北極海航路が活況、ロシアの思惑は?

2013.12.03
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ロシアの原子力砕氷船「ヤマル」。ロシアは、4隻の原子力砕氷船を含む計37隻の砕氷船団を所有している。東アジアからロシア沖合を通ってヨーロッパに至る北極海航路では、ロシアの砕氷船の伴走が義務付けられている。

Photograph by Allan White, Corbis
 北半球が冬に入り、アジアとヨーロッパをつなぐ最短の海上ルートが、間もなく今年のシーズンを終えようとしている。ロシア沖合の北極海を経由する全長およそ4800キロの「北極海航路(NSR)」は近年、地球温暖化の影響により夏場は解氷が進み、数カ月間限定で商業運行が具体化した。 ロシアの原子力砕氷船団を運用する国営企業ロスアトムフロートによると、今年、大西洋側のバレンツ海と太平洋側のベーリング海峡を結ぶロシア沿海の北東航路を航行した船舶は71隻で、昨年と比較して50%以上の増加だという。総数としてはまだ小規模だが、わずか4隻だった2010年からは飛躍的な成長を遂げている。なお、NSRを通る際には、ロスアトムフロートの砕氷船の伴走が義務付けられており、手数料を支払う必要がある。

◆初めてずくめの年

 今年は、原材料などを運ぶバラ積み貨物船以外に、厳格な商品納期が要求されるコンテナ貨物船がNSRを初めて通過した年となった。また、中国や韓国が管轄する第一号の船舶も航行。

 ただし、新生NSR初のタンカー事故や、環境保護団体グリーンピースによる反対運動も発生し、新時代のNSRの行く末をしっかりと考えるべきときが来たといえるだろう。

◆古い航路、新しい夢

 ロシア沖合は、大昔の先住民が食料や移住先を求めて小舟で旅した時代から海路として利用されてきたが、本格的な運用はロシア革命以後、ウラジーミル・レーニンが開発を命じてから始まった。初期は食料や資源輸送が主で、次第に軍事的な用途に重用され、第二次世界大戦中には重要な補給路となる。

 1957年、ソ連は初の原子力砕氷船を開発、NSRの運航量も増大した。1980年代半ばに最盛期を迎えるが、ソ連崩壊により輸送量は激減し、もはや開発すべき重要な航路とはみなされなくなる。

 そしてようやく、数年前からの海氷面積の急速な減少によって、ロシアはグローバル時代のNSR利用に向けて再び動き始めるようになった。ロシアだけが保有する4隻の原子力砕氷船を含め、計37隻の砕氷船団が世界各国の商船をエスコートする。全てソ連時代の遺産で、どれもかなりの建造年数が経過しているが、既に次世代の大型原子力砕氷船が完成間近だとという。

◆スエズがライバル?

 2011年、ロシアが主催する国際北極海フォーラムにおいて、当時のロシア首相ウラジーミル・プーチン氏は、次のように宣言した。「ヨーロッパの巨大市場とアジア太平洋地域をつなぐ最短のルートは、北極海にある。NSRは国際的な輸送路として極めて重要であり、費用、安全性、品質のいずれにおいても、これまでの国際輸送路のライバルとなるであろう」。

 今年9月10日、中国の国有企業、中国遠洋運輸集団(コスコグループ)の商用コンテナ貨物船「永盛」が、鉄鋼や産業機械を満載してNSRを横断。中国船舶、そしてコンテナ船にとっても初の運用となった。中国の大連からオランダのロッテルダムまで、従来のスエズ運河経由よりも9日間短い33日で到着、距離も5千キロ以上短い。

 NSRを利用すれば、ヨーロッパから東アジアの航行距離は35~60%短縮されるという。また、アフリカ沿岸部やマレーシアのマラッカ海峡など、紛争地域や海賊の危険回避も可能だ。

 ただし航行可能な水域の水深によって、NSRを通過する船舶には喫水制限があり、ロシアから通行許可を得る必要もある。また、氷が後退したといっても、北極海の気象は非常に過酷で、予測が難しい。視界が悪い上に、風で移動する氷況変化が激しく、予想もできない遅延が生じる恐れがある。「国際的な商用航路として不的確」と考える専門家も少なくない。

 元アメリカ沿岸警備隊大佐で、現在はアメリカ、アラスカ大学フェアバンクス校に所属するローソン・ブリガム氏は、次のように語る。「海氷の後退は、重要ではあるが本質ではない。問題は金が稼げるかどうかだ」。

◆経路ではなく目的地

 ブリガム氏をはじめとする一部の専門家は、NSRが「経路」ではなく「目的地」として重要になると考えている。未発掘の石油・天然ガス資源の22%がこの地に眠っているからだ。

 例えば、今年初めてNSRを利用した韓国は、フィンランドとの国境に近いロシアのウスチ・ルガ港から、原油の派生物であるナフサを自国に運んでいる。当海域では、ロシアの半国有企業、ガスプロムと民間企業のノバテクが、石油・天然ガス開発でせめぎ合いの真っ最中だ。

 ガスプロムが所有する海上石油掘削基地は、グリーンピースの格好の標的となり、エネルギー開発が北極海の環境や地球温暖化に及ぼす影響が懸念されている。

 ロシアは、適切なNSR運航の実現を求めて、環境被害や汚染の責任を船舶の所有者に負わせる保険要件を新たに採用。また、NSR専任の政府機関も新設され、調査や緊急対策用の基地を沿岸各所に建設するプロジェクトに9億ルーブル(約28億円)の予算が計上されている。

 また今年9月、プーチン大統領は、ノボシビルスク諸島にあるソ連時代の軍事基地を再利用して、航路の安全性を高める計画を発表した。

 NSRの安全性を維持するには、ルールや枠組みだけでなく、実行力と緊急時の対応力が必要となるだろう。新生NSRで初めて発生したタンカー事故も、砕氷船のエスコートなしに危険海域に無許可で進出したためだった。

「地球温暖化が予想外の結果をもたらしたといっても、この地の自然環境は依然として厳しい」とアラスカ大学のブリガム氏は警告する。「楽観視すると痛い目に遭うだろう。氷は複雑かつダイナミックな存在で、十分な障壁となり得るからだ」。

Photograph by Allan White, Corbis

文=Marianne Lavelle

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