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私たちは「人の不倫をなじること」に侵されている〜テレビは何時間不倫を報じたか〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
在京キー局が放送した番組内容の中で「不倫」が含まれる部分の時間を集計したグラフ

連日の不倫報道にいい加減へきえき

私は朝ワイドショーを見てなんとなく世の中の話題をおさえておくのを日課にしてきた。だがこのところ、あまりに不倫報道が続いてイヤな気持ちになってしまう。ついにワイドショーの視聴をやめてしまい、見るともなくNHK「あさイチ」を見る生活になってしまった。

ベッキー騒動以来、実に多様な著名人の不倫が続いているからだろうが、それにしてもいつの間に私たちはこんなに「不倫好き」になってしまったのだろうか。どこか麻痺してしまっていないかと感じている。ベッキー騒動があまりにもセンセーショナルでそれ以降増えた気がしているだけなのか、それともあれ以来本当に不倫報道が増えたのか。

エム・データという会社があり、テレビが放送した内容をテキスト化している。「メタデータ」と呼ぶのだが、古くはTBSの「ブロードキャスター」に「お父さんのためのワイドショー講座」というコーナーがあり、ワイドショーで扱った題材を合計放送時間とともにレポートしていた、あれは同社のメタデータを活用したものだ。この会社なら、不倫報道は果たしてベッキー以降増えたかどうかはっきりするはず。そう考えて、「不倫」が含まれる番組もしくはコーナーの放送時間を合計する作業をエム・データ社にお願いした。

不倫報道はベッキー騒動以降、激増

それを月別にグラフにしてもらったのが冒頭の画像だ。2016年1月、ベッキー騒動以降、テレビは明らかに不倫報道に時間を割くようになったのだ。これほどあからさまな結果が出るとは思わず、私は驚き呆れてしまった。私たちは不倫報道に侵されている!

冒頭のグラフをもう少し詳しく検証するために、2014年以降に絞ったものを見てもらおう。

データ及びグラフ提供:エム・データ社
データ及びグラフ提供:エム・データ社

「ベッキー騒動」を境に、その前の二年間とそれ以降でくっきり分かれているのがわかる。各年の時間を集計してみた。2016年の「不倫報道」の合計は170時間05分、2017年は8月27日までで120時間54分に達している。一方、2015年と2014年はそれぞれ21時間29分と27時間42分だ。

毎年30時間に満たなかった不倫報道が、2016年以降6倍以上に急増した。しかもこの傾向は徐々に下がるどころか、同水準を保っている。グラフのオレンジはワイドショー、ブルーはニュース報道番組の区分で、2016年以降は後者の放送時間も増えている。ニュース報道番組が不倫を扱うことがこんなに増えているのだ。このまま進めば、毎日あふれるような不倫報道を私たちは浴びつづけることになるのだろうか。

たまたま2014年からの二年間だけ少なかったのではといぶかる人もいるかもしれない。エム・データ社のデータでは2010年から同様の集計ができる。そこから直近までのグラフを見てみよう。

データ及びグラフ提供:エム・データ社
データ及びグラフ提供:エム・データ社

一目瞭然だと思うが、直近の二年間だけ異常なのだ。2010年以降で見ると同年12月に異様な山ができている。これは「大桃美代子・麻木久仁子・山路徹の三角関係不倫」の時だ。三人とも著名人だったし奇妙な関係だったこともあって大きく盛り上がった。

そこだけが異常値で、あとは平穏。たまに不倫がテレビを賑わせてもそれを追いつづけることはほとんどなかった。ところが2016年以降は、言ってみれば異常値が続いている状態だ。いままでとは比べ物にならないくらい、異常に不倫を取りあげつづけてるのだ。異常値というか、8年間の中で比べても断然おかしな状態なのだ。日本は他人の不倫をもてあそぶ異常な国になっている。

立派なニュースキャスターが「やってるかどうか」を追及

なぜこんなことになったのか。これについては別の機会に分析を試みたいが、大まかにはここで説明できる。不倫のニュースはほぼ、週刊誌が最初に報じたネタだ。とくに週刊文春の情報収集力はいつの間にか、民放が束になってもかなわなくなっている。ワイドショーによく出る芸能レポーターも最近は、自ら取材せず「文春待ち」にしか見えない。テレビ番組は独自に特ダネを得る意欲を失い、週刊文春のプロモーション装置に陥っている。

文春が報じたネタはネットで記事となって飛び交う。それを見て慌てて文春の発売日にテレビが報じる。そこに視聴者がTwitterなどで反応し、拡散が竜巻のようになって暴れ回る。テレビは文春に受動的で、ネット記事やTwitterにおくれを取るまいと煽りまくる。そんな構図ができてしまった。

ワイドショーの専売特許だったはずの不倫ネタはいまやニュース・報道番組でも取り扱われる。立派な経歴を持つニュースキャスターがこぞって「今井・橋本議員はやったかどうか」を追及している。「やってないなんて通るんでしょうか」とベテランのキャスターやゲストの知識人が議論している。

不倫はいけないことだと私だって思う。だがそれを本当に責める権利は身内にしかないのではないか。夫もしくは妻、そして親や子どもなどの家族には不倫をした人間をなじる権利があると思うが、ニュースキャスターが「一夜を共にした男女が”やったかやらなかったか”」を、何の根拠もなく憶測で「やってないはずない」と主張するのはどんな社会的意義があるのだろうか。

テレビ局やニュースキャスターのみなさんはこのデータを見てどう感じるだろうか。「どうかしちゃってるな、自分たちは」そう感じてほしいと思う。どう見ても異常な状態だ。

そして誰より、私たち自身がこのグラフで目を覚ますべきではないか。テレビが取りあげネットが記事にするのは、視聴率やPV数が稼げるからだ。そしてそれは私たち自身がそういう番組や記事を読んでしまっているからだ。私たちはいま、おかしい。人の不倫をなじるのに時間とエネルギーをどれだけ費やしているかを考え直すべきだ。テレビやネットが取りあげても、もう振り向かない。そんな毅然とした姿勢が私たちにこそ必要だと思う。不倫の話題が馬鹿みたいに好きな大人を見て、子どもたちはどう思っているかを考えたいと私は思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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