ヤフーが陥った「イノベーションのジレンマ」

2016/10/2
連載対談「亀っちの部屋」では、DMM.com会長の亀山敬司氏がホスト役となり、毎回、経営者や文化人を招待。脱力系ながらも本質を突く議論から、新しいビジネスやキャリアのかたちを考えていく。
第6回のゲストはヤフー副社長の川邊健太郎氏。大企業内でイノベーションを起こす難しさから、幹部就任にあたり孫正義氏から受けた薫陶まで、縦横無尽に語られる。

*本連載は特集「孫正義のアタマの中」で掲載した記事「 孫正義の後継者、実は狙いました」の続きです。

人生を変えた祖父の教え

亀山 いままで「亀っちの部屋」には、どちらかというと成り上がり経営者ばかり来ていたけど、川邊さんは品が良さそうだよね。本当にいいとこの出なの?
川邊 育ちはいいですよ(笑)。自動車学校やタクシー会社をやっている家に生まれたので、坊ちゃんといえば坊ちゃんです。
川邊健太郎(かわべ・けんたろう)
ヤフー 副社長 COO
1974年生まれ。青山学院大学法学部卒。在学中の95年、ネットサービス企業の「電脳隊」を設立。2000年、同社合併とともにヤフーに入社。「Yahoo!ニュース」責任者、GyaO(現GYAO)社長、COO 執行役員兼メディア事業統括本部長などを経て、2012年7月、副社長 COOに就任
亀山 それなら、あまり「稼いだるでぇ!」みたいな気持ちはないの?
川邊 事業の大変さを見てきているので、かえってそういう気持ちがないんですよね。ただ、サラリーマンよりも起業家の道を選びました。親はサラリーマンになってほしかったみたいですが。
亀山 それはやっぱり、お父さんやおじいさんの影響が大きかったのかな。
川邊 これはできすぎた話に聞こえるかもしれないんですけど……。僕のおじいちゃんはタクシー会社や自動車学校を起こした人で、僕が小学校4年生のときに亡くなるんですけど、死の直前に僕にコンピューターを買ってくれたんです。NECのPC8001を。
亀山 かわいい孫に。
川邊 そう、かわいい孫に。そのときおじいちゃんがこう言ったんです。「健太郎、オレはそれまで一部の金持ちのものだった自動車が、普通の人に広く使われる時代を先読みして、自動車学校や中古車の商売でうまくいった。お前の時代はコンピューターを一般の人が使うようになる。だからコンピューターだけはやっておけ」って。
亀山 すげえな、じいちゃん。それ、何年くらい前の話?
川邊 僕が小学校4年生のときですから、30年くらい前ですね。だからなんとなくパソコンだけはやっていたんです。それで大学2年だった1994年に、「モザイク」という初めてのインターネットブラウザーが出てきた。そっちの業界のモザイクじゃないですよ。
亀山 エッチなほうじゃなくてね(笑)。
川邊 それでインターネットに触れて、初めてパソコンって面白いと思った。
それまでパソコンは計算機のイメージしかなかったのに、ウェブができたとたん、メディアになったんですよ。そういえばおじいちゃんも、「これからの時代はコンピューターだ」と言ってたし、コンピューターを使って何かやろうと思って、大学3年のときに「電脳隊」という会社を起業したんです。
亀山 じゃあその言葉が、じいちゃんの残してくれた財産のなかでも一番大きいものだね。
川邊 間違いなくそうです。
亀山 でも家族はサラリーマンになってほしかった。
川邊 そうですね。自分で起こした会社が5年後にヤフーと合併するんですけど、そのとき初めて母親に、「やっと就職できたね」ってほめられました(笑)。

新規事業の優先度が上がらない

亀山 ヤフーの副社長になってから4年が経つけど、感触はどうなのかな。
川邊 やっぱり、「イノベーションのジレンマ」を痛感します。つまり新規事業でイノベーションを起こすより、既存事業を大きくしたほうが増収の幅が大きいので、どうしてもそっちに行ってしまう。
ヤフーの利益は2000億を超えてきているので、それをさらに大きくするのはとても大変です。もうちょっとやそっとじゃ、びくともしない。
でもそればかりやっていると先細りなので、何かイノベーションもやらなければいけない。そういうジレンマが常につきまといますね。
このあいだ、ある通信キャリアの人と話をしたら、その人は会社のイノベーション担当なんですけど、やっぱり悩んでました。「私がいくらがんばっても、せいぜい利益10億のっけられるくらいなのに、キャッチホンの値段を30円上げるだけで300億増収になる。だから新しいことに対する会社のプライオリティーが上がらないんですよ」って。
亀山 確かに通信キャリアなんかそうだね。そういえば、昔ソフトバンクは携帯の通信費を価格破壊して、一気にシェアを広げたじゃない。でも今はシェア3割程度で止まっている。
「もうこの辺でいいか。ここからは稼ぐぞ」みたいな回収モードになってるのかな?
川邊 キャリアのほうの意思決定に僕は関わっていないので、あまりいい加減なことは言えないですけど、キャリアが3社しかないとそうなるということでしょうね。

ECにもっとリソースを割きたい

川邊 いずれにせよ既存事業がでかすぎると、イノベーションは難しい。利益が2000億あったり、社員が6000人いたりするなかで、それを動かす大変さをこの4年間は体感してきました。
僕が副社長になったのは37歳のときですから、そういうすごい仕事を早いうちに経験させてもらったことにはすごく感謝してます。
亀山 どう、やってて面白い?
川邊 そりゃ面白いですよ。「こんなに大変か!」みたいな。日本全国津々浦々、どこに行っても「ヤフーの検索連動型広告を使って集客してます」とか、「ヤフオク!でほしいものが手に入りました」とかユーザーがたくさんいるので、そういう人と話せる楽しみもありますね。
亀山 事業全体のプライオリティーでいえば、広告の部分がでかいの?
川邊 ずっと広告売り上げが1位だったんですが、2015年度第3四半期決算で社長の宮坂が発表したように、ついにECが広告を売上額で抜きました。今年ヤフーは20周年なんですけど、これはヤフー20年の歴史のなかでも画期的な出来事ですよ。
ただECは利益率が低いですから、利益は相変わらず広告のほうが高い。
亀山 やっぱり利益を考えると、広告にリソースを割いたほうがいいのかな。
川邊 そうですね。でも海外と比べた日本のEC化率などを考えると、まだまだECは伸びるはずですよ。だからアマゾンや楽天に対抗する意味でももっとリソースを割こうぜ、ということでやったのが、「Yahoo!ショッピング」の出店料や手数料を無料にするeコマース革命ですから。

ギャオは安心して広告出稿できる

亀山 アスクルを買収したのもEC強化の一環だね。買収といえば、確か動画サービスの「GYAO!(ギャオ)」も買ってたよね。
川邊 ギャオは相変わらずユーチューブ、ニコ動に次いで3位ですね。ただ、ギャオが扱っているのは100%権利所有されたものなので、広告は入りやすいですよ。広告主からすると安心して出稿できる。
亀山 ユーザーからすると、ちょっとうさんくさいものもあったほうがうれしいんだけど。
川邊 まあ、そうですね。それはユーザーと広告主のどちらを向いて仕事をするかの違いかもしれない。
亀山 いちばんユーザーのほうを向いているのはうちだね(笑)。
川邊 そうですね(笑)。でもギャオはようやく三番手になったという感じですね。ヤフーが買ったときはそんな感じでもなかったので。
亀山 オレが目をつけた会社は、もうどんどんヤフーに買われちゃったな。資金的なことも含めて、やっぱり優位にあるよね。
川邊 そうですね。ヤフーの傘下に入ればトラフィックが多くなるんじゃないか、みたいな期待もあると思います。
サイバーエージェントから「サイバーエージェントFX」を買ったし、宿泊予約の「一休」も、電子書店の「eBookJapan」も買いました。ネットのグループ企業化を進めています。
(構成:長山清子、撮影:大隅智洋)
*続きは明日掲載します。