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アメリカの世論調査から見た“日米関係”と“米中関係”の姿:日米首脳会談で菅首相は何を語るのであろうか

中岡望ジャーナリスト
バイデン大統領は日米首脳会談で菅首相に対して厳しい中国政策を求める可能性がある。(写真:ロイター/アフロ)

変わる日米間関係の課題―経済から安全保障へ

 筆者は1980年代から日米問題をテーマに記事を書いてきた。80年代は日米通商摩擦で日米関係は厳しい局面に直面した。当時、日本が経済でアメリカを凌駕するという、今から思えば荒唐無稽な議論が行われていた。多くのアメリカ人も、日本を“経済的な脅威”と見ていた。ギャロップが行った調査(2016年12月7日、”Fewer in U.S. See Japan as an Economic Threat”)では、1991年の時点で日本を経済的な脅威と見ているアメリカ人は77%にも達していた。

 こうしたアメリカの対応に対して、日本政府はひたすらアメリカの要求を受け入れ、経済摩擦の沈静化を図った。通商政策では自動車や鉄鋼の輸出自主規制を行い、産業分野では日本の半導体産業を壊滅に導く日米半導体協定を結び、アメリカの小売業の日本参入を促進するために流通の自由化を進め、金融面でも金利の自由化を進めた。マクロ政策では貿易収支を改善するために積極的な景気拡張政策を講じた。こうした一連の政策によってバブルが引き起こされただけではなく、戦後の「日本の高度経済成長のパラダイム」は崩壊し始める。そして日本は未だに「新しい成長のパラダイム」を見出すことなく、日本経済の漂流は続いている。

 急激な円高と日米通商摩擦を防ぐ政策は、日本経済にバブルをもたらした。バブル崩壊後の長期に渡る経済低迷で、日本はアメリカの経済的脅威ではなくなった。上記のギャロップの調査では、2016年には日本を経済的脅威と考えるアメリカ人はわずか24%にまで低下している。90年代になると、ソビエトの崩壊、湾岸戦争の勝利、急激なIT革命を背景に戦後最長の経済成長を遂げたアメリカは、国際政治、国際経済で一国支配の状況を享受した。アメリカは自信を取り戻した。

 小泉政権以降、日本はアメリカを“軍事的同盟国”と位置付け、ひたすらアメリカの意向に沿う政策を取ってきた。その結果、日米間に問題らしい問題は存在せず、“無風状況”が現在に至るまで続いている。ジャーナリストとすれば、日米関係は主要な執筆テーマではなくなった。中国との関連で日米関係が主要なテーマとなっていく。

 軍事的同盟関係を重視する政策に舵を切った日本は、アメリカにとって経済的脅威だけでなく、安全保障上の脅威でもなくなった。同時に日本に対して同盟国として応分の負担を求めるようになっていく。アメリカの安全保障政策の軸足が太平洋地域に移ることで、アメリカにとって日本の安全保障上の重要性は高まっていった。日米間の焦点は経済問題から安全保障問題へと移っていく。日本はアメリカの安全保障政策の枠組みに組み込まれた。日本は尖閣諸島問題で中国に対抗するためにアメリカに対して安保条約に基づく保護を求めていく。同時にアメリカ、オーストラリア、インドと4か国によるQuadを形成し、安全保障上の協力を強化し、中国を封じ込める政策を進めていく役割を担った。

 今後、アジア太平洋の安全保障上の緊張はさらに高まっていくのは間違いない。そんな状況の中でバイデン大統領と菅首相の首脳会談がワシントンで開かれる。中国に対する対決姿勢を強めるバイデン大統領に対して、菅首相はどのような対応をし、どのような政策を主張するのだろうか。アメリカのメディアは、バイデン大統領が外国の首脳として最初に菅首相と首脳会談を行うのは、アメリカが対中国政策で日本を重視しているためだと報じている。

アメリカの世論は日本に対して極めて好意的である

 ギャロップは4月14日に日米関係に関する世論調査の結果を発表した(On Eve of Summit, Americans Still View Japan Positively)。同調査は「一般的にアメリカ人は重要な同盟国日本に対して高い敬意を払っている。2月に実施した調査では、84%のアメリカ人が日本に対して“非常に”、あるいは“最も”好意を抱いている。1996年以来、一貫して大多数のアメリカ人は日本を好意的に見ている」と指摘している。

 日本がバブル崩壊で景気低迷に苦しんでいた1995年11月の調査では好意的が65%にまで回復し、非好意的は25%に低下している。その契機となったのが、「クリントン大統領が日本との関係を改善する努力を始め、アジアでの脅威の高まりに対応するために防衛協力の拡大を含め、日本との関係を再び改善する努力を始めたからだ」と、同調査は分析している。

 それ以降、現在に至るまでアメリカ人の日本に対する意識は圧倒的に好意的な状況が続いている。そして2021年2月の調査が示すように、好意的が84%、非好意的が17%となった。ただ最も好意的との回答が高かったのは2018年の調査で、好意的は87%と最高を記録し、非好意的も11%と最低になった。

 国別でみれば、アメリカ人の好意度ランキングでは、トップがカナダ、2位がイギリス、3位がフランスで、4位が日本である。アメリカ人にとって日本はアジアで最も評価が高い国である。

 政党支持別、年代別、人種別にみた好感度はどうか。民主党支持者の84%、共和党支持者の80%、無党派の86%が日本に対して好感を抱いている。また男性の86%、女性の80%が日本に好意を抱いている。人種的には、白人の85%、非白人の79%が日本に好意的と答えている。年代別には、最も好感度が高いのは55歳以上の世代で86%である。次が18歳から34歳の世代で84%である。最も低いのが35歳から54歳であるが、それでも好感度は81%と極めて高い。教育水準で見ても、大卒以上では好感度は92%と異常といって良いほど高い。低学歴でも87%が日本に対して好意的な見方をしている。

アメリカ人の対中国観は悪化の一途

 ではアメリカ人の中国観はどうであろうか。ピュー・リサーチ・センターの調査(2021年4月12日、”Americans’ views of Asia-Pacific nations have not changed since 2018-with the exception of China”)は、アメリカ人の中国観は急速に悪化していることを明らかにしている。同調査は「アジアは外交政策に関してバイデン政権の最も高い関心地域である。バイデン政権が発足して最初に対話の相手となったのは日本と韓国である」と指摘している。菅首相はバイデン大統領が直接首脳会談をする最初の海外の首脳であることもバイデン政権のアジア重視、日本重視政策の反映であると分析している。

 同調査は、日本、中国、インド、北朝鮮のアジア4か国に対する意識調査を行っている。好感度を温度計に例え、最も高い好感度を100度とし、50度は中立的、0度は最も否定的としている。まず2018年の調査でみると、日本は61度と4か国の中で最も温度が高い国であった。次がインドの51度、続いて中国の42度、北朝鮮の21度である。核問題を巡るアメリカと北朝鮮の対立かれすれば、北朝鮮に対する温度が低いのは当然の結果である。

 では2021年ではどうか。日本に対する温度は59度と、2018年よりも若干低下しているが、それでも4か国の中で最も高い。日本に対する平均温度は61度であり、今回の調査では平均を若干下回っている。これは日本に対する好感度が上昇しているというギャロップの調査結果とはやや違いがみられる。インドに対する温度も48%と若干低下している。北朝鮮は21度で変わっていない。最大の変化を見せているのが中国に対する温度で、42度から28度まで大幅に低下している。3年の間にアメリカ人の対中国観は急速に悪化している。同調査は、中国に対する好感度が低下した理由として、①経済関係の悪化、②コロナウイルスの問題、③中国の人権問題を挙げている。

 中国に対する党派別の好意度は興味深い結果が出ている。共和党支持者の79%が中国に冷たい反応を示している。民主党支持者の比率は61%と、共和党支持者と比べると20ポイント近く差がある。いずれにせよギャロップの調査でも、ピュー・リサーチ・センターの調査でも、対中国観では共和党の方が民主党よりも厳しいという点で共通している。ギャロップ調査もピュー・リサーチ・センターの調査も、低学歴の方が大卒以上の高学歴よりも中国に対して厳しい見方をしている(比率は51%対39%)。年代別では、50歳以上の高齢者の55%、18歳から49歳の年齢層の40%が中国に対して厳しい態度を示している。男性の51%、女性の43%が中国に対して冷たい感情を抱いている。

アメリカ人の中国に対する懸念は何かー「中国は敵である」

 もう少しアメリカ人の中国観の詳細を見てみよう(Pew Research Center, 2021年3月4日、”Most Americans Support Tough Stance Toward China on Human Rights, Economic Issues”)。アメリカ人の中国に対する問題意識を見ると、アメリカ人が最も懸念しているのは、サイバーテロ(65%)、雇用の喪失(53%)、軍事力の拡大(52%)、人権問題(50%)と続く。香港問題(31%)や中台問題(28%)は大きな関心事であるが、他の懸念と比べると、それほど深刻に感じているわけではない。

 アメリカ人の習近平国家主席に対する信頼感は極めて低い。信頼できるという回答は15%にすぎない。信頼できないという回答は82%に達している。その中で「まったく信頼できない」という回答は43%もあった。他方、バイデン大統領は中国と効果的に交渉できるという回答は53%あった。バイデン大統領の外交政策全般に信頼を置くと答えた回答は60%であった。バイデン大統領の国際舞台に復帰し、アメリカの指導力を発揮するという主張は多くのアメリカ人に受け入れられているようだ。

 同調査では「アメリカ成人の89%は中国をパートナーではなく、競争相手あるいは敵である」と答えている。パートナーであるという回答は9%に過ぎない。さらに「多くのアメリカ人は中国の人権の促進、経済問題での厳しい政策、中国人留学生の規制を実施することで中国との二国間関係で厳しい政策を取ることを支持している」とも指摘している。

 経済問題でも53%の回答者は「中国に対して厳しい政策で臨むべきだ」と答えている。これに対して「経済問題で中国との関係を強化すべきだ」という回答も44%あった。米中経済の相互依存性を考えると、バイデン政権は難しい選択を迫られるだろう。

経済関係悪化を招いても人権問題を重視すべき

 人権問題では70%の回答者が「中国との関係悪化を招いても、中国の人権促進を進めるべきだ」と答えている。人権問題よりも経済関係を優先すべきだという主張は26%に留まっている。さらに48%の人々が中国のパワーと影響力の制限を政策の最優先にすべきだと答えているのも注目される。これは2018年に行った調査での32%から大きく伸びている。バイデン政権が中国の人権問題に強硬な姿勢を示すのは、こうした世論の支持があるからであろう。

 多くのアメリカ人は人権問題に非常に大きな関心を抱いている。人権問題の中で関心が高いのが「自由の抑圧」である。具体的には検閲や宗教の自由の抑圧が指摘されている。世界が注目しているウイグル族問題も大きな関心事であるが、「自由の抑圧」より関心度は低い。アメリカ人の90%は、中国政府は「国民の自由を尊重していない」と考えている。中国の少数民族抑制に関しても、多くのアメリカ人は中国が少数民族に対して「集団虐殺」を行っている考えている。「集団虐殺」は厳し言葉だが、この言葉はバイデン政権が公式に使っている言葉でもある。こうした世論調査を考えると、バイデン政権の対中国政策の主要課題が人権問題となることは間違いないだろう。

 政治制度に対する関心も強い。8%の回答者は、中国の政治体制を「非民主国家」「独裁国家」「全体主義国家」と表現している。同調査は45歳の女性の「中国は支配を維持し、人々を完全に管理するために人々の自由を制限し、自由を抑圧している」という発言を紹介している。中国を国際的な脅威と答えた人の多くは「中国は世界を支配しようとしている」と、中国に対する印象を語っている。

菅首相はバイデン大統領にどう対応するのか

 世論調査が外交政策に直結する訳ではない。しかし世論を無視した外交政策も存在しえない。バイデン政権が中国に対して厳しい政策を取ることは間違いない。ただ、かつて人権を掲げたカーター政権の外交政策は失敗に終わった例がある。人権問題では政治的な解決策を求めることはできない。原理原則の問題となり、中間的な妥協はありえない。世論調査で指摘された中国問題は、いずれも簡単に解決できるものではない。

 日米首脳会談では、まずお互いの共通課題を認め合うところから始まるだろう。気候変動の問題や北朝鮮の非核化の問題、コロナウイルス対策、公海の自由航行の原則の確認などは共通問題として認識し合えるだろう。しかし人権問題や政治体制の問題を含めた中国政策で日米はどこまで協調が可能か、大きな疑問が残る。バイデン大統領は菅首相に中国政策で明確な意思表示を求めるかもしれない。世論調査で見るように、アメリカ人の多くは経済を犠牲にしても人権問題を取り扱うべきだと主張している。バイデン政権がどこまで踏み込むか分からないが、強硬な中国政策を主張するのは間違いない。日本政府は、この問題でどこまで突っ込んだ政策を主張できるのだろうか。

 既に日中関係に亀裂が入り始めている。天安門事件の後、欧米は中国を一斉に批判したが、その中で日本は中国と欧米の間の橋渡しをする努力を行った。現在、欧米と中国の対立は激化の兆しを見せている。欧米による中国封じ込め政策も現実のものになりつつある。日米豪印の4か国によるQuadは中国封じ込め政策の一環とみられている。本当に日本は中国との対立への道を選ぶのだろうか。バイデン大統領が日本に決断を迫った時、菅首相はどう対応するのだろうか。今回の日米首脳会談は、日本外交の大きな転換点になる可能性がある。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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