今も昔も、小学生の男子にとってのバイブルであり続ける漫画雑誌「コロコロコミック」(「コミックボンボン」派の人もいるかもしれないけど)

コロコロ大好き芸人・キングオブコメディ高橋健一登場


児童向け漫画雑誌の宿命として、小学生時代の数年間、夢中になったかと思えば、パッと卒業していってしまうのだが、それでも「コロコロコミック」の漫画やホビー企画の数々は、大人になってからも思い出を残しているんじゃないだろうか。

そんな元・少年にとっての聖地「コロコロコミック」編集部から「遊びに来ていいよー」という、ありがた過ぎるお言葉を頂いたので、「コロコロコミック」好きはもちろん、テレビ朝日ドラえもん知識王No.1決定戦スペシャル』に出場するなど、『ドラえもん』マニアとしても知られるコロコロ大好き芸人・キングオブコメディ高橋健一とともに小学館さんに行ってきた!

……んだけど、行く前の段階から高橋さんのコロコロ愛が炸裂してしまって、話が止まらなくなっちゃったので、まずは高橋さんのコロコロ思い出インタビュー!
エキレビ!5周年企画第1弾です(3回完結予定)。

『ドラえもん』で漫画というものを理解できた


──高橋さんが「コロコロコミック」を読みはじめたきっかけは?

高橋 きっかけはやっぱり『ドラえもん』ですよ。小学3年生の頃にアニメがはじまったんですが、それと同時くらいに漫画の方も読み出しました。それまで、漫画といえば親父が買ってきた『ゴルゴ13』が家に転がっているくらいだったんですが、子どもには理解できないじゃないですか。だから漫画というものを理解できたのは『ドラえもん』が最初ですね。そこから一気に『漫画大好き!』『漫画家になりたい!』っていう感じになって、小学校の文集を見ると『将来の夢・漫画家』、自画像のイラストもベレー帽かぶってましたから。

──その流れで『ドラえもん』が載っているコロコロも読むように?

高橋 そうですね。藤子不二雄先生の漫画がいっぱい載っててページ数も多いし、単行本よりもたっぷり読めるんで。買いはじめたのは創刊からしばらく経ってからなんですけど、後に古本で買い集めて、創刊号から全部持っていましたよ。

──創刊当初は藤子先生の漫画が異常に多かったんですよね。

高橋 それから藤子先生の漫画以外にも人気の漫画が出てきて、表紙に色んな漫画が載るようになりギュッと密度が詰まって……、子ども心に『何かすごいことが起きている!』というのは感じていました。欄外に『コロコロが最高だぜ!』とか『コロコロ日本一!』とか書かれているもんで、こっちもまんまと洗脳されて『600ページ超えてる漫画雑誌なんてコロコロしかないよ!』なんて熱くなっていましたね。

──『ドラえもん』以外で好きだったコロコロの漫画は?

高橋 やっぱり『ゲームセンターあらし』ですね。あの頃、ゲーセンに入り浸ってましたから。『インベーダー』とか『平安京エイリアン』とか……。

──えっ、そんな世代!? もちろん名前は知っていますけど、歴史的なゲームという認識ですよ。

高橋 若手芸人だけどそういう世代なんですよ、僕は! もちろん、小学生でお金がないからほとんど自分じゃやれなかったですけど。見てるだけ。インベーダーが100円から50円になり20円になり10円になり……やっとやれるようになった感じで。当時はまだ平らなテーブル筐体だったんで、光が反射して見づらいからダンボールをかぶせてゲームをやって……。

『おじゃまユーレイくん』で、性と生を意識した


──えーっと、コロコロの話に戻しましょうか。

高橋 はい、藤子先生の漫画や『ゲームセンターあらし』以外だと、のむらしんぼ先生の『とどろけ!一番』とか『キンタマン』『金メダルマン』『ゴリポン君』『おじゃまユーレイくん』とかが好きでしたね。僕は『おじゃまユーレイくん』で自慰行為を覚えたんですよ!

──いきなりそっちの話!? まあ、児童向けお色気漫画の走りですもんね。

高橋 こんな話してもしょうがないですけど、最初はのぼり棒で気持ちよさを覚えたんです。休み時間にのぼり棒にのぼっているとおしっこがしたくなってくるんですよね。同じように『おじゃまユーレイくん』を読んでいるとおしっこがしたくなって……。

──ああ、具体的にエロがどういうものかは分からないけど、何かを感じ取っていたと。

高橋 だから『おじゃまユーレイくん』を読みながら、腕をのぼり棒に見立てて腰を振っていました。こだまちゃん(『おじゃまユーレイくん』のキャラ、よく裸になっていた)には本当にお世話になりましたね。月刊マガジンの『Oh!透明人間』みたいなお色気漫画の走りでもあるし、亡くなってから誰かを見守るという設定は映画『ゴースト』とか『幽遊白書』の走りなんじゃないかと思ってます。いうなれば、『おじゃまユーレイくん』で、性と生を意識させられたんですよ!。

──『おじゃまユーレイくん』をそこまで深く読み込んでいる人、はじめて見ましたよ!

高橋 貧乏症なんで、他のものでも結構そうですけど、コロコロは特に1ヶ月間、隅から隅まで何回も読んでいましたからね。小学生の時は月の小遣いが800円くらいだったんで、320円っていうのは大きいんですよ。コロコロの定価が330円になった時は衝撃でしたもん。麩菓子1本買えなくなったじゃないかと。

──まあ、子どもにとって10円はデカイですよね。

高橋 当時、子ども向けの漫画雑誌というと他に『コミックボンボン』と『100てんコミック』というのがあったんですが、そっちまでは買えないから立ち読みで済ましていたんです。でも、さすがに立ち読みで雑誌2冊というのはキツくて、途中から『100てんコミック』も買うようになって。月700円近くを漫画につぎ込むようになったんですけど、ある時、本屋から帰ったら袋に間違ってコロコロとボンボンが入っていたんですよ。『取りかえてもらわなきゃ!』と思ったものの、ハッと気づいて、1日かけてボンボンを全部読んでから取りかえに行きました。

──どの雑誌を買うか問題は悩ましかったですねぇ〜。単行本も全部は揃えられなかったですからね。

高橋 特に『ドラえもん』は巻数が多かったんで、みんなで分担する感覚で、友達が持っていない巻を買ってもらうという感じでしたね。○巻が読みたくなったらアイツの家に行く……みたいな。だからいまだに○巻は誰々が持っている、とか記憶してますよ。

コロコロも大事だけどお金も大事


高橋 ただ、そんなに大事にしていたのに、クラスの人気者の誕生会に呼ばれたりすると、さすがにもう読まないだろうというくらい読み倒したコロコロをプレゼントとして持っていってましたけど。すげえ喜んでもらえたんですよ。

──まあ、子ども相手だったらコロコロは間違いないですよね。読み終わった本なら元手もかからないですし。

高橋 そう、コロコロも大事だけど、元来のケチ気質でお金の方が大事なんで……。どうして人の誕生日に金を使わなくちゃいけないんだと! どうせ人気者はオレが誕生会をやっても来ないんですよ。だから『古本でいいや』っていう気持ちはありましたね。あげく、後になって返してもらったりもしていましたから。

──ひどいッ!

高橋『長期的に貸してあげる』くらいの感覚だったんでしょうね。押し入れの中にズラーッと並べておくのが好きだったんで、やっぱり揃っていないと。最初はロゴがピンクだったのが、黄色くなったり金色になったり……それを見ているだけで嬉しかったんで。……だからショックでしたよ、全部捨てられちゃった時は。中学の終わりか高校のはじめくらいの頃に、家に帰ってきて押入れをあけたら一冊もないという。キテレツ大百科をゴミに出された時の英一くらい焦りました。

開明墨汁は買ってもらえたけどペンはダメ


──将来の夢は漫画家だったということですが、漫画を描いて投稿したりはしなかったんですか?

高橋 まあ、落書きレベルですよ。本格的にペンを使って描いたりっていうことはなかったですね。ペンは買ってもらえなかったんで。

──ペンってそんなに高くもないですよね、お小遣いで買えばよかったんじゃ?

高橋 オレの中で、ペンは文房具だから親に買って欲しいという気持ちがあったんですよ。習字で使えるんで開明墨汁(通称・まんが墨汁。手塚治虫藤子不二雄も使っていた!)は買ってくれたんですけど、ペンは学校に必要ないからって買ってもらえなくて。

──でも、子どもの頃から絵は上手かったみたいですね。

高橋 小学生の時は、クラスの中で絵といえばオレっていう時代がありましたからね。ストーリーが考えられなかったんで、漫画は描けなかったですけど、イラストや文章ネタを投稿する『コロコロファンクラブ』っていう投稿コーナーには採用されたことがあるんですよ。1回はキンタマンの顔をまんじゅうに見立てた『キンタマンじゅう』っていうネタで、もう1回は怪物くんクルクルパッて顔を変身するとハガキになっているというネタですね。

──ハガキに? そういえば「ニコニコキングオブコメディ」でも「コロコロコミック」に投稿したというエピソードを話していたような。

*(「ニコニコキングオブコメディ」はサイゾーテレビから隔週木曜日配信中のキングオブコメディのふたりによる「ガチゆる」トークバラエティ。DVD。第102回(2015年4月18日配信)の1:28:08から「コロコロコミック」投稿の話)

高橋 毎回必ず、投稿を募集するあて先が載っていたので、ハガキのイラストと『おたよりください』とか描いておけば、そのスペースに載せてもらえるんじゃないかと思って」

──ああー、そういうあて先のコーナーに載っているイラスト、よくありましたね!

高橋 オレのが載ってから、そういうイラストが増えてましたけど、最初にやったオリジナルはオレの投稿のはずです!

──えーっ、ホントですか?

高橋 そういう隙間を狙う感じのマーケティングは昔っからよくやっていたんですよ。いいストーリーを考えて、ちゃんと漫画を描くよりも、人がやってないことをやった方が手っ取り早く採用されるだろうっていう発想ですね。後に、ラジオをよく聴くようになってからも、まだFAXがあまり普及してなかったんで、ハガキよりもFAXで送った方が採用されやすいって『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』にやたらと投稿してましたもん。実家が運送屋だったから、早めにFAXがあったんですよね。

コロコロの名前の由来にはグッときた!



──そんな、高橋さんのような「コロコロコミック」に熱中していた大人のために「コロコロアニキ」という雑誌が出ているんですよ。

高橋 当時の漫画のリバイバルや、新作漫画など色々載っていますけど、何といっても僕が気になるのは、のむらしんぼ先生がコロコロ創刊当初の思い出を描いた『コロコロ創刊伝説』ですね。ノンフィクションで、現在ののむら先生の話と、創刊当時の話が出てくるんですが、いくならんでも大人向け過ぎるだろうと。『劇画オバQ』以来の衝撃でしたよ。『劇画オバQ』は創作だからまだいいですけど、こっちはノンフィクションですからね!

──のむら先生も。『とどろき!一番』と『つるピカハゲ丸』の2発も当ててるんで、今は悠々自適に暮らしているのかと思ったら……。

高橋 結構大変な生活をされているようで、すさまじい衝撃でしたね。今だに嘘であって欲しいと思ってますもん。最新の3号では300万の借金があることが明かされたんですが、よく考えたらオレは親の作った借金が3000万以上ありますからね。のむら先生の10倍ですよ! 大したことないじゃないかと。

──のむら先生の現在はともかくとして、コロコロ創刊当時の話は興味深いですよね。

高橋 コロコロの名前の由来がまたグッとくるんですよ。『子どもの人生は長い! この先何度も何度もつまずくだろう! つまずくたびに起き上がって、また転んでは起き上がる! 子どもの人生は七転び八起き!』。コロコロって響きだけかと思っていたら、そういう意味だったんだーって! ちょっとウルッときちゃいましたもん。

──コロコロって響きだけだと思ってたから、名前の意味なんて考えたことなかったですからね。

高橋 他の漫画も、単なるノスタルジーじゃなくて、現在進行形で新しい挑戦をしていますし。『ダッシュ!四駆郎』を、亡くなられた徳田ザウルス先生の遺志を継いで『シャーマンキング』の武井宏之先生が引き継いで描かれていたりとか。大人向けのコロコロという、こういう雑誌を本気で作っちゃうというのはすごいですよね。確かに、当時コロコロに夢中だった子どもの人数を考えたら、潜在的なターゲットはハンパない数いるはずですからね。

──大人向けといいつつ、表紙なんかは完全にあの頃のコロコロ・テイストで。

高橋 表紙にすべての情報が詰め込まれているっていうのがコロコロイズムですよね。おそらく女性週刊誌より表紙の情報は多いですよ。中学生になって他の雑誌を読みはじめたら、表紙がスカスカしているのが違和感あって『なんで全部の漫画が表紙に載ってないの?』って思いましたからね。『ビッグコミック』に至っては、よく分からない大人の似顔絵が載ってるだけですから……意味分からなかったですよ!

──コロコロは値段まで表紙にバーンと書いてありますし。

高橋 値段も子どもにとっては重要でしたからね。豚バラ買う感覚で、ページいくらなのかっていうのはものすごく気にしてましたもん! 320円で600ページだったらページ1円もしないわけですから。何てお得なんだろうと!

コロコロアニキ第3号についてくわしくは特設サイトをチェック!

……というわけで、part2は遂に憧れの「コロコロコミック」「コロコロアニキ」編集部にキングオブコメディ高橋が潜入!
北村ヂン
高橋「『コロコロファンクラブ』っていう投稿コーナーには採用されたことがあるんですよ」