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稀代の天才打者・田尾安志が明かす「衝突とプライド」。プロ入り前に長嶋茂雄の邸宅を訪問

 門田博光、田尾安志、広岡達朗、谷沢健一、江夏豊……昭和のプロ野球で活躍したレジェンドたちの“生き様”にフォーカスを当てた書籍『確執と信念 スジを通した男たち』。 田尾安志 大男たちが一投一打に命を懸けるグラウンド。選手、そして見守るファンを一喜一憂させる白球の行方――。そんな華々しきプロ野球の世界の裏側では、いつの時代も信念と信念がぶつかり合う瞬間があった。あの確執の真相とは? あの行動の真意とは? 現役時代は天才打者の名を欲しいままにした男、田尾安志。そんな彼が選んだ「新設球団・初代監督」という茨の道。“信念の男”と呼ぶにふさわしい田尾の生きざまに迫る(以下、同書より一部編集の上抜粋)。

信念の男

田尾安志

取材時の田尾安志

 人は夢を語るのが好きだ。しかし、夢と夢想は違う。夢は人生の目標として位置付けられるが、夢想はあてもないことをただ思い浮かべるだけ。だが、人は意味がないと知っていても夢想に耽ることも大好きだ。  勝負師に“たられば”の質問をたくさん投げつけたくなる欲求が湧き起こるのも、きっと夢想してみたいからだ。だからといって、むやみやたらにアスリートに投げつけると火傷する。 “孤高の鬼才”門田博光は「“もし”の話はわからん」と一刀両断した。他のアスリートも同様な反応を見せる場合が多い。日々変化する結果を追い求めて“今”を生きてきたのに、たらればの話を投げかけられることほど無意味なものはない。それでも“たられば”で聞いてみたい。そうでもしないとやりきれないと思える男がいる。  田尾安志。  中日、西武、阪神の主力打者として活躍し、そして言わずと知れた東北楽天ゴールデンイーグルスの初代監督を務めた男である。 「あの環境がそんなに苦にならなかったのが自信ですね。あの一年で『自分ってこんなに図太い人間だったんだ』と気付いたほどですよ」  田尾が穏やかすぎるほど柔和な表情で語る。  ‘80年代前半、プロ野球界きってのイケメンとしてシャンプーやアルコール飲料のCMにも出演した中日が誇る全国区のスター。それからおよそ20年の時を経た’04年、田尾は仙台に降り立った。球界再編に伴い産声をあげた、仙台を拠点とする楽天ゴールデンイーグルスの新監督に就任するためだ。50年ぶりの新球団参入とあって、プロ野球界は新たな時代を迎えようとしていた。そんな球団の初代監督として白羽の矢が立ったのが、当時50歳の田尾安志だった。

「確実に最下位になる球団の監督がどうなるか知ってますか?」

「もともとは、GMのマーティー(キーナート)と球団代表の米田(純)さんと食事をしたときに、『今度球団を持つことになったんですが、どなたか監督としていい人材はいないでしょうか』と聞かれたのが発端です。その問いにいろんな人の名前を挙げ、良い面と悪い面を説明していったんです。そしてひととおり話が終わった後に『田尾さん、あなたが監督をやってみませんか?』と言われました。最初から僕にやらせようと思っていたんでしょうけど、『軽いなぁ』って思ったのが第一印象。だからそのとき僕はこう言いました。『確実に最下位になる球団の監督がどうなるか知ってますか? 周囲からの評価はガタ落ちし、否が応にも厳しい立場に晒さ らされます。地獄に落とさないでください』って」  まさか自分に監督依頼がくるとは思ってもみないことだった。現役を引退してから13年間解説者を務め、誰にも忖度することなく球界に物申し続けてきた。しかし、一球団の監督ともなればそうはいかない。 「新しいチームだからといって負けを前提にせず、ある程度戦えるチームでないと球界のためにはならない」  このとき、田尾は解説者として13年間やってきた自負からそう思った。   まずは家族に相談し、妻が反対するなら断ろうと思った。現在、ロックミュージシャンMADAM RAYとして活動を続ける妻の宏子は「パパ、いいチャンスじゃない!」と背中を押してくれた。さすがロッカーだ。  ‘04年の秋口に三年契約で新設球団の監督に就任。田尾は’05年の開幕前まで取り上げられない日がなかったほどメディアに露出しまくった。出航前は上々だった。  田尾は監督をやるにあたってひとつの決め事を自分に課した。それは、選手を好みや人間関係で依怙贔屓せず、フェアな目で能力を見極めること。これは田尾にとって、16年間の現役生活、三度の移籍から身に染みて得た教訓でもあった。  だが、三年契約で新設球団の初代監督となった男は、初年度の最終戦を待たずして更迭を告げられた。  なぜ田尾は楽天初代監督を一年で解任されたのか―。  その答えを知るためには、まずは田尾の経歴に触れ、彼がどんな男だったかを理解する必要がある。
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一般入試で同志社大学へ
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