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私はサブカルが嫌いだ

 私はサブカルが嫌いだ。

 こう書くと、自虐的なジョーク、或いは今でいう逆張り、バズを狙った大袈裟な物言いだと感じる人もいるかもしれない。サブカルの権化のように生きてきて、その甘い汁を散々啜ってきたお前が何をと人は言うかもしれないが。

 私はサブカルが嫌いだ。
 というか、すっかり苦手になってしまったのである。

 かつてサブカルは、容易にアクセスできないものだった。
 東京の、中野の、ブロードウェイのあの店に行かないと出会えない本、手に入らないCDといったものが確実に存在した。
 あのライヴハウスに行かないと体感できないライヴがあり、アーティストがいた。
 僕たちは血眼になってそれを、足を使って探し歩き、限られた情報から自分なりの文化史や音楽史を体系化した。例えば渋谷系に連なるはっぴいえんど一派や、ナゴム系に連なるテクノポップ/ニューウェーブの変遷を、CD棚をディグることで導き出したのだ。

 サブカルは隠されたものだった。都会の内側に、地下室に、暗闇の底に。
 そもそもサブカルなんて略されるほどの大衆性もない。「サブカルチャー」だ。
 肩肘張っていて、シニカルで、誇り高き「サブカルチャー」が好きだった。

 インターネットがサブカルチャーへのアクセスを容易にした。
 人間の脳内世界を肉体の外側へ具現化したものが都市であるならば、電波にのせてこの脳内都市を世界中へと拡張させたもの。それがインターネットだった。つまりインターネットによって世界のあらゆる場所が都市になり、都市文化、都市ならではの文化は消滅した。
 最初はネットこそがサブカルの巣窟だったかもしれない。そこにはそもそも、自分の風変わりな趣味を開示する好き者しかいなかったから。
 しかし十数年も経てば世界のほとんどの人がネットユーザーになり、隠されていたサブカルも他のカルチャー同様均質に並べられる。ユーチューブであれば「動画」という括りで他の媒体と同じように陳列される。そこにクロージングなものは無い。誰でも簡単にアクセスでき、交わされるジャーゴン……仲間うちだけで通じる言葉も少しググれば解読できる。

 ネットが悪いとは少しも思わない。
 サブカルがこの国――先進国として急成長し、今はやや発展「後退」国となろうとしているこの国――での役割を終えただけだ。

 日本のサブカルチャーはかつて、カウンターカルチャーに取って代わるように産声を上げた。政治の季節に絶望し、学生運動を放棄した若者たちが、大衆におもねない文化圏や共同体を作り上げた。大衆文化(マスカルチャー)に反抗(カウンター)する文化ではないが、そこに飲み込まれたくない若者たちの避難所、シェルター。大衆文化に与しないが、交じり合わないよう時代と並走しながら代案的な価値観を提案し続ける文化。潜り過ぎると地下文化(アンダーグラウンドカルチャー、アングラ)になってしまうが、地底まではいかずせいぜい地下鉄ぐらいの低さで、色とりどりの包囲網を巡らせている《sub》way。そして大衆文化の次のヒントを常に用意し、地上に上げられたときはアルコールのように揮発してしまう、一時の熱。

 二〇一〇年代になり多くの人がSNSを駆使し始めると、サブカルはより一層人の目に触れやすくなった。カラフルな路線を交差させながら地下を走っていた各ジャンルの文化たちは、トンネルを掘り起こされ、そのぎらついた車体を剥き出しにされた。そしてタイミング良くムーブメントになりつつあったアイドルとセットにしてコンテンツ化すれば、大衆が手に取りやすいことをマーケターたちが知ってしまったのだ。

 サブカルはアイドルの名の下に売りさばかれた。
 ノイズもポエトリーリーディングも「kawaii」女の子のタグを付ければ容易に食えるものになることを、代理店や雑誌は知ってしまった。
 そして虫の息のテレビもこれに食いついた。
 ひとときバブルが起こり、弾け、まき散らされたアルコールは炎上。灰になった。
 剥き出しにされた文化はコンテンツの一環として消費され、もう元には戻らない。

 この国は不景気だ。もう若者の文化を育てる余裕は企業にも自治体にも無い。
 資本主義に全振りしたサブカルは、かつてのような矜持も、隠されたミステリアスさも失ってしまった。
 素顔も思惑も見えすいている。その顔は卑屈に笑っていて、少し歳をとりすぎたようにも見える。

 だからもう、サブカルにこだわるのは難しいなと感じる。
 これ以上サブカルにこだわろうとすれば、それは懐古趣味になりかねない。
 時に二〇二〇年代。「サブカルっぽい」と人が言うとき、それはほぼ「懐かしい」と同義語になっていることに強烈な違和感を覚えている。

 レトロであることが、サブカル。
 「エモい」のも、サブカル。
 クリームソーダだって、サブカル。

 いや、サブカルがレトロスペクティブを志向していたのは、今に始まったことではない。
 九〇年代のサブカル者たちは、ミニシアターで六〇年代のヌーヴェルバーグ映画を観漁った。
 渋谷系の底流に流れているのは、六、七〇年代のソフトロックだ。
 しかし渋谷系のミュージシャンたちは、それを無自覚にザッピングしていた訳ではない。ウワモノではその手垢のついた甘美な旋律をなぞりながら、ボトムには当時では最先端ともいえるグルーヴを、ベースやドラムを散りばめた。
 過去への批評があり、解釈があったのだ。

 現代のサブカルに、批評があるだろうか。尖ったものがあるだろうか。
 クリームソーダの炭酸の泡には、盛り付けられたバニラアイスのなかには、ガラス片が仕込まれているだろうか。
 ただ甘ったるい、人工甘味料の味だけで満たされてはいないか。人工着色料の青や赤にうっとりし、その毒性には気づかないまま口に運んではいまいか。

 君がサブカルのサの字も知らない女の子で、このクリームソーダに持ち手の長いスプーンを入れる。溶けかかったアイスを一口。真っ赤なチェリーを指でつまんでまた一口。透明度の高い、ほとんど無色に近いがやや青みがかった炭酸水をハート型に巻いたストローで一啜り(しかしなんでまた、こんなに透明な液体やカトラリーがバズるのだろう。映えるのだろう。ヌケ感?)。
 アイスに仕込まれたガラス片にもついぞ気づかず、最後の一口までたいらげてしまう。
 ガラス片は君の喉を掻き切ることも出来ず、それどころか消化管の何処かで体内に取り込まれ、君を殺すことも傷つけることもできないまま、肉の隙間に沈みこんでいく。
 ガラス片は胃液の熱に溶けてしまった。今ではこのカケラも砂糖菓子で出来ているからだ。

 私はサブカルが嫌いだ。子供の頃に刺さった棘が抜けないからなお、サブカルのことはこれからも嫌いだ。

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