3A-178旅客機(登録記号:JA5100)を仕立て直し、飛行検査機「ちよだ」として運用していました。YS-11は待望の新造機、それも初の国産機です。愛称は「ちよだII」と命名されましたが、現場では登録記号JA8610の末尾2ケタから「ひとまる」の名で親しまれたといいます(以降、量産初号機を「ひとまる」と記述します)。

 航空局として2機目の飛行検査機となった「ひとまる」。姉妹機となるYS-11も次々と導入され、JA8700(製造番号2021)、JA8711(製造番号2048)、JA8720「にーまる」(製造番号2047)、JA8712(製造番号2049)、JA8709「まるきゅー」(製造番号2084)と、最大6機が同時に飛行検査機として運用されていました。

 このうちJA8700とJA8720は、1970年のよど号ハイジャック事件で、人質の身代わりとなった山村運輸政務次官を福岡空港へ(JA8700)、橋本運輸大臣をソウル金浦空港へ(JA8720)運ぶ任務にも使われています。

 YS-11飛行検査機の中でも1番の年長だった「ひとまる」は、後継機のサーブ2000に道を譲る形で1998年12月8日に引退。約34年間の現役中、1980年4月9日に鹿児島県の徳之島空港で尻もち事故を起こしていますが、損傷は軽微で飛行検査任務を無事務め上げています。

■ 国立科学博物館による動態保存……そして

 現役を引退することになった「ひとまる」でしたが、量産初号機という歴史的な存在のため、国立科学博物館が保存の手を挙げました。これにより、国立科学博物館の収蔵品として動態保存が決定。1999年8月に航空局から移管され、日本航空(JAL)の旧ライン整備ビルでの保存が始まりました。

 保存場所は2004年3月に全日空(ANA)整備ビルへ移り、2010年からは羽田空港最古のT101格納庫に移動しました。この間、年に約4回の定期点検とエンジンの試運転を継続的に実施。メンテナンスとともに経年変化も記録され、将来における産業遺産の文化財保存のテストケースとしてデータが収集されています。

 しかし、T101格納庫も老朽化が進み、国立科学博物館も予算に限りがある中、一般からの寄付を募るなどの努力を続けてきましたが、継続的な保存が困難になりました。そこに手を挙げたのが、今回の移転先である「ザ・ヒロサワ・シティ(広沢商事)」だったのです。

 残念ながら動態保存までは叶わず、静態保存となりますが、YS-11量産初号機「ひとまる」は安住の地を見つけました。輸送のため機体を一旦分解し、現地で再び組み立てる。それが今回の生配信で見られる光景です。

■ 「ひとまる」の特徴とは

 量産初号機である「ひとまる」ですが、実は半分試作機のような存在で、ほかの量産機とは違う特殊な点がいくつもあります。まず分かりやすいのは、胴体前部の搭乗口扉。量産機では一旦外部に飛び出し、そのまま後方へずれていく「プラグドア」という構造になっているのですが、この「ひとまる」は試作機と同じく前方にヒンジがあり、車のドアのように前方に向かって開く「ヒンジドア」なのです。



 また、試作機の飛行試験が進むにつれ明らかになった問題点を、後から改修した跡もあります。YS-11は飛行試験中、プロペラ後流の影響で機首が右に振れる、横(ロール)安定性が悪いなど、俗に「三舵問題」と呼ばれる不具合が見つかりました。実設計を手掛けた東條輝雄らの経験不足も影響していたのですが、機体の改設計をするには時間が足りません。

 そこに助け舟を出したのが、機体構想を担当した先輩技術者「5人のサムライ」の1人、陸軍三式戦闘機「飛燕」を設計した土井武夫でした。土井は自身が設計した試作戦闘機キ5(1934年初飛行)での経験から、横(ロール)安定性を高めるため主翼端をもっと上に跳ね上げるよう指示。原設計の4.17度から6.19度へ変更させました。

 この時、作り直していると飛行試験の日程が遅れるため、試作機には応急措置で主翼付け根にクサビ(別名:土井のクサビ)を打ち込み、角度を調整しました。当時試作機に準じた仕様で組み立てが進んでいた「ひとまる」にも同様の措置が取られ、後の量産機とは異なる点となっています。

 このほかにも水平尾翼下面に突起(ボルテックス・ジェネレータ)の設置をはじめ、後付けで改良された跡が各所に残り、それが量産初号機「ひとまる」だけの特異性につながっています。日本機械学会の「機械遺産」、日本航空協会の「重要航空遺産」にも認定されており、本格的な量産に移行する直前の試行錯誤の歴史が刻まれた、史料的価値の高い貴重な存在といえるでしょう。

 飛行検査機ならではの特徴もあります。通常のYS-11はエンジンを始動するために外部電源を必要とします。しかし、できたばかりの飛行場で検査をする場合、まだ設備が整っていないので電源を確保できません。そこで「ひとまる」には、発電用の小型ガスタービンエンジン(APU)が装備されており、胴体左後部にその排気口が設けられています。

 このように、量産機とはいえ試作機のような部分が残った貴重な「ひとまる」。機体部分の大掛かりな組み立てでは最後となる、尾翼の組み立てが9月14日から生配信されるわけです。

 カメラは定点カメラのほか、9月15日13時〜と、9月17日12時30分〜には、移動カメラによる生配信も実施。配信を担当するのは、JAXAのロケット打ち上げなどで定評のあるNVS(ネコビデオ・ビジュアル・ソリューションズ)です。

■ 組み立て資金を補うクラウドファンディングも

 これと同時に国立科学博物館では、新型コロナウイルスの影響による臨時休館や入館者制限のため入館料収入が激減し、財政状況が悪化したことにともない、不足してしまった「ひとまる」組み立て資金を補うことを目的とするクラウドファンディング「戦後日本の象徴『YS-11』量産初号機公開プロジェクト」も実施中。

 期限は2020年11月6日23時59分までとなっていますが、9月13日現在で達成率が32%とまだまだ厳しい状況。これは寄付型クラウドファンディングなので、目標到達にかかわらず全額がファンディングされ、リターンがもらえる仕組みとなっています。

※初出時、国立科学博物館から民間展示施設へ「移管」されると表現しましたが、引き続き国立科学博物館の所有となっているため「移転」に訂正し、お詫び申し上げます。

(咲村珠樹)