宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2020年9月11日、開発中の新型基幹ロケット「H3」について、第1段メイン・エンジン「LE-9」に新たな技術的課題が見つかったことから、開発計画を見直すと発表した。

これにより、2020年度中に予定していた試験機初号機の打ち上げを、2021年度に延期。同機で打ち上げ予定だった先進光学衛星「ALOS-3」などの打ち上げ時期も延期となるものの、将来的にはスケジュール調整などで、当初の計画どおりに戻したいとしている。

  • H3ロケット

    H3ロケットの想像図 (C) JAXA

新たに見つかった2つの問題

H3ロケットは、JAXAと三菱重工業が開発する次世代の大型ロケットで、H-IIAとH-IIBの後継機となる。今年度中に試験機初号機(1号機)を打ち上げる予定だった。

JAXAによると、2020年5月26日に種子島宇宙センターでLE-9の燃焼試験を行ったところ、試験後の点検において、2つの問題が見つかったという。ひとつは、燃焼室に燃料の液体水素を送り込むターボ・ポンプのタービンの、76枚ある動翼(羽)のうちの2枚に、疲労破面(ひびのようなもの)が確認されたこと。もうひとつは、燃焼室の壁面に複数の孔があいていることが確認されたことだという。

試験に使われたLE-9認定型#1エンジンは、これが8回目の燃焼試験だった。実際の打ち上げ時よりもはるかに長い時間、また多くの回数燃焼しているもの、設計上は耐えられるはずであり、このあとも複数回の試験を予定していたという。また、今回の試験では、通常運転よりも高い過酷な温度での燃焼に耐えられるかどうかを確かめるため、通常より約100℃高い温度で運転していたものの、これについても設計上は耐えられるはずだった。

調査の結果、タービンの疲労破面については、共振により過大な振動が起こったことが原因と推定されている。また、今回の第8回試験で初めて起こったわけではなく、4月25日に行った6回目の試験あたりから疲労が進行していた可能性があり、その後の試験でさらに疲労が積み重なり、今回の第8回試験後で発覚するに至ったとみられるという。

LE-9の液体水素ターボ・ポンプには、以前にも共振による疲労破面が確認されており、共振が起こる領域外で運転する設計に変更することで回避するという対策が取られていた。そのうえで認定も進んでいたが、今回新たに、安全だと考えられていた領域でも共振が起こってしまったという。JAXAによると、「今回事象が生じた運転領域で共振が発生するとは思っていなかった」としている。

対策としては、「今回見つかった共振についても、タービンの固有振動値を共振が起こる運転領域から外し、翼の振動を計測して共振が生じないことを確認したうえで認定する」としている。この対策の方法は、以前に発生した共振問題への対策とほぼ同じであるものの、対策の妥当性や効果を再度きちんと評価するようにしたいとしている。

すでに8月にターボ・ポンプ単体での試験を行っており、対策の妥当性の検証のほか、今回見つかった共振領域にくわえ、ほかの領域でも似た症状が発生しないかどうかといったことも含めた検証を進めているという。

なお、対策の結果、エンジン性能はやや落ちることになるものの、並行して共振領域自体をなくした設計を採用した、改修型のLE-9の開発も進んでおり、いずれ性能は当初の計画どおりに戻る予定だという。

いっぽう、燃焼室の孔については、考えられる原因として、まず燃焼室内の燃え方やガスの流れなどの影響で、部分的に設計値以上に高温になる領域が生じ、その結果溶けて穴があいた可能性が挙げられるという。

また、冷却不足という可能性も考えられるという。LE-9の燃焼室は、側面に燃料の液体水素を流すことで冷却しているが、エンジンの始動や停止の際にその流れ方が変わったことで、一部の冷却が不十分となり、そこが設計値以上に高温になった結果、溶けて穴があいたというシナリオである。

この問題への対策としては、冷却機能の強化や、エンジンの始動や停止のパターンを変えることなどを検討しているとしている。

  • H3ロケット

    H3ロケットの第1段メイン・エンジン「LE-9」(なお、写真は今年2月に行われた、LE-9認定型#1エンジン第1回目燃焼試験の様子であり、問題が発生したときのものではない) (C) JAXA

「ロケットエンジンは魔物」

これらの対策を行うため、当初2020年度を目指していた試験機初号機の打ち上げを2021年度へ延期。なお、あくまで対策が今年度中に終わらず来年度にずれこむという意味であり、対策にまるまる1年かかるという意味ではないとしている。もっとも、対策やその検証などには時間がかかるため、たとえば来年度(2021年4月~)の早い時期に打ち上げられる見通しが立っているというわけでもないという。

これにともない、試験機初号機で打ち上げ予定だった先進光学衛星「ALOS-3(だいち3号)」、試験機2号機で打ち上げ予定だった先進レーダー衛星「ALOS-4」についても、同じくそれぞれ次年度に延期となる。なお、ALOS-3には防衛省が開発した衛星搭載型2波長赤外線センサーが積まれるなど、安全保障の面でも重要なミッションではあるが、たとえば予定どおり打ち上げるためにH-IIAへ積み替える、などといった処置は行わないという。

また、新型宇宙ステーション補給機の技術実証機(1号機)「HTV-X1」の打ち上げについても、2021年度から2022年度へ延期するとしている。

その後の打ち上げについては、現時点では詳細は決まっていないものの、製造などのスケジュールを調整するなどし、当初の予定どおりの打ち上げ計画に戻せるよう努力したいとしている。

H3ロケットは、柔軟性、高信頼性、低価格の3つの要素を実現することを目指して開発されているロケットで、国の重要な衛星や探査機などを宇宙へ輸送する手段としてのほか、国内外の民間の商業衛星も積極的に打ち上げていくことも視野に入れている。

JAXAでは、「LE-9エンジンの技術的課題への対応を確実に行うとともに、新たな基幹ロケットであるH3ロケットの打ち上げ成功を目指して総力を挙げて取り組んでまいります」とコメントしている。

新型ロケットの開発において、遅れが発生することは珍しくない。とくにメイン・エンジンの開発においては顕著で、H3ロケットのプロジェクト・マネージャーを務める岡田匡史氏は過去に、「『ロケットエンジンは魔物』と思っています。エンジンはどれだけ事前に研究しておいても、エンジン燃焼試験をしてみると容赦なくトラブルに見舞われる可能性があます」と語っており、今回まさにそれが当たってしまった形となる。

また、他国の新型ロケットの開発も、技術的な問題に加え、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響もあり、軒並み遅れている。たとえば米ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の「ヴァルカン」は、当初2019年に初打ち上げを行う予定だったが、現在は2021年7月に延期。また、ヴァルカンと同じエンジンを使う、米ブルー・オリジンの「ニュー・グレン」も、2020年の初打ち上げ予定が2021年に延期となっている。

さらに、欧州の新型ロケット「アリアン6」も、2020年の初打ち上げ予定が2021年に延期されている。

  • H3ロケット

    H3ロケットは、LE-9エンジンを2基、もしくは3基装着して打ち上げられる。画像は2019年3月に撮影された 、H3ロケット用第1段厚肉タンクステージ燃焼試験(BFT)のときのもので、このときは2基で試験が行われた (C) JAXA

参考文献

JAXA | H3ロケットの開発計画の見直しについて
LE9|エンジン|H3ロケット|ロケット|JAXA 宇宙輸送技術部門
JAXA | H3ロケット
工程表(令和2年6月29日 宇宙開発戦略本部決定)
H3 プロジェクトマネージャ 岡田 匡史|ピックアップインタビュー|Column|JAXA 宇宙輸送技術部門